30年の月日が生んだ"有機的なテクノ"——dip in the pool、アニヴァーサリー・イヤーに贈る初のハイレゾ

モデル、女優としての確固たるキャリアをもつ甲田益也子と、作・編曲 / キーボードを担当する木村達司によるユニット、dip in the pool。デビュー30周年を迎える2015年、記念すべき10作目のアルバム『HIGHWIRE WALKER』が届けられた。ラグジュアリーかつ甘美な響きをもつ甲田の歌声、そして浮遊感に満ちたドリーミーな世界観はそのままに、今作はボサノヴァ、アンビエントなども取り込んだハイブリッドな1作に仕上がっている。OTOTOYでは、そんな10thアルバムを24bit/96kHzのハイレゾで配信開始。アーティスト自身が"有機的なテクノ"と語るサウンドの独特な質感は、ぜひ高音質で味わってほしい。インタヴューとあわせてお楽しみください。
ハイレゾで買えるのはOTOTOYだけ!!!
デビュー30周年の10thアルバムを配信開始!!!
dip in the pool / HIGHWIRE WALKER
【配信形態】
ALAC / FLAC / WAV / AAC (24bit/96kHz)
※ファイル形式について詳しくはこちら
【価格】
1,800円(税込)(単曲は各250円)
【収録曲】
01. Bali Ha'i
02. a boat sublime
03. Northern Lights
04. toast to my shadows
05. the house of change
06. Air-fish
07. Woman
08. a king unseen
INTERVIEW : dip in the pool
ミュージカル映画「南太平洋」からのサイケデリックなカヴァー「Bali Ha’i」で始まるこのアルバムは、前作『brown eyes』で顕著だった木村達司によるミニマルで先鋭的、ややもすると冷たくも感じるトラックのタッチと比較するとかなり大胆に変化を遂げた作品だ。90年代後半のJ-POP的なアプローチを感じさせる「a boat sublime」、ボサノヴァ調の「Northern Lights」で聴かせる甲田益也子のリラックスした歌声。かと思えばエレクトロなトラック「Air-fish」が飛び出す等、40分弱のアルバムの中にさまざまな表情を覗かせている。今年でデビュー30周年、一見マイペースに音楽と寄り添ってきたかのように見える彼らが記念すべき10作目のアルバムに『HIGHWIRE WALKER』と名付けた理由とは? そして時代と共に変化する音楽制作環境の変化についても熱く語ってもらった。
インタヴュー & 文 : 岡本貴之
写真 : 外林健太
実は根底には“有機的なテクノ”というのがずっとある
——近年のdip in the poolの活動から考えると、3年振りのアルバムという短いタームでのリリースとなりました。それはやはり14年振りにリリースした前作『brown eyes』の反響の大きさがあったからなんでしょうか。
木村達司(作曲 / 編曲)(以下、木村) : いまどきって、あんまり長期にわたってどこかのレーベルなり原盤会社とやることって少なくなっているじゃないですか? 昔は例えばメジャーでやるなら何年契約というふうに、1年に1作とか決められて活動したけれども最近そういうのはあまりなくて。僕らもそんな感じで、作りましょうと言ってくださった原盤会社の方と、いつまでにこのアイテムをと焦って出すよりはいいものを、という感じで付き合っていただいて気付いたら3年経ってました。なので作ることが決まって出来るまでは結構かかっているんですよ。足かけ2年くらいかな?
——その間もモーガン・フィッシャー、安田寿之さんとのアンビエント作品『Portmanteau』や故・佐久間正英さんとゆあさみちるさんのユニットblue et bleu(ブルー・エ・ブリュ)のプロデュースを手掛けたりと精力的に活動はしていらっしゃいましたよね。
木村 : そうですね。時系列を整理すると、Portmanteauが終わってからdipに取り掛かった感じですね。それでdipが終わってからblue et bleuに取り掛かったんです。
——甲田さんもその間は特に気負わずにマイペースで生活と共に音楽を作って行くという感じだったんでしょうか。
甲田益也子(ヴォーカル)(以下、甲田) : 私が始動するのはデモが出来てからなんで、それ待ちという感じですね。それがわりかし時間がかかった感じです。14年から3年というと短く感じますけど、話があってからは割と時間がかかってこっちの方に来た気がします。
——dip in the poolは今年でデビュー30周年で『HIGHWIRE WALKER』が10作目ということなんですが、特別な意識はありますか?
