特集 : 『ポストロック・ディスク・ガイド』を巡って、あるいは2015年夏、インディ・ロックのある視点
初夏に刊行された『ポストロック・ディスク・ガイド』(以下、『ディスク・ガイド』)、それと呼応するようにポストロックの重要バンドのリリースが続いているーーtoe、mouse on the keys、te'らの新作が相次いてリリース、さらにはUSのポストロックの雄、バトルスの新作もリリースされる予定だ。
そう、なんだか2015年の夏は、ポストロックが熱いみたいなのだ。 しかし、1990年代後半の誕生から20年近い時を経て、なぜいま”ポストロック”なのか? ということで本記事は『ポストロック・ディスク・ガイド』をひとつの起点として、上記の今夏のシーンを賑わす新作たちを含めてOTOTOYでも配信中のポストロック・タイトルを紹介しようという企画です。
水先案内人には『ディスク・ガイド』の監修者でOTOTOYでも数多くの原稿も手がけるライターの金子厚武、そして編集を務めた小熊俊哉(現Mikiki編集)を迎えて展開していきます! 後半には、彼らによる、toeやmouse on the keys、te'といった今夏リリースの重要作、そして9月リリースのバトルスなどの『ディスクガイド』的な注目ポイント、そしてOTOTOYにて配信中の音源から『ディスク・ガイド』的な「いま聴くべき作品」を洋楽、邦楽ともにレコメンドしてもらっております!
文・インタヴュー : 河村祐一
取材補助・ページ作成 : 中村純
『ポストロック・ディスク・ガイド』対談 : 金子厚武 x 小熊俊哉
『ディスク・ガイド』はその始祖たるトータス周辺のシカゴ音響派からはじまり、モグワイ、シガー・ロス、キンセラ兄弟、バトルス、そして日本独自のシーンにいたるまで”ポストロック”を包括的にまとめたディスク・ガイド本だ。圧巻の600枚を超えるディスク・レヴューを中心に、マイク・キンセラやモグワイ、タイヨンダイといった海外勢のインタヴューはもちろんのこと、河野章宏(残響レコード社長、te')のインタヴュー、さらには対談で、ミト(クラムボン)×美濃隆章(toe)、岡田拓郎(森は生きている)×OTOTOYのプロデューサーでもある高橋健太郎をフィーチャーしている。まさに国内外の20年に及ぶポストロック史を総括した書籍と言えるだろう。
その特徴は上記の対談のラインナップからもわかるように、やはりひとつこの国のポストロック・シーンというのがキーとなっている感覚がある。それにしてもなぜいま”ポストロック”なのか? 『ディスク・ガイド』を生んだふたりに話を訊いた。
日本は潜在的にポストロックの人気がすごいあるんだなと
ーー『ディスク・ガイド』が出たあとに、toeやmouse on the keys、te'、さらにはバトルスまででてしまうというものすごいタイミングだったんですが。企画の立ち上げ自体は倣ったものではなく、もっと前ですよね?
小熊 : 企画自体は去年の5〜6月にはシンコーミュージックの社内で通っていたんですよ。でも、そのときは監修者も決まってなかったし、あまり内容も固まってなかった。ただ本にも表紙に「CROSSBEAT Presents」と入っていますが、『クロスビート』は過去にポストロックを多く取り上げていて、インタヴュー記事もたくさんあったんですよね。すぐ手元にそういう参照できる記事があったのと、比較的ピークの過ぎた印象だったここ数年も、ポストロック系のライヴは集客がよかったというのも心強かった。自分でもそういう光景を目撃していたし、人づてにそういう話も聞いていましたし。だから、本にできたら面白そうだしニーズもありそうとは最初から思ってました。
ーー金子さん自体はいつから加わるんですか?
小熊 : 声をおかけしたのは結構あとですね、去年の年末ぐらい。やっぱり日本でポストロックの本を作るんだったら、国内のシーンも大きく載ってなかったら嘘だろうって話じゃないですか。それで金子さんしかないと思い至った瞬間、うまくいく予感がしましたね。
ーーさきほど、構想時とは違ったということですが、この形になるきっかけというのは金子さんと話してから?
