REVIEWS : 036 エイジアン・エレクトロ(2021年11月)── 大石 始
“REVIEWS”は「ココに来ればなにかしらおもしろい新譜に出会える」をモットーに、さまざまな書き手が新譜(基本2〜3ヶ月ターム)を中心に9枚(+α)の作品を厳選し、紹介してもらうコーナーです(ときには旧譜も)。今回はライター、大石始による9枚。今回はアジア各国から生まれているカッティング・エッジなエレクトロニック・ミュージックをフィーチャー。
OTOTOY REVIEWS 036
『エイジアン・エレクトロ(2021年11月)』
文 : 大石 始
Various Artists 『Kalab Mixed Myanmar #1』
本作のLPにてライナーノーツを書いているので、ここで改めて取り上げるのはあまりフェアではないかもしれないが、この作品集は何度でも紹介したい。さまざまな民族音楽~伝統歌謡が息づく東南アジア諸国のなかでも、ミャンマーのローカル音楽の多くは(国自体が長年鎖国状態にあったことから)国外で知られてこなかった。そんなミャンマーに足繁く通い、現地の音楽家と録音を重ねてきたのが日本人エンジニアの井口寛だ。本作は井口が軍事クーデター前のミャンマーで録音してきた素材を世界各地のプロデューサー/DJが再構築したもの。民族音楽に四つ打ちのキックを乗せただけの安易なリミックスは掃いて捨てるほど存在するが、本作ではそうしたリミックスを反面教師としながら、よりディープな音の世界を探究している。リミキサーはオオルタイチ&コムアイ、バリオ・リンド、エル・ブオ、アンディ・オットー、アサ・トーンなど「わかる人にはわかる」顔ぶれ。プロデュースはDJ Shhhhh。各地のシーンと直接繋がりを持つShhhhhの仕事としても評価されるべき作品だ。
Asa Tone 『Live At New Forms』
インドネシアのジャカルタ出身のメラティ・マレイとニューヨークのトリスタン・アープ、匿名のソロ・プロジェクトであるカージで構成されるアサ・トーン。ジャカルタで録音された2020年の前作『Temporary Music』では、エレクトロニック・ミュージックとバリ島の伝統楽器を繊細に重ね合わせたミニマルな作品世界が注目を集めた。本作は2020年にバンクーバーで開催されたフェス〈New Forms Festival〉のため制作された音源集。ジャングルの仮設スタジオで録音された前作に対し、今回の制作はリモートによって進められたというが、前作にあったセッション感覚が受け継がれているのが興味深い。なお、本作のきっかけとなったフェス〈New Forms Festival〉でキュレーターを務めたのはバンクーバー在住の中国人音楽家、ユー・スー。彼女の最新アルバム『Yellow River Blue』もまた、自身の民族性をアンビエント的なサウンドプロダクションのなかに溶け込ませた傑作であった。パンデミックの最中、海を超えたさまざまなコラボレーションが進められたことも2021年の出来事として記憶しておきたい。本作の制作背景は日本盤CDのライナーノーツに詳しく書かれているので、興味のある方はそちらをぜひ。
Howie Lee 『Birdy Island (Remixes)』
北京を拠点とするレーベル/パーティー〈ドゥ・ヒッツ〉を主催し、近年は国を跨いだ活動を展開してきた中国人プロデューサー、ハウィー・リー。彼が2021年4月に発表した『Bird Island』は、個人的にこの2021年のベスト・アルバムのひとつでもあった。これまではオリエンタルな作風を打ち出すベース・ミュージック系プロデューサーというイメージを彼に対して持っていたが、鳥と祖霊が共生する架空の島をテーマとする『Bird Island』では生楽器を大幅に取り入れ、揚琴や管子といった中国の伝統楽器まで自身で演奏。アジア人音楽家が国外に向けて表現を打ち出す際に陥りがちなセルフ・オリエンタリズムの沼をすり抜け、新たな「アジア音楽」を作り出すことに成功した。本作はそのリミックス盤。メキシコシティを拠点にするマベ・フラッティ、日本の食品まつり aka foodman、ペルーのデンゲ・デンゲ・デンゲとアルゼンチンのプリスマ、イタリアの実験音楽家/DJであるシルヴィア・カステル、フィンランドのクプラと、こちらもヴァラエティ豊かな顔ぶれである。