木村 : 30周年ということに気が付いたときには特に意識はなかったんですよ。今回10作目というキリのいい数字の物を作り上げて、佐久間さん絡みの音源もやらせてもらって段々響いてきている感じです。僕らはデビューから佐久間さんと一緒にアルバム3作くらい作ったところからキャリアを始めた人間で、佐久間さんが亡くなってからこういうことをやらせていただいたというのも、ひと回りしたのかな、みたいな感じですね。

——甲田さんは、80年代からdipのシンガーとしてだけでなく、モデルや女優としても活動してきた中での30年という月日ですが、振り返ってみてどのように感じていらっしゃいますか?
甲田 : う〜ん、あんまり意識していないです。30年といっても他人事みたいな感じですね。実感はないかもしれないですね。
木村 : 最初に話があったときの僕らとか原盤会社の方での思惑としては、(今回のアルバムは)去年に出ているはずだったんですよ(笑)。29周年で出るはずのものが、偶然30周年になったんです。
——今作を聴かせて頂いたときにとても柔らかくて心地良い印象だったんですけど、それに反してタイトルは『HIGHWIRE WALKER』という緊迫感を感じるものですが、このタイトルはどんな意図で付けられたんでしょう?
木村 : タイトルは甲田さんが思い浮かんだんですよね。
甲田 : そういう言葉を目にして、語感がよいなと思いまして。それを(木村に)伝えたら、色々思うところと合致してたみたいです。
木村 : 僕らはどういうジャンルにも捉えられるということをよしとはしなくて、ボーダーレスというかジャンルレスなことをやりたいなと思っていて。実は根底には“有機的なテクノ”というのがずっとあるんですけれどもね。僕は基本的にまともに弾ける楽器がひとつもないので弾くよりもいきなり音符やドットを打ち込んで行くこともあるので。極論すると機械がないと音楽ができないんですよ。かといってすべてがジャストな、今でいったらテクノやエレクトロみたいなものが好きかというと、興味の対象ではありますけど、特にそこが好きなわけではなくて。そんな人間なので、結局バランス感覚だけでやってきているんですよね。プレイヤーだったらキャリアを積めば腕も上がるしセンスも上がるかもしれないけど、僕はそうではないので。音楽を作るときには、今の時代の状況的に世の中にはこういう音楽が溢れているんだけどそこで僕らはどんな音楽をやるのかなということを考えつつ。結果的にはあんまり時代性を感じないし、すごく普遍的なものを感じますと言ってもらえるのはありがたいんですけど時代性をまったく無視しているわけでもなくて(笑)。たまたま自分たちの中でバランスを取って行ったら、そうなっているという感じですね。物を作ることには必ずついてまわることだ思うんですけど、バランスを取って行くというのも難しいんですよね。下手に振り過ぎると物凄く捉えどころのないものになったりとか、逆にわかりやすすぎてつまらないものになることもあるので。毎回アルバムごとに自分が望むバランスの取り方があるんですけど、作るごとに微妙な綱渡りをしている、というのは前々から思っていて。そこに彼女が『HIGHWIRE WALKER』という、高所で綱渡りをする人というような言葉を出してきたときに、ああなんか合ってるかなと思ったんです。
——なるほど、偶然出てきた言葉ではあるけれども必然的なタイトルでもあったんですね。
木村 : あとさっきの30年の話にも繋がることでもあるんですけど、30年やれているのが不思議に思う部分があるんですよね。例えばそのくらいの期間やるときってポイントポイントで賞を獲るとかある程度の数を商業的にセールスを上げたとか、その積み重ねで30年やれたりするじゃないですか。でも僕らはそういったこと一切なしに、みなさんのおかげでやれているというところもあって。キャリアとしての綱渡りもあるんだよなというのも込めてみました(笑)。
——有名なCM曲があったりするわけですから、一切なしにということはないとは思うんですが(笑)。ただこちらから見ると非常にマイペースに見えるんですけど、綱渡りでもあったと。