小熊 : 構想の段階で考えていたよりも、ポストロックはリリースとサブ・ジャンルの量が半端なかった。帯にも入れたとおり20年経過したジャンルを初めて体系的にまとめようと考えたとき、やらなくちゃいけないことが膨大にあったんですよね。例えばマスロックが載ってなかったら変だし、2015年にポストロックの本を作るのであればポスト・クラシカルへの言及がなかったら中途半端じゃないですか。あとはルーツとして大事なハードコアの扱いとかもありますからね。そういったことの確認と整理ですごく時間がかかって。そこから掲載する作品や要素を決めて、やっと台割を組む作業に移っていきました。
金子 : あとはエモのリバイバルが始まっていたタイミングでもあったんで、それをどこまで入れるか的なところもあって。そうやって話してるうちに一度ポストロックと呼びうるものを全部まとめてみようっていうのが基本的なラインになって、そこからさらに取捨選択して細かく詰めていって。
小熊 : 判型をB5にしたのも、1ページにつきディスクを8枚掲載するという形でいきたかったから。電話帳的に網羅するっていう部分でもこの大きさかなって、泣く泣く削った部分もあるんですけど。基本的にはあまり妥協せずに。
ーー泣く泣く削ったところは?
小熊 : 例えば00年代以降のブルックリン・シーン周辺はもっとやりたかったんですけど、あそこはポストロックの文脈以外でも語られるところも多いのでそこはガイドでは後回しというか。天井(潤之介)さんによるエクスペリメンタル方面への鋭い考察を掲載することでフォローすることにしました。
金子 : フリー・フォーク、アニコレ周辺みたいなものをどこまで入れるかっていうのを考えて。
小熊 : あの辺が大事なのは実感としてわかっているつもりですが、それを入れるだけで掲載タイトルが100枚くらい余裕で増えるので。1冊また別に作れる(笑)。
ポストロックという文脈がなければ取り上げられないもの
ーーバトルスも結構そのあたりの文脈と近かったりしますもんね。
金子 : 「ポストロックという文脈がなければ取り上げられないものをとりあげる」というのがひとつのラインとしてありましたね。ただ、やはりポストロックは内包するサブ・ジャンルが膨大にあるので、「ポストロックとはこういうもの」っていうのを無理に定義づけるのではなく、さっきも言ったようにまずは一度まとめてみるということを優先して、その分ただディスクを並べるだけではなく、書き原稿でひとつひとつの文脈をちゃんと紹介することを大事にしました。
小熊 : あとはエレクトロニカもどこまで扱うのか迷うところあったんですけど。同時代にみんなが平行して聴いてた部分だったりもすると思うので。でもそこも話し合って、泣く泣く外すことにしました。そういう意味では、掲載基準のひとつで生演奏にこだわってる部分はあるかも。
ーーあとは日本のポストロックですよね。でも、ここ数年、本当に改めて思うのは日本のポストロックのバンド多さというか。この本はそのあたりがしっかりまとめてあるっていう意味では初の試みではないかと。もろもろ「ポストロックとはシカゴ音響派が」とか「プロツールズが」みたいな話は『ディスク・ガイド』を読んでもらうとして、そこはちょっと今回は置いといて、この『ディスク・ガイド』の実は裏テーマじゃないかと思っている、日本のポストロックからの視座みたいなことを聞きたいなと。ちなみに日本のポストロック史みたいなキーワードを思い浮かべたときに、キーになった動きってありますか?
金子 : 海外との明らかな違いでいうと「インスト・バンド・ブーム」って言われ方をしたのが大きいかなと思ってて。toeみたいなアメリカからの流れを継いできている人がある種の正統なポストロックとするならば、そこに対してジャム系のバンドや、クラブ・ジャズのバンドも混ざって「インスト・バンド・ブーム」になったのは日本独自だと思います。あとは〈残響〉の存在もやっぱり大きいと思ってて、彼らがポストロックをマスに向けて発信しようとしたことによって、日本のギター・ロックの中にポストロックの概念が広がっていったという部分はあると思うんですよ。
”インスト・バンド・ブーム”が牽引したドメスティックなポストロック
ーーあとはシューゲイズって日本ですごい人気あるじゃないですか、モグワイとかも含めて、ネオ・シューゲイズとかそういうもののちょっとしたブームみたいなものもあるのかなと。
金子 : te’はまさにそういう流れから始まっているバンドだし、〈残響〉の初期はシューゲイザー寄りのアーティストが多くいました。モグワイも未だにすごい人気ありますしね。僕自身、『クロスビート』のディスク・レビューで紹介されていた『テン・ラピッド』の輸入盤がポストロックへの目覚めだったかもしれない。
ーーちなみに、そのインスト・バンド・ブームとかを年代として分かりやすくいうとどのくらいでしょうか?
