やっぱり長瀬の声を生かして曲を作りたい
——続いて、“砂漠の水”についてどういったコンセプトの楽曲なのか教えてください。
矢口:逆に聴いてみてどうでした? リスナーからの感想をまだ一回も見たことがないので気になります。
——70sのディスコやフュージョン、ユーロビートが合わさったものを現代のポップスにアレンジしているみたいなサウンドといいますか。これこそ前衛的だなと思いました。
長瀬:この曲はレコーディングの方法が変わっていて。メインのマイクの横にステレオマイクを立てて録音して、立体音響っぽくなるように録ってもらったんです。全体的にすごくリズムが難しくて、「砂漠の水 滴るまつげにオアシス」あたりでリズムが崩れるんですけど、編曲を担当してくださった高城さんが「エジプト音楽のようなリズムになってる」みたいなことをおっしゃっていました。
——「エジプト音楽のようなリズム」はしっくりしました。たしかにこの曲はリアクションが気になりますね。
矢口:そうなんですよ。この曲は1番最後に作った曲だったので、やり残したことを全部ここにもってきた感じではあります。攻めたとはいわないですけど、ちゃんと取りにこさせる楽曲にはできたのかなとは思いますね。やっぱり長瀬の声を生かして曲を作りたいという思いもあったので、レコーディング用のマイクの横に、小さいマイクを1本ずつ左右に立てて同時に収録することで、バイノーラルのような効果を狙った部分を作っていたり、本人が難しいといっていた部分もプログレのレコーディングみたいになってるんですね。リズムはスクエアなんですけど、歌はすごくスイングしているみたいな。すごく複雑な曲ですけど聴き心地がいいというか、聴き方によっていろんな楽しみ方ができる曲なのかなと思っています。
——クラブで聴きたいですよね。
矢口:いいですね。3時を超えたあたりで、もう1段階上げてほしいときに聴きたいです。世界観のテーマだけは設定してたんですけど、作詞してくれたねこみさんに何をモチーフにするかはお任せしていたんです。一時期ネットでバズっていた、ナミブ砂漠にあるオアシスをずっと定点カメラで撮っている配信をモチーフにしたっておっしゃっていましたね。
——次は“ほんの感想”について、楽曲のコンセプトや制作秘話などをお訊きしたいです。
長瀬:この曲は、日常と夢の中を行ったり来たりしてるような、日常と非日常が表裏一体になっているような曲だなと思っています。いよわさんとは“オレンジスケール”で1度ご一緒しているんですけど、またガラッと変わった雰囲気の曲になっています。歌詞が特にすごくいいなと思っていて、2番の「逃げなかった可愛い都市伝説聞かせて」がすごく好きなんです。「都市伝説」という言葉に、「逃げなかった」という動詞をつけているのも面白いし、「可愛い」も「都市伝説」につけちゃうのがすごく好きですね。この1文だけでも長瀬有花っぽさも伝わるし、言葉選びの良さがすごく詰まっていると思います。アルバムの歌詞カードを見て気づいたんですけど、この曲だけ言葉の量が突出して多いんですよ。それぐらい物語性というか、没入感がすごい曲になっていて。その分情景をちゃんと伝えられるような表情付けに気を使ったり、言葉のアクセントやニュアンスに気を付けました。
——歌詞に落とし込むときは長瀬さんに対してヒアリングがあるんですか?
矢口:歌詞に関してはどの曲も同じオーダーをしていて、長瀬有花を元に「こういう概念や思想を今回アルバムを通して描きたいので、作家さんなりの言葉で解釈してください」みたいなオーダーをしていますね。特にいよわさんは歌詞をすごく緻密に書かれる人で、今回の曲にあるような言葉遊びや、配信活動やツイッターといった、長瀬の音楽活動以外の部分まで見ていないと書けない歌詞を書いてくださっています。ファンの人ならわかるような凝ったワード選びがすごく散りばめられてます。
——この曲は歌ってみてどうでしたか?
長瀬:難しかったです。
矢口:高い音域は使っていないので、音域的には1番のびのびと歌えている気はするんですが、リズムや音階の移動とかが難しいと思います。サビも半音移動しかしてないので、丁寧に歌おうとするほど難しい曲なのかなと思いますね。
長瀬:レコーディングのときはずっと息切れしていた記憶があります。
矢口:ライブで歌うときどうしようみたいな話はした気がしますね。
——息切れをしていた曲をライブの最後に歌ってましたよね。
矢口:そうですね(笑)。この曲はバンドさんが1番苦労していた曲でもあります。「この曲を最初の方にやっちゃうともうそれで終わりになっちゃうから最後にしよう」みたいな話もしましたね。