木村 : そうですね、振り返ってみると物凄く綱渡りだったりしたアルバムもあるし。ただそういうヒリヒリしたものがあるから続けていられるのかなという気もしますしね
僕は図面、設計図から引いて構築する方なんです
——今回のアルバムについては前作『brown eyes』と比べるとだいぶ曲の表情の違いを感じますけど、例えば1曲目の「Bali Ha’i」はライヴでは既に演奏されていて、今回初めてレコーディングされたんですね。
木村 : これは元々ハリウッド黄金期の「南太平洋」というミュージカル映画の挿入歌で、フランク・シナトラとかもカヴァーしていた曲なんですよ。音楽活動を休んでいた時期に甲田さんがカヴァーでやりたい曲があるって持ってきたのが「Bali Ha’i」で。じゃあやってみようかと。自分でやったことながら仕上がりを自分でもとても気に入っていて、ライヴでも何度かやっていたんですよね。それなりに評判も良かったのでじゃあこの機会にアルバムに入れようということで。
——「Bali Ha’i」の民族音楽的な音の印象と、ジャケットで甲田さんが立っている大木の印象が重なるなと思ったんです。

甲田 : ああ〜なるほどね。
木村 : ああ、確かに近いですよね。
——これは海外で撮影されたんですか?
木村 : ううん、横浜(笑)。根岸の森林公園ですね。
甲田 : なんの意図もないです(笑)。
——そうなんですか? 南洋的なロケーションを選んで撮影したのかと思ってました(笑)。
甲田 : いえ、全然そうじゃないんです。「いい木があるね」って、中野裕之さんという方が撮ってくださったんです。
木村 : ジャケットのディレクションを担当してくれたミック・イタヤさんという方が、今までは所謂かっこいいファッショナブルさだったり上質さという甲田さんのイメージを打ち出したジャケットが多かったんですけど、今回はその逆を行こうか、と。なんかスナップっぽい、素の2人を出すものにしたいとおっしゃって。なので職業カメラマンじゃなくて、でもちゃんとした絵を押さえてくれるであろう、僕らのビデオの90%を作ってくださっていて個人的な仲良しでもある中野裕之監督にお願いしたんです。いろんなスタッフが付いて行くと撮影って感じで硬くなっちゃうから、3人だけで小旅行感覚で行って撮ってきたんです。
——確かに甲田さんの過去の作品のイメージからすると日常的な感じで佇んでいますよね。
甲田 : そうですよね。
木村 : 皆さんそれぞれ独特のセンスで今みたいなお話をされるから、クリエイターとしてはありがたいというか、おもしろいですよ(笑)。

——「Bali Ha’i」のように民族音楽的な音もあれば、エレクトロな「Air-fish」もあったりしますね。この曲が一番現代的な印象ですが、敢えてこういう音も入れたいと思ったんでしょうか。
木村 : たぶん、自分が歌を歌うとかギターやピアノを弾くとなると、プレイヤーなり歌い手なりの初期衝動的な、思い立ったアイデアで作ると思うんですよ。僕はそうじゃなくて図面、設計図から引いて構築する方なんです。だから一個のものを作ると「似たようなものを作ってもな」ってどうしても思っちゃうんですよね。全曲似たような曲でもかっこいいブルースやロックのアルバムもあるじゃないですか? そういうタイプじゃないんで。こういう細かいビートの曲があるから、じゃあこういう曲があるとバランス的にはいいなということをいつも考えがちで。そんな中から生まれた曲ですね。
——木村さんが先程おっしゃった“有機的”という意味では「a boat sublime」が一際バンド・サウンドになっていますが、これはドラムも生音なんですか? このアルバムの中ではとてもポップさが際立っていますよね。
