【Save Our Place レポート】for the future──コロナ禍と向き合う京阪神のポップ・カルチャー 中編「クラブ・イベンターたちの思い」
関西で活動するライター石塚就一 a.k.a ヤンヤンが「京阪神のポップ・カルチャーはコロナ禍とどう向き合っているのか」をテーマにお届けしているレポート、〈for the future〉。ラッパーたちに焦点をあてた前編に引き続き、中編となる今回はコロナ禍と戦うクラブで働くスタッフ、イベンターたちのリアルな現場の声をお届けします。
前編「ラッパーたちの思い」はこちら
後編「映画関係者の思い」はこちら
for the future──コロナ禍と向き合う京阪神カルチャー
正直な告白をすれば、今回の取材をはじめるにあたって、筆者は「コロナ禍で被害を受けたカルチャー側の悲痛さを世間に届けなくてはならない」という使命感を抱いていた。その理由は主に2つ。まず、クラスターとなったライヴハウスがメディアで槍玉の挙げられたように、先行した報道の印象が強く残っていたこと。そして、自分自身がフリー・ライターやイベンターとして、コロナ禍で受けた打撃から、ネガティヴ思考のスイッチが完全に入っていたこと。 しかし、前編で紹介したラッパーたちの声を聞いて、発信する機会と場所を奪われても新しいチャレンジをはじめようとするプレイヤーがたくさんいるとわかってきた。では、プレイヤーを受け入れる存在である、会場側の気持ちはどうなのだろう?
インタヴュー&文 : 石塚就一 a.k.a ヤンヤン
INTERVIEW : behemoth (MILULARI)
こんな時期だからこそ演者と家のお客さんがつながれるイベントを
「ミナミ」の愛称で知られる、難波周辺の繁華街。飲食店やその他のクラブに囲まれて、〈なんばMILULARI〉は営業してきた。アメリカ村を中心としたヒップホップ文化と日本橋のオタク文化、その両方をバランスよく取り入れて幅広い客層から愛されてきたクラブだ。店長のbehemothさんも、かつてはミュージシャンとして精力的にライヴや音源制作などの活動をしていた。裏方に回った現在でも、たまに出演者と一緒にステージへ上がることがある。
「僕自身が演者だったので、演者が気持ちいいステージのセッティングができます。それはウチの自信ですね。あと、前のオーナーの時代ではオタク系のイベントに特化していました。いまもオタク系DJイベントを積極的にやっています。」
前編で登場したゴンザレス下野くん主催のオタクMCバトル、〈日本橋ウォーズ〉の会場も〈MILULARI〉だ。プレイヤー目線で一緒に企画を盛り上げてくれるbehemothさんの人柄もあり、ジャンルを超えた音楽好きの遊び場としてミナミでも独特の立ち位置を確立させていく。そんな〈MILULARI〉にも、今年3月後半あたりからコロナ禍の影響が色濃くなっていく。イベントのキャンセル、集客の減少などが目立ちはじめ、政府が4月7日に発令した緊急事態宣言を受けて店舗を休業せざるを得なくなった。ただ、〈MILULARI〉の活動そのものが止まったわけではない。
「配信で無観客ライヴをお届けしています。やってみて、若い子たちから『ライヴをしたい』という気持ちをすごく感じました。こんな時期だからこそ、演者と家のお客さんがつながれるイベントを作れるんじゃないかと思って続けています」
〈おうちへLIVEを!音撃~BeaT ImPacT~〉と題された無観客ライヴは、twitchのチャンネルから配信されてヘッズから反響を呼んだ。10代、20代の若いラッパーたちを中心としたパフォーマンスの数々は、少しでも家にいる仲間たちを元気づけたいという切実さに溢れていた。5月3日時点ですでに配信は4回を超え、コロナ禍の〈MILULARI〉名物イベントになりつつある。
