いい感じに死んでますね、志磨遼平
──「よごれた ゆび」(“大疫病の年に”)、「よごれた ぼくの手でよければ」(“ローレライ”)といったイメージは、あらゆる場所に消毒スプレーが用意されている現状からの発想ですよね。
志磨 : こんなに自分や他人を“汚れてる”と思う感覚って、去年から新しく備わった感覚じゃないですか。人の感覚や常識ってわりと短期間で変わるんだな、ということが身にしみてわかりました。ちょっと前まではなんでもベタベタ触れたし、握手だってしてたのに、もう自分は汚れた存在であり、相手を汚してしまうかもしれない、と思うようになってしまったんですよ、人類は。そういう“穢れ”みたいな感覚って、宗教的って言えばいいんですかね。意識はしてなかっただけで、いままでだって汚れていたはずなのに。
──“相互扶助”、“不要不急”といった硬い時事ワードをタイトルに使っているのもおもしろくて、「不要不急だけど きれいなうた」という締めにはエンタテイナーのギリギリの矜持みたいなものを感じました。
志磨 : やっぱりなんがしかの反抗、レベル・ソングではあるんですよね。「不要不急なわたしの不要不急な歌をどうぞ聴いてください」っていう。怒りのアルバムと思ってます。
──怒りはひしひしと伝わってきますよ。“しずかなせんそう”の「ひとが すがるものを/求め ぶつかって/よわり はてるのを/ひとが ながめている」も痛烈です。
志磨 : 爆弾が飛んできて破壊されるわけでもないけど、どこかのお店が潰れたり、誰かが亡くなったりして、じわじわと静かに沈んでいくのを何もできずにただ眺めている1年だったんですよね。アメリカ大統領選挙のころとか、今の日本のコロナ対策やオリンピックもそうですけど、すがるものを求めてぶつかり合う人たちを見て、なんなんだろう、これはって思いながら、携帯でSNSやニュースを眺めている1年でもあったなと思います。もしかしたら戦時中って意外とこんな気持ちで過ごしたのかしらって思ったりもするし。空襲がない日は「今日も会社休みやし、とりあえず公園行ってボーッとするか」みたいな(笑)。戦争に加担するでもなく、止められるわけでもなく、ただ終わるのを待つっていうか。
──“不良になる”には、ロックンロールの名曲へのオマージュが入っていますね。「黄金の 黄金の/ぼくの このハート」はニール・ヤングの“Heart of Gold”、「この青い スエードの/靴は踏むなよ」はカール・パーキンスの“Blue Suede Shoes”と。
志磨 : “Blue Suede Shoes”で歌ってることって、すごい政治的だと思うんですよ。オリンピックやってもいいし、政治家が悪いことしてもいい。知らねえけど。もちろん尊敬なんかしないし、学ぶところも一切ないけどさ。でも、僕のいちばん大事なものに触れることだけは絶対に許さないよ、っていう。それはロックンローラーの矜持でもあるし、不良の矜持でもあると思うんです。だからロックンロールが好きだし、僕もそういう態度でいたいんです。
──“不要不急”にも通じますね。“よいこになる”の冒頭で子供の話し声らしきものが聞こえますが、どこで録ったんですか?
志磨 : 実は……ってこれ言ってもいいのかな。レコーディング・スタジオが小学校の前にあるんですよ。ドアが開いてると外から子供の声が聞こえてくるんですけど、ちょうどこの曲を録るときにドアが開いてて「めっちゃ曲に合う!」ってなりまして。マイクをこっそりドアの前に立てて、エンジニアさんとふたりで危ない人みたいに隠れて子供が通るのを待って、話し声や物音が聞こえたら録って、「いまのはあんまよくないっすね」って、ちゃんとテイクを選んだりしながら(笑)。「あ、いまのいい!」「ここ編集で切りましょ」とか言いながら。
──そうだったんですね。ラジカセのストップのスイッチをバチッと押すみたいな終わり方も趣があります。
志磨 : あれテープ通してるんで、本当にテープの音なんです。
──子供といえば、12曲中5曲をすがも児童合唱団がピアノの伴奏で歌った初回盤特典の『こどものバイエル』もすばらしいです。これは最初からあったアイデアですか?
志磨 : このアルバムの曲は僕以外の人が歌うのがいいなって思ってたんです。もちろん僕も歌うんですけど、なにしろ『バイエル』なので、誰かが「演奏してみよう」とか「歌ってみよう」となるのが目的であって、たとえば子供が歌うとこうなるよ、というひとつのサンプルみたいな感じですね。それはツアーも一緒で、今回はメンバーを一般公募したんです。レコーディングとは違うメンバー、違うアイデア、違うアレンジの『バイエル』。サブスクの中、子どもの歌、ステージと、完成形が点在してるんです。楽譜もつけたので、いろんな人に自分でやってみてもらいたいですね。“作品”というより“教材”みたいなイメージです。
──志磨さんは近年よく「自分を殺す」みたいな話をされていますが、いよいよ極まってきた感じがありますね。
志磨 : そうですね。いい感じに死んでますね、志磨遼平。
──どうしてそういう考え方になってきているんだと思いますか?
