2023/04/07 18:00

OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.215

OTOTOY編集者の週替わりプレイリスト&コラム(毎週金曜日更新)


個人的ドラマチック

人の好きなものにまつわる個人的なエピソードが好きだ。出会った経緯は、なぜ好きなのか、それを介してどんな出来事があってどんな気持ちになったか。どれだけ言葉にしようとも表しつくせない、その人にしか感じることのできなかったであろう感情や見ることのできなかったであろう景色に興味がある。私にも今まで過ごしてきた中で自然と集まってきた、大事にしているものやお守りみたいなものが少なからずあるが、その中でも音楽、お気に入りの音楽との印象的な出会いを今回紹介できたらと思う。

小さい頃から寝付きが悪かった私は、中学生の頃にはラジオを聴きながら寝るのが習慣になっていた。何の番組だったか、毎週金曜日か土曜日のどちらかに放送されていた番組の放送後、次の番組が始まるまでの間にいつも同じ洋楽の曲が転換として流れていた。初めてその曲を聴いた時のことをはっきりと覚えているのだが、当時の私には触れたことのない雰囲気の曲で、なんだこの曲は? と、ただただ自分の知らない異質なものをどう受け取ったらいいのか戸惑ってしまった。でもその戸惑いは決して心地悪いものではなく、ノスタルジックで妖しく、ドリーミーな曲調は当時の私にはわけも分からず惹かれるものがあり、そして大きなゴムボールを当てられたような、鈍くも大きな衝撃だった。しかし当時はShazamという便利なアプリはおろか、携帯電話もパソコンも持っていなかったので調べる術がなく、何かのきっかけでそのラジオ番組を聴かなくなって以降、その不思議な曲のことを忘れて過ごしていた。

それから10年ぐらいが経ち、大学生の頃、夜に友人の家で音楽を流して過ごしていた時に突然、あの曲がかかった。びっくりした。曲名もアーティスト名も知らないし、“あの雰囲気の曲” としか言いようがなかった記憶の中の曲に、また出会えたのだ。それはトッド・ラングレンの “Hello It's Me” という曲だった。有名な人の有名な曲だったが、閉ざされた田舎で中学生の私は夢見心地な体験をして、また時を経て再会することができたのだ。もう見つからないと諦めていた失くし物を見つけた時のような、夢の中でしか行けない忘れがたい場所にまた訪れられた時のような、懐かしさとまた聴けた嬉しさとでごちゃまぜな、心に残る体験だった。その再会をきっかけにトッド・ラングレンのほかの曲も聴き始め、また彼はかなり変わった人間だということも知り、好きなアーティストのひとりとなった。

そんなこんなでプレイリストには出会いのシチュエーションが印象的だった曲やアーティストを詰め込んだ。お気に入りのラーメン屋の有線で流れてきてラーメンに集中できなくなくなってしまった曲や、欲しいCDがあって検索をかけたらなぜか紛れていて、聴いてみたら欲しかったやつより欲しくなっちゃったアルバムなどなど。文字にすると自分ですら大したことないなと思ってしまうが、人の実家にある思い出のアルバムを眺めるような温かい目(耳)で聴いてもらえたらと思う。

この記事の筆者
石川 幸穂

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