——最後に“宇宙遊泳”についてもお伺いしたいです。
長瀬:この曲は「日常の中に宇宙を眺める」みたいな曲です。実際の宇宙よりももっと身近な場所で宇宙を体験できることを言っているのかなと思ってます。星空みたいな、身近にある「自分にとっての宇宙」を意識して歌いました。途中でシューゲイザーっぽい要素も入れていただいて、その部分が個人的にはすごくお気に入りですね。Aメロは落ち着いているのに、サビで一気にグッと感情が引き込まれている感じがして、そのコントラストがすごく綺麗に出ている曲だなと思っています。歌的には、2番のAメロの「世界の約束 忘れないように 2階の窓から飛行機、それを眺めています」の部分で新しいことに挑戦しています。最初にレコーディングで歌ったときは、普通に気持ちを入れて歌っていたんですけど、上の空で歌った方がいいんじゃないかということになったんですよ。なので、この部分だけはあえて何も考えずに歌っていますね。あとは1番最後のサビで、必死さを出すためにブレスが必要ないところでブレスをいっぱい入れていて、あえて息切れしているように歌いました。ほとんど初めてやる表現だったのでアドバイスをいただきながら録りましたね。そういう意味では自分の新たな面をいっぱい出せているんじゃないかなと思います。
——ブレスで息切れしているような表現は難しかったですか?
長瀬:自分では必死さを出すために頑張って息を吸っているつもりではあるけど、いざ録ったのを聞くと必死感がなかったです。吸うときの口の形が大事らしくて、いろいろトライをして正解を見つけていった感じですね。
矢口:長瀬有花というアーティスト自身もそうだし、長瀬有花の歌声の性質ゆえだと思うんですけど、どこか超然としているというか、あまり人っぽくない質感を出すことが多いかなと思っています。でもこの曲に関しては、日常のワンシーンを表現する曲だったので、生々しく表現をするというところが初めての体験だったのかなと思いますね。
——同じ宇宙をモチーフにしているという意味では、“プラネタリネア”はメランコリックなイメージで、“宇宙遊泳”に関しては割とストレートでエモーショナルな曲だなという印象を受けました。ディレクションでアドバイスはありましたか?
長瀬:サビで出てくる「生命線を伸ばしたら」という歌詞があるんですが、言葉が伝わりやすくなるとのことで、歌うときに最初の「イ」を強く区切ってほしいというディレクションをいただきました。
矢口:身近な息遣いを感じる曲ではあるので、生々しくちゃんと言葉や情景が伝わるようにしています。他の曲とは違った質感で、真っ直ぐさは出ているのかなと思いますね。
——このアルバムを制作して成長した部分や発見はありましたか?
長瀬:歌の表情やニュアンスの幅が増えました。「こういう選択肢もあったんだ」というのに気づけることが多くて、表情付けの広がりが1番大きかったと思いますね。あとはこのアルバムだけではないんですけど、どの曲もパワーが必要なので体力もついたのかもしれないです。2年前に録った曲を思い返してみると、当時はすごく歌うのに体力を使って疲れてしまう曲があったんです。“ハイド・アンド・ダンス”とかがそうなんですが、今歌ってみるとそんなに疲れなくなっていて。歌ってきた曲のおかげで体力がついてきたのかなとすごく感じます。

編集 : 西田健
要素をミクスチャーした最新アルバム
長瀬有花 ディスコグラフィー
PROFILE : 長瀬有花

2次元(Digital)と3次元(Physical)の両軸で活動する“だつりょく系アーティスト”。
3DCGやイラストレーションで構成されるバーチャルアーティストとしての姿と、現実世界でのリアルアーティストとしての姿を持ち、活動の媒体によって自身の露出する形態・表現手法を使い分ける。
【公式HP】
https://riot-music.com/artist/yuka-nagase/
【公式X】
https://twitter.com/yuka_n_RIOT