2022/08/05 18:00

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.180

毎週金曜日、編集部セレクトのプレイリスト&コラムをお届けする『OTOTOY EDITOR’S CHOICE』。8月は恒例のゲスト月間、昨年に続き今年もOTOTOY Contributorsスペシャルです。初回は、OTOTOYの好評企画『REVIEWS』に過去2回登場、音楽メディアを中心にフリーランスで執筆活動を行う、宮谷行美さん。かつての “放課後” から今へと連なる音楽のときめきを、この10曲とともに。


2022 CONTRIBUTORS SPECIAL

放課後、美術室にて。少女Sと音をあつめて

「放課後また、美術室で」それが中学生の頃の私と少女Sのお決まりの挨拶で、1時間目から6時間目までをなんとなく過ごして、終業のチャイムが鳴れば美術室に向かった。お気に入りのCDをバッグの中に潜めて。

週に3日の出席と、絵さえ描けば何を描こうが何を話そうが咎められないという緩いルールに惹かれて入った美術部で、私と少女Sはお気に入りの音楽を持ち寄って、ここがいいあれがいいと話すようになった。もとより目に見える風景や人物を切り取ることにはあまり興味がなく、いつも空想と妄想を行き来しては、絵に落とし込んだ私たちにとって、音楽はインスピレーションの宝庫のようなものだった。

とはいえ、年齢的にもアニメの主題歌から音楽を知ることが多かった。例えば、当時再放送で見た『るろうに剣心』には、ジュディマリに川本真琴、イエモン、T.M.Revolution、ラルクと、錚々たるメンツが揃っていて、特に女性陣の言葉のチョイスや表現力に魅了された私たちは、彼女たちが綴る一文一文を取り上げては、その言葉の裏側にあるまだ知らない切なさや愛おしさにドキドキした。

当時の私たちを大きく変えたのは、Base Ball Bearとの出会いだった。エモさと知的さの両方を兼ね備えたバンド・サウンドと、みずみずしく爽やかなカッティングギター、無機質な女性コーラスと、当時の私たちにはどれも新鮮で衝撃的で、ふたりで集められるだけのCDを集めた。檸檬を齧るような “夏い” 光景と、誰もいない深夜のプールサイドで見る “ため息もののきれい” に憧れて、美術部で夏を過ごしたことを覚えている。

そこから私にはもうひとつ、ART-SCHOOLとの出会いが訪れる。ベボベメンバーのブログで名前を見かけて聴いてみれば、これまで聴いたことがあるよりダーティーなバンド・サウンドと、怒りと悲しみを孕んだ内省的な歌詞、そして特有の不安定さに、ただただ惹かれた。バンドのライヴを見るのも、アートが初めてだった。この興奮はもちろん少女Sにも共有して、それからは美術室に幾度もアートのCDを持ち運んだ。これを機に私は音楽の世界にどっぷりとのめり込むようになり、今こうして音楽について書く仕事をしている。

このプレイリストでは、少女Sとの思い出の10曲を選曲。今では彼女が元気に過ごしているということくらいしかわからないような関係になってしまったけれど、今も彼女が音楽を好きだといいな。私が音楽を好きになり、ライターとしてここまでやってきたのは、美術部で少女Sと音楽を持ち寄ってあれやこれやと語る日々があったからだから、勝手に感謝をしているよ。学校はそこまで好きになれなかったけど、美術部で過ごす時間だけはずっと好きだった。

むわりと香るニスのにおい、隅に置かれた石膏像、揺れるカーテンの向こうで聞こえる運動部の号令と吹奏楽部の合奏。そして、机に広げたCDと歌詞カード。少女Sと音を集めた日々のときめきが、今もなお私の音楽人生を突き動かす原動力となっている。

この記事の筆者
宮谷 行美 (Pikumin)

音楽メディアにてライター/インタビュアーとして経験を重ね、現在はフリーランスで執筆活動を行う。坂本龍一『2020S』オフィシャル・ライターを務めたほか、書籍『シューゲイザー・ディスクガイドrevised edition』への寄稿、Real Sound、日刊サイゾーなどのWebメディアでの執筆、海外アーティストの国内盤CD解説などを担当。

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