金子 : 本の中でも書いたんですけど、toeとte’のファースト・アルバム、あとLITEの最初のミニ・アルバムが2005年でに出てるんです。その前までも、ライヴハウス・シーンにポストロック的なバンドはたくさんいたんですけど、もうちょっとオーバーグラウンドな、ブームにつながる動きっていうのは、そこがひとつのきっかけかなって。2008年とかになると海外勢も一緒くたになって、また新しいシーンみたいなものができあがっていたと思います。「ネスト系」みたいな呼ばれ方をしたり。
ーーインスト・バンドっていうとフェス文化の浸透みたいなのもあるのかなと。ちょうど時期的に同じ時期だとも思うんで。
小熊 : あるでしょうね。この本を作ってて、一番「いける」と思ったのは〈残響〉の河野(章宏)さんにインタヴューをしたときかな。取材が終わったあとに金子さんとふたりで喫茶店に入って、具体的な話はせずに「やばかった」って1時間ぐらい言い合ってました(笑)。日本独自の動きという意味では、〈残響〉は重要ですよね。すごい売れてしまった分、アンチもいて。でもあの取材に立ち会ったことで、河野さんは本当にいろいろなことが見えてたんだなってよくわかったんですよね。
金子 : 相当珍しい人だと思うんですよ。わりとポストロックのルーツにはハードコアがあるので、アンチ商業主義、インディペンデントっていうのが信条として結構強い。でも、河野さんは音楽愛ゆえにそれをしっかり商業的なところに持って行っていて、ビジネス書まで出してるっていう。「ポストロック」と言われることに対して嫌がる人も結構いるんですけど、河野さんは「俺はポストロックをやりたくて、バンドもレーベルもはじめてる」って言ってて、そこもかなり珍しい。でも、インタヴューにもありますけど、商業的になったことによってダメージを受けたり……そういうところも含めて、あのインタヴューはとてもおもしろかったです。
小熊 : ここに通ずる話で、『ディスク・ガイド』では、いわゆるシカゴ音響派と呼ばれてたような人たちの音楽と、モグワイみたいなポストロックを両方やりたいっていうのははじめからあって。音響派系のファンにはモグワイみたいなポストロックはあまり眼中にないんだけど、その逆は全然そんなことないんですよね。人によってまた違う部分もあるかもしれないけど、その片思いしてる感じは、本を作ることで改めて気づかされました。河野さんの話もそうだし、アメリカン・フットボールのマイク・キンセラも本のなかでそういう話をしていて。日本のポストロック・リスナーでも、どっちも好きな人は多かったりする。ただCDは同じカテゴリの棚に入れられても、同じ俎上に載せられることは実は少なかった。その構図ってなんか変ですよね。だから、ひとつにまとめてみたかった。それがこの『ディスク・ガイド』でやってみたかったことかもしれない。
金子 : そこが一番おもしろかったですね。シカゴ音響派と、『ディスク・ガイド』の中で「あたらしいオルタナティヴ」として紹介しているバンド、〈残響〉ももちろんそうですけど、そういう人たちが一緒に掲載されることってあまりなかったと思うんですよね。それを合わせたときに、マイク・キンセラとか河野さんのインタヴューにはハモってる部分があった。日本とアメリカでのポストロックの受け取られ方って全然違うとは思うんですけど、リンクする部分も確かにあったんだなっていうのが、この本を作ってみて浮き彫りになったというか、それは発見でしたね。
小熊 : そのあたりは、ミトさん(クラムボン)と美濃さん(toe)の対談記事もそうですよね。
ーーそのあたり世代的な部分もあるんじゃないかなと。さっき言った2000年代後半以降のポストロックの日本のシーンでの捉え方と、例えばシカゴ音響派なんかを中心に展開された1990年代末のポストロックの捉え方と違うんじゃないかと。そこがまさに、いろいろ出版されたあとにTwitterでも批判や論争めいたこともあって。
小熊 : でも、たしかに当時の『Fader』とかを読むとわかる部分もあって。僕は1986年生まれで、その辺りはリアルタイムではなかったので。
金子 : 僕も1979年生まれで、その世代感っていうのは大きく反映されてると思います。その点で言うと、1990年代末をリアルタイムで体験していた原(雅明)さんにシカゴ音響派の原稿を書いていただけたのは意味があると思います。
ーーとはいえ、いまの20代~30代前半とかで、目の前で演奏しているバンドがいて、それがポストロックと呼ばれている状況の方がリアルなわけですからね。で、逆に言えばそこから過去を照射していってという流れが本著にはあるので、すごく入り口としていいですよね。
小熊 : 当時の日本の環境を、ある時期以降は金子さんもほとんど現場で見ているっていうのはこの本を作る上で心強かったですね。結構ポストロックって現場が大事なジャンルだったのかなとも改めて思いました。
ーーそもそもポスト・プロダクションのジャンルだったのが現場が大事っていうのはなんともおもしろいですね。
小熊 : そうそう(笑)。でもそう思うんですよ。
金子 : 僕1999年に大学に入って、サークルでバンドを組んで、そこからライヴハウスに出始めたんですね。で、さっき2005年がひとつの契機だったって言いましたけど、実際には2000年ぐらいにはポストロック的なバンドは結構いて。当時僕がやっていたのはUKロックとエモとかポストロックを混ぜたような変なバンドだったんですけど(笑)、その頃よく出ていた〈渋谷屋根裏〉がポストロックの巣窟になってたりとかありましたね。
小熊 : でも、シーンのなかで見てきた人が書いてるっていうのは強いですね。
金子 : 〈残響〉のバンドとして活動していた時期もありましたしね。それは00年代末で、しかも全然ポストロックじゃなかったですけど(笑)。
ーーー出した後の反応いかがでしょうか?