「以前は、無観客であってもライヴをすることで演者が叩かれたら嫌やな、と思っていました。だから大々的に宣伝をできなかったんですよ。でも、大阪府の吉村知事が無観客ライヴに対しても支援をしてくれると発表してくれて。行政が姿勢を明示してくれたので、5月3日のイベントからはネットで情報をどんどん出すようにしました」
behemothさんはコロナ禍に対応するべく、現在進行形でさまざまな知識を吸収中だ。
「うちに関しては、オーナーが昨年度の売上をプールしてくれていたんですね。でも、7月、8月くらいまでいまの状況が続くとさすがにまずい。電子決済サービスや動画配信サービスを勉強して、収益化を考えているところです」
ただ、1人のヘッズとしてはコロナ禍収束後、クラブそのものがどうなってしまうのかも気になる。ここまで人々の生活が脅かされた時期が続いてから、果たしてクラブはかつての熱気を取り戻せるのだろうか。また、プレイヤーたちが経済的、精神的に疲弊していく可能性も心配だ。しかし、behemothさんの展望は明るく、力強かった。
「ヒップホップってメッセージだと思うんですよ。伝わりやすく直接的な音楽。あと、そんなに頑張らなくても承認欲求を満たせるんですよね。社会人をやりながらある程度の努力で、非日常を味わえる世界じゃないでしょうか。こういう長所をクラブやライヴハウスが大切にして仕掛けていくこと。それができれば、コロナ後でも以前の状態に戻っていけると思います。〈MIRULARI〉では、いまからなにかをはじめたいと思っている人に対して、僕の持っているものをフル活用してお手伝いするつもりです」
MILULARI twichチャンネル
https://www.twitch.tv/milulari/videos
INTERVIEW : AMI (TRIANGLE 大阪)
アーティストもクラブもお互いになくてはいけないもの
関西におけるヒップホップのメッカといえば、大阪のアメリカ村だろう。平常時は毎晩、どこかのクラブでパーティーが開催され、ラッパーやDJ、ダンサーたちが切磋琢磨してきた。そして、アメリカ村の中でも特にプロップスを集めているクラブが〈TRIANGLE 大阪〉だ。全国クラスのアーティストから10代の若手まで、〈TRIANGLE〉は才能あるヒップホッパーたちを分け隔てなくピックアップしてきた。
「僕自身がプレイヤーだったこともあり、自分の好き嫌いを超えたカルチャーのさまざまな側面を見せたいと思ってきました」と、責任者のAMIさんは語ってくれた。何もなければゴールデンウィークの大型連休も、〈TRIANGLE〉は多種多様な音楽で賑わっていただろう。
「2月頭に企画したイベントが、思っていたより集客を見込めなかったんですよ。それでいろんな出演者に話を聞いていると、コロナの名前が出てきた。それくらいから影響を感じはじめました」
そして、〈TRIANGLE〉は通常営業を4月1日からストップする。ランニングコストへの不安が生まれる中、〈TRIANGLE〉は新たな試みを実践し始めた。
「3月半ばごろからイベントが次々にキャンセルとなりまして。今後、もっとしんどくなるだろうと考えていました。そんな中、カメラマンのPAYくんと友人を介して会ったんです。彼も現状にいろいろ思うところがあったみたいで。そこで話を紡いでいった結果、2、3時間で『TRY-ANGLE』の基盤ができました」
『TRY-ANGLE』とは〈TRIANGLE〉のnoteで実施されている企画だ。毎晩19時になると、ラッパーやDJなどのパフォーマンス動画を含んだ記事が投稿される。読者は100円で記事を購入し、パフォーマンスを自宅から楽しめる仕組みである。すでにBOIL RHIME、RAWAXXXといった、トップクラスのヒップホッパーたちの記事が好評を集めてきた。
「新しいことを始めるにあたり、スタッフにも最初は抵抗や不安があったと思います。でも、僕は放っておいても状況は悪くなると感じていた。3月26、27日くらいにはスタッフ全員で『TRY-ANGLE』をやっていこうと決めました。カルチャーの進化という意味では、やってよかったです。我々の動きを止めない意味でもかなり大きかったですね」
