見慣れたものに対して新たな視点を見つける
——各楽曲について話を伺っていこうと思います。1曲目はパソコン音楽クラブさんが作詞作曲を担当した“近くて、遠くて”です。初めて聴いたときに「新境地だな」という感想を抱きました。アンビエント色の強い楽曲ですが、まずパソコン音楽クラブさんに対してはどういう印象をもっていますか?
長瀬:パソコン音楽クラブさんを初めて聴いたのは結構最近だったんですけど、アーティスト名がすごく好きで。名前からも伝わってくるように、懐かしい感じが音にも反映されているところががすごく好きですね。“近くて、遠くて”はパソコン音楽クラブさんの今まで作ってきた楽曲にとっても、長瀬有花の今まで歌ってきた楽曲にとっても、新たな一面が見える曲で、かつお互いの良さを引き出せたような曲になったんじゃないかなと思っています。
——なるほど。パソコン音楽クラブさんには、どのようなオーダーをしたんですか?
矢口:そもそもパソコン音楽クラブさんは、音楽性やまとっているカルチャー感がすごく良いなという印象でした。前々から「曲作ってほしいね」みたいな話はしていて、楽曲をお願いしたときは、シンセウェーブやヴェイパーウェイヴのような、カオスで遊びのある曲になるのかなという気はちょっとしつつも、基本的にはコンポーザーとしてのパソコン音楽クラブさんがどんな曲を作ってくれるか興味があったので、コンセプトだけお伝えしてサウンド面はお任せしました。その結果、良い意味で予想を裏切るものをいただいて、長瀬の楽曲は結構クラブで流していただくことも多いんですけど、そこに新しく加わるという意味でもいいトラックになったのかなと思います。サビのリズムが「ジャージークラブ」ような形でありつつ少しアンビエントっぽいサウンドも織り込まれていたりして、今回のトラックリストの中で1番予想してなかった結果になりましたね。
——サウンドに加え、長瀬さんの歌声が大きく反映されている楽曲だと思うんですけど、歌ってみていかがでしたか?
長瀬:こういったジャンルの曲は歌詞も連動して、複雑になることもあると思うんですけど、“近くて、遠くて”は歌詞が結構ストレートなんですよ。景色が想像しやすくて、余白もあるので、人によって解釈を楽しめるのかなと思ってます。アルバムの1曲目にふさわしい楽曲だなと思いますし、言葉の切り方や余韻の残し方、言葉の乗せ方は気を遣いましたね。
——2曲目は先ほど話題にも挙がった“プラネタリネア”です。どのようなコンセプトの楽曲なんですか?
長瀬:この曲は「もしも自分が敢行予定のない宇宙旅行の計画を立てていたなら」というコンセプトで作られた楽曲です。自分の部屋の中で、妄想を膨らませながらワクワクしているような曲になっています。3分くらいの短めな曲なんですけど、3分とは思えないくらい密度がすごく詰まっていて、ギターの音が47本くらい入っているんです。音の厚みと曲の持つパワーに負けないように歌唱面で表現するのが苦労しましたね。レコーディングはメインメロディ1本だけだったんですけど、それだけでも5時間くらいかかりました......。
——音の圧が大きい中で、負けずに自分の表現をいかに出せるかという点で苦戦したということですか?
長瀬:そうですね。個人的にはそこが1番苦戦したと思います。音がすごく高くなったり、音の高低差も激しかったりしたので、コントロールが大変でした。
——広村さんからディレクション面でのアドバイスはありましたか?
長瀬:「景色をイメージして」とアドバイスをいただきました。例えば「夜空の星を見て私の場所がここにあるんだなってワクワクしてる感じ」とか、その景色が浮かぶようなことを言ってくださったので、すごく表情がつきやすかったですね。
——テクニカルなアドバイスではなくて、景色や情景といったアドバイスでメリハリをつけていったんですね。
長瀬:途中の2番が終わった後の「銀色の月を浴びてから寝返りをうったからかな?」という歌詞があるんですけど、そこから他とは雰囲気がガラッと変わるんです。広村さんが「歯車が外れたレコードみたいな感じで」と言ってくれました。そういう外れた感じを出すために、テイクを重ねたようなイメージがありますね。
——単純な喜怒哀楽の感情で歌うわけではなくて、シチュエーションや情景を想像して歌うことを意識した曲なんですね。
長瀬:そうですね。でもたくさん録ったテイクを選んで、それをはめていく作業は結構楽しかったです。

——なるほど。じゃあ続いて“ブランクルームは夢の中”について聞きたいのですが、こちらどういった楽曲ですか?