小熊 : この本がきっかけなのか、有志によって「ポストロック勉強会」っていうのが今度開かれるらしいです(笑)。でも、若い人も当時好きだった人も買ってくれてるのかな。「なんでいまなんだ」って思われるかなって心配してましたが、ちゃんと届くべき人に届いてよかったというのが実感ですね。
作ってる最中のある瞬間で「いまなんだな」ってしっくりきたんですよ
ーーでも、リアリティという部分ではさっきの現場の話もそうですけど、渋谷と新宿のTSUTAYA、特殊な場所の店舗とはいえレンタルのポストロック、音響系みたいな棚の規模を考えるとやっぱりファンがいるってことなんだと思いますよ。
小熊 : いまも昔も、あの棚が結構人が通るところに設置されているっていうのはひとつ大きいですよね。
金子 : 時代とともにちゃんと成長しているというか。音楽的な成熟もそうだし、ファンの人たちも一緒についてきていて。例えばギター・ロックが一時期の「青春のもの」で離れちゃうことってよくあると思うんですけど、ポストロックはわりと一緒に育ってる感じがあって。やっている方も、仕事しながら、自分たちのペースで活動しているバンドもが多かったりとか、そういうのも大きいかな。
小熊 : 作ってるときは(ポストロックについて)断片的な情報しかなくて、本当に苦労したので、こうしてまとまったというのはいいかな。
金子 : 卒業アルバムを見返すみたいな感じで、お酒飲みながら複数人で「これ聴いてた!」みたいに読んでくれてる人も多いみたいです(笑)。
小熊 : 下北沢のとある美容院がこの本を置いていたら、お客さんが好きな作品の掲載されているページに付箋をどんどん貼っていってるんですって。
金子 : 素敵な話ですね(笑)。でも、この本がらみでTBSのラジオ(2015年06月01日(月)放送の荻上チキSS22)に出させていただいたときも、スタッフさんがすごいポストロックのこと詳しかったりして、やっぱりある世代にとっては必ず通る道なんだなって実感しました。
小熊 : 頼んでないのに、関連CDも持ってきてましたよね(笑)。あとは制作が本格化したタイミング辺りで、関連する新譜のリリースや来日がぽこぽこ出てきて。それもすごいよかったなと。アメリカン・フットボール、ジム・オルーク、ゴッドスピード(ユー・ブラック・エンペラー)、タイヨンダイ・ブラクストンもそうだし。 なんでいまポストロックなのかっていうのがピンときづらい人も多いと思うんだけど、僕は作ってる最中のある瞬間で「いまなんだな」ってしっくりきたんですよ。先に僕が編集を担当して『Jazz The New Chapter』と『クワイエット・コーナー』という本を作ってるんですけど、この2冊の本を作ったあとにポストロックを聴きかえして「なるほどな」と改めて気づくことも多かった。この2冊は、まさにポストロックという発想のあとに作られた音楽、または音楽の聴きかたを示した本で、どちらも今日の気分を反映したものだと思っていて。だから、ポストロック自体もちょうど振り返る時期にきたんじゃないかと気づいたというか。いま、いろんな音楽シーンをみたときに、ポストロック的な手法は当たり前のとして浸透している。それが前提になっているうえで、もっと別の方向を目指そうとしてしている音楽にクリエイティヴィティを感じます。乱暴な解釈かもしれないですけど、アラバマ・シェイクスとかceroの今年の新作とかもそういう動きに含めていいんじゃないのかな。
金子 : たしかに。
小熊 : ミュージシャンにとってもそうだと思うんですよね。シカゴ音響派を知らなくてもレディオヘッドとかは普通に聴いているわけで。気づいたらどこかで通過する必修科目に、ポストロックがなった気がします。”ポスト”だったはずなのに立ち帰る場所になってしまった。
ポストロック的感覚の向こう側で鳴る音楽
ーーわりとネット的な炎上というか「ネタ」で盛り上がる音楽みたいなものっていうのが2000年代後半から出てきて、それはそれであると思うんですけど、そうではない、ディープ・リスナー的な視点のアーティストっていうのが、あぁ、ある種ポストロック的な動きなのかなと。それこそ若い、D.A.N.とかにはポストロック的な視点はすごい感じるし。
小熊 : D.A.N.はまさに、“その先”って感じがしますよね。