『TRY-ANGLE』を見始めるにあたって、おすすめの記事を尋ねたところ、「一番最初であれば、やはり第1回のHIDADDYさん(韻踏合組合)から見てもらいたいです」と返ってきた。「ポジティブに頑張っていこうという気持ちを込めた企画なので、HIDADDYさんのパフォーマンスはバッチリ意図とマッチして見応えある内容になりましたね」
HIDADDYさんは〈TRIANGLE〉と同じく、アメリカ村で一二三屋というヒップホップのショップを経営している。驚かされるのは、ヒップホップ界隈における横の結びつきの強さと速さだ。5月3日には全国15箇所から総勢50組以上のアーティストがパフォーマンスを披露した〈VirtuaRAW〉という新感覚の音楽フェスティバルもネット配信された。〈TRIANGLE〉も大阪会場として参加している。
「アーティストも他のクラブもお互いになくてはいけないもの」とAMIさんは言う。仲間を思いやるヒップホップの思想が、有事を乗り越える力になっているのは間違いない。AMIさんがインタビューの最後に語ってくれたのも、大切なチームの今後についてだった。
「『TRY-ANGLE』に関わっているメンバーはカメラマン2人とデザイナー、映像の編集者、Youtubeのディレクション、そして僕たち〈TRIANGLE〉のスタッフ4人、計9人です。実は、全員有志でやってくれています。みんな生活もあるんですけど、『こんな状況だから』と知恵とスキルを持ち寄って立ち上げた企画なんです。通常では考えられないようなことを特別にやってくれている。すごく感謝しています。コロナが収まっても、このメンバーで何か創っていきたいと思います」
TRIANGLE OSAKA note
https://note.com/triangle_osaka
※〈TRIANGLE〉ではクラウドファンディングも実施しています。この記事を読んでいただき、興味を持たれた皆様のご支援を何卒お願い致します。
【SAVE THE TRIANGLE】アメリカ村トライアングル存続支援のお願い
https://camp-fire.jp/projects/258724/backers
INTERVIEW : 鮫島(SUPER POSITIVE BAR)
絶対誰にも『死にたい』なんて思ってほしくない
音楽の世界で二足のわらじは珍しいことではない。むしろ、ほとんどのアーティストやイベンターが安定した収入源を確保しながらそれぞれの活動に勤しんでいる。しかし、鮫島さんはサラリーマン生活に別れを告げてヒップホップの世界に全身浸かる道を選んだ。いまでは心斎橋で〈SUPER POSITIVE BAR〉の経営をしながら、〈谷町サイファー〉、〈GRAND CANYON〉といった数々の個性的なイベントを主催している。
「もともとはレゲエが好きで、自分でも歌ったりしていたんですけど。10年くらい前に『ヒダディー ひとり旅』というDVDを見て衝撃を受けまして。ラップの練習をしながら、4年前からはイベントを自分でもやり始めたんです。それが2年ほど前からすごく楽しくなってしまって。じょう(NA3TY)もイベントに来てくれて、彼とも一緒にいろいろやるようになりました。あと、いまではバーを共同経営しているGOBBLAくんとの出会いもめちゃくちゃ大きかったです。〈谷町サイファー〉とかをやる前にはじめてライヴを観て、ガッチリ心を掴まれまして。彼のライヴに通いはじめて、2、3回目で飲みながら話せたんですけど、人間性もすばらしかった。そしてイベントにGOBBLAくんを呼んだりしているうち、彼から『僕の音楽の裏方をやってもらえませんか』と頼まれたんです」
