なぜアーティストは壊れやすいのか? ──著者・手島将彦と考える、アーティストを取り巻くメンタル問題の未来

音楽系専門学校で新人開発を担当し、産業カウンセラーの資格を持つ手島将彦が、アーティストたちのエピソードを交えながらカウンセリングやメンタルヘルスに関しての基本的なことを紹介していく『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』を発売する。この本の発売を記念してOTOTOYでは著者の手島将彦へのインタヴューを実施。メンタルの問題をどのように対処し、そしてアーティストを取り巻く環境をどのようにすべきか、じっくりと語ってもらった。
手島自身「いままでうつ病とかに関心がなかった人でも、ミュージシャンとか音楽という存在があると興味をもってくれるんじゃないかなって思って、音楽を例に進めていった」と語るように、本書は各章ずつにさまざまなアーティストや楽曲を例に出しながら進められる。ということで今回の記事でも、本書で紹介されているアーティストの楽曲を、書籍からの引用とともに掲載。ぜひインタヴューを読みながらこちらの楽曲もお楽しみください。
インタヴュー : 飯田仁一郎
構成 : 松崎陸
写真 : 鹿糠直紀
書籍情報
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』
2019年9月20日(金)発売
著者 : 手島将彦
価格 : 1,620円
発行 : SW
ご購入はこちらから
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029
著者 プロフィール
手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライヴを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・排出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか?〜個性的すぎる才能の活かし方』を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育資格保持者であり産業カウンセラーでもある。
【公式HP】
https://teshimamasahiko.com
【公式ツイッター】
https://twitter.com/masa_hiko_t
とりあえず備えておこうぜ
──手島(将彦)さんはどうしてカウンセラーになられたのでしょうか?
手島 : 今回の書籍の前に、主に発達障害と言われる領域のものをテーマにして精神科医の本田(秀夫)先生と対談形式で『なぜアーティストは生きづらいのか?』という本を出したんです。そのとき僕は専門家でも精神科医でもなかったんですけど、アーティストが生きづらくなっているという実感も、それをどうにかしたいという思いもあって。それならちゃんとカウンセラーの勉強をした方がいいかなと。
──なるほど。アーティストが生きづらい、壊れやすい理由を書いた1番の動機はなんですか?
手島 : これまで明らかにメンタルが疲弊している友人やスタッフを何人も見てきたんですよ。そういうことに、関心を持つ人はどんどん詳しくなっていくけれど、そうじゃない人はずっと関心を持たない。それで知識にどんどん格差が開いていく。そこをどうにかしたかったという思いが大きいですかね。ちょっと話がそれるかもしれないけれど、実際にミュージシャンの人がメンタルの問題を抱えて精神科に行ったとしても、お医者さんは基本的に音楽の話がわからないワケですよ。お医者さんとしては、治療のためにミュージシャンの仕事を聞かなきゃいけない。でもミュージシャン側からすると、その話をするのもキツイ。だから、音楽の業界のことがわかっている人間で、メンタルの基礎知識がある人がいれば、すごい楽になるはずなんですよね。
クレイジーケンバンド“タイガー&ドラゴン”クレイジーケンバンド“タイガー&ドラゴン”
【以下本書より引用】
クレイジーケンバンドに“タイガー&ドラゴン”という曲があります。この曲のサビの〈俺の話を聞け!〉という言葉がとても印象的なのですが、カウンセリングではとにかく「相手の話を聴く」ことが重要です。カウンセリングにはとても多くの理論や技法がありますが、どの立場であっても、基礎として「傾聴」が重視されています。
──なるほど。アーティストは特に難しい、壊れやすい認識があります。
手島 : そう思います。でも世の中が変われば、生きているとアーティストであろうが誰であろうが、間違いなくメンタルに影響を受ける人はいるはずなんです。それって確実に予測できる未来だけど、そこを放置して「こうすると売れる」と言ってくる人がバンバンよってくるわけですよ。たしかにそれも大事だけど、まずはメンタルへの影響に向けた対応策を考えたうえで、どうやって売れるのかを考えないと。世の中が変わることで間違いなくメンタルには影響を与えるんだから、とりあえず備えておこうぜって思うんです。
それぞれのタイミングで成長すればいい
──手島さんがいま一番危険だと思っていることは何ですか?
