志磨遼平 × 松田龍平 対談──僕らの青春を着色した、90年代のカルチャーを振り返る
音楽家として。俳優として。それぞれの名を背負いながら10代を過ごしてきた、志磨遼平と松田龍平。90年代後半、多感な思春期にふたりはどんな文化に触れてきたのだろう。────SNSが普及している現代はコンテンツが細分化され、たとえ変わった趣味だとしてもそれを好きな人同士が容易に知り合える場がたくさんある。しかし90年代は、そうではなかった。共通の趣味をもった“誰か”と出会う場はほとんどなく、風変わりしたカルチャーはひとりで楽しむことが普通だったのだ。漫画、音楽、映画、テレビ番組。それぞれの分野のなかで、好きなものをただひとり愛でていた志磨と松田が今回の対談を通して、あの頃好きだった作品を時を経て語らう。それはとても美しい時間ではないだろうか。90年代に触れた数々の文化の影響を受け制作したドレスコーズの新作『式日散花』。今作についても触れながら、ふたりの青春へとタイムスリップしよう。
前作『戀愛大全』と対になるアルバム『式日散花』
INTERVIEW : 志磨遼平 × 松田龍平 スペシャル対談
1982年3月6日生まれの志磨遼平と1983年5月9日生まれの松田龍平が「わが青春の90年代」について語り合った。
志磨遼平は「多感な時期を過ごした90年代(主に後半)に触れた文化を回想しながら、ドレスコーズのアルバム『式日散花』を作り上げた」という。音像的にも主題的にも前作『戀愛大全』と対をなす作品であり、そのことは不吉霊二によるカヴァー・アートからも明らかだ。
『式日散花』のリリースを記念した対談は、「同世代の人とあの時代の話をしたい」という志磨からの提案によって実現した。和歌山で音楽に熱中していた志磨と、東京で10代から俳優として活躍していた松田ではバックグラウンドは異なるが、共有しているものも多い。「あの時代」を知る人も知らない人も、『式日散花』を聴きながら読んでみてください。
取材・文:高岡洋詞
写真:小杉歩
背伸びしたくて、大人びたものをせっせと観てました
志磨遼平:新しいアルバムを作ってるときに、自分が小~中学生のころのTVドラマとか邦画を不意に観たくなっていろいろ観返してたんですよ。いま見ると、どの作品もやけに残酷で暗いムードが漂ってて、なのにギラギラした活気はあるというか。なんだかおかしな時代だったな、と思うと懐かしくなって。同世代の人とあのころの話がしたいな、ということで龍平くんに来てもらいました。
──お互いに面識はあるんですよね。
志磨:でも、ちゃんとお話するのは今日がはじめてに近いですね。
松田龍平:そうですね。お酒の席だったから。最初に会ったときのことはあんま覚えてないんだけど、(野田)洋次郎と一緒に会ったのがはじめてだっけ?
志磨:そう。僕と洋次郎が飲んでて。
松田:そこに俺が行ったんだっけ?
志磨:そうそう。もうずいぶん前だよね。
──松田さん、90年代はどういうふうに過ごされていましたか?
松田:うーん、15歳からこの仕事してたからな……。
志磨:僕は和歌山の田舎町にいたから、きっとずいぶん違うよね。自発的にCDを選んで買ったり映画を観に行きはじめたのが僕はまさに14~15歳ぐらいで、そのころに出会ったものの影響はいまだに大きいんですよ。そういうのある?
松田:テレビばっか観ていたし、普通の中学生だったから。あ、でも、アニメかな。そうそう。庵野秀明さんの『新世紀エヴァンゲリオン』の影響は大きかった。けっこう音楽にクラシックを使ったりしてて、それでクラシック聴くのも好きになったりして。
志磨:世間で流行ってるポップスとかより、クラシックを聴くことが多かった?
