遺作『My Way』リリースを期に彼女の才能を見出した人物が振り返る、シンガーORIGAが目指したもの

2015年1月に急逝したシンガー、ORIGA。彼女が残した歌声を元に制作されたシングル『MY WAY』が3月16日にリリースされた。ロシアから来日し日本でシンガーになる夢を叶えた彼女は、どんなシンガーになろうとし、なにを目指して活動していたのか。「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」や「ファイナルファンタジーXIII-2」といったアニメ作品への楽曲提供で名を上げた彼女の、デビュー当初のエピソードから晩年の創作活動に至るまで、所属していた株式会社ロードアンドスカイ・オーガニゼイション代表取締役・高橋信彦のエピソードを交えて振り返ってみよう。
ORIGA『My Way』
【配信形態】ALAC, FLAC, WAV, AAC
【配信価格】まとめ購入 1,200円 / 単曲 231円
【Track List】
1. Freedom
2. My Way
3. Freedom (In Memory Remix)
4. Freedom (Instrumental)
5. My Way (Instrumental)
どこにも当てはまらない歌声を持つシンガー
圧倒的なスケールを感じさせる歌唱力と、どことなくエキゾティックで無国籍な印象を受けるヴォーカリゼーション。記憶の底にある郷愁を掻き立てるような情感を漂わせるその歌声は、まるでおとぎ話のようなORIGAの人生そのものを物語っている。ロシア人シンガー・ORIGAはどこからやってきて、どのような活動をしてきたアーティストなのだろう。
1970年にロシア・ノヴォシビルスク市に生まれ、中学・高校では音楽専門学校に通っていたというORIGA。彼女と日本との関係は、ノヴォシビルスク市と札幌市が姉妹都市だったことから始まる。1991年に3ヶ月間の期間留学生として来日し札幌にホームステイしていた彼女は、イベントでロシア民謡を歌うなど、度々歌う機会を与えられた。その歌声を聴いたイベント制作会社の担当者を介して送られてきたデモ・テープは、ある人物に届けられ、彼女の運命は動き出す。

現在、株式会社ロードアンドスカイ・オーガニゼイション代表取締役を務める高橋信彦こそがORIGAを見出した人物だ。日本での活動のみならず、晩年まで彼女のアーティスト活動をサポートした高橋は、初めてORIGAの歌声を聴いたときのことを「不思議な感じがした」と回想する。
「ロシア語の歌ってどんなものかな? と聴いてみたら、とても滑らかで心地良かったんです。メロディも、欧米の洋楽の流れにハマらない気がしたので“なんでこういう形になるのかな?”と」
80年代終わりから90年代初頭にかけては、ユッスー・ンドゥールやエンヤらによるワールド・ミュージック・ブームが起こっていたこともあり、非英語圏の曲を聴く機会も多かったという高橋の耳をもってしても、ORIGAの歌声はどこにも当てはまらなかったという。
「彼女が10代の途中から、アメリカのポップスとかが、ロシアに流れて来るようになったらしくて、聴いてはいたらしいんですけど、“順序”がないんです。僕らからすると、これの次はこれを聴こう、みたいな流れがあるじゃないですか? でもORIGAに限らず、ロシアの人たちは順序がバラバラなんです。時代性が違うものが一緒に流れてくるから、時系列に沿って聴いてきたわけじゃないんですよ。家庭用の電話がないのにいきなり携帯になっちゃったみたいな感じなんですよね(笑)。出逢った頃にアーティストで誰が好きか訊いたら、「フィル・コリンズ」って言われて。わからなくもないけどそうかあ、ってちょっとびっくりしたんですよ。別のロシア人に訊いたら、それこそザ・ビートルズとアイアン・メイデンを一緒に聴いてるんですよ。なんだそれは? という。だから逆にそこにおもしろいもの、僕らの常識的なものとは違うおもしろいものができる可能性を感じました」
その魅力に心を掴まれた高橋は、93年にレコード会社も決めないままレコーディングを敢行、彼女を東京に住まわせてマネージメントを開始。94年には東芝EMIから1stアルバム『ORIGA』が発売され、ここに日本で活動するロシア人シンガー・ORIGAが誕生した。荘厳さを纏ったアブストラクトな音像の「リリカ」から始まるこのアルバムからは、ワールド・ミュージック的なアプローチを試みつつも、彼女がすでにシンガーとして完成していることがわかる。
それにしても、短期間のホームステイならともかく、ロシアから遠く離れた異国の地・日本に移り住んでシンガーとして活動するというのは思い切った行動だが、彼女に躊躇はなかったという。その理由について、後に高橋は本人からこう訊かされている。神秘性な歌声を持つ彼女らしいエピソードだ。
