REVIEWS : 059 クラシック~現代音楽、そしてその周辺 (2023年5月)──八木皓平
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"REVIEWS"は「ココに来ればなにかしらおもしろい新譜に出会える」をモットーに、さまざまな書き手がここ数ヶ月の新譜からエッセンシャルな9枚を選びレヴューするコーナーです。今回はひさびさに八木皓平が帰ってきました。テーマはクラシック~現代音楽のここ数ヶ月の新譜のなかからエッセンシャルな10枚をレヴュー、さらに加えて、彼がちょいとライター活動を休止していた昨年にリリースされていた「どうしても!」な紹介したい3枚の作品(isomonstrosity〜以降の3作品)を後半に、ということで13枚の大ヴォリュームでお届けです。
OTOTOY REVIEWS 059
『クラシック~現代音楽、そしてその周辺 (2023年5月)』
文 : 八木皓平
Daniel Pioro 『Saint Boy』
LABEL : PLATOON MUSIC
ヴァイオリンのあらゆる倍音と抑揚をキャプチャーしようと試みるかのような見事な録音が、その楽器の音響的な魅力を最大限にまで引き出す。18世紀の音楽家ジュゼッペ・タルティーニの難曲「悪魔のトリル」で本作を始めているのは、ダニエル・ピオロが伝統を自身の卓越した演奏技術と繊細な録音技術で新たなステージへと導こうとしているためだろう。この勇敢な試みは成功しており、12世紀の作曲家にして、古代ローマ時代以降最初の女性作曲家とされるヒルデガルト・フォン・ビンゲンの楽曲でその輝きは一層増している。ヴァイオリンとオルガンで現代的にアレンジされ、バッハやローレンス・クレーンが、自作曲「Saint Boy」と同居してもなんら遜色ないという、驚くべき達成をしている。アンビエンスへの鋭敏な知覚と迸る感性で、ヴァイオリン独奏、オルガン、弦楽四重奏を見事にコントロールしてみせたアレンジメントが中世から現代までの音楽を総括し、そのすべてが新しいという感覚にさせてくれる懐の深い作品。
Oliver Coates 『Aftersun』
LABEL : INVADA / LAKESHORE
トム・ヨークやジョニー・グリーンウッドにその才能を認められ、アクトレスやミカ・レヴィ、アルカともコラボレーションを展開する異能のチェリストが作り上げたサウンドトラックは電子音響~エレクトロニカ以降のチェロ・ミュージックを創造する彼にしか作れないであろう作品だ。映画『aftersun/アフターサン』(2023年5月26日公開)は筆者がこの原稿を書いている時点ではまだ日本国内で観ることができないので、映像と合わせたレビューを書けないものの、電子音とチェロが絶妙にブレンドされたそのサウンドは十二分に映像喚起的で、映像がないと物足りなく感じるサウンドトラックの類とは一線を画している。電子音を扱ってもチェリストとしての感性が滲み出て、その逆もまたしかりと言える独特のコンポジションは他のチェリストやエレクトロニック・ミュージシャンとは比較が難しく、唯一無二のオリジナリティを放っている。
Julia Holter and Spektral Quartet 『Behind the Wallpaper』
LABEL : NEW AMSTERDAM RECORD
希有のアヴァン・ポップを作り続け世間を驚かせてきたジュリア・ホルターの次なる一手はスペクトラル・カルテットとコラボレーションし、インディー・クラシックの中心的レーベルである〈ニュー・アムステルダム〉から新作をリリースすることだった。弦楽四重奏の奏でる旋律の上でたゆたうようにレチタティーヴォ・スタイルのヴォーカルを披露したかと思えば、高らかにメロディーを歌い上げストリングスの動きと見事な連動を見せるジュリア・ホルターの声に聴き惚れる。そして、スペクトラル・カルテットはバロック音楽的な瞬間からエリザベス朝の音楽、19 世紀のロマン主義、現代的なドローンまでバリエーション豊かな演奏で聴き手に驚きと感嘆をもたらす芳醇なボキャブラリーに圧倒されつつ、このカルテットが現在すでに解散してしまっていることに悲しみを覚えずにはいられない。プロデューサーがウィリアム・ブリテルであることや、ミキシング・エンジニアのザック・ハンソン (ボン・イヴェール、ザ・ステイヴス、ワクサハッチー)が本作の土台を作り上げていることも忘れずにおきたい。