松田:あんまり流行りに敏感なほうじゃなかったから、CDショップに行ってなにを買ったらいいかわかんなくて。適当にジャケ買いしてた。きれいな女の人のジャケットのやつ買ってたな(笑)。
志磨:最初に買ったの覚えてる?
松田:いやーなんだったかな……さすがに覚えてないかな……いや、思い出した。モーニング娘。だ。オーディション番組『ASAYAN』をめっちゃ観てたから。「抱いてHOLD ON ME!」(1998年)を買ったんだ(笑)。なんか、ちょっと恥ずかしいけど(笑)。
志磨:僕は槇原敬之さんの「もう恋なんてしない」(1992年)を最初に買った。小学校4年生のときに。
松田:CDをジャケットで選んで、家に帰ってから聴いて「あ、こういう曲なんだ」みたいなのがワクワクして、おもしろかったんだけど。意外とまわりに「あ、それ聴いてんだ。ドラマの主題歌だよ」とか言われて、あとから知ることが多かったね。あとはやっぱりアニメと映画かな。ジブリ作品観てからユーミンを知ったり。
志磨:映画は? デビューする前から観てた?
松田:ちょこちょこは観てたよ。映画館もよく行ってたね。志磨くんも映画観てた?
志磨:うん。『タイタニック』をみんなで観に行ったり。あと、岩井俊二さんの『スワロウテイル』とかはとっても覚えてる。R-15指定で、まだ14歳だったけど「大人1枚!」って言って入って観た。
松田:岩井さんの作品も、音楽が印象的な作品が多かったよね。『スワロウテイル』は音楽映画みたいな雰囲気だったし。
志磨:そうそう。CHARAさんが主演でね。あの映画大好きだったな。
松田:邦画をみるようになってから、岩井さんの映画に影響受けましたね。
志磨:毎回音楽もいいんだよね。
松田:『リリィ・シュシュのすべて』のサントラは当時めちゃめちゃ聴いてた。SalyuがLily Chou-Chouとして歌ってるんだけど。けっこう映画からインスパイアされて音楽を好きになることが多かった。
──志磨さんは松田さんとはまた違った意味で、あんまり流行りものを聴いていなかったようなイメージがありますけど。
志磨:昔の音楽がちいさい頃から好きだったんですけど、あのころは昔っぽい音楽が流行ってたんですよ。だからいまのものも昔のものもあんまり分け隔てなく聴いてた気がします。
松田:どういう曲? 昔のって。
志磨:僕はビートルズみたいな60年代ごろの音楽が好きだったんだけど、当時は渋谷系の影響がまだまだ残ってて、60年代風のグループがたくさんいたし、それこそMr.Childrenとかスピッツみたいなヒットチャートのトップにいる人たちにも60年代っぽい曲がけっこうあったんだよね。だから流行ってる音楽とその元ネタを、同時に聴いてました。
──映像作品に関しては?
志磨:年ごろだから背伸びしたくて、大人びたものをせっせと観てましたね。子供が観ちゃいけないようなものを探して。『エヴァンゲリオン』もそうですけど、あの時代の映像作品は悲惨な展開とか残酷な描写が特に多かった気がして。そういうやばい作品を観るというのが最初の文化的な行為で、「友達が観てないようなものを自分は観てるぞ」っていう嬉しさがあった。
松田:『エヴァンゲリオン』を観たのはけっこう深夜だった気がする(編注)。たまたま遅い時間にテレビつけたらやってて、「このアニメよくわからないけど……なんかやばい!」って(笑)。衝撃的で。テレビで観たのは1話だけだったんだけど、レンタルで借りられるようになってから全部観て。大人のアニメって感じがしたんだよね。
編注
『新世紀エヴァンゲリオン』の初回放送は1995年10月4日から1996年3月27日まで。1997年2月1日から毎週土曜深夜2時45分に4話ずつ再放送されたのがブームのきっかけになった。
志磨:僕もたまたまテレビで観たんだけど、それは夕方だったから再放送なんだよね。すでに噂になってたから「これが『エヴァンゲリオン』ってやつか……!」って思いながら。でも僕も全部観たのは大人になってから、レンタルでだった。
松田:当時はまだネットで気軽に検索したりできなかったから、近場の噂みたいなものに頼るしかなかったよね。自分でちゃんと掘らないかぎり、目の前にあるコンテンツはみんなと変わらないものだったし。いまのように情報が勝手に流れてくるわけじゃないから、噂で「あれらしいよ」みたいに聞いて。
志磨:そうそう。漫画はどう?