木村 : いや、ドラムは打ち込みですね。ピアノとギターは生音です。ちょっと強い曲をやりたいなと思って。これは結構サビのメロディが転調したり変わっているんですけど、そういうのってあんまりやってこなかったんです。何も説明なしに聴いた人はそうは思わないかもしれないけど、僕的には日本のこれまでの大衆音楽的なエッセンスを入れているつもりなんですよ。メロディの動きや転調だったり。基本的にへそ曲がりですから(笑)、最近日本のガラパゴス化というのが、否定的な意味で聴こえてくるじゃないですか? もちろんそれは多々あるんだけども、考えようによっては日本の中だけで熟成されてきたものは結構独特の価値体系を生むんじゃないかと思っている部分があって。それを変に洋楽とブレンドさせようとするとおかしくなるんだけども、それをストレートに出したときには、ガラパゴス島の動物みたいな特異性が世界の人にも面白く受け止められるものがあるんじゃないかなという気持ちもあって。でもそういうものは僕らがやる音楽とは違う土俵にあるものだと思ってずっとやってきたんですけど、10作も作ってある程度自分たちの音楽にも自信を持った今、そういうものをちょっと俯瞰的な所から、日本の綿々と続いてきている大衆音楽的なものの、グローバルな視点で見たときの音楽的特徴的なものを自分たちなりに入れてみるのも面白いんじゃないかなと思って。今まではコード進行なんかも僕は極めてシンプルというのを念頭に置いていたんですけど、今回は込み入らせてみた感じがありますね。それはメロディとの相関関係があるので、歌詞はつけにくかったみたいですね。
——これまでの木村さんのミニマルな音作りと比較すると、かなり抑揚がありますよね。
木村 : うん、かなりメリハリがありますよね。
——甲田さんにとっても意外なものが出てきた感じでしたか?
甲田 : うん、そうですね。これはスクリッティ・ポリッティ(Scritti Politti)とかが歌ったら良いんじゃないかなとかいう曲があったりして。
木村 : 白人3人組のグループで、MTV時代にバーンと出てきたアーティストなんですけど、ヴォーカルの志向が凄くソウルなんですよ。だけど音は洗練されたオシャレな音作りをしていて、一聴すると所謂ソウルとは違うんですけど、根は物凄く黒くて。
甲田 : すごくカッコイイですよ。
木村 : 僕が未だにお手本にするくらいによく出来た音楽で。ツアーでやりかけたんだけど、やっぱり再現不可能って言って諦めたような。
甲田 : だから30年経った私がこれを歌うか!? っていう曲もいくつかあったんですよね(笑)。
——最後の「a king unseen」はなんとなく不穏な空気も出しつつ終わりますね。
木村 : ああ、そうですね(笑)。「次はどうなるんだろう?」っていう予兆も含めていい終わり方だと思ったんで最後にこの曲にしました。
甲田 : 私はこの曲に限らずだいたい同じスタンスで向かっているんですけど、繰り返しのメロディで歌詞を書く分量が短い分、余計なことを考えずに本質を書けていると思います。
木村 : この曲はカナダのCFCFというミュージシャンからいきなりメールが来て一緒にやらないかと言われて作った曲なんです。80年代にオマージュするような自分のアルバムを作りたいから、アルバムを頭から終わりまで途切れなくして、その流れの中で2曲くらい参加してほしいと言ってきて。彼が80年代とかに夢中になって聴いていた歌姫の内の1人が甲田さんで、是非お願いしたいと言われて。それで取りあえず音を送ってもらって、音も808の前に606ってあったんですけど、それより前みたいなリズムボックスの音が鳴っていたりシンセの音もアナログのパッドの音がメインだったりして本当にサウンド自体80年代だったんですけど。ただ彼はメロディが書けないので、僕が書いたということなんです。
甲田 : この曲は“what a joy we're bathing”(喜びを浴びている)という歌詞があるんですけども、このフレーズを見つけられたことがこの曲の完成に繋がっていると思いますね。
——Portmanteauのリテイクとして収録されている「toast to my shadows」はより重厚な音作りになっていますが、なぜこの曲をリテイクしようと思ったんでしょうか?