金子 : toeとかmouse On the keysにしてももともとのハードコアのイメージが強いかもしれないですけど、実際にはブラック・ミュージックとかダンス・ミュージックにすごい詳しかったり、かなり幅広く聴いていて。その感覚が、今度は若い、YouTube以降のなんでも掘って聴くような世代の感覚とオーヴァー・ラップしてる部分があるのかなと。
小熊 : さらにここに載っているようなバンドを聴いて育った世代とか、さらに若い人たちが形になってきたんじゃないかなと。
ーーダンス・ミュージックとか洋楽ファンでも楽しめる日本のバンドが出てきたっていうのは実感としてあるかなと。Suchmosとかも含めて。
金子 : 佐々木敦さんがポストロックの定義としていくつか書かれていた要素のなかに「クリエイティヴな折衷主義」というのがあって、まさにその感覚が戻ってきている感じがします。いま挙がったような若いバンドってすごいいろんな音楽的要素が入ってて、折衷的で、そういうものが求められている。その背景としてポストロック的な感覚というのが通じるものとしてあるのかなと。
小熊 : 河村さんが前に、その手のバンドを評するときに“シティ・ポップ”って括るのどうなんだって言ってたじゃないですか(笑)。単純にいろんなものが複雑に混ざりすぎていて、特定のシーンを示すための便宜的な言葉でしかないと思うんですけど、80年代当時にシティ・ポップと呼ばれていた音楽よりは、ポストロックのほうが感覚的にはやや近い気もして。
ーーだはは(笑)。でもかなりの暴論になっちゃいますが、単純化していくと、シティ・ポップって言葉が使われたのってやっぱり耳当たりの良さっていうことのような気がして、でもそれってポストロック的な音響であるとか、フュージョンやジャズ、ときにはブラック・ミュージックとか、ロックのイディオムじゃないところから見つけてきた「耳当たりの良さ」が入ってるっていうことじゃないかと自分では思ってて。
小熊 : それは言えてますね。土臭いというか、”アーシー”な感じとは違った感覚は“シティ・ポップ”に括られている人たちのほぼ全員が共通して持っているんじゃないですかね。それってなんなんでしょうね。みんな音楽性はバラバラのはずなんだけど、総じて耳馴染みがいいっていうか。河村さんがそれを前にTwitterかなんかで“バリアリック”って表現していたのは結構ピンとくるところがあって。
ーーそれこそDJのクリスタルさん(TRAKS BOYS / ((さらうんど)) / JINTANA & EMERALDS)とか、やけのはらさんとか、DJカルチャー的なところが掘ってプレイしてた山下達郎周辺とか、あとはそこから出てくる作品のいわゆる”シティ・ポップ”さとかってゴリゴリのダンスフロアよりも、わりとインディ・ロックの近くにあるんじゃないかと。そこは間接的にいまのインディ・ロックに影響を与えてるんじゃないかな。そういう部分。そういう意味で、折衷という意味でのバリアリックという言葉を使ってみたんですが。その裏でいまのインディ・ロックとそういうフィーリングの”糊”みたいなものに折衷主義、言い換えればポストロック的思考もあってというか。
小熊 : もともとのポストロックもDJカルチャーに近かったですからね。DJ的な感覚はいまの日本のインディ・ロック・バンドにも共通して感じられますし。ただ、そういうバンドは渋谷系と比べられることが多々あるけど、その比較はちょっと違うのかなとも思うんですよ。
ーーヒップホップやクラブ・ジャズの”ジャズ”のサンプリングのフィーリングを通過して、さらにポストロック的なDAWの身体感覚で演奏してジャズをやると『Jazz The New Chapter』的なものになるみたいな話ってあると思うんですけど、いま触れたような日本のバンドの感覚も、ジャズじゃなくていろいろな音楽を吸収して、その身体感覚で演奏したらこうなったっていう感覚がありますよね。そうすると、渋谷系をある種のサンプリングのアートフォームとすると、まさに対になるというか。まさしく渋谷系って日本のバリアリック的なところもあるのでさっきの話と矛盾するんですが(笑)。
小熊 : 吉田ヨウヘイgroupが、『Jazz The New Chapter』的な作品に影響を受けてドラムに取り入れようとしたときも、当然ただ音を引っこ抜くわけがなく、全く同じ様には叩けなくてもいろいろ試行錯誤して、最終的には自分たちのプレイとしか言えないものになっていた。ceroもそうですけど、それがサンプリングじゃないっていうのがあって、それが2015年のトピックなんじゃないかと。