志磨 : なんででしょうね……。あの、それこそ最初、練習曲だったときのピアノ曲が、いちばんピュアな状態の赤ちゃんみたいなもんだと思うんです。で、「子は親を選べない」とかよく言いますけど、僕がその子を育てることで、ねじ曲がったりグレたりするかもしれないじゃないですか(笑)。しょうがないことだし、幸せなことでもあるんですけど、僕が歌うとどうしても僕の言葉や思想が入るから、かわいい我が子が「お前は今日から相互扶助」とか名づけられてかわいそう、もっとかわいい子に育つ未来もあった気がするけどな、みたいに思うことがよくあって(笑)。僕をなくすことができれば、音楽の純度がもっと上がる気がするんですよ。難しいですけどね、やっぱり。
──自分が生み出した音楽を自分自身よりも上位に置いているみたいな?
志磨 : うん、もちろん。さっきのアルバム・タイトルが最初に浮かんだって話と一緒で、僕の意思と関係ない、超然としたものを音楽には感じてるんです。「誰が作ったん? えっ、僕? めっちゃいいやん!」みたいな(笑)。作ったというより“拾った”に近いんですよね。キース・リチャーズも「俺はアンテナでしかなくて、部屋の中に漂っているメロディを受信して送信するだけだ」みたいなこと言ってて、僭越ながら「わかる」って思います。もしかしたらすごい名曲が道端に落ちてるかもしれない。でもアンテナ磨きを怠るとそれを逃しちゃうし、そしたら他の誰かが拾ってしまうかもしれない。いまここらへんにあるメロディは全部僕のものや、って思っているというか、逆に言うと自分が作ったものとは思ってないというか……ちょっと話が飛びましたけど。
──その感覚は“ピーター・アイヴァース”にちょっと出ていますね。音楽をする喜びみたいなものをとても素直に歌っている。
志磨 : うんうん。これは作ったときの心情そのまんまなんですよ。はじめにイントロのリフができたとき、あっ、これを待ってた気がする! と思って。ここ数年はアフロ / ファンクとか、ロマ/ジプシーの音楽とか、もちろんどれも僕が拾ったすばらしい音楽なんですけど、こういうのを拾ったのは久しぶりだったので盛り上がって、そのまま歌詞を書きました。
──なぜ“ピーター・アイヴァース”という曲名をつけたんですか?
志磨 : 人名がいいなと思ったんです。プリファブ・スプラウトの『Steve McQueen』とか、ブラッドサースティ・ブッチャーズの“Jack Nicholson”とか、人名シリーズってあるじゃないですか。この曲は映画の主題歌だったので、その映画の内容に合わせて、ちょっと純粋すぎておかしい人、ちょっとストレンジな人、みたいなイメージが伝わるタイトルにしたくて、それでピーター・アイヴァースにしました。
──「うう 胸にヒット/赤い血がふきだす」は『Terminal Love』のジャケットのイメージですよね。
志磨 : ああ、そうそう! それだ、忘れてました(笑)。冒頭のその一節を書いた時から僕の頭の中は完全にピーター・アイヴァースになってしまったんです。そうそう、そうだった。
──残念ながらそろそろ時間なんですが、最後に志磨さんから「これだけは言っておきたい」ということはありますか?
志磨 : そうですね……。意外とまだ誰にも気づかれてないというか、ほめてもらってないのが、“はなれている”の「今は ふれないで/今は 話さないで」っていうところなんですけど。ラヴ・ソングの常套句である“離さないで”かと思いきや、字面で見ると「話さないで」になってるんですよ。ここ、「うまい!」って誰か言わんかなって。
──うまい(笑)! 「あの ころな らば そばにいて」の表記もおもしろいですね。
志磨 : 待ってました! それも誰も言ってくれないんですよ(笑)。聴いてるだけだとわからないように、こっそり“ころな”を入れたかったんです。
編集 : 梶野有希
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PROFILE : ドレスコーズ
毛皮のマリーズのボーカルとして2011年まで活動、翌2012年1月1日にドレスコーズを結成。 同年7月にシングル「Trash」(映画「苦役列車」主題歌)でデビュー。12月にファースト・フル・アルバム『the dresscodes』、2013年8月にはセカンド・シングル「トートロジー」(フジテレビ系アニメ「トリコ」エンディング主題歌)、同年11月にセカンド・フルアルバム『バンド・デシネ』を発表。2014年4月、キングレコード(EVIL LINE RECORDS)へ移籍。日比谷野音でのワンマン公演を成功させたのち、9月にリリースされたファースト・EP『Hippies E.P.』をもってバンド編成での活動終了を発表。以後、志磨遼平のソロプロジェクトとなる。12月10日、現体制になって初のフルアルバム『1(読み方:ワン)』をリリース。2016年10月、フル3DCGアニメーション映画『GANTZ:O』(東宝)主題歌としてシングル「人間ビデオ」をリリース。同作には志磨自らが出演した映画『溺れるナイフ』主題歌の“コミック・ジェネレイション”も収録される。2017年3月に5枚目のアルバム『平凡』、2019年5月には6枚目のアルバム『ジャズ』をリリース。2020年にはメジャーデビュー10周年記念ベスト盤『ID10+』リリース。
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