あたらよは問いかける、"季億"の在処を──四季それぞれの儚い原風景を映したコンセプト・アルバム
「季節の記憶は人の数だけあるから、それぞれが思い出を振り返ってもらえたら」──あたらよのコンセプト・アルバム『季億の箱』に込められた、ひとみ(Vo / Gt)のたったひとつの想いである。その願いを実現するため、コンセプトを最初に決めてから楽曲を制作するという従来とは異なるスタイルをあえて選択したそう。そのため春夏秋冬、それぞれの景色を描いた楽曲が今作にはバランスよく収録されている。しかし、今作を締め括る楽曲は、どの季節にも属さない“13月”。季節を重んじた今回のコンセプト・アルバムに同曲をなぜ収録したのか。3人組バンド、あたらよの精神と楽曲制作に迫る。
『“季億”の箱』をそっと開く、あたらよのサードアルバム
INTERVIEW : あたらよ
「10月無口な君を忘れる」(2021)で一躍脚光を浴びて以降もリリースを絶やさない多作家、ひとみ(Vo / Gt)、まーしー(Gt)、たけお(Ba)の3人組バンド、あたらよが、コンセプト・アルバム『季億の箱』を完成させた。2022年から2023年にかけて、各シーズンに寄り添った楽曲を毎月発表していたあたらよ。『季億の箱』はその取り組みの集大成と言える作品で、配信シングルとしてリリースされた楽曲群がまとめられているほか、初収録の新曲もパッケージされている。今回の制作では新たな挑戦も多かったとのこと。従来とは違う制作はバンドになにをもたらしたのか。メンバー3人に語ってもらった。
取材・文 : 蜂須賀ちなみ
写真 : 梁瀬玉実
自分の心のなかにある季節の思い出を思い返してほしい
──アルバム『季億の箱』が完成しました。季節の美しさをみなさんの感性で切り取ったコンセプト・アルバムとのことですが、以前からあたらよには季節を題材にした楽曲が多いですよね。
ひとみ(Vo / Gt):私はよく散歩するんですけど、「あ、いま、夏の匂いがしたな」とか、五感で季節を感じ取った時に「この感じを曲に書きたいな」と思うことが多くて。それが影響しているのかもしれません。
──そんななか、今回は季節の雰囲気が感じられる曲を作ろうと最初から決めて、曲を作りはじめたと。
ひとみ:そうですね。いままでは曲を生み出してから「この季節の曲に聴こえるよね」とあとから解釈していく感じだったんですけど、今回は「この季節の曲を作ろう」とコンセプトを決めてから曲を書きはじめました。冬だったらクリスマスとか、春だったら卒業とか、春夏秋冬よりももっと細かいところに焦点を当てようというテーマもありましたね。そうじゃないと私、クリスマスソングや卒業ソングって絶対に書かないので。楽曲を書いているうちに、季節の記憶は人の数だけあるから、「自分が思う卒業はこうだけど、他の人にとっての卒業はまた違うんだろうな」と思ったんですよ。それで季節の"季"に1億、2億の"億"をつけて、『季億の箱』というタイトルをつけました。あたらよの季節の曲を聴きながら、聴いた人がそれぞれに記憶の箱を明けて、自分の心のなかにある季節の思い出を思い返してほしいな、という想いが込められております。
──いままでとは違う曲の書き方をしてみて、いかがでしたか?
ひとみ:いままでの書き方と今回の書き方、どっちが楽? と聞かれたら、やっぱりいままでの書き方のほうが負担が少ないんですよね。だから正直「やっぱりコンセプトとか決めずに書きたい!」と思った時もありましたし、制作期間中には苦しい時期もありました。
まーしー(Gt):本当に大変そうだったよね。あれは大晦日だったっけ? 夜中にみんなで電話して、「大丈夫? 書けそう?」「ちょっとヤバいかも……」みたいな話をしたんですよ。
ひとみ:ああ、大晦日だったかも。
まーしー:だから縛りがあるなかでの曲作りはなかなか大変だったんじゃないかと思います。
たけお(Ba):本当にお疲れ様でした。
ひとみ:ありがとう(笑)。でも実際にできあがった曲を聴いたり、ライヴでやったりしているうちに「いまの段階で挑戦してよかったな」と思えて。
まーしー:間違いなく、いままでのひとみだったら書かない曲もあるからね。
ひとみ:そうそう。やっぱり自由に書きたいとは思いますけど、あえて不得意なことに飛び込むことで曲の幅もライヴの幅も広がったので、結果的にはよかったなと思ってます。どれも情景が浮かぶような楽曲になったと思うし、いろいろな季節を旅するようなアルバムになったなと感じていますね。
たけお:僕も、情景が浮かぶような楽曲ばかりだなと思いました。
まーしー:もしも自分がこのバンドのメンバーじゃなくて、音楽をやっていなかったとしても「こんなアルバムあったらいいな」と思えるようなものを作ることができたというか。"クリスマスのよる"が特に好きなんですけど、この曲が街中で流れているのを聴いたら、ついクリスマスに聴く用のプレイリストに入れちゃっていたんだろうなって想像しちゃいます。
──トライした甲斐があったということですね。"ただ好きと言えたら"でKERENMI(蔦谷好位置)とコラボしていたり、外部のアレンジャーさんと一緒に作った曲があったり、まーしーさん、たけおさんにとっても挑戦の多い制作だったのではと思いますが、その点いかがでしょう?
たけお:すごく勉強になりました。アレンジャーさんから「こういうのがいいんじゃないか」とフレーズを提案してもらったりとか、いろいろなやりとりがあったんですけど、そのやりとりから得られることが多くて。
まーしー:最初はバランスをとるのが難しかったんですよ。自分のなかにある「こう弾きたい」というエゴと、「でもアレンジャーさんが提案してくれたフレーズも流れがいいし、きっと響くんだろうな」という気持ち、両方あったからこそ葛藤していたというか。だけど、たけおも言っていたように、自分じゃ思いつかないフレーズばかりだったんですよ。自分はいつもギターをガシャガシャ鳴らすようなアレンジをつけることが多いので、例えば“アカネチル”のような、アルペジオでわりとさらっと進んでいく曲は新鮮で。それでもバンド感はしっかり出るんだなと、勉強になりました。それに僕は編曲もするので、「こうやって曲の流れを作ればいいんだ」「こういうコードを当てたらもっと歌が映えるんだ」という発見もあって。今回の制作はすごく自分の肥やしになりましたね。