手島 : う〜ん。日本だけかもしれないですけど、生きかたの選択肢が一本道みたいになっている感じはしますよね。もちろん、一本で行ける人はそれでいいと思うんですけど、もっと枝分かれしててもいいと思うんですよ。いまの日本だと小学校の6年、中学の3年、高校の3年、大学の4年、そのタイミングで成長していけって感じじゃないですか。ミュージシャンにしても、「デビューしました」「アルバムをコンスタントにリリースして、それが何枚売れました」「ツアーやりました」って、なぜか全員が同じタイミングでそのルートを進まないといけない。
ブルース・スプリングスティーン“Born to Run”ブルース・スプリングスティーン“Born to Run”
【以下本書より引用】
メンタルの不調といえば、「うつ病」がすぐに思い出されるかもしれません。(中略)最近ではブルース・スプリングスティーンが自身のうつ病との戦いについて告白し、話題となりました。彼に対する一般的なイメージは「ボス」という愛称に象徴されるように、ちから強く逞しいものでしたので、そんな彼がうつ病であるということは、そのイメージとのギャップもあって、多くの人を驚かせました。
──たしかに。
手島 : しかも時間のハードルもみんな同じくらいなんですよね。「25歳までに売れなきゃいけない」とか。でも、人の成長なんて、急にあがる人もいれば、ゆっくりあがっていく人もいるんだから、それぞれのタイミングで成長すればいいはずなんです。でもいまはどうしても同じルート、同じタイミングで進めって言われている気がして。そりゃ絶対につまずく人も出てきますよ。本来ならそれぞれのタイミングと居場所があるはずなんだけど、みんなと同じルートで成長できなかったとすると、「俺がダメなのかもしれない」って自分のせいにしてしまう。ミュージシャンだけじゃないですけど、それが1番危険だなって。
なぜアーティストは壊れやすい?
──大前提として、なぜアーティストは壊れやすいんでしょう?
手島 : アーティストになる人って、もともと鈍感だったり、敏感だったりする人が多いんですよね。鈍感な場合、たとえば痛覚が鈍い人なら、体が悲鳴をあげていても気付かずに無茶をしてしまうかもしれません。あるいは敏感すぎるからメンタルがやられてしまう。そういった特徴があると思います。あとは音楽業界って、ちょっと特殊な環境であるがゆえに、精神論がずっと残っていると思うんですよ。ミュージシャンは悩んでなんぼ、苦しんでなんぼみたいな根拠のない精神論が。リスナーの方も、それをストーリーとして安易に消費してしまう感じもあるから、変に煽っちゃう感じがあると思って。でもアーティストである前にひとりの人間だから、やっぱり壊れちゃダメなんですよ。最近はトップ・アーティストたちも「もう壊れたくない」って発言をしはじめているし、いまは過渡期にあるんじゃないかなとは思っています。
ジェイムス・ブレイク“Retrograde”ジェイムス・ブレイク“Retrograde”
【以下本書より引用】
デビュー以来、高い評価を得てきたジェイムス・ブレイクは、2018年に自身がうつ病と不安精神症(全般性不安障害)に苦しんできたことを明かしました。(中略)確かに彼がいうように「不安や絶望がクリエイティブには必要」であるかのような通説があるように思います。しかし、彼のように、誰しもがその才能を認める音楽家が、「それは必要ない」と断言していることは、とても重要だと思います。
──たとえば、曲だけ作っていたかった人が売れたとき、プロモーションとかライヴとか、自分の体質とは異なる部分が多くなってくるから辛くなるんですかね。
手島 : はい。ミュージシャンって大体の人が、業界の構造を知らないままデビューするじゃないですか。たとえばバンドであれば、いままではメンバーの4人とスタッフ数名でできていたコミュニケーションが、これからはすごい人数の人と関わっていかなきゃいけなくなる。なにも知らずに業界に入っていくと、そういうものもいきなり知ることになると思うんですよ。だから事前にそういうことを知っておくだけでも、もうちょっとやりようがあるのかもしれない。「君がこれから働くことになる業界はこういう仕組みになっていて、こういう人と関わっていくことになるんだ」みたいな説明をする人ってメーカーにもほとんどいないじゃないですか。
──たしかに。
手島 : わからないまま飛び込んで「目で見て覚えろ」ぐらいの雰囲気がまだ残っている。「俺の背中を見て覚えろ」的な考えは、無駄にストレスを与えているだけだしやめたほうがいいって思いますよね。