「彼女は10歳くらいのときに、『20歳くらいで東の方に何か光が見えて縁がある』ということを誰かに言われたらしくて。日本に行くことになったとき、『これだ』と思ったそうなんです」
アニメ、ゲーム系音楽への方向転換
東京に居を移してから2年くらいは、日本語学校に通いながら音楽活動を行っていたORIGA。事務所のそばに住んでいたとはいえ、言葉も通じず知り合いもいない不慣れな異国の地での生活に、周囲も心配をしていたという。しかし、持ち前の性格から好奇心の方が勝っており、近くにある渋谷の街中や代々木公園に足を運んで多くの人や文化から刺激を受けていたらしく、さほど心配することはなかったようだ。
アーティストとしては、あくまでも感覚に従って彼女を育てていったという高橋は「未知のロシアの才能を日本のミュージシャンと融合させることで、日本をポイントにして世界に行ける可能性があるんじゃないかとは思っていましたね。その当時の日本のチャートに乗っているようなものは一切無視して、彼女の音楽から発想するものをアレンジ、演奏してくださいというのは制作する際に言っていました。ORIGAも最初の頃は素人で初めてのことばかりですから、レコーディング技術への対応を含めて自分の音楽を形作ることで頭がいっぱいだったと思います」と、デビュー当時のORIGAの様子を振り返る。

後年、ORIGAは「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」や「ファイナルファンタジーXIII-2」をはじめとするアニメ、ゲームの曲を歌うことで支持を得ることになるが、当初からそういったカルチャーとの親和性を視野に入れていたわけではなかった。ただ、当時からORIGAに興味を持つミュージシャンは多かった。デビュー・アルバムにピアニストとして参加した作曲家・プロデューサーの菅野よう子とのつながりからアニメ作品に携わることになったり、COLDFEETのWatusiやアルバムのプロデューサーを務めた梁邦彦らから音作りを教わることで、彼女は徐々に単なるシンガーからトラック作りも自ら手掛けるアーティストへと成長していく。また、後年SUGIZOのレコーディングやツアーに参加していたことでも知られている。
「音楽に関してはものすごくアグレッシヴでした。サウンドだけじゃなくて、コーラス・ワークなんて、いじらせなかったですからね。SSWって曲が出来たらある種終わりみたいな感じで、アレンジは誰かにお任せする人というのが多いと思うんですけど、彼女はどんどん全部自分で作るようになっていったんです」(高橋)

遺作となる今作『My Way』は、クラブ・ミュージック寄りのトラックとなっており、晩年のORIGAが抱いてたサウンド・イメージを聴くことができる。彼女はシンガーとしてだけでなく、トラック・メーカーとしての手腕も発揮できるこの作品の制作に大きなやりがいを感じていたという。ロシア語ではなく日本語で歌われたヴォーカルとベーシック・トラックはすでにドイツで録音されていたものの、制作途中で彼女が急死したことにより残された音源をもとに制作意図を汲んでアディショナル・プロダクションが施され、山口寛雄(100s)、柏倉隆史(toe、the HIATUS)、三井律郎(THE YOUTH、LOST IN TIME、la la larks)、岡村美央ら名うてのプレイヤーが参加、アレンジを未知瑠(ORIGAと共作)、飛内将大が担当して「My Way」「Freedom」の2曲を完成させた。また、ORIGAと縁の深いCOLDFEETが「Freedom」の“In Memory Remix”を手掛けていることもファンにとっては感慨深いだろう。
晩年の活動と、彼女が息を引き取るまで
2011年から東京を離れ、イラン人の夫、子どもと共に家族でカナダ・モントリオールに移住していたORIGAは、カナダに住んでから初めて、自分が「攻殻機動隊」を代表とするアニメやゲーム好きな人にとって有名な存在であることを自覚したという。亡くなる前年には、ヨーロッパのイベント等に積極的に出演してアニメ曲を歌う等、アニメ・ゲームファンに向けた活動のしかたに意識的になり、アーティストとして新たなステップに踏み出そうとしていただけに、志なかばでこの世を去ってしまったことは残念だ。アーティストとして魅力的だっただけでなく、「すごくオープンで、嫌われない人間だった」という彼女は、2015年1月17日に惜しまれつつ日本で44年の短い生涯を閉じた。
