今度はダンス・トラック集? エイフェックス・ツインのオルター・エゴ、AFX名義で新作を発表する
約1年前に13年ぶりの新作『Syro』をリリースしたかと思えば、たったの4ヶ月で『Computer Controlled Acoustic Instruments pt2 EP』をリリース。もはや1990年代初頭のリリース・ラッシュを彷彿とさせる量だ(ってほどでもないか)。
今回リリースされるのは、エイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェームスが、エイフェックスとともに長らくメインのような形で扱っている名義、AFXでのリリースとなる。『orphaned deejay selek 2006-2008』というタイトルにて、テクノ、エレクトロ、ダウンテンポとストレートなエレクトロニック・ミュージックを作品では展開している。OTOTOYでは、本作を24bit/44.1kHzのハイレゾ版でも配信開始。
AFX / orphaned deejay selek 2006-2008(24bit/44.1kHz)
【配信フォーマット / 価格】
ALAC / FLAC / WAV(24bit/44.1kHz) : 単曲288円(税込) / まとめ購入2,057円(税込)
【Track List】
01. serge fenix Rendered 2 / 02. dmx acid test / 03. oberheim blacet1b / 04. bonus EMT beats / 05. simple slamming b 2 / 06. midi pipe1c sds3time cube/klonedrm / 07. NEOTEKT72 / 08. r8m neotek beat
リチャード・D・ジェームス、2010年代3作目
「え、また?」と言う間もない! ここに2010年代で3枚目のリチャード・D・ジェームスの作品がまたもやリリースされたのだ。作品としてはコンセプチャルな前作とは打って変わって、簡潔にいうとかなりストレートにテクノをやっているのだ。そして、もうひとつ特徴をあげるとすれば、みんな大好き、エイフェックス・ツイン名義ではなく、わざわざAFX名義という、別名義でのリリースと相成った。
まぁ、単なるあだ名的な短縮形でしょ? たぶんそうなんでしょうけど、AFX名義って、わりとリチャード・D・ジェームスのキャリアを語る上で実はね~大事なんすよ~。ということでここはまず、AFX名義とはなんたるかを一応おさらい。
AFX名義とはなんぞや
このAFX名義は数々あるリチャード・D・ジェームスの別名義のなかで、2番目によく使われる名義でありまして、まぁ、上記のように単なる短縮みたいな形で使われることもあるんですが、なんとなくのイメージとしては「エイフェックスよりも、フットワーク軽めのときに使う名前?」といった認識ではないかと。どちらかというと、リチャードの気まぐれ感をもっとも端的に示した名義かなぁーと。で、とはいえ改まってそのキャリアを辿ってみて、さらにこの新作を聴いてみると実は一本筋が通っているような気がしてくるから不思議。まぁ、リチャードはこの手のことって全部そうなってると思うと、そうだと思えてくるから不思議。まぁ、それだけいろんな要素が複雑に絡み合ってるってことでしょうが。
AFX名義での最初のリリースは、この名義の恒例のシリーズとなる「Analogue Bubblebath」とはいっても、これ実は出し直しの時に後々使われただけで、1991年、最初のこの作品のリリースはエイフェックス・ツイン名義でリリースされているんです(当時は150枚とも言われている)。それが、なぜリプレス以降がこのAFX名義となるのかが、不思議発見。
この名義の使用、当初は恐らくですがいわゆる大人の事情ってやつなんでしょうね。この後の彼の活動の躍進が大いに関係してくるんです。
まず次作となるエイフェックス・ツイン名義の1991年「Analog Bubblebath Vol.2」が、当時UKのテクノ~レイヴ・カルチャーをバックアップしていた〈KISS FM〉の人気DJ、コリン・フィーヴァーの耳にとまり、彼のレーベル〈Rabbit City〉にてまずはリリースされるわけですが、ここに収録された「Digeridoo(Aboriginal Mix)」が大ヒットとなるんですね。世は1991年、まだまだセカンド・サマー・オヴ・ラヴの残り香にヤられたチージーなトラックでレイヴ・オンな時代。そんな享楽的なムードを恐怖に陥れたハードコア・テクノ! と呼ばれています。が、これがさらにベルギーのトップ・テクノ・レーベル〈R&S〉からライセンスされるやいなや、さらに1992年に大ヒットとなるのです。
