「こんなことが自分の人生に起こるなんて」──さくらviolinを再びヴァイオリニストへ導いた、17LIVEとの出会い

ライブ配信サービス・17LIVE(イチナナ)での活動をきっかけに、再びヴァイオリンと向き合い始めたさくらviolin。配信を通じて演奏する楽しさを取り戻し、オリジナル楽曲の制作や初のミュージック・ビデオ、さらにワンマン・ライブの開催へと活動の幅を広げている。
両親がともにヴァイオリニストという家庭に生まれ、自身も自然とその道を歩んできた彼女。しかし、その道のりは決して平坦なものではなかった。かつてはヴァイオリンを持てなくなった時期もあったというさくらviolinにとって、17LIVEとの出会いは大きな転機となる。音楽を通じて生まれたリスナーとのつながり、そして「もう一度ヴァイオリンを学び直したい」と思うまで。さくらviolinが歩んできたこれまでと、これから目指す音楽について話を訊いた。
クラシックの枠にとらわれない、ポップで自由なヴァイオリンの魅力
INTERVIEW : さくらviolin

Sakura さくら(ヴァイオリン)
2004年生まれ東京都出身。
4歳よりクラシックを学び多数コンクール入賞。
2018年に双子姉妹によるピアノとヴァイオリンのデュオEnsemble Twinsを結成。
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校卒業後、プロミュージシャンとしてのキャリアを本格的にスタートさせ、積極的に活動を展開している。
多数著名アーティストのライブ、レコーディング等に参加。
2024年より"Sakura さくら"としてソロ活動も開始し、クラシックを基盤としながら、ポップスまで多彩な音楽に挑戦している。
取材・文 : 坂井彩花
撮影 : 星野耕作
ヴァイオリン一筋だった日々、心の糸が切れた瞬間
――そもそもどのようなきっかけで、ヴァイオリンを始めたのでしょうか。
さくら:両親がヴァイオリニストで、2、3歳の頃からヴァイオリンに触れるような環境だったんです。おもちゃのヴァイオリンで遊び始め、親に教わる幼少期を過ごし、小学3年生になると外部の先生につき、本格的に取り組み始めました。
とはいえ、自分のなかでは結構“やらされている感”があって(笑)。「学校が終わったら、すぐに帰ってきて練習しなさい」と言われていたので、放課後はほとんど練習に費やしていました。なんてことない小学生時代を過ごしている周りの友達が、いつも羨ましかったですね。
――当時のさくらさんにとって、ヴァイオリンはどのような存在だったんですか。
さくら:親の背中を見ていたのもあって、「自分はヴァイオリニストにならなきゃいけないんだ」と思い込んでいました。直接「ヴァイオリニストになってね」と言われたわけではないんです。でも、小さい頃からたくさんコンクールに出ていましたし、周りの環境も完全にヴァイオリンと音楽中心だったので、それ以外の道は考えられませんでした。
――ヴァイオリンを弾くこと自体は、楽しかったですか。
さくら:正直、「やらないと怒られるからやっていた」という感覚が大きかったです(笑)。練習も好きではなかったし、コンクールへの苦手意識も強くて。人前に出るとすごく緊張してしまって、普段の練習の成果を出せなかったんです。だから、「人前で弾くのは向いていないのかな」と、ずっと思っていました。
――中学時代も、やはりヴァイオリンづくしでしたか。
さくら:そうですね。「球技系の部活は突き指するからダメ」なんて言われて。部活動をしていた時期もあったんですけど、「部活をやっている暇があるなら練習しなさい」と言われてからは、帰宅部に転向してずっとヴァイオリンを練習していました。中学生の頃も、ヴァイオリニストを目指して頑張っていましたね。
――卒業後は、東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校へ進学されていますが、やはり“音楽科”にこだわっていたのでしょうか。
さくら:中学生の頃は、改めて自分の進路を考えることもなく、依然として「自分は音楽の道に進むんだ」と思い込んでいたので、自然と音楽科のある高校を調べていました。
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を選んだのは、日本で一番レベルが高いといわれている高校だったから。親から「行くならそこを目指しなさい」と言われて、本当に当たり前のように受験した感覚でした。


――どのような高校生活でしたか。
さくら:周りがヴァイオリンのトップレベルの子ばっかりだったので、1、2年生の頃は「もっと頑張らなきゃ」と思っていたんです。でも、気づかないうちにストレスや重圧がどんどん積み重なっていたみたいで、高校3年生の卒業試験の演奏のときに心の糸がプツンと切れてしまって。
毎日ストレスと重圧ばかりで、全然明るいビジョンが見えなかったんです。小中高と一生懸命頑張ってきて、嫌々ながらコンクールにも出続けてきたのに、全然報われない。「もう無理だ」と思った瞬間、ヴァイオリンが弾けなくなり、学校にも行けなくなってしまいました。同級生が進路について考えている頃、自分は家に引きこもって廃人のように過ごしていました。
――そこから、どのように立ち直っていったのでしょうか。
さくら:ヴァイオリンと距離を置いたのをきっかけに、初めて自分で自分の人生を考えるようになったんです。「このままでいいのかな」「ヴァイオリンで生きていけるのかな」って。
ヴァイオリニストの親はもちろん、親の友だちや高校の同級生など、音楽をやっている人たちに囲まれている生活は楽しいこともあったのですが。でも、次第に楽しさよりも辛さのほうが大きくなってしまって。「ヴァイオリン以外の世界も、一度見ておいたほうがいいかもしれない」と考えるようになりました。
芸大へ進学する人がほとんどのなか、私は1年間浪人をして一般的な四年制大学へ進学することにしました。高校時代に心のバランスを崩し、心理カウンセラーさんに相談していた経験があったので、心理学を学ぶことにしたんです。「今までは親の言われた通り、レールの上を歩いてきたけど、ここからは自分の人生だ!」と思って、心機一転、まったく違うことをやっていくぞ、という気持ちでした。
――ご両親は、すんなりと認めてくださったんですか。
さくら:家族では本当にたくさん話し合いました。やっぱり親は音大へ進学してヴァイオリンを続けて欲しかったみたいで。私が「ヴァイオリンを辞める!」と言って、反対を押し切った形でした。でも、その話し合いを経て親も諦めがついたみたいで、最終的には「自分の人生なんだから、好きなように歩みなさい」というスタンスになりました。


















































































































