どこまでも自由なベーシスト、Yuji Masagaki──人生の充実とお気に入りを詰め込んだ『FAVOR』

スラップ、コード弾き、タッピング、ハーモニクスなどを織り交ぜながら、独自のグルーヴを瞬時に生み出すベーシスト、Yuji Masagaki。頻繁に行っているストリート・ライヴでは、あえてメロウな雰囲気の楽曲を演奏することで柔らかな雰囲気を即興で作るスタイルも個性のひとつだろう。そんな彼が3枚目のアルバム『FAVOR』をリリースした。オリジナル曲とカヴァー曲を収録しているため、Yuji Masagakiの独創性とアレンジ力の双方がしっかりと伝わる作品に仕上がっている。今回は全収録曲のサウンド面をじっくりと探りながら、他アーティストとの共作の予定もあるという今後についてもあわせて語ってもらった。
Yuji Masagakiのサードアルバム『FAVOR』をハイレゾで
INTERVIEW:Yuji Masagaki

インタビューの数日前、Yuji MasagakiのSNSを観ると、大阪から東京に到着して早々ストリート・ライヴを行うことが告知されていた。タイミングよく近くにいたので新宿駅南口に行ってみると、広場からスティーヴィー・ワンダー「Isn't She Lovely」のメロディが聴こえてきた。柔らかいベースの音色に、道行く人が徐々に集まってくる。週末で賑わう都会の喧騒のなか、自然に溶け込んでいたその光景は、彼のベースプレイがいかに魅力的かを物語っていた。後日、本人に訊いたところによると、今回持参した過去作のアルバムCD数十枚は、ほとんど売れてなくなったという。ストリート・ライヴから他アーティストのサポート、新たなバンドまで、マイペースに活動を続けるベーシスト・Yuji Masagakiの充実度が詰め込まれた新作『FAVOR』の収録曲について、話を訊いた。
取材・文:岡本貴之
写真:北野翔也
これまでの活動のなかでいまがいちばん幸せ
──前作はコロナ禍から立ち上がるべくタイトルを付けた『Wake Up』というアルバムでしたけど、そこからはどんな日々を送っていましたか。
前作をリリースしてから、徐々に世間的にも落ち着いてきたのでストリート・ライヴもやったりしてたんですけど、最近はライヴも結構増えてきて、いままで以上に活気があるような気がします。自分自身、「いろんな人の力で生きてたんだな」って感じてるし、調子に乗らずにちゃんと「ありがとうございます」って思いながら頑張ろうかなと思ってます。
──曲は日常的に作っているんですか?
いや、僕は基本的に家でベースをまったく触らないんですよ。ライヴかスタジオに行く時以外はもう一切触らないです。曲づくりもスタジオ行ってから決めるぐらいの感じなので、今回もリリースの話があってから曲を作りだしました。じつはもう結構時間が経ってますけど(笑)。今回は元々あった曲が2曲あってリアレンジが1曲、それ以外は書き下ろし曲です。前回まではYoshimuraさん(sowのギタリスト・Kazuaki Yoshimura)に参加してもらっていたんですけど、今回は1曲だけトラックを作ってもらって、あとの9曲は大阪在住のアーティスト・松本京介(以下・松ちゃん)にトラックをお願いしました。彼は僕が昔やっていたバンドのギタリストで10年以上の付き合いで、「SAVAS(ザバス)」のCM(大谷翔平が出演していた)で使われていた曲のトラック(※)も、松ちゃんが作ってくれたんです。僕が作ったフレーズに松ちゃんのアイディアを加えて、ベースがメインのインストゥルメンタルをふたりで作り上げていきました。アルバムの半分は松ちゃんの優しさでできているっていう感じです(笑)。
※2020年5月から放送されていた、SAVAS(ザバス)のテレビCM『「溶けやすくなったザバス」コップでも』篇の楽曲を担当。
──どこかで聞いたような(笑)。今作のタイトル『FAVOR』はどんな意味で付けているんですか。
カヴァーもオリジナルも両方入れた "お気に入り"を詰め込んだアルバムっていう意味ですね。
──Masagakiさんのベース・プレイは激しいイメージもあるんですけど、ストリート・ライヴを観たら、結構メロウな曲を前面に出していましたよね。
激しい曲ばかりやっているのも違うなと思うんです。基本的にはその場所の空気に合わせて、良い雰囲気にできたらいいなと思ってやってます。警察の方に止められなかったら2~3時間弾き続けることもあって、激しい曲ばかりだともう倒れちゃうので(笑)。ストリートではゆっくり気持ち良いやらせてもらってます。
──その耳馴染みの良さに、人が集まってくるんですね。
そこはありがたいですね。バラードでゆっくりベースを弾いてても、かっこいいなと思ってくれたら嬉しいです。ベースという楽器が、そうやって前に出ていけることはなかなかないので。スラップ奏法で人を呼んでる人はたくさんいますけど、バラードで出てくる人は少ないので、そこはありかなと思ってます。
──アルバムにもそういうメロウな曲がいくつか入ってます。"Home"はストリートでの演奏の光景とイメージが繋がりました。
"Home"は、元々8年前ぐらいに自主制作で出したアルバムのオリジナル曲で、ちょっとアレンジを変えて収録しているんですけど、原点的な曲ですね。打ち込みなんですけど、僕はドラムにはこだわるところが結構あるので、「ドラムはこうして欲しい」という指定はめちゃくちゃしました。