躍進の下で生まれた束縛と、AFX名義
するってえと〈R&S〉もこのスターを逃してはなるまいと、大ヒットを経て、エイフェックス・ツイン名義で契約。1992年には『Selected Ambient Works 85-92』をリリースするわけです。いちはやくリスニング・テクノの波を作り、その名義はブリティッシュ・テクノの顔となるわけです。で、恐らくですが〈R&S〉との契約で「エイフェックス・ツイン名義での活動はうちんとこ以外で商売禁止!」という具合になっていた模様ではないかと。いわゆる大人の事情ってやつですね。さらに、あんまりリチャード氏と、このころの〈R&S〉って関係がよくなかったというのもあるみたいで別名義の活動が結構表に出てくるんですね~。
そのあたりで有名なところは現在の所属である〈WARP〉からのリリースと、自分で好き勝手できる自身のレーベル〈REPHLEX〉でのリリース。噂ではこれ以前からも、いろんなレーベルで匿名でチージーなレイヴ・シングルを大量に出していたとかもそんな伝説もありますが、エイフェックス・ツインとしての活動が活発化してからの話ということで。
まず、1992年、〈WARP〉と接近していくつか別名義でリリースしてるんですね。リスニング・テクノ~エレクトロニカの先駆けとなった名コンピ『Artificial Intelligence』ではダイス・マンとして、さらに同シリーズからポリゴン・ウィンドウ名義でアルバム『Surfing On Sine Waves』をリリースしています(あ、両方とも名盤です)。そして、さきほど書いた「Analogue Bubblebath」、これが、彼が第一線のアーティストになったこともあって、「おい、うちにも権利あったな、出すならいまだ」という感じで再度リリースされるわけですが、これがまた大人の事情でAFX名義でリリースになると、こういう話。
ちなみに“Aphex”という名前、放送局などで使う業務用音響機材メーカー“Aphex Systems”からという話、そして“Twin”は、生後すぐに亡くなったリチャードの兄に由来するようですよ(ちなみに彼もリチャードという名前が付けられていたとか、同じ名前俺だったらちょっと嫌な気も…… まぁ、欧米と名前の感覚違うんでしょうが)。ちなみのちなみに「"Girl/Boy" E.P.」の墓碑がその方のだとか。
逆境が天性の悪童っぷりを目覚めさせたか?
〈WARP〉でのポリゴン・ウィンドウのリリースと同時期、一方で自身のレーベル〈REPHLEX〉からコウスティク・ウィンドウ名義の作品を出すんですね。これ、昨年夏にアルバムのクラウド・ファンディング騒ぎで、ひさびさに名前が出た名義ですね。まぁ、正直『Syro』のリリースがわかったときに「俺ら釣られた?」ってみんな思いましたよね? と、それはさておき。
その後、1993年にはエイフェックス・ツイン名義は大人の清算が済んだようで、あっさりと〈WARP〉に移籍するわけです。で、これ以降、リチャードのメインの名義として、特にアルバムの一定の“まとまり”や完成度をクリアした作品をエイフェックス名義でリリースするイメージに。ストリングスや生楽器などを取り入れたり、「Come To Daddy」や「Windowlicker」のようにMVとのコラボ的展開をしたりと、わりとさまざまな要素を取り入れた総合的なアート・プロジェクトといった感覚も、いわゆるメイン・プロジェクト。
で、それだけじゃ、欲求が満たされないのがこの人。コウスティク・ウィンドウ名義やAFX名義などで、その裏で自身の〈Rephlex〉からテクノを中心に実験的な作品、まるでギャグなのか習作なのか絶妙なラインの楽曲まで、とにかく別名義をリリースするわけです。
ともかく、この変の別名義は特にリチャードのなかのベッドルーム・テクノ少年の欲求丸出しといいますか、まるでなにかの衝動にかられたような、電子音との戯れをピュアに追い求めた、そんな感覚の作品が多いわけです。このあたりの作品たちはその自由すぎるスタイルでブレイクコアやエレクトロニカに強い影響を与えることになるわけですよ。そう考えると天才はやはり天才、ちょっとしたことでも影響力大きいなと。
AFX名義のディスコグラフィー