──そしてやっぱり音楽産業って若者至上主義なんですよね。お笑いの方って、音楽業界よりブレイクする人たちの年齢の平均は随分遅いと思っていて。だから30歳を超えてから売れても、これまでの経験があるから動じないんですよね。でも音楽産業はそれまでの経験がない若いうちに大きなお金が動き出すし、だからこそ「頑張って曲を作らないと」と思ってしまうだろうし、そりゃツラいよな、と。
手島 : 普通に生きてても、前もってわかっていればもうちょっとどうにかできたってことはあるじゃないですか。なにが正解かはわからないけど、知っているのと知らないのでは大違いだと思うんですよ。だからやっぱりお金のことも含めていろいろ教えてあげたほうがいいですよね。
音楽業界の労働環境をどう変えていくか
──そう思います。手島さんの本でも触れていますが「苦悩していないといい作品が生まれない」というのは違うと思いますし。
手島 : 苦しみって相対的なものだから、それがない人間なんていないじゃないですか。どこかで飢えて苦しんでいる発展途上国の子供と比べれば、先進国のミュージシャンの悩みなんて何の苦労もしてないって話になってしまうので。つまり、生きていればみんな同じくらい苦しいと思うんですよ。だから、いま以上苦しみを自分からとりに行く必要はぜんぜんないし、周りがことさらに苦悩させる必要もないと思うんです。
──なるほど。周りの人はどういう対応をしたらいいのでしょう。
手島 : 「みんなひとりひとり違うんだよ」という前提に立ち返ることですね。自分の経験は自分のものでしかないし、それが相手にも当てはまると思うのは違うんですよ。だからめんどくさいかもしれないけど、その都度、その人に合ったやり方を一緒に考えていく。これは全部に共通することだと思うんですけどね。
ザ・ヴァインズ“Get Free”ザ・ヴァインズ“Get Free”
【以下本書より引用】
ザ・ヴァインズの中心人物であるクレイグ・ニコルズは、暴言を吐いたり暴行事件を起こしたりと、トラブルメーカーとしても知られていました。
ところが、そうした行為を起こしてしまうのは、彼が「自閉スペクトラム症・自閉症スペクトラム障害(ASD)」であったことに起因することがわかったのです。
──でもそれってとても難しいことですよね。
手島 : そうですね。でも「それって不可能だよね」と言ってしまった瞬間に思考が停止してしまうと思うんです。「無理だ」って言う前にちょっとずつでも考えていけばいいやり方を見つけることができると思うんです。人間の長い歴史のなかでもそういうことをずっとやってきたと思うんですよ。クリエイティヴな人間には特に考えてほしいですね。
──それはなぜ?
手島 : 「働き方改革なんて音楽業界では無理っすよ」ってすごい言われるんです。たしかに現実的に難しいかもしれない。だけど、本当はもう少しどうにかなるといいなあと思っているのなら、考えようよって思うんです。「どうしてもこの日までに仕上げなきゃいけない」「創作意欲が湧いてくるからいまは止めないでほしい」みたいな特例はありますよ。だけどそれとは別にやっぱり無茶苦茶に働いたら壊れてしまうじゃないですか。だからいますぐにはできないかもしれないし事情もあるだろうけど、いい方法をみんなで考えていかないといけない。「どうせ無理だから考えるのやーめた」っていうのが1番ダメだと思う。
怒髪天“労働CALLING”怒髪天“労働CALLING”
【以下本書より引用】
昔に比べれば労働環境はかなり改善されてきたとはいえ、まだまだ問題は山積みです。過労死などの痛ましいニュースは未だに絶えません。怒髪天は“労働CALLING”の中で〈こんな日本に誰がした?〉と叫びます。
──ただやっぱり“クリエイティヴ”という話になると難しい部分はありますよね。
手島 : だからと言って考えることをやめてしまう、それってクリエイティヴから1番離れる行為になるんですよ。いまはこうしたらいいって答えはないけれど、考えていけばいろんなことを乗り越えていけると思うんですよね。それこそほんの70年前には、「黒人差別は当然だ」という考えがあったワケじゃないですか。でもその問題はいまだに解決はしていないけど、そのときからは前進はしていますよね。だからやっぱり「変わらない」と思ったら変わっていかないんでしょうね。
──クリエイティヴなコンテンツを作る人って、常識や現実を知れば知るほど不思議といいものを作れなくなってくるというジレンマもあると思うんです。
