京都で育まれる無二の歌声とバンド・サウンドーー長谷川健一、約2年ぶりの新作『Breath』はバンド編成
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京都在住のシンガー・ソングライター、長谷川健一が実に2年ぶりとなるオリジナル・アルバムを発表する。2007年のデビュー以来、確かでゆるやかな足取りで歌による表現を深め続けてきた彼が今回放つのは、初となるバンド・アルバムである。ジム・オルーク、石橋英子といった音楽家と同じベクトルに身を置きながら、京都という場所を拠点として歌を発信する彼が次に表現したい歌とは? 縁に導かれたバンド・メンバーとの出会いから語るインタヴュー公開。
この歌声はハイレゾで聴いてほしい
長谷川健一 / Breath
【Track List】
01. きらいなあなたと
02. 誕生日
03. にほんのひと
04. うたうは喜び
05. 夜の風景
06. 逆光
07. 君のお父さん
08. 春夏秋冬
09. 一回きりの歌
10. 誰がため
【配信形態】
[左]24bit/48kHz(WAV / ALAC / FLAC) / AAC
[右]16bit/44.1kHz(WAV / ALAC / FLAC) / AAC / mp3
【配信価格】
[左]単曲 257円(税込) / アルバム 2,469円(税込)
[右]単曲 257円(税込) / アルバム 1,851円(税込)
INTERVIEW : 長谷川健一
歌唄いとは彼のことである。織り成された歌詞は言霊ともいえるほどのあたたかな力を湛え、歌声は聴く者の心に寄り添うように響く。京都という悠然とした風土が彼を育み、時の流れが彼の歌をより豊かにする。古都から届いた新譜は意外にもバンド・サウンドが半分以上を占め、 いつになくドライな質感で鳴る。歳を重ねることで変わっていくこと、そして変わらないこと。自由でフラットな歌の世界を見つめる長谷川健一と、また等しく彼を見つめ返すその世界の関係について。
インタヴュー : 飯田仁一郎
文・構成 : 稲田真央子
写真 : 諸川舞
誰とやろうか考えているときりもないし、今回はそれこそ縁なのかなと思ったんです
——まずはレコーディングのことからお聞きします。レコーディング自体は地続きで、曲が出来上がってから録るという流れだったんでしょうか?
締め切りがあるわけではないので、アルバムに入れる分がたまったらレコーディングをするという流れです。その段階でレーベルと話すので、地続きといえばそうなります。がんちゃん(岩橋真平)、リッキー(senoo ricky)と一緒に音楽を作るようになったことにもきっかけがありました。共通の知り合いの結婚パーティーで、サプライズ・ゲストとして歌ったことがあったんです。でも僕は最後の方に登場したので、あまりいる人たちと言葉をかわせていないまま帰ろうとした時に、ベースのがんちゃんに「ベース弾かせてください! お金いらないんで!」って声をかけられて(笑)。そしてまたそのちょっと後に、2人が高野(寛)さんのバンドのサポートをしていて、僕も高野さんがすごく好きなのでそれを見に行ったんですよ。そしてその場で彼らとまた話して、そのままベースとドラムをやってくれることになったんです。
——そういった縁があったんですね。
はい。それは去年(2014年)の話です。そして今年、PARASOPHIA(京都国際現代芸術祭)でやなぎみわさんの作品に彼らと一緒に出たんですよ。中上健次の「日輪の翼」を舞台化したもので、荷台が開いて舞台になるという台湾式のトレーラーの上でライヴをしました。その舞台に出演することが決まってから、バンドで出たいと思っていたので、そのタイミングで彼らに出会えてよかったです。PARASOPHIAでのライヴがうまくいったこと、それまで東京の方と音楽を作るときに、密にコミュニケーションがとれなくて少し気になっていたことなどがあって、アルバムのレコーディングも彼らとしようかなと思いました。長く音楽活動をしていると、いろんなミュージシャンの方と知り合いになりますが、誰とやろうか考えているときりもないし、今回はそれこそ縁なのかなと思ったんですよね。無理のないペースでできたらいいなと思っています。
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——バンドをやりたくなったことには何か理由があるんですか?