金子 : OGRE YOU ASSHOLEとかもまさにそういうタイプですよね。ネタとしてではなくて、その感覚をいかに抽出するかっていう。『ディスク・ガイド』に掲載されているアーティストだとPeople In The Boxとかもそういうタイプで。
ーーということでここからは『ディスク・ガイド』刊行後にリリースされた / される、その重要作ということでtoe、mouse on the keys、te'、バトルス、にせんねんもんだいを取り上げてみようかと。
『ポストロック・ディスク・ガイド』的「今夏の重要盤5作」
toe『HEAR YOU』
金子 : すごいよかったですね。『ディスク・ガイド』でも美濃さんが喋ってくれたんですが、最初はアメフトだったりとか、アメリカのポスト・ハードコア的なポストロックが雛形になってるんだけど、リスナーとしてはブラック・ミュージックとかも好きで。ひとつ前の作品ぐらいから、そういったヒップホップやネオソウルの色が強くなってきて、今回もそうしたサウンドの延長にあると言っていいと思います。アンサンブル的にはかなりおもしろい。
小熊 : 10年前にこんなポストロックなかったですよね。一言で表現できない、いろんな紆余曲折を経た末の音って感じがします。だからこそ、ここまで音を削ぎ落とせるんだなっていう感じで。アルバムは総じてストイックですよね。例えば木村カエラの歌ってる曲にはネオ・ソウルやロバート・グラスパーとか、そういう感覚があるなと。
金子 : 海外の『NPR』ってサイトがドラムの柏倉さんのことをクエストラヴ(The Roots)みたいだって書いてて、まさにブラック・ミュージック的な削ぎ落とし方がある。さっき話題に挙がったceroとかとも繋がっていくという話で。
mouse on the keys『the flowers of romance』
金子 : mouse on the keysはジャズの背景はもありつつ、やっぱりエレクトロニック・ミュージックを通過した感覚があるんですよね。ドラムは生々しくて荒々しいんだけど、構築的に整っているところはエレクトロニック・ミュージック以降の感覚っていうのがあるというか。初期からそうだったんだけど、それをさらに突き詰めてる感じっていうのはありますね。
小熊 : 6年ぶりのアルバムなんですよね。fox capture planが広く支持されて、海外でもゴーゴー・ペンギンのようなバンドも注目されている現状を先駆けていたバンドだと思いますが、この作品はブランクを全く感じさせない同時代性もあるし、とにかく攻めた内容で面白い。むしろ、海外のリスナーが聴いたらビックリしそうな一枚ですね。アルバムのタイトルもバッチリだし。
te'『其れは、繙かれた『結晶』の断片。或いは赫奕たる日輪の残照。』
金子 : 前二者に比べるとオールドスクールなスタイルではあると思います。ドラムも手数が多いし、ギターも轟音だし、河野さんは「ポストロックが好き」って宣言している人だから、そこを守りたいっていうところもあるんだろうし、te'のオリジナリティがはやっぱりそこにあるんだろうなと。te’は他の媒体で取材をしていて、そのときも言っていたことなんですけど、「今回の作品はコンセプチャルだ」というのがひとつトピックとしてあるんですね。アルバム自体にストーリー性があって、インタールード的な曲が入ってる。こういう作り方をするポストロックのバンドってあんまりいないから、おもしろいなって思いました。ちなみにストーリー性のある作品で参考にしたのはTMネットワークの『CAROL』らしいです(笑)。
Battles『La Di Da Di』(9月15日配信開始)
小熊 : 前作の『Gloss Drop』は制作中にタイヨンダイが脱退して、一度出来上がったものをボツにして作ったわけですよね。そういう経緯があるだけに「違うものを作ってやろう」と考えるのも頷けるけど、その結果がすべてうまくいったかというと、そうではなかった部分もあったと思うんですよ。少し頭でっかちな作品だったんじゃないかな。それが今回はもっと素直というか、シンプルな作品で。ポスト・プロダクションを施した形跡もあるんだけど、サウンドは無骨で、しかも聴きやすい。全編インストというのも正解ですよね。いろいろ考えて、最終的には「自分たちだけでいくんだ」っていう思い切りの良さが出ている。王道というか、正統派らしいたくましさがありますね。