「スケジュールが組まれていたのでちょっと早めに日本に来たんですけど、日本で息を引き取れたからよかったのかなあと思うんですよ。44歳で亡くなるまでに、最期の4年間はバンクーバーで、後はロシアと日本で半々ですから、ほとんど第2の故郷といって間違いないので。というよりも、ロシアにいた頃はまだそんなに物心がついていない頃で、この20年で自分の希望だったミュージシャンになって、家庭を持ったわけですから、そういう意味では第2の故郷というよりは… これもそういう導きだったのかなと僕らも思ったんですけどね」
遠くロシアに生まれ、日本でその生涯を終えたORIGA。自由な精神で常に何かを求めて生きた1人の人間の物語を、その歌声から感じとってほしい。(text by 岡本貴之)
ORIGAの作品、参加作品
ORIGA『Lost and Found』
ORIGAの死去後に発表された作品。ORIGAがカナダ移住後にセルフ・プロデュースで制作した最後のオリジナル・アルバム『Amon Ra』と、ロシア民謡が題材のミニ・アルバム『The Annulet』から構成される。『Amon Ra』では、モスクワ在住のロシア人ミュージシャンPasha Starと共作(日本語詞、編曲)した楽曲も収録。
【配信形態】ALAC, FLAC, WAV, AAC, MP3
【配信価格】まとめ購入 2,160円 / 単曲 143円
【Track List】
ディスク1
1. Vague Words
2. Amon Ra
3. Shooting Star
4. Illusory Paradise
5. July
6. Indigo
7. One Way
8. Sun
9. Full Moon Night
ディスク2
1. Kolechko
2. Javronyonok
3. Selezen
4. Cheryomushka
5. Utushka
6. Electric Sun ’ORIGA’
7. INORI
8. Voice from Aurora ~I can hear it even now~
志方 あきこ and more / Ar nosurge Genometric Concert side.蒼~刻神楽~(24bit/48kHz)
【配信形態】 ALAC, FLAC, WAV
【配信価格】 まとめ購入 3,000円(税込) / 単曲 M1-9 370円、M10-16 185円(税込)
【Track List】
1. 彼方 -- 柳川和樹
2. Class::CIEL_NOSURGE; -- 志方 あきこ
3. Class::XIO_PROCEED; -- 志方 あきこ
4. Lxa ti-cia -- 志方 あきこ
5. ラシェール・リンカーネイション -- 志方 あきこ
6. em-pyei-n vari-fen jang; -- ORIGA
7. yal fii-ne noh-iar; -- ORIGA
8. -K -- 柳川和樹
9. Hymmn::CHUMPI;~BattleSongs~ -- 志方 あきこ
10. Hymmn::CHUMPI;~BattleSongs~ -- 志方 あきこ
11. Hymmn::ARTIFICIAL_FLOWER;~BattleSongs~ -- 志方 あきこ
12. Hymmn::AMENO_MURAKUMONO_MIKUJI;~BattleSongs~ -- 志方 あきこ
13. Hymmn::TOKIKAGURA_TENTOUKI;~BattleSongs~ -- 志方あきこ&霜月はるか
14. Hymmn::SEXY_METAL_IDOL;~BattleSongs~ -- 志方 あきこ
15. Hymmn::I_HAVE_NO_ROYALTY_INCOME;~BattleSongs~ -- 志方 あきこ
16. Hymmn::7TH_APOCALYPSE;~BattleSongs~ -- 志方 あきこ
PROFILE
ORIGA
1970年ロシア・ノボシビルスク市に生まれる。音楽学校を卒業後、札幌市にホー ムステイとして滞在したことをきっかけに1993年にROAD&SKYと契約を結び、1994 年にアルバム『ORIGA』で東芝EMIからメジャーデビュー。1998年の2ndシングル 『ポーリュシカポーレ』は、TBS系ドラマ『青の時代』のオープニングテーマと なる。同年9月23日には同曲をボーナス・トラックに加えたアルバム『永遠。』 を発売、ロシア語ポップス・アルバムとしてはじめてオリコンチャートに登場し た。映画『アリーテ姫』、アニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の主題歌 やJR東海のCMなどにヴォーカリストとして参加、2011年にはゲーム『ファイナル ファンタジーXⅢ-2』にも参加している。2015年1月17日 死去。