木村 : Portmanteauって色々タイミングが悪くて、あんまりプロモーションできない状態で終わっちゃったんですよ(苦笑)。作品としては僕はものすごく好きで、機会があればまたあのメンツで出来たらいいなというのはあって。実はdipの曲なんだけど聴いたことがない人も結構いたので、どの曲かやろうかなということで。でもリアレンジといっても今回のdipの作品に取り掛かるってなったときにあんまり時間が経ってなかったんで、そんな短期間だと新しいアレンジというのは自分の中に湧いてきづらいし、だったらガラっと変えるのはやめようと。Portmanteauのときは、他の曲のために弾いてもらったピアノのテイクをぶった切ってサンプルのコラージュして別の曲に組み上げたんですね、実は。逆に今度は生のピアノをコードとかも変えて弾いていただいて。最初はアコギか生ピアノかはわからなかったですけど、生をメインにしたものでリテイクしようとは思っていました。
——甲田さんの歌も改めて録っているんですか?
木村 : いや、そのまま使っています。僕はPortmanteauの時に録った彼女の歌がものすごい好きで。歌ももう一回録るというのは全く考えなかったですね。
なんでもかんでもハイレゾで作れば良いかというと違うんですよね
——OTOTOYからはアルバムがハイレゾで配信されるわけですけど、リスナーの音楽を聴く環境の変化ってクリエイターとしての木村さんの音作りの変化に直結しているんでしょうか?
木村 : そういうことを意識して、ミックスとかの調整もiPhoneで再生されたときにどう聴こえるかというのを必ずチェックします、というミュージシャンもいますけど、僕はそれは違うというか、そこまで意識しなくても丁寧な音作りをすればちゃんと音楽は伝わるしね。そういう意味では再生環境を意識した音作りはしていないですけど、例えばコンセプトとして、あるデバイスからしか聴けないとかいう状況を設定するのは面白いかもなとは思いますよね。ただ、ハイレゾ配信なのにこんなこと言うのもなんですけど…。
——いえいえ、どうぞ。
木村 : 僕はmp3って必要以上に叩かれ過ぎているなという思いがあって。極論すると、mp3の状態で届けられない音楽は、元の音楽にパワーがないんじゃないかなとさえ思うんですよ。結局圧縮した音源ですから、色んな情報は欠け落ちているんですけど、mp3での圧縮されたクオリティの落ち方で本質部分はそんなに抜け落ちていないんじゃないかなと。mp3という方式が悪いんじゃなくて、何かしら作品に足りないものがあるんじゃないかな、くらいに作り手は思った方が良いと思いますね。逆にハイレゾで言うと、24bit/96kHzで去年は『HIGHWIRE WALKER』と佐久間さんの『blue et bleu』を作ったんですけど、制作環境の24bit/96kHzというのはものすごく今までと差があって、そういう意味ではなかなか手強いですね。
——レコーディング環境によってはむずかしいということですか?
木村 : 結局、マイクの特性までも如実に出ちゃうんですよ。今までの16bit/44.1kHz、16bit/48kHzよりも再現性が高い分、粗も見えちゃうんですよね。特に今バジェット(制作予算)がどんどん下がってきて、いろんな物を時間の効率優先で進めなければいけない制作現場で、でもテクノロジーとしてはものすごく豊かな再現性のある録音環境があるというのが乖離しちゃっていると思うんです。環境は良いんだけど、そこで追い込むための色んなものを揃えるのがむずかしい状況があるのでやり甲斐があると同時に結構厳しいだろうなと。
——ハイレゾで表現できるものはもちろんたくさんあるけれども?
