なぜ只野 楓は歌うのか、その使命を示した夜──1st ONEMAN LIVE「zeal」
2025年11月29日、渋谷・clubasia。ボカロP・A4。としても活躍するSSW、只野 楓が初のワンマンライブ「zeal」で示したのは、ボカロPでもシンガーソングライターでもない、“ただ歌う理由を持つ表現者”としての姿だった。エレクトロもバンド・サウンドも巻き込みながら、彼はステージに立つ。なぜ只野 楓は歌うのか。その答えを観客全員が確かに受け取った夜の全貌をレポートする。
LIVE REPORT : 只野 楓 1st ONEMAN LIVE「zeal」
取材&文 : 小町碧音
photo by Hideyuki Uchino
2025年11月29日、渋谷・clubasiaで開催された只野 楓の1stワンマンライブ「zeal」。アンコールのラストが讃歌のように聴こえてきたのは、ひとりだけれど、ひとりではないという確かな温もりがそこにあったからだ。ボカロP・A4。として【ボカコレ2022秋】ルーキーランキング1位の「天使の翼。」で脚光を浴び、2023年からはシンガーソングライターとしても活躍の場を広げた只野。どうして彼が歌うのか。その使命までもが、はっきりと浮かび上がるライブだったと思う。
スクリーンには、吊り下げられた電球が淡く灯るレトロなライブのキービジュアル。ジャジーなSEが流れるなか、サポートメンバーのだでぃ(B)、ボカロPでもある⌘ハイノミ(Dr)、miru(G)の二人、そして只野がステージに登場する。シネマティックでアッパーな「満員御礼」で、リズム隊のサウンドのぶつかり合いから生まれる生の臨場感。そこに只野のハイトーンボイスが重なると、フロアは沸騰した。
只野の今を楽しむ表情がそのまま見える距離感も、ライブハウスならではで嬉しい。「ラブマシーン3。」や「会話中の映像」では、ヒップホップやファンクのエッセンスを散りばめた電子音と生楽器がブレンドされたハイブリッドなサウンドに導かれて、縦にも横にも身体が揺れる。なにより、高音域の歌声が映えるエキセントリックなサウンドメイクを実現できるのは、VOCALOIDなどの音声合成ソフトをベースとした表現が彼の根底にあるから。音声合成ソフトの魅力を感じさせる一方で、「違うよ~ ^ ^」で歌声の“泥臭さ”が剥き出しだったのが印象的だった。
只野が歌いながら「マジ楽しいわ!ありがと」と思わず漏らした「エレファント・インザ・ミュージアム。」の“みょん”と蠢きながら躍動するギターサウンドの充実ぶりは、病みつきになるレベルだ。この日、特別に披露された梓川への提供曲「無料生配信」。ボカロPから、シンガーソングライター、さらには楽曲提供までこなす柔軟さは、彼の楽曲に生きる好奇心と、音の密度の両軸にしっかりと表れていたと思う。「LILY」のボーカルにかけられた強めのエフェクト、「九段下パンデミック」のMVに散りばめられた文字の集合体などの視覚的言語。ボカロPとしては音声合成ソフトを扱うことも含めて、こうした先鋭的な演出は、感情のデリケートなニュアンスを芸術的に昇華させるための装置として機能しているのではないか。そう感じる瞬間もあった。
奇妙な「リア」での張り上げられた高音の叫びには、音声合成ソフト独自の表現を人間の声で再構築していたし、テクニカルなギターフレーズが飛び出したぬゆりとの共作「東京相談室」は、映像と音楽がセットで語られてきたボカロの系譜に添っていたのも良かった。
学校に通って、就職して、結婚して家族を持つ。只野は、一般的に“普通”とされることが、そのまま“幸せ”に結びつけられてしまうことに、昔からずっと疑問を抱いてきたという。「それでいいと僕は思うんだけど」と前置きしつつも、「それだけが幸せじゃない」と、打ち明けた。「なんで、私だけがこんな目に、俺だけがこんな目に」と、誰もが一度はつぶやいたことのある弱音を口にしながら、自分もみんなと同じような悩みを抱えて生きているのだと。彼の作る音楽には、藻掻く感情が滲み出ている。決してハッピーエンドではない。それでも、その想いが確実に誰かの心を照らしている。そういう形の幸せも例外なく“幸せ”だ。
人の声、生活音も流れるエモーショナルな「普通.gif」は、すっと心に入るシンプルな言葉が並ぶメッセージ性の強い曲で、只野がボカロPとしての表現を超えて、歌うという選択肢も手に取った意味がその歌声の強度を通して明確に伝わってきた。その後に続く曲がシンガーソングライターとしての出発を知らせた「Oh...」だった流れも、とても腑に落ちた。
心強いサポートメンバーたちの感想パートを挟み、ステージ上にいっそう強い結束力が生まれた後半でじわじわとわかってきたことがある。それは、ステージで歌っていたのは、只野ひとりではなかったということ。「天使の翼。」では可不とゲキヤクの声、「みんなのうた」では原曲の可不の声が重なっていた。音声合成ソフトと人間の歌唱という温度感の異なる二つがひとつになった光景は、“普通”でないからこそ、光の力を増してきらめいたのだ。最後のスムーズで黄金のメロディが泳ぐ「くらしとファッションのフロア」でも見せた未来につながる“泥臭さ”。その余韻に筆者自身も背中を押されて、会場を離れた。
セットリスト
只野 楓 1st ONEMAN LIVE「zeal」
2025年11月29日(土) clubasia(渋谷)
M1.満員御礼
M2.ラブマシーン3。
M3.会話中の映像
M4.違うよ~ ^ ^
M5.COMEDY。
M6.Mud Princeeeeess!!!
M7.エレファント・インザ・ミュージアム。
M8.無料生配信
M9.LILY
M10.九段下パンデミック
M11.リア
M12.東京相談室
M13.バレリーナ.jpeg
M14.普通.gif
M15.Oh...
EN1.天使の翼。
EN2.みんなのうた
EN3.くらしとファッションのフロア
PROFILE;只野 楓
2021年10月よりボカロPとして活動を開始。
HIPHOP、J-POPなどをルーツにした、 現代ポップスを探求するトラックメイカー。
斬新な展開やノリの良さが特徴。
MAISONdes『ダブル・プッシュ・オフ。』(水槽)や、すとぷり莉犬「8月5840日。」への楽曲提供。
FUJI ROCK FESTIVAL‘23ではDJとして出演した。
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