金子 : 前作を出して「次もゲスト・ヴォーカルを入れて作るのか?」っていうのはやっぱり悩んだと思うんです。でも、アルバムを聴くと1周まわって戻って来たっていう感じがして。ある意味すごく「ポストロックらしい」アルバムなので、このタイミングで出るのはありだなっていうか。
にせんねんもんだい『#N/A』(9月15日配信開始)
ーーにせんねんもんだいに関していうと、ポストロックというよりも出自的にはオルタナという感じだとは思うんですが、クラウトロック的なハンマービートを経て、最近の人力テクノじみたところはTRANS AMじゃないですけどポストロック感あるかなと。で、なおかつ今回はエイドリアン・シャーウッドのポストプロダクション的なところが加わっていて。
小熊 : これは実に「にせんねんもんだい+エイドリアン・シャーウッド」の音ですね。モロににせんねんっぽいギターの反復もあれば、まるで生演奏っぽくない脱構築したサウンドもあって、これまでと感覚的に違う部分もたくさんある。これは完全に想像ですけど、良くも悪くも型が完成したバンドというイメージもあったので、それを一度壊したかったという狙いもあったのかな。最近のダブステップを通過したあとの、インダストリアル・リヴァイヴァルの流れとかでも聴けちゃいますよね。
金子 : トータスの初期がわかりやすく体現しているように、ポストロックにおいてダブは重要な要素なんだよっていうのを示す意味でも、この組み合わせはすごくいいですね。
OTOTOY配信作の『ポストロック・ディスク・ガイド』的おすすめ
邦楽編(選 / コメント : 金子厚武)
ハイスイノナサ『街について』
mouse on the keysが好きならハイスイノナサは絶対に聴いて欲しい。ミニマルなピアノと電子音楽を通過した編集感覚の融合が基本的にはあるので。これは初期の作品なんで若干荒削りですけど、いまにいたるバンドのベーシックがすでにここにあると思います。ベーシストがエンジニアをやっていて、 DALLJUB STEP CLUBを手がけていたり、多面性を持っているバンドですね。
9dw『9dw』
9dwがやっている〈Catune〉はtoeを世に送り出したレーベルであり、9dwという名義に変わる前のnine days wonderはmouse on the keysの母体なので、toeやmouse on the keysの新作と一緒にいま聴いてみてほしいなと。9dwに名前が変わってからはエレクトロニックなフュージョン寄りのサウンドなので、近年のブラック・ミュージックの流行の先駆けという感覚でも聴けるかもしれません。
world's end girlfriend『Hurtbreak wonderland』
今年world's end girlfriendのレーベル〈Virgin Babylon〉が5周年なので、今改めて聴いてみてほしいなと。電子音とオーケストレーションの組み合わせで描く壮大な音像は、非常にポストロック的だと言っていいと思います。ポストロックの人たちって基本的にカウンター的な要素を持っているので、ネットとかを駆使しながら今のシーンに揺さぶりをかけ続けているアーティスト、レーベルであるという、その姿勢もポストロック的かなと。
nhhmbase『nhhmbase』
2000年代後半の〈O-NEST〉周辺のシーンを代表する存在かなと。凝った変拍子とアンサンブル、爆発的なステージングの痛快さで、スバ抜けてるおもしろいバンドだったと思います。これは一番最初の作品で、ポップさでは一番の作品かなと。これをリリースしている〈& records〉は、つい最近もアメフトを呼んだり、日本のポストロック・シーンへの影響がとても大きいですね。
Spangle call Lilli line『Nanae』
5年ぶりの活動再開が発表されてたので、復習の意味で今聴くのがいいんじゃないかと。スパングルはシカゴ音響派とかの感覚をいち早く取り入れて、日本人らしいポップスをやっていた人たちですね。このアルバムにはサンガツのメンバーも参加していて、肉体感のあるすごくいい作品なので、ぜひ聴いてほしいなと思います。
洋楽編(選 / コメント : 小熊俊哉)
Helios『Eingya』