長瀬:自分の中では、「友達と遊んでいる日曜日が、昼間から夕方に移り変わって解散するまであと少ししかない」みたいなイメージがあって。「次の日学校ちょっといやだな。でも遊んでるときは楽しいな」みたいな憂鬱で、儚いイメージを想像していました。サビが1回しかなかったり、少し変わった構成で新鮮な楽曲だなという印象があります。でもニュアンスのつけ方とか表情の付け方とかで選択肢がたくさん用意できるような曲だと思ったので、かなり迷いましたね。最後のフレーズで同じメロディが繰り返し続いていく部分があるんですけど、その部分はどんどん強くしていくイメージかなと最初思って、レコーディングに臨んだんです。でもレコーディングのときに、矢口さんはだんだん弱く消えていくようにしたらどうかと言ってくれて、新しいなと思いましたね。自分と、作曲してくださった佐藤さんはだんだん強くしていくイメージだったんですけど、そこで矢口さんが真逆のことを言ってくれたので、普通の曲ではあんまりない表現だなと思って面白かったです。
——想定していたものではなく、その場でのアイディアに変更したということですか?
矢口:とにかく遊びのある現場だったんですね。“プラネタリネア”では、作家の広村さんがすごく緻密にトラックを積み立てて、正解に近づけていく作業をしたんですけど、佐藤さんとのレコーディングは、セッション的にというか、ジャムっぽい作り方ができた曲かなと思います。
——今までもそういう制作スタイルで楽曲を完成させたことはあったんですか?
矢口:あまりないですね。提供物は基本正解に近づけていく作業が多いので、作家さんも一緒になってセッションをするような現場は珍しかったです。
——歌唱の方はどうでしたか?
長瀬:今まで歌ってこなかったような個性的な譜割りの楽曲だったので大変でした。
矢口:佐藤さんに依頼したのは完全に僕の趣味だったんですけど、バッチリハマりました。長瀬がデビューして1年くらいのときに、佐藤さんが自身の名義で“UTOPIA“というシングルを出しているんです。それを聴いてから、絶対いつか書いてもらおうと思っていましたね。廃墟感がある曲を書く作家さんなんですよ。使われなくなった昔のロムカセットや、誰もいない温泉旅館のゲームコーナーみたいな、人がいないノスタルジアなところを描くのがすごく上手な印象があって、長瀬もそういった世界観が好きなので上手く相互作用する確信がありました。
——じゃあ続いて4曲目“アフターユ”ですね。どんなコンセプトの楽曲ですか?
長瀬:新しいものや流行りのものがどんどん出ていく世の中で、逆行して昔のものを求めたり、自分の好きなところに留まったりすることを表現している曲です。見慣れたものに対して新たな視点を見つけるみたいな部分もあります。なので、自分自身も新しい表現をいっぱい取り入れている曲なのかなと思っています。ドラゴンの声とか、出したことない声をいっぱい出した記憶があります。
長瀬:あとは「倉橋ヨエコっぽい感じで」とも言われました(笑)。
矢口:ウ山あまねさんってすごく前衛的というか、トラックメーカーとしての領域が広い方なので、「サンプリングをするのでドラゴンみたいな声出してください」といったオーダーがその場であったりして、特殊なレコーディングでした。
長瀬:パッと聞いただけだと、どこでそのドラゴン入っているのかわからないんですよ。あんまり気づけていない人もいるんじゃないかなと思っています。そういうのを見つける楽しさもこの曲にたくさん詰まってるんじゃないかなと思いますね。
矢口:もしかしたらウ山さんが意図的にそういう作り方をしたのかもしれないですね。「見落としがちなものをちゃんと見つめてみる」みたいな世界観なので。ウ山さんも「凝視」をテーマに作ったとおっしゃっていて、音としても「凝視」を意識してウ山さんなりに表現しているのかもしれないです。
——歌自体は大変でしたか?
長瀬:自分の中では歌いやすい方でした。どの曲ももちろん楽しいんですけど、表情はつけやすかったかなと思いますね。
