2023/12/14 18:00

効果音から文化としての「ゲーム音楽」へ──書評 : 鴫原盛之著『ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生』

オトトイ読んだ Vol.20

オトトイ読んだ Vol.20
文 : imdkm
今回のお題
『ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生』 鴫原盛之 : 著
ele-king Books : 刊
出版社サイト
Amazon.co.jp


 OTOTOYの書籍コーナー“オトトイ読んだ”。今回は鴫原盛之著『ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生』。世界的なヒットとなった「パックマン」をはじめ、現在まで、アーケードから家庭用ゲーム機まで数々の名作ゲーム・タイトル、そして付随してゲーム音楽においても「名曲」を生み出してきたナムコ。「ギャラクシアン」「ニューラリーX」「ゼビウス」「マッピー」などなど、ゲーム音楽における古典とも言えるナムコの作品について、その背景・誕生秘話を、多くの取材・証言から浮かびあがらせた1冊です。余談ですが、OTOTOYでもここ数年、ゲーム音楽作品の売れ行きはそれなりの割合を占めていて、その根強い人気ぶりを、まさに肌で感じています。と、今回はそんな『ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生』をライターのimdkmによる書評にてお届けします。(編)

ゲーム音楽の発展史、そしてナムコのサウンド

──書評 : 鴫原盛之著『ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生』──
文 : imdkm


 ニック・ドワイヤーによるドキュメンタリー・シリーズ『Diggin' in the Carts』(2014年)をひとつの嚆矢として、2010年代なかば以来その歴史の掘り起こしが進んできたゲーム音楽。ポップ・カルチャーにおけるビデオ・ゲームの存在感が増し続けるなかで、ゲーム音楽の成立や受容をめぐる歴史がディスクガイドや通史、評論といったかたちで、特に日本語で地道にまとめられていることの意義は大きい。
 鴫原盛之 『ナムコはいかにして世界を変えたのか――ゲーム音楽の誕生』(Pヴァイン、2013年)もそんなゲーム音楽研究・評論の蓄積に資する一冊だ。タイトル通り、ゲーム音楽史のなかでも重要な役割を果たしたメーカー、ナムコに焦点をあてている。ナムコは「パックマン」、「ニューラリーX」、「ゼビウス」をはじめとしたゲーム音楽史上の重要作品を数多く残しただけではなく、独自のサウンドやノウハウによって同業他社から一歩先んじてきた。
 本書の読みどころはまず第一に、ひろくゲーム史の観点から、ゲームのサウンドトラックがシンプルな効果音のレベルからどのようにして発展していったか、またどのように数々の名作のサウンドトラックが生み出されていったかを既存の資料や関係者のインタビューをもとにいきいきと記述していることだろう。
 ここで「いきいきと」、なんていうだけではちょっと不十分かもしれない。たとえば第三章「「ゲーム音楽の父」大野木宣幸」で深掘りされる、ナムコの名物コンポーザー大野木宣幸の業績とそのパーソナリティはとりわけ強烈だ。つづく第四章では、慶野由利子や小沢純子など、大野木の後に入社してきた専業のコンポーザーたちの仕事が取り上げられるが、そこでも大野木の(ある種の)教育者としての存在感も印象深い。特に、プログラミングの経験がなかった慶野のために、音楽のプログラミングを学ぶ専用の筐体を用意したなんてエピソードからは、その面倒見の良さと、いまだ黎明期であったゲーム音楽という分野への高い意識がうかがえる。もちろん、そうした環境をスプリングボードとして活躍した慶野や小沢ら後続の世代の重要性も強調しすぎるということはない。
 また、コンシューマー機におけるゲーム音楽像を前提とした「制限の美学」(ファミリーコンピューターやゲームボーイの限られた同時発音数や音色、等々)の物語とは異なる、アーケードゲームにおけるゲーム音楽の現場を伺い知れたことも収穫だった。ナムコのサウンドを特徴づける任意波形発生回路のような独自技術をはじめ、カスタムICによる最新技術を投入したサウンドドライバが表現の可能性を押し広げていく様子は、いまのゲーム音楽をめぐる環境から遡及的に投影される「制約の中で生み出される創意工夫」にとどまらないテクノロジーと表現のダイナミックな相互作用を感じさせる。
 しかし、のちのゲーム音楽受容を考えるならば、第五章の「「ゲーム音楽」市場の形成」がもっとも興味深いところだろう。ゲーム音楽がゲームそのものから離れて、ある程度自律した市場を形成するに至るまでの歴史をつぶさに追いかける章だ。アルファレコードから発売された『ビデオ・ゲーム・ミュージック』(1984年)を端緒としたゲームのサウンドトラック盤(アレンジ楽曲も含む)市場の隆盛は、ゲームの開発現場や実際にゲームがプレイされている現場と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に、ゲーム音楽という文化そのものを成立させたと言えるだろう。
 2019年に出版された田中”hally”治久監修の『ゲーム音楽ディスクガイド』(Pヴァイン)は、レコードやCDではなくゲームのカートリッジをdigするのだ、という『Diggin' in the Carts』のコンセプトをもう一度裏返して、録音物として流通したゲーム音楽作品に焦点をあてた「ディスクガイド」だが、そんな重要な試みも、アルファレコードとナムコが出会っていなかったらまた違ったことになっていたかもしれない……と思いを馳せてしまう。
 作品という単位やゲームというメディアではなく、ナムコといういち企業の歴史に焦点をあてることで本書が浮かび上がらせるゲーム音楽史は、ダイナミックで多面的だ。そこに最大の美点がある。

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