──静かな曲だと、"on the cloud"にはアコースティック・ギターが入っていますよね?
アコギは松ちゃんが弾いてくれました。ベース以外の生楽器はアコギ、エレキギターも入っていて、キーボードもシンセで打ち込みしてくれてますね。
──今回、打ち込みながらアルバムの随所にバンド・アンサンブルを感じたというか、"on the cloud"でもベース中心というよりは楽曲として成り立つことを優先してやってる感じはしました。以前から、バンドをやりたいとおっしゃってましたけど、いまはどうなんですか。
バンドはずっとやりたくて、いま大阪でOSAKA ROOTSというバンドにサポートで入ってるんですけど、今度正式に加入することになったんです。インストゥルメンタルのブルース・バンドなんですけど、いろんなシンガーの方が乗っかってコラボしていくような感じで。最近だと元THE JAYWALKの中村耕一さんとか、かりゆし58の前川真悟さんと一緒にやらせてもらったりして、めちゃくちゃ楽しいです。自分のリーダー・バンドも好きなメンバーでやっていて、誕生日とか年に2回ぐらいライヴをしています。それとは別のバンド活動もあって、サポートのベースとしてアイドルと一緒にやることもあったり、もちろんストリート・ライヴも続けてますし、いますごく充実してます。なんか「こんなに楽しくていいんかな」って(笑)。いままで活動してきたなかでも、いまがいちばん幸せですね。
──そう言い切れるのはいいですね。今回のアルバムは、そういうバンド活動から得たものも反映されていますか。
カヴァー曲の"just the two of us" なんかはメロとサビがあって、ちょっとインタールードみたいな部分もあるんですけど、そこをがっつりアレンジしていて。原曲だとコードが半音ずつ下がっていくところをあえてコードを半音ずつ上げていってるんです。(オリジナルと違って)怒られるかなと思いながらそういうおもしろいアレンジもやってます(笑)。
──"just the two of us"はどなたのカヴァーですか?
シンガーのビル・ウィザーズとサックス奏者のグローヴァー・ワシントン・ジュニアが一緒にやってる曲("クリスタルの恋人たち")です。
──こういうソウルとかジャズ、AORっぽい曲と、ミクスチャー・ロック、ファンクが同居しているのがMasagakiさんの作品のおもしろいところだと思います。
僕はジャンルにあまりこだわりがなくて、元々のいちばん好きなジャンルはメロコアだったんですけど、かっこいいと思った音楽は全部受け止めているので、自分から出てくるものが自分でもよくわかってないんですけど(笑)。でも確かにそう言われてみたら、色々混ざってる感じはありますね。
──"just the two of us"のイントロで聴ける高い音はベースですよね? ギターも入っていてどちらの音かわからないようなところもあるんですけど、松本さんのギターとのアンサンブルはどう考えてレコーディングしたのでしょうか。
この曲の冒頭は高い音とコードと普通のベース・ラインの3つでやってます。松ちゃんが弾くギターは僕のことをよくわかってくれていて、そんなに音がぶつからないところで弾いてくれているので自分は特に気にせず弾いてました。お互い長いこと一緒にやってるので全部わかってくれてるような気もします。Yoshimuraさんもそうですけど、理解してくれている人とばかりとやらせてもらって本当にありがたいなと思ってます。