と、上で書いたようにAFX名義は彼の初期の作品の代名詞とも言える「AnalogueBubblebath」を引き継いでリリースを開始します。これもまた別名義同様、自由奔放に実験的な道を進んでいくんですね。リリース的には Vol.3、そして3.1から4まで、そしてウルトラ・レアなプロモ・オンリーとして5が存在(リリースは1993年~1995年まで)。作品的にはノイジーなインダストリアル・テクノから、アシッド・ハウス、ブイレクビーツ・テクノやレイヴのオマージュ、彼らしいメランコリックなテクノまで多種多用で、彼らしい子供じみた気まぐれに溢れております。当時としては、かなりキテレツな音楽性、ある意味でポップなエイフェックスと比べて、とっつきにくい飛び道具的な印象すらありでした。
1995年には〈Rephlex〉用と思われていたAFX名義にて〈WARP〉からも作品をリリース。「Analogue Bubblebath」のアナグラムなタイトルの「Hangable Auto Bulb」を2枚超限定でリリース。当時、オーヴァー・グラウンドを含めて隆盛を極めていたドラムンベースをスラップスティックな痙攣ソングへと見事に解体し再構築してしまう。これは同郷のルーク・ヴァイバートのプラグ名義や、リチャードが見出したスクエアプッシャーとともに、オルタナなドラムンベース、とも言えるドリンベースなるジャンルを形成。そして、このジャンル、2000年代のエレクトロニカを超えてブレイクコアなどに大きな影響を与えてしまうわけです。そのせいもあってか、2005年には編集盤がリリースされております、OTOTOYにもあるのでぜひともチェックを。
エイフェックス不在時の謎のAFXシングル群「Analord」シリーズ
2000年を超えると、かなりの量を出していた別名義での作品も沈静化。さらには『Drukqs』のリリース後、ご存知のようにエイフェックス名義は13年もの長い間休眠期間に入るわけです。
が、その間の最も大きな動きといえばAFX名義の〈Rephlex〉からの「Analord」シリーズのリリースでしょうか。これまたリチャードらしいどっきり系企画でして、2005年の1年間に、ほぼ説明のないアナログ・レコードをばんばんリリース。最終的には11枚もリリース。が、こちらもまたAFX名義の伝統といいましょうか、新作なのか過去の未発表なのかそれも謎の楽曲群。音楽的にも、実験的な作品から、彼らしいメランコリアをたたえたストレートなテクノまでさまざまな楽曲を収録。そう、これにしてもやはりAFX名義らしいストレートなテクノでの表現欲求がびんびんに伝わってくる、そんな作品でありました。
こちらは2006年に『ChosenLords』という形でまとめてアルバムに。と、このリリースを最後にエイフェックス名義に続き、リチャードの名前はさまざまな憶測や過去の伝説を残してぷっつりとシーンから消え、そして昨年の突然の『Syro』リリースとなるわけです(その間のThe Tuss名義の作品もあるわけですが)。
やはり正統なAFX名義の作品! 新作はいかに
さて、ここでAFX名義の作品を紹介してきたわけですが、少々まとめるとAFX名義の特徴は、ポップさもかなぐり捨てて、ある意味で電子音楽での実験や自信の表現欲求をピュアにぶつけている作品が多い印象。アルバム並みにまとまった作品に関しても、その辺があってノン・コンセプチャルな感覚がある、といったところではないでしょうか。
で、新作『orphaned deejay selek 2006-2008』を聴いてみると、これがまたかなり上記のAFX的な内容を踏襲した作品という感じ。近作2作と比べると、これかなり明白になってくる感覚もありますな。リチャードの音楽性のポップな部分とキャリアを総括的にまとめた『Syro』、そして生楽器を使い、彼のその世界観をそのまま示したしまったコンセプチャルな『Computer Controlled Acoustic Instruments pt2 EP』。そして新作『orphaned deejay selek 2006-2008』。
『orphaned deejay selek 2006-2008』は、ポップさという意味では『Syro』に比べればクールだし、『Computer Controlled Acoustic Instruments pt2 EP』ほどのコンセプチャルな姿勢はあまりない、むしろリチャードが嬉々として電子楽器と戯れ、テクノを作ることによろこびを噛み締めていたら出来てた的な、わりとストレートなテクノが並んでおりますな。まさにAFX的な作品と言えるでしょう。ベッドルーム・テクノ・メイカー、リチャードの真骨頂!
