REVIEWS : 084 ロック (2024年8月)──宮谷行美
"REVIEWS"は「ココに来ればなにかしらおもしろい新譜に出会える」をモットーに、さまざまな書き手がここ数ヶ月の新譜からエッセンシャルな9枚を選びレヴューする本コーナー。今回はReal Soundなどの音楽メディアでも活躍中のライター、宮谷行美が洋楽を中心にオルタナティヴなロック+αのいま聴くべき作品9枚をレヴュー。
OTOTOY REVIEWS 084
『ロック(2024年8月)』
文 : 宮谷行美
坂本龍一 『Opus』
故・坂本龍一の初の長編ピアノ・コンサートが待望の音源化。日本で一番良い音と評価する〈NHK・509スタジオ〉を舞台に、代表曲“戦メリにYMOの“Tong Poo”など自身が選曲した20曲を演奏。聴覚のみに集中することで、より隅々まで彼の愛した“響き”を堪能できるだろう。月の光が夜闇に溶けていくように柔らかく深く鳴る、シルキーなピアノの音色は、彼が生涯かけて追求した安らぎの響きである。そして、ジョン・ケージに回帰する弦を弾くプリペアド・ピアノは、銅鑼のような異質な音色を生み出し、浅い呼吸や心音のようなペダルを踏む音までも音楽の一部となる。こうした繊細な響きは、静けさの中でしか形を持たない。生命、自然、文明が調和する音楽/アートこそ坂本龍一の偉業であり、未来に残すべき代物だ。何より、この時の教授のピアノは最も人間らしくて、ただただ好きだ。
DIIV 『Frog in Boiling Water』
“自己責任”をテーマに政治・環境問題を提示するとともに、今まで以上に音楽へピュアな気持ちで向き合った前作『Deceiver』から4年半。解散の危機を乗り越え完成されたという本作は、資本主義のもと社会的強者と加速するテクノロジーの権威によって乱れ、崩壊しゆく現代社会に切り込んでゆく。バンドとしては真新しいオルタナ/グランジ系列のヘヴィーな音像から、本作ではスロウコア要素を強め、彼ら特有の儚くドリーミーなテクスチャーも垣間見えるなど、新しく培ったものを咀嚼しつつ、等身大な音楽へ着地したような印象を受ける。見えない戦火が渦巻く世界で、井の中の蛙ではいられないと、悲しみを滲ませ、怒りに震えた10曲。吐息のように静かで儚いザカリー・コール・スミスの歌声は、大海が"民主主義"であることを切に願う、悲痛な叫びのようでもある。
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Fontaines D.C.『Romance』
フジロックで観た彼らが頭に焼きついて離れない。リミッターを無視した爆音のバンド・サウンドに、ムードを引率するヴォーカルのグリアン・チャッテンの高い歌唱力とカリスマ性、ひしめき合い大歓声を上げる人々。確かな手腕で熱狂のフロアに染め上げた彼らは、ニューアルバム『Romance』を発表。垢抜けた立体感のあるサウンドと多様な楽曲性で臨む挑戦的一枚で、中でも”Sterburster”は、暴力的でロマンティックな欲望や衝動を注ぎ込む刺激的なリリックも、サイケ・ロックとヒップホップが融合するような独創的なムードも、アークティック・モンキーズにも通ずるパンク由来なエナジーも、全てがクールで痺れる。彼らもまた、マネスキンに次ぐスタジアムバンドとして進化していくに違いない。