2023/07/05 12:00

ASIAN KUNG-FU GENERATION『サーフ ブンガク カマクラ』、ついに完結──15年間の軌跡の先にあった、“完全”なバンド・サウンドとは

ASIAN KUNG-FU GENERATION

2008年にリリースされた『サーフ ブンガク カマクラ』は、藤沢駅から鎌倉駅までの全15駅を通過する、通称“江ノ電”の駅名を冠した楽曲のみを収録するというコンセプト・アルバム。当時発表された盤には10駅分の楽曲が収録されていたが、その全てを再録した音源とさらに残り5駅分の新曲を収録した“完全版”がリリースされた。インタビューをきいていると、この「完全」というワードには、全15駅分の楽曲が揃ったという意味のほかにも、メンバー4人で本作を大成したというニュアンスも込められているような気がした。『サーフ ブンガク カマクラ』(完全版)の「完全」という一語に込められた、さまざまな想いについて迫る。

約15年の時を経て完成した『サーフ ブンガク カマクラ』


INTERVIEW : ASIAN KUNG-FU GENERATION


自由にジャンルを横断し、ゲストも迎えた重層的なアルバム『プラネットフォークス』(2022)とそのツアーを経て、いい空気が充満している印象のASIAN KUNG-FU GENERATION。そのアルバム以前から実は着手していたというのが、『サーフ ブンガク カマクラ』の完全版の制作だ。同作は2008年に江ノ電の駅名を冠した10曲のみですでにリリースされており、溢れる表現欲を矢継ぎ早に濃厚な作品へ昇華していた当時、どこかガス抜き的な意味合いも込めて「パワーポップのアルバムを作りたい」という理由で制作された。いつか残りの5駅分の新曲も加えた完全版を作りたいというバンドのムードは2022年から2023年の状況にぴったりハマった感覚がある。すでに本作ツアーの先のことまで話題に上るほどいい雰囲気でメンバー全員がインタビューに応えてくれた。

取材・文 : 石角友香
写真 : 西村満

楽しくアップデートすればいいでしょう、いまっぽく

──前作『プラネットフォークス』の制作以前から『サーフ ブンガク カマクラ』(完全版)(以下、『サーフ』)に関するセッションをしていたそうですが、完全版を作る計画はもっと以前からあったんですか?

後藤正文(Vo / Gt)(以下、後藤):『プラネットフォークス』の前にほんとは完全版というより、“半カートン”の方を出したいなと思っていて。「そっちの曲を作っているから、いま『プラネットフォークス』に合流できない。みんなで他の曲のアレンジを進めといてくれないか」みたいな時期もあったんです。構想自体はいつからはじめたかは定かじゃないんだけど、だんだんやりたりたくなって、だんだんやれる環境を整えていった感じもするというか。でもここ5〜6年の話?

喜多建介(Gt / Vo)(以下、喜多):そうだね。まあ結構前からその完全版を作りたいっていうのは言ってたけど、具体的になりそうになったのはほんとここ数年かもしれないね。

──2008年の状況とはまた違うわけじゃないですか。

後藤:そうね。2008年はもうバンドの流れを良くするためにやる以外ない空気があったよね。いまはもう全然「やっちゃえやっちゃえ」じゃないけどさ(笑)。「状況いいからできるよね」って感じだったよね。

喜多:アジカンの得意なことみたいな感じで、楽しみながらやれる確信がはじまる前からあったかな。当時との違いと言えば。

後藤:当時戸惑ってたもんね。「本当にやるの?いまからもう一枚」みたいな空気あったもん、実際。

──アジカンをさらっと聴いてるリスナーにとっても季節だったり江ノ電だったりっていう切り口で聴いてる人も多い作品なのかなと思うんです。

喜多:そうかもしれないですね。

──想像上の空間っていうだけじゃなくて実際に行動を起こさせる作品だなと思っていて。

後藤:嬉しいですね。

──まあ最近は鎌倉は殺人的に人が多そうですけどね(笑)。

喜多:(笑)。『アド街ック天国』で鎌倉の長谷が特集されたときに“長谷サンズ“を流してくれると思ったんですけど、「リライト」が流れましたね(笑)。

後藤:なんでやねん(笑)。

喜多:嬉しいけど、「“長谷サンズ“があるよ!」って電話しようかと思いました。

後藤:プロデューサーが「それじゃお前、伝わんないだろう!」ってね。

喜多:揉めたんだろうね(笑)。若手とね。

後藤:「ダジャレだろ、“長谷サンズ“なんて」(笑)。

伊地知潔(Dr) / 山田貴洋(Ba / Vo)