エイフェックスらしい悪夢のアシッド・テクノ「SERGE FENIX RENDERED 2」「DMX ACIDTEST」にはじまり、オールドスクール・エレクトロとブレイクビーツがせめぎ合う「OBERHEIM BLACET1B」、硬質なエレクトロ「BONUS EMT BEATS」、ハードコア・レイヴ「SIMPLE SLAMMING B2」、アシッディーな幻惑バリバリのチル・エレクトロ「MIDIPIPE1C SDS3TIME CUBE/ KLONEDRM」、ドレクシアじみたダーク・エレクトロ「NEOTEKT72」、「R8M NEOTEK BEAT」で幕を閉じる。
ただしこれまでのAFXと大きく違うところがあることはあるんです。それはアルバム・タイトルの『orphaned deejay selek 2006-2008』にもなんとなく現れてるんですね~。ひとことでいうとダンス・ミュージックへの歩み寄り。「MIDI PIPE1C SDS3TIMECUBE/KLONEDRM」を除けば、わりと硬質なテクノやエレクトロのリズムが続いております。これ、最初期を除けば、最もクールにDJカルチャーに歩み寄った作品じゃないでしょうか。というか、『Selected Ambient Works 85-92』以来、もっともストレートにテクノをやったアルバムと言えるかもしれないです。とにかくクールなテクノ・アルバム!
このあたりがその辺の“実験主義”的な頭でっかちなエレクトロニカのアーティストとリチャードとの表現の幅の違いでしょう。ジャングルやレイヴ、アシッド・ハウス、言ってしまえばアンエビエントも、彼の作品には実はずっとその作品の中核にはダンス・カルチャーとの接点がある。DJ / ダンス・カルチャーの創造的な立場をある種のリスペクトしながら、そういった音楽のスタイルを、カリカチュアともデフォルメとも、まぁともかく自分のオリジナリティ溢れる解釈というか色を入れてリリースしているという印象すらあるわけです。そこが彼の音楽的なおもしろさではないかと改めて気付く作品。彼のダンス・カルチャーとしてのテクノへの愛情を感じてしまったそんな感覚もある作品でもあります。
ちなみにタイトルの年数は2006年リリースの『Chosen Lords』を受けての数字ではないかと。なんで2008年? 未発表に見せかけて新録なのかなんなのか? あ、まぁ、それはわからん。
Aphex Twin / orphaned deejay selek 2006-2008(24bit/44.1kHz)
【配信フォーマット / 価格】
ALAC / FLAC / WAV(24bit/44.1kHz) : 単曲288円(税込) / まとめ購入2,057円(税込)
【Track List】
01. serge fenix Rendered 2 / 02. dmx acid test / 03. oberheim blacet1b / 04. bonus EMT beats / 05. simple slamming b 2 / 06. midi pipe1c sds3time cube/klonedrm / 07. NEOTEKT72 / 08. r8m neotek beat
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