そうやってシーンに関わる規模が大きくなっていくにつれ、鮫島さんはゴンザレス下野さん(前編参照)、公家バイブスさんといった大阪のヒップホッパーたちと運営チーム「鮫島事変」を結成する。そして、鮫島事変主催のイベントは若手ラッパーの登竜門としてシーンに名を広めていった。まるで、仲間を増やしてレベルアップしていく、RPGゲームのような人生である。その流れで立ち上げたMCバトルイベント〈ZtoA Freestyle MC Battle〉は、5月6日にClub Jouleという大会場での開催を予定していた。しかし、コロナ禍の影響で延期を余儀なくされてしまう。〈SUPER POSITIVE BAR〉も4月初頭から休業中だ。
ただ、鮫島さんたちは動き続ける。〈ZtoA Freestyle MC Battle〉のYoutubeチャンネルでは無観客ライヴやサイファーの配信が始まった。
また、4月25日には〈SUPER POSITIVE BAR〉のインスタアカウントにて、「オンラインバー」という形でGOBBLAさんの誕生日イベントが中継された。コロナ禍で憂鬱なムードが広がる世間とは対照的に、鮫島さんのやることはいつでも派手だ。
「オンラインバーではドリンクメニューを某ショップサイトで作ったんですよ。それを買ってくれたら、売れたメニューをGOBBLAが飲む(笑)。完全に応援目線ですね。買ってくれた人のお名前やコメントを配信で読み上げたりして。我々のコンセプトは新しいことをいち早くやるってことです。自分たちの損得は一旦度外視して。まず自分がお客さんの立場でおもしろがれるものを形にしています」
鮫島さんの企画には根底して「明るさ」がある。
「いま、悲観的な意見が多いじゃないですか。でも、僕らはそう思ってなくて。フィールドが変わったという感じなんです。その中でもできることってあるし。成長している最中だと思っていますね」
コロナ禍の経験がいつか力になると信じて。前を向く鮫島さんが、現時点で大切に思うものは何なのだろう。
「なにを優先するかだと、いまは完全に命じゃないですか。でも、命っていま、ふたつの意味があると思ってて。ひとつはコロナをうつさない、うつされないっていう意味での命。もうひとつは、コロナの影響を苦にして自殺してしまう人たちの命。僕、コロナ禍で自殺者が増えたっていうニュースを聞いてすごく寂しくなったんですよ。絶対誰にも『死にたい』なんて思ってほしくないじゃないですか。僕たちの配信しているサイファーとかを見て、楽しいなって思ってほしい。そうやって命を守りたいですね。いまのこの状況で『もう無理や』なんて言う必要は全然ないと思う。コロナが終わった後にすぐ動くための準備をずっとしていく、その期間だと考えています」
※〈SUPER POSITIVE BAR〉ではクラウドファンディングも実施しています。この記事を読んでいただき、興味を持たれた皆様のご支援を何卒お願い致します。
【SAVE THE SUPER POSITIVE BAR】営業存続御支援のお願い
https://camp-fire.jp/projects/view/262019
編集 : 西田 健
前編「ラッパーたちの思い」はこちら
後編「映画関係者の思い」はこちら
『Save Our Place』
OTOTOYは、音源配信でライヴハウスを救うべく、支援企画『Save Our Place』をスタートさせました。『Save Our Place』では、企画に賛同していただいたミュージシャン / レーベルが未リリースの音源をOTOTOYにて配信します。その音源売り上げは、クレジット決済手数料、(著作権登録がある場合のみ)著作権使用料を除いた全額を、ミュージシャンが希望する施設(ライヴハウス、クラブ、劇場など)へ送金します。
詳細はこちら
https://ototoy.jp/feature/saveourplace/
『Save Our Place』レポート
小岩BUSHBASHのオーナー、柿沼さんにライヴハウス / クラブの現状を語っていただきました。
MOROHAのアフロさんに全国ツアー〈日程未定、開催確定 TOUR〉について、そして、アーティストとしての現在について語っていただきました。