──(笑)。まず再録の話をお聞きしたいんですが、再録される際のアレンジとかに関してはいかがでしたか。

山田貴洋(Ba / Vo)(以下、山田):やっぱり印象的なポイントっていうのは、たぶん2008年バージョンを聴いてくれてきた人たちにとっても(アレンジが)大事なところだなと、そういうところはやっぱり自分たちもあるし。特に建ちゃんは、そういうところいちばん気にしてたかな(笑)。

喜多:うるさいの?(笑)

山田:うるさいっていうか、削がないようにっていうか。かと言って普通にやればそんなに別物ができるとも思ってもなかったですけど。だからもっとサウンドの面で明らかな違いを出したいというところがあったので。当時一発録りでやってたけど、今回はしっかりレコーディングをいちからやろうっていう。

喜多:既発の曲も新録の曲に混ざるじゃないですか。既発の曲を変えすぎるとやっぱこう、心の拳が盛り上がらないなと自分で思って。だからアレンジを変えすぎちゃうのは絶対考えつかなかったし、そういう思いが最初からなくて。音とかプレーのアップデートがいいかなっていう風に思いましたね。

ASIAN KUNG-FU GENERATION 「藤沢ルーザー」(2008) MUSIC VIDEO
ASIAN KUNG-FU GENERATION 「藤沢ルーザー」(2008) MUSIC VIDEO

──レコーディングは2008年の制作時と同じスタジオで録られたんですか?

喜多:そうですね。同じ藤沢のスタジオで数曲録って、あとはほぼランドマークスタジオ。

後藤:ランドマークが多かったです。

──そう考えるとでも大きな2拠点ですよね、バンドにとって。

後藤:そうですね。あとSE録りに107っていうリハスタと僕のコールドブレインスタジオっていう。

喜多:ゴッチ(後藤)は自分でエンジニアもほぼほぼできるんで、それも2008年と大きな違いで。ゴッチが自分で録って自分で選んでエンジニアさんに納品するみたいな。

──自分で録ったものを判断するのは逆に時間かかりそうですけどどうですか?

後藤:切り替えが必要ですね。うわーって歌って、「一旦うどん食べに行こ」ってうどん食べに行って戻って切り替えて、ここからはエンジニアの耳で聴こうって感じでやるみたいな。

──サウンドの時代感で言うと、特にドラムが顕著かなと思いました。

伊地知潔(Dr)(以下、伊地知):当時は一発録りですからね。今回アレンジはあんまり突き詰めなかった分、音をよく録りたいなっていうのがあって。となると当時の真逆にしたいなっていう。今回は音のかぶりが一切ない、単音が綺麗に聴こえるようにエンジニアさんと話しながらいろんなところにドラムセットを持って行って録りました。ランドマークスタジオにはロフトっぽいところがあるんですけど、「あそこで録ってもいい音しなさそうだけどとりあえず持って行きましょう」って持ってったら、めちゃくちゃいい音で録れて。

──再録ってアジカンの場合は『ソルファ』もありましたし、初めてではないアプローチではありますね。

後藤:まあでもニュアンスが違うよね、ちょっとね。『ソルファ』はリベンジ感あったけど、こっちはもう「楽しくアップデートすればいいでしょう、いまっぽく」みたいな。あんまり考えずに。『ソルファ』は昔のと張り合って「越えなきゃ」ってところがありましたけど。

喜多:『ソルファ』の再録はプレッシャーあったね。

後藤:ね。それこそ「リライト」とか入ってるもんね。がっかりさせたくない気持ちはあるし、どっちかっていうと自分自身ががっかりしたくないなってのがあったから。「やって良かった!」って思いたかったっていうのは『サーフ』に関してはあったけど、『ソルファ』に関してはもうやるんだ!って決めたから、どうあれ絶対もうやってやるという感じで。


編注:2004年にリリースした『ソルファ』は2016年に全曲再録したものを再度発表。

──再録自体が最大のテーマだったし。

後藤:そうそう。

喜多:あと新曲がちゃんと入るよっていうのも、今回の自信のひとつかもしれないですね。

後藤:でも俺、逆に新曲挟んでも大丈夫かなっていう不安もあった。

喜多:メンバーにね、「これ本当に本当に大丈夫だよね?」って(笑)。

後藤:曲順が変わって。俺はいいと思ってるけどみんなも本当にいいと思ってるか。

喜多:うん、「大丈夫だよ」って言って。

──確かに元の10曲でも既に形になってたわけですもんね。

喜多:そうなんですよね。

この記事の編集者
梶野 有希

1998年生まれ。誕生日は徳川家康と一緒です。カルチャーメディア『DIGLE MAGAZINE』でライター・編集を担当し、2021年1月よりOTOTOYに入社しました。インディーからメジャーまで邦ロックばかり聴いています。