木村 : もちろんあるんですが、それのための人材も含めて今まで以上に力量のある職人の力が必要だと思うんですよ。エンジニアであったりプレイヤーであったり。一方ではテクノロジーとしては再現性豊かな環境があるのに、それを支える人材の欠如というのは厳しいだろうなと。逆にそれを補完できている人たちにとってはすごく楽しい録音芸術が待っているだろうけれども、現状としては1人ひとりに許された状況というのはなかなか厳しいですね。
——木村さんとしては、今後その乖離した部分を近づけていけるなら、もっと高音質な作品を発信して行きたいという思いもありますか?
木村 : それはもちろんありますね。ただ、なんでもかんでもハイレゾで作れば良いかというと違うんですよね。録音環境としては192kHzとか96kHzとかの環境があるんですけど、全部の打ち込みをサンプルの音源で音を作る人からすると、そんなにアドバンテージがなくて。というのは、サンプル自体は44.1kHz、48kHzのままなんです。それを96kHzの録音環境で使っても、96kHzのアドバンテージは使いきれていないんですよ。かといってじゃあ48kHzで48kHzのサンプルを鳴らすのが良いかというと、それも違うんですよ(笑)。テクニカルなことを言うと、48kHzのものを96kHzの環境で鳴らしてもそれにEQだコンプだっていう音処理するものがまた別にあるんですね。それはそれで有用なんですけど、生音を96kHzで録るのと96kHzで48kHzのサンプルをトラッキングするというのとでは、ありがたみという意味では少ないんですよね。なので、家でコンピューターで1人で作って、しかもローファイとかのわざとダウンサンプリングするような音源を作る人は、無理して96kHzとかを使わなくても良いでしょうし、そういう意味では棲み分けは進んで行くんじゃないですかね。棲み分けは進むのは確実なんですけど、ハイエンドの方を使いたいという人がちゃんとスタッフィングも含めて使い切れる状況というのは、今の音楽業界ではやっぱりなかなか難しいと思うんですよ。

——制作に充てられる予算的なこと、時間的なことや人材的なことも含めた現実的な意味でということですか?
木村 : そうです、そうです。でも出来る環境にある人は本当にやって欲しいですね。だって良い音を聴かないと聴いたことない人はわからないじゃないですか? DTMって音楽の一つの価値体系だとは思うけど、それしか聴いたことのない人に「耳が悪い」とか言うのは失礼だし、違うと思うんですよ。最近の若い人は耳が悪いとか言う人がいるんですけど、僕はそんなことはないと思うんです。そんな5年や10年で人間の感覚器が劣化することなんてありえないんですよ(笑)。でも単に良い音を聴く機会がないだけだから。
——そういう音楽体験をまだしていないだけで。
木村 : そうそう。それがよっぽど鈍い人じゃない限り、ちゃんと良い音を体感させてあげれば、そこに価値を見いだすかもしれないし、そっちにシフトする人も出てくるわけですよ。僕らだって子供の頃はろくでもない、とても充分と言えない音楽環境から始まって、それから「あれ? 同じレコードなんだけどこっちの音が新鮮に聴こえるぞ」みたいな感じになっていったわけじゃないですか? それっていうのは先人が良い音というのを提示してくれていたからで。だから良い音を聴ける機会を作っていくというのは僕らの役割だし。そういうことをせずに中途半端な音源を工場生産的に出していった側の人間が、リスナーの耳が悪くなったからこのくらいで良いだろうみたいな意見はとんでもないことだしね。だから本当にそういうことが出来る環境にある人には良い音で良いアンサンブルの音楽を作って届けることをしてほしいなと思いますね。
——そういった意味では今作で初めてdip in the poolの音楽が耳に届く方もいると思います。
甲田 : いろんな曲があるので、たぶん好きな曲は入っていると思います。全部英語だというのがとっつきにくいというように思われるかもしれないんですけど、ライヴでもそうですけど、日常での共感を得るような感じの曲の世界じゃなくて、一曲一曲の世界観が独特なので。そういう音空間に身を置きたいと思ったときに聴いてもらえたらと思います。
