OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.272
OTOTOY編集者の週替わりプレイリスト&コラム(毎週金曜日更新)
敬愛なる角刈りメガネ
大学進学を機に上京し、田舎でボヤーっと過ごした18年間と比べて何倍もの情報と刺激を滝行のごとく浴びながらも、半目を開けながらかすかに見える「これは! 」と思うものに手を伸ばし出会った数々のものたち。自分の興味は当時から音楽にかなり傾いており、そんななかで出会ったニルヴァーナ『イン・ユーテロ』、ピクシーズ『サーファー・ローザ』などは、それまで心の置き場所に困ってクサいものにフタをするようにしていた自分の憤りにスポットを当て、思春期の手助けをしてもらった大変に思い入れのある作品です。
そしてそれらを手がけたのがスティーヴ・アルビニというレコーディング・エンジニアだということを知るのはもう少し後になってからのこと。アルビニ自身がバンド・リーダーを務めるShellac、Big Blackはもちろんのこと、Slint、Cloud Nothings、The Breeders、The Amps、モグワイ、Godspeed You! Black Emperor、54-71などなど、好きになるバンドにアルビニが関わっていることが本当に多く、彼のこなしてきた仕事量の多さと幅の広さに驚きました。先に挙げたダーク要素の強いバンドばかりでなく、Joanna NewsomやNina Nastasiaなどのアコースティック寄りのミュージシャンのレコーディングもアルビニは携わっており、こちらも大変に良くて。共通して言えるのは、それぞれの楽器の立ち位置がありありと浮かんでくるほどの立体的な音の組み立てと、目の粗いやすりでなぞられるようなヒリヒリとした音の質感でしょうか。レコーディングに関して知識のない者からすると、ほとんど魔法のように感じます。また、依頼された仕事は極力断らなかったり、仕事内容以上の依頼料を受けとらないといった、不器用ともとれるけど彼の仕事に対する誠意ある姿勢にも魅力を感じていました。そんなアルビニの急死を知ったのはきのう5月9日の朝のこと。61歳、若すぎる…。来週リリースされるShellacの新譜を楽しみにしていたところの訃報は本当にまさかのまさかで、ダメージが大きいです。
私のなかでアルビニは角刈りの髪型が印象強く、本当に失礼だとは思いつつも、愛を込めて “角刈りメガネの人” と呼んでいました。ギターを演奏するとき肩掛けのストラップを使わずに腰に巻きつけている人、ほかに見たことありません。あなたのプロフェッショナルな録音技術による唯一無二の耳触りを持った作品ともっと出会いたかったと言ったら欲張りでしょうか。キテレツな逸話ももっと残して欲しかった。動画では何度も観ているShellacのライヴも観てみたかった…! さびしいです。どうか安らかに。
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