松田:めちゃめちゃ読んでたよ。
志磨:漫画だと『行け!稲中卓球部』とかね。
松田:もちろん、最高だよね。でもたくさんありすぎて、なんだろうな。いつ読んでたのか、時間軸がわからなくなるよね。俺は仕事をはじめてから、人に指さされるのがイヤで、ずっと地面見ながら歩いてたんだけど。
志磨:うわあ。大変だ。
松田:映画が公開してから世間の人が自分を知ってるかもしれないって思うようになって、恥ずかしくて。電車に乗るときに漫画雑誌を買って、車両の端でずっと顔を隠すように読んで、みたいな。それで週刊漫画をひととおり読むようになって。『ヤングジャンプ』『ヤングマガジン』『モーニング』『スピリッツ』『ビッグコミックスペリオール』……。ほぼ全部買ってたから家に漫画雑誌が山ほど積みあがってて(笑)。
志磨:いちばん好きだった漫画は?
松田:いちばんはわかんないけど、『バガボンド』がやっているから『モーニング』を買うとか、『ドラゴンボール』がやっているから『ジャンプ』を読むとか、『スペリオール』だったら『AZUMI-あずみ- 』が読めるとか。看板漫画はあったね。
志磨:僕らの世代ってさ、バラエティ番組『ダウンタウンのごっつええ感じ』と漫画『行け!稲中卓球部』のせいで「熱くなったり青春を謳歌したりしてるやつはこの世でいちばんダサい」って植えつけられてしまった気がして(笑)。中学のときは陽キャっぽい行動をするやつがいないか互いに監視しあって、見つかったら即座に吊し上げられてた(笑)。それがトラウマで僕はいまだにライヴで熱いMCができない(笑)。
松田:あはは。素直に青春を謳歌できなくなったんだ。それ、元々の性格じゃなくて?(笑) でも俺も言えないかもしれないな。漫画の影響かはわかんないけど。小学校のときは、『浦安鉄筋家族』と『はだしのゲン』を交互に読んでたし。
志磨:振り幅すごいね(笑)。
──松田さんは志磨さんみたいに影響された作品はありますか?
松田:ちょっとエッチな漫画が友達の家にあって「うわ~!」みたいな感じでこっそり読んでたりはあったかな。あと、いつかは忘れたけど親戚の家に泊まりに行ったときに、本棚にヤバい漫画があって、読みはじめたらドキドキして一睡もできなくて(笑)。最近久々に遊びに行ったら、当時のまま残っていて「これだこれだ!」みたいな懐かしい気持ちになって(笑)。タイトルなんだったっけな。忘れちゃった。ヤバい漫画だったんだけど。
志磨:一睡もできなかったんだ(笑)。その漫画気になるなぁ。
松田:でも昔のテレビもけっこう深夜に普通にエロいのやってたよね。『ギルガメッシュないと』とか。
志磨:うんうん、やってたやってた。
松田:テレビはいまは厳しくなっちゃったけど、当時は「こんなのやっていいのか?」みたいな番組がけっこうあった気がする。正月の深夜にみんなが寝静まったあとこっそり観たり。そういうのも含めていろいろな学びが(笑)。あの頃はテレビもとにかく自由におもしろいものとか、刺激を求めて作っていたんだろうな。