ドレスコーズ志磨遼平がピアノで描く孤高と反抗──コンセプチュアルな新作『バイエル』に迫る
「次の作品タイトルは『バイエル』になる」と、まず最初に思ったそうだ。そんな無自覚的な発想から誕生した本作は、志磨遼平がコロナ禍で作り出したいものがハッキリと映し出されたコンセプチュアルな1枚に仕上がっている。ドレスコーズが志磨遼平のソロ・プロジェクトになってから早5年以上の月日が経過したが、インタヴュー中に彼からするすると出てくる言葉の数々をきいていると、彼のなかにはまだまだトリッキーな発想が眠っていると確信した。この先で待つドレスコーズの発展を早くも期待してしまう新作『バイエル」。そこに込められた想いや思考とは? 音楽を作ることを、“拾う”と表現する、彼らしい言葉えらびもあわせて楽しんでもらいたい。
INTERVIEW : ドレスコーズ
毛皮のマリーズからドレスコーズへ、バンド名と音楽性は変遷しても、一貫して「世界のロック史に残る名盤を俺が作る!」という気概をみなぎらせながら音楽を作ってきた志磨遼平。僕はその稀有なロマンチシズムに惹かれて彼の音楽を追ってきた。7作目となる『バイエル』もまた、2021年のいましか生まれ得ない、と同時に時代を超えて聴かれる可能性に満ちた、“らしさ”全開の快作である。コロナ禍を生きる我々の暮らしと心情を隅々まで徹底的に反映させた収録曲はもちろん、“練習曲”として番号をふっただけの志磨自身のピアノ演奏(I.)→歌入り(II.)→バンド(III.)とサブスク内でヴァージョン・アップしていく“成長するアルバム”というコンセプト、初回盤CD特典のすがも児童合唱団が歌う『こどものバイエル』と、さすがの創意と工夫。聴き応え満点、想像力の刺激具合は満点以上だ。過去に何度かインタビューしたことがあるので、豊富なアイデアを余すところなく説明しきれる論客ぶりは知っていた。聞きたいことは1時間では足りないほどあり、久しぶりの機会にワクワクしながら臨んだが、どんな問いにもとても丁寧に、かつ楽しそうに答えてくれた。そんなところもさすがである。
インタヴュー・文:高岡洋詞
あぁ、次は『バイエル』ってアルバムになるか
──リリースのたびに何本も取材を受けられると思いますが、ひと通り読むとちゃんとそれぞれ違う話をされているのに感心します。
志磨 : ありがとうございます(笑)。音楽雑誌とかいっぱい買ってた子供だったので、自分がインタビューを受けるのは夢のひとつだったというか。なので取材は大好きですし、いっぱいしゃべります。
──好きなだけではなく、作品のあらゆる構成要素になぜそうしたかという明確な理由があって、それだけ話すべきこと、話したいこともあるということなんじゃないかと。
志磨 : ミュージシャンはたぶん話したいことがある人とない人の2通りに分けられて、「何の意味もないよ」「ただの音楽だよ」っていう方もいらっしゃいますけど、僕は背景とか奥行きのある作品、いろんなレイヤーが重なって重層的だったり立体的だったりする作品が好きなので、自分もそういうものを作りたいんですね。
──今日はそのレイヤーひとつひとつに迫っていきたいと思います。まず、全インタビュアーが訊くと思うんですが、『バイエル』はピアノの初心者向け教則本のことですよね。これをアルバム・タイトルにした理由からおうかがいできますか?
志磨 : まず最初にタイトルが浮かんだんです。子供の頃にピアノを習われていた方には親しみのある名前でしょうし、習っていない僕でもその名前は知っていて。ふとこのタイトルが浮かんで、他人事のように「あぁ、次は『バイエル』ってアルバムになるか」って(笑)。ということはピアノを始めないといけないな、ピアノで全曲作ってみよう、と思って、ピアノとバイエルを買ってきて、家で一日一曲ずつ練習していました。
──アルバムでも自分で弾いているんですか?
志磨 : 最初に『バイエル(I.)』っていう、僕が弾いたピアノだけの状態をリリースしたんです。“成長していくアルバム”ということで、そこから(II.)(III.)とサブスクの中でヴァージョン・アップしていくという。(II.)以降は林正樹さんっていうピアニストの方が弾いてくれています。
──“成長していくアルバム”というコンセプトもタイトルからひらめいたもの?
志磨 : このアイデアはもっと前からありました。通常、作品って完成品がリリースされますけど、サブスクだったら、それを後から手直ししてもバレないぞと思って(笑)。スマホで聴かれる方が多いと思うので、みんなのてのひらの中で曲が成長していったら面白いな、絶対そのうち誰かやるからその前にやんないと、と思ってました。今回、まずアルバム・タイトルを思いついて、じゃあ『バイエル』っていうアルバムにはどんな曲が入ってるのかな、きっとピアノ曲だな……みたいにアイデアを歌詞や曲調に具現化していくわけですけど、その過程で、僕がいつかやろうと思っていたその方法がアルバムのテーマに合うと思いついて、今回やることにしました。音楽がどういうふうに出来上がっていくかをみんなが見学できる、みたいなイメージですね。
──いまは(III.)が公開されていますから、(I.)や(II.)は聴けなくなっているんですよね。
志磨 : はい。成長は不可逆なので、また小さくなるということはないです(笑)。
──僕は音質にまずインパクトを受けました。ハイファイだった『平凡』や『ジャズ』と対照的に、ヒス・ノイズが大きい。これは明らかに意図的ですよね。
志磨 : ノイズはわざとそのままにしてあります。レコードって、読んで字のごとく“記録”じゃないですか。『バイエル』はいまの僕らのどうにもならない状況を“レコード”したアルバムにならざるを得なかったんですよ。イメージ自体はコロナ禍より前からありましたけど、作ってるうちにこの状況になって、そうか、こういうアルバムだから『バイエル』なのか……と、これまた他人事みたいに勝手に腑に落ちたというか。これまではあたかも聴く人の目の前で歌っているかのような音像を作ってきましたけど、こうしてライヴもできなくなってみると、それが少しフィクションみたいに思えるんですよね。もっと僕らは離れてたし、隔たっていた。その距離を反映させた音を録りたかったんです。