手島 : そこは役割分担みたいなことが重要だと思います。突出した部分を持っている一方で明らかになにかが欠損しているとしたら、欠損している部分を周りの人に埋めてもらえばいい。そんな関係が生まれたら美しいですよね。常識がわかる人間と、常識から外れた人間が組み合ってみる。そういう発想が頭の中にあれば、お互いにいい関係が築けるかも知れない。
「時代が違かったら売れていた」もアリ
──なるほど。本の中には「日本人は悲観的」ということも書かれていました。
手島 : 読み取り方によっては誤解を生んでしまう可能性もあるんですけど、自分をダメだって思うこと自体は別に悪いことじゃないんですよね。ただ「そういう自分も含めて自分だ」って思えるかどうか、それを受け入れられるかどうかなんですよ。人と比べたときに、「ああいう風になれない俺はダメだ」ってなっちゃうのは良くないし、「ダメな俺万歳!!」でいいんですよ。
ケンドリック・ラマー“i”ケンドリック・ラマー“i”
【以下本書より引用】
現代を代表するラッパー、ケンドリック・ラマーは、2015年に製薬会社のカイザーのうつ病啓発キャンペーンに“i”という曲を提供りしています。
(中略)
その“i”のフック部分では〈I Love Mysel〉と連呼しています。自分自身を愛する、言い換えるならば「自己肯定感を持て」というところでしょう。
(中略)
あるがままの自分を受け入れることが、アーティストにとっていかに重要なことなのかを力強く主張しています。
──そこはこの本のポイントですね。
手島 : そうですね、「1回自分のせいじゃないって考えてみたらどう?」ってことは一貫しているかもしれません。たとえば、人殺しがめっちゃ上手い人って、いまの世の中ではいいことではないけれど、もし戦国時代に生まれていたら英雄かもしれないんですよ。だとすると、その人のせいじゃないし、世の中が違ったらすばらしい才能だったかもしれない。世の中っていうのは、すぐには変わってくれないから、いま生きているのであればどこかで折り合いをつける方法があるんですよ。それを考えるときに、「自分のせいだ」と思うのと「世の中のせいなんだけど仕方ないから俺が合わせてやるか」って考えるのでは、気持ち的にもぜんぜん違うじゃないですか。
ジョン・レノン&プラスティック・オノ・バンド“Imagine”ジョン・レノン&プラスティック・オノ・バンド“Imagine”
【以下本書より引用】
最後に、有名な曲を紹介したいと思います。それはジョン・レノンの“イマジン”です。
(中略)
実は“イマジン”という曲自体、(中略)強い信仰心を持つ人々からは否定されています。物事の受け取り方や考え方は、そのように多様だということでしょう。それを事実として受け入れて、その上でどのように折り合いをつけていくのか? ということを、その都度考えていくということが大切なのでしょう。
──なるほど。
手島 : 音楽だって絶対そうなんですよ。ノイズバンド非常階段のCDが100万枚売れる世の中だってあると思うんですよ。
──つまりミュージシャンがよく言う「時代が違かったら……」もアリだと。
手島 : それは、それでOK。ただ、いまこの時代で生きているのであれば、その生き方は考えなきゃいけないよね? って話だと思うんですよ。どの範囲まで音楽性を時代に合わせられるのか、もし合わせないのであれば違う生き方を選ぶ必要もあるかもしれない。でも、それは別にその人が悪いわけじゃないんですよ。極論かもしれないですけど。
──この本を手に取ってくれた人にはどうなってほしいでしょうか。メッセージはありますか?
手島 : そうですね、自分らしく生きれるといいですよね。自分の存在全部をひっくるめて受け入れて、その人らしく生きていく。“その人らしく”というのが、すでに表現のひとつだと思うんです。だから、アーティストとして表現するときにも、その人らしさが出ているものが1番強いと僕は思っていますし。そうだとすると、自分らしく生きていく、そのためのいくつかの方法をそれぞれで考えていけるといいと思います。

編集 : 鈴木雄希
編集補助 : 武政りお
書籍情報
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』
2019年9月20日(金)発売
著者 : 手島将彦
価格 : 1,620円
発行 : SW
ご購入はこちらから
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029