木村 : 日本のメディアを含めて結構ジャンル分けしたがると思うんですけど、提示されたレッテルをそのまま受けちゃうともったいないなと思うことが、自分たち以外のことであるんですよね。音楽は聴いてもらわないとはじまらないので、色んなヴィジュアルとかテキストとかを含めて仲介の役割をしている方とかから、何かピンときたものがあったらとりあえず聴くという行為をしてもらえたらなと思います。そんなにマニアックで極端な音楽をやっているわけではないのでね(笑)。ポピュラー・ミュージックの中に収まることをやっているつもりなんで。ぜひ聴いてみて下さい。
RECOMMEND
2011年に発表された14年ぶりのアルバム。2010年に約10年ぶりにシャーデーがリリースした『Soldiers of love』がいい意味で昔と変化がなかったように、dip in the poolの今作もまさにそれである。木村達司の作るミニマルなトラックの上に、浮遊感のある甲田益也子のヴォーカルが合わさって作り出されるONE AND ONLYのスタイルは、今なお斬新である。
ギタリストの榎本聖貴と、シンガー・ソングライターの伊藤サチコからなるユニット、huenicaの1stアルバム。これまでにリリースした4枚の自主制作CDから良曲をピックアップし、新曲も加えて新たに録音されたタイトル。アナログ感満点のアコースティック・サウンドと、2人の透明なハーモニーが染みる。
原田郁子(クラムボン)と、タムくんの愛称でお馴染み、タイの人気漫画家ウィスット・ポンニミットによるコラボレーション・アルバム。かねてより共演を重ねてきた2人による今回のアルバムは、タイのタム宅で録音され、ピアノ、アコースティック・ギター、ドラムによるシンプルな演奏に、やわらかく響く歌声で構成されている。ライヴで数回披露された曲と書き下ろしの新曲ばかり。
LIVE INFORMATION
〈「HIGHWIRE WALKER」発売記念 ミニライブ & サイン会〉
2015年1月23日(金) @タワーレコード渋谷店 3Fイベントスペース
開演 : 19:00
詳細 : http://tower.jp/store/event/2015/01/dip%20in%20the%20pool(003060)
〈dip in the pool 3都市ライブ「HIGHWIRE TRIP」〉
2015年3月13日(金) @東京
2015年3月21日(土) @仙台
2015年3月28日(土) @京都
PROFILE

dip in the pool
1983年に作/編曲を担当する木村達司(key)と、作詞担当の甲田益也子(vo)が結成したハイブリッド なポップス・デュオ。独特の音楽センスとファッショナブルなヴィジュアルが話題を呼び、85年にイギリスはラフ・トレードよりデビュー。国内では86年MOON RECORDよりデビュー・アルバムをリリース、88年に、丸井のTV-CMに使用されたシングル「Miracle Play(天使の降る夜)」で大きな人気を集めた。レコーディング参加したミュージシャンは、佐久間正英、清水靖晃、窪田晴男、富家哲、トニー・レヴィン、ミノ・シネル、モーガン・フィッシャー、ピーター・シェラー(アンビシャス・ラバーズ)、といった個性豊かな実力者ばかりであった。その後もマイペースに活動を続けながら、甲田益也子が89年に映画『ファンシイダンス』で役者としてもデビューするなど、個々の活動も多彩に展開している。MOON RECORDでアルバム4枚、EPIC SONY(現在のEPIC RECORD)で3枚、EAST WORKSでアルバム1枚、 98年にはEAST WORKSより作曲及びプロデューサーに、細野晴臣、清水靖晃、テイ・トウワ、ゴンザレス三上、ピーター・シェラー、etc.という豪華な顔ぶれを迎えた甲田益也子のソロ・アルバムをリリース。2011年、14年振りのアルバム「brown eyes」をリリースした。
>>dip in the pool Official HP (facebook)