このアルバムは、ポストロックとエレクトロニカが寄り添って一番盛り上がってた頃の美しい思い出の作品というか。まずはジャケットが最高ですよね。それに、いま聴くとしっくりくるところも多い。。エレクトロニカは経年劣化している作品も多いけど、このアルバムは才能のある音楽家が丹精込めて作ってる感じが すごくいい。この人はゴールドムンドという名義ではポスト・クラシカルを手掛けているわけで、文脈が整理された今こそいろいろな聴き方ができるんじゃないかな。
THE HIGH LLAMAS『Talahomi Way』
この本が出来てから、「ハイ・ラマズは今が全盛期」って誰だったかが言ってたんですよ。これがその最新作で、実際に内容もいい。このアルバムに関してはポストロックというよりは、アメリカーナな箱庭ポップとして最高です。夏向きだし。ショーン・オヘイガンって、最近でもシャーラタンズのアルバムとか、あとはステレオラブのティム・ゲインと一緒に「間奏曲はパリで」という映画にも携わっているんですけど、ポストロックにおいては珍しいタイプの職人ですよね。
I Am Robot And Proud『People Music』
エレクトロニカで一時代を築いた人だと思うんですけど、このアルバムは一緒にツアーも廻ったバンドを連れて、その演奏を元にポスト・プロダクションを施して作られたアルバムで、それってまさしくポストロック的なコンセプトですよね。音の響きもポストロック的。昔はエレクトロニカ系のライヴってラップトップ一台で済ませる人が多くて。機材の制約があるとはいえ、あれはよくないとずっと思ってました。そういう意味でもこのアルバムはよかった。2015年にこんな回答が届くとは思わなかったし、これがまさに2015年らしさだとも思う。今度また新作が出ますけど、新たな黄金時代を迎えているアーティストではないでしょうか。
These New Puritans『Field of Reeds』
特に最近の日本ではあまり語られないところだと思うんだけど、今さらの話ですが、トーク・トークはポストロック史において本当に大きいわけですよね。『Spirit Of Eden』や1991年の『Laughing Stock』はポストロックの先駆者として有名な“ポストロック”という言葉が生まれるきっかけになったバーク・サイコシスにも影響を与えているし、そこから後のボン・イヴェールにまで繋がっている。後者によるトーク・トークのカヴァーもYouTubeにありますよ。それで、このアルバムはバーク・サイコシスのメンバーも制作に携わって、あまりにもトーク・トーク的なんだけどでクラシカルで神秘的なサウンドを獲得している。それをもっとスティーヴ・ライヒ的な意匠でポップに消化したともいえそうなのがダッチ・アンクルズの今年出たアルバムで、こちらもやっぱり凄くよかった。けど、そういうUKの先鋭的な動きって、日本ではあんまり話題にならなくてもったいないですね。
Jaga Jazzist『Starfire』
ベテランが貫禄を示したというか。時代のムードにフィットさせた聴き応えのある作品でしたね。またライヴを観たくなる。ポストロックの文脈とは関係ないですか、トッド・テリエのリミックスもよかった。北欧繋がりで、トッド・ラングレンがリンドストロームやセレナ・マニッシュと組んだ作品にも通じるものを感じましたが、コズミックなサウンドが気持ちいいんですよ。
サマーキャンペーン用“合い言葉”… ポストロック的感覚の向こう側
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プロフィール
金子厚武(かねこあつたけ)
1979年生まれ。埼玉県熊谷市出身。インディーズのバンド活動、音楽出版社への勤務を経て、現在はフリーランスのライター。音楽を中心に、インタヴューやライティングを手がける。主な執筆媒体は『MUSICA』、『ミュージック・マガジン』『bounce』『MARQUEE』『CINRA』など。
小熊俊哉(おぐまとしや)
編集者/ライター。1986年新潟生まれ。2015年3月までクロスビート、現在はタワーレコードの音楽サイト「Mikiki」の編集部に所属。『Jazz The New Chapter』『クワイエット・コーナー 心を静める音楽集』『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』などの書籍/ムックを担当。CDのライナーノーツを執筆したり、音楽メディア向けに寄稿したりもたまに。 Twitter : @kitikuma3