REVIEWS : 015 ジャズ(2021年2月)──柳樂光隆(Jazz The New Chapter)
毎回それぞれのジャンルに特化したライターがこの数ヶ月で「コレ」と思った9作品+αを紹介するコーナー。今回はアップデーテッドなジャズ+αに切り混む、好評シリーズ“Jazz The New Chapter”の監修を手がける音楽批評家、柳樂光隆が登場。ここ数ヶ月のジャズの新譜聴くなら、まずはコレ!な、なんとぎっしり12枚でお送りします。
OTOTOY REVIEWS 015
『ジャズ(2021年2月)』
文 : 柳樂光隆(Jazz The New Chapter)
Antonio Neves 『A Pegada Agora E Essa』
UKの〈Far Out Recordings〉といえばその昔はクラブ・ジャズの延長上でブラジルのレジェンドの新録や発掘音源などをリリースしていたイメージだったが、近年はそのイメージは残しつつ、今までにはないリリースにチャレンジしている。その筆頭は同レーベルが2018年にリリースしたブラジル人ピアニストのアマーロ・フレイタス。彼のアルバム『RASIF』はヴィジェイ・アイヤーなどのアメリカの現代ジャズ・シーンの先鋭的なサウンドにも通じる刺激的な作品だった。2021年にリリースされたブラジル人トロンボーン奏者のアントニオ・ネヴェスの作品は前述の『RASIF』に続く重要作となるかもしれないと僕は考えている。
本作ではブラジルの様々なリズムが演奏されているのが魅力で、ここではパルティードアルト、ジョンゴ、カンドンブレ、ウンバンダといったアフロ・ブラジル系のリズムが演奏されている。そこにジャズ・ミュージシャンによる即興演奏やアンサンブルが乗るわけだが、その組み合わせだけなら“よくあるブラジリアン・ジャズ”にすぎないだろうが、アントニオ・ネヴェスはそこにヒップホップ以降の要素を加えて、現代性を鳴らしている。エディットもしくはコラージュをしたような時に切断面さえ感じさせる大胆過ぎる楽曲の構成もあれば、アフロ・ブラジルのリズムを洗練されたファンク系のベースと組み合わせグルーヴさせるだけでなく、そのビートを打ち込み的な質感でミニマルに反復させたりと、ロバート・グラスパー以降の感覚を消化した新たなブラジリアン・グルーヴとも言えそうなものも聴こえてくる。極めつけはブラジル産ベース・ミュージックのバイレ・ファンキを生演奏化して、即興演奏の中で機能させる。これも近年、トラップやグライムを人力で叩いているアメリカやイギリスの流れと重なっている。そういったサウンドがUKの〈Far Out Recordings〉からのリリースだからか低音もそれなりに響くしっかりした音作りになっているのも面白い。
本作はブラジルのシーンの中でこの先も特別な一枚として記憶されるものになるのではないかと思う。アミルトン・ヂ・オランダ、ジョアナ・ケイロス参加。傑作です。
Theo Bleckmann & The Westerlies 『This Land』
近年はジョン・ホーレンベックが自身のラージ・アンサンブルでポップ・ソングをカヴァーするシリーズに欠かせないヴォーカリストにもなっているセオ・ブレックマン。彼が若手の管楽器4重奏団ウェスタリーズとの共演で新作をリリース。これまでラージアンサンブル以外にも、ベン・ウェンデルらによるニーボディーのエレクトリックなサウンドやベン・モンダーのエフェクト満載のギター・サウンドのような特異なサウンドにヴォイスで貢献してきている。もともとクラシックの声楽寄りのスタイルということもあり管楽器の生の響きとの相性は抜群。個人的に驚いたのは管楽器のみ、つまり鍵盤も打楽器もなしでここまで聴かせてしまうウェスタリーズの実力。クラシックにも明るいジャズ・ミュージシャンが増えたこともあり、近年、弦楽4重奏団とジャズ・ミュージシャンのコラボは増えているが、本作を機に管楽器のみのアンサンブルの面白さに開眼する人も増えそう。アメリカーナ的な楽曲の良さも含めて、このグループは2021年の新たな発見と言っていい。
Gretchen Parlato 『Flor』
現代ジャズ・シーンの最重要ヴォーカリスト、グレッチェン・パーラトが久々のスタジオ・レコーディングでのリーダー作を発表。LAで活動するブラジル人ギタリストをプロデューサーに据え、リズム・セクションにベースではなくチェロを起用した変則的なトリオを軸にしたグレッチェン流ブラジリアン・アルバム。チェロとパーカッションの組み合わせによる音域高めのリズムセクションを活かしながら、ボサノヴァやショーロの有名曲も大胆なアレンジで曲のイメージを一新しつつ、削ぎ落す部分は徹底的に削ぎ落とし、ディテールの高度さの一方で全体的にはかなりミニマムなアレンジになっているのも面白い。アニタ・ベイカーやロイ・ハーグローヴのカヴァーの新鮮さには驚いたし、バッハの無伴奏チェロ組曲のチェロ部分を声に置き換えた超絶パフォーマンスにはヴォーカリストとしての進化さえも感じた。
前作『Lost and Found』のリリースが2011年で、本作は10年ぶりのスタジオ録音アルバムとなるので、その2作を比較するのは正しくないだろうが、それでも本作はグレッチェンのこの10年の成長や成熟が聴こえてくる気がするのが何よりもうれしい。デヴィッド・ボウイのダークで哲学的な楽曲「No Plan」のジャズ文脈での解釈に関しても、グレッチェンが10年の時を経て獲得した表現の深みにグッとくる。本人も出産や子育てをしながら少しずつ活動していく中で得た自信を語っているので、実際に本人も確信があるのだろう。穏やかでメロウな、ムードはいつものグレッチェンともいえるが、今までの彼女の作品には無かった清々しさや多幸感みたいなものも僕は感じている。本作はグレッチェンの最高傑作になると思う。
Doug Beavers 『Sol』
ラテンジャズの巨匠エディ・パリミエリから、NYハウスの大物ルイ・ヴェガなど、ラテン系の様々なプロジェクトに起用されているトロンボーン奏者で自身でもビッグバンドを率いたり、スパニッシュ・ハーレム・オーケストラの中心人物として活動するなど、NYのラテンシーンのキーマンの一人がこのダグ・ビーバーズ。いきなり前半部でJディラを思わせるタイトルの「Jillalude」があったり、中盤にはジョー・ロックのビブラフォンをフィーチャーしたロイ・エアーズへのオマージュ的な「Sunshine」があったりとヒップホップ以降の感性が随所に。ニューソウル以降のソウル/ファンクを思わせるアレンジ多めで、どれも洗練されたサウンドに仕上げつつ、そこに必ずラテンのリズムが仕込まれているというような仕様はこれまでありそうでなかった塩梅のラテンジャズ。アクセル・トスカのユニティやロベルト・フォンセカ、インタラクティーヴォ周辺に続き、アメリカのラテンジャズ・シーンのど真ん中でもハイブリッドにサウンドが出てきたのはとても興味深い。