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SPiCYSOLが自由であり続けるために──2作品に込めたナチュラルな言葉とフリーな精神

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Emeraldの10年間を体現した初ワンマン〈TEN〉ライヴレポート

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歪でヘンテコな感性だって美しい──猫田ねたこがソロ活動を通してみつけた強さ

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視覚と聴覚を同時に刺激するバンド、the McFaddin──〈“Something is likely to happen”Release Party〉ライヴレポート

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詩に多種多様なキャラクターを宿して──“まなざし”を意識した、Predawnの新作

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SundayカミデによるWonderful Orchestra Band始動!──脳内トリップする新たなヒーリングミュージック

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デビュー25周年を迎えた岡本真夜──ベールに包まれたアーティスト像と人間性を探る

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「これがあるじゃん」の先は、それぞれで考えましょう──折坂悠太がたどり着いた『心理』

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前向きに解散をしたSUNNY CAR WASH ── 愛と敬意、軌跡を記録した最後のベスト作

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自分が聴きたい音楽を追求し続けていく──ロック・バンド、続きはらいせの美学を表現したファースト・EP

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イズミカワソラ×ニラジ・カジャンチ ── 新作『Continue』の意外な制作過程を語る

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ただ、承認されて自立していたい──励ましもせず、突き放しもしないステレオガールのアティテュード

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出発点である自分と向き合うきっかけに──ミクロを意識したJYOCHOの新作

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1万通りの1対1を大切にするpolly──つぶれかけていたロマンを再構築した新作

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理想郷は自分たちで作っていく──ひとつの“カルチャー”を目指すバンド、the McFaddinの新作EP

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これも、あれも、全部YAJICO GIRL──新作EPから聞こえる数々の好奇心

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音楽ライターがオススメする〈FRIENDSHIP.〉の注目作品(2021年10月〜12月)

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バンドサウンドの必然性を深く問う新作──étéが鳴らす、流行へのカウンター

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原動力は「なにかを壊したい」という気持ち── 光と影が交差する、イズミカワソラの歩み

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PEOPLE 1 『PEOPLE』クロスレビュー  ── 集団として闘い、大衆を救う決意

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余白を楽しみつつ、ストレートな表現へ──Helsinki Lambda Clubのリアルなモードに迫る

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The fin. 『Outer Ego』クロスレビュー  ── 主観と客観を行き来する、普遍的なポップ・ミュージック

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“あなた”がいるからこそ綴られた、足立佳奈の言葉

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初ミニ・アルバムのテーマは“脱出ゲーム”!? ── ポップで攻撃的な5人組、あるくとーーふの全貌

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ポップなPARIS on the City!が、泥臭いロック・サウンドに振り切るまでの歩み

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ギタリストではなく、ひとりのアーティストとしての表現──25曲で語るDURANの人間性と感受性

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BALLOND'ORの止まらぬ鼓動! ── 国内外から注目を集めるサウンドの生まれ方

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キュートだけじゃない! さとうもかの新作『WOOLLY』が描く、リアルでちょっとビターな共感

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京都から現れた、あえて言おう“すごいバンド“! WANG GUNG BAND!!!

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谷口貴洋はどのように育ったのか?ー自由で冷静な人間性の生まれ方

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ネクストモードなEmeraldが伝える制作の秘訣──10年間で培ったバンドサウンドの楽しみ方

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日米韓を跨ぐR&BシンガーソングライターVivaOla──シェイクスピアを参考にした初のフル・アルバムが描くストーリー

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謎多きアーティスト・マハラージャン──2つの新作から浮かび上がる人物像とは?

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Laura day romanceがたどり着いた新局面──対照的なふたつの新作から鳴る輝きと情緒

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ドレスコーズ志磨遼平がピアノで描く孤高と反抗──コンセプチュアルな新作『バイエル』に迫る

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自分のドキュメンタリーを音楽で表現する──新作『はためき』に込めたodolの祈り

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「音楽って宇宙みたいなもの」──大柴広己の真髄に触れた新作『光失えどその先へ』

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「人のためになれるような作品ができました」── 愛はズボーンが2つの新作で提示するアルバムの楽しみ方

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パワー・ポップを愛する者へ───Superfriendsのルーツと現在地が反映された新作ミニ・アルバム

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[インタヴュー] ASIAN KUNG-FU GENERATION

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