バンドをやりたいという思いはずっとありましたが、弾き語りにも独特の面白さがあるので今までなかなかできなかったんです。最近は弾き語りのライヴが多く、2時間以上マイクなしのソロでパフォーマンスをすることも少なくありません。そうした中でふと、この先には何があるんだろうと考えてしまったんです。こうして1人で長時間のライヴをできるようになった今、弾き語りというものの次の段階に進むとしたら、前衛的な方向に向かうしかないんじゃないかと。でも歌を歌うということは僕にとってそういうものではないんですよね。そこで弾き語りに関してはやりきったという思いが生まれたので、そのタイミングでバンドをやりたいと思うようになりました。それとは別に、弾き語りという表現方法をこれからも自分で楽しんでいくためにも、あえてバンドをやりたいと思った側面もあったりします。単純に人と一緒に音を出してみたいなと。
——2時間以上のソロ・パフォーマンスが弾き語りの究極の形だとしたら、それを成し遂げた後に自然と人と音を合わせたいと思うようになったということですね。
たまたまそのときLOSTAGEさんと7インチを出して、やっぱりバンドってかっこいいなって肌で実感したんです。それもタイミングとして大きかったかもしれません。
3周くらい回ってやっと作品にできました(笑)
——レコーディングはその日に一発ではなく、リハを重ねたりしたんですよね。
レコーディングまでに彼らと何本かライヴをしたので、合わせるという意味ではやりました。ジム・オルークさんや後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)さんと一緒に音楽を作ってきた中で、自分でアレンジをやってみたいという思いが生まれたんです。やはりこれまでは弾き語りがメインだったこともあって、単音の美しさばかりを意識して、アレンジにあまり目を向けてこなかったんです。ですが、ジムさんが曲を自由にアレンジしていく姿をそばで見ていて、編曲という作業を再発見したんですよ。編曲にはこうしなきゃいけない、という王道のアレンジがひとつあると長年思っていたので、その考えから解放されました。
——アルバムのプロデュースもご自身でなさっていますが、それもアレンジと同様にやりたいと思ったからなんでしょうか?
プロデュースにしても構想が僕の中にあったので、そろそろできるかなって思ったからなんです(笑)。ただ、失敗に対する不安もありました。自分で全部作ったものってどこか窮屈に聴こえてしまうことがあるので、それが出ないように全員でアイディアを出し合いながら作っていきましたね。
以前お話した時に、歌録りに時間がかかるとおっしゃっていましたが、それは今回はどうでしたか?
レコーディングは3日間で行い、3日目の半分くらいまで音作りと楽器を録っていたので、じつは3時間くらいで歌録りをしました。ヴォーカルに関しては後藤さんと作っている時にいろいろやり直しが多かったので、それをきっかけに、こういう風に歌おうと思った通りに歌う能力がついたのかなと思っています。
——ジム・オルークとの作品の中で鳴っているようなストリングスが今回は少なく、生っぽい部分のアレンジが前面に出ているという印象を受けました。
アレンジは、エンジニアの岩谷啓士郎くんとアイデアを出し合って、録りながら決めていった部分も多いです。あと、ここのところケンドリック・ラマーやルーツ、コモンなどのヒップホップを聴いたりしているので、そのサウンドに影響されてこういった質感になったのかもしれません。
——その質感について、具体的に聞きたいです。
僕が今回のアルバムの中で1番質感として気に入っている曲は「にほんのひと」なんです。今までの僕の曲にはなかったようなドライなリズムで、歌の湿っぽさから一歩離れているような質感でしょうか。これが1番最初にできたので、ミックスも全てこれを基本にやりました。
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——アルバムのトータル・コンセプトは最初からきちんとありましたか?
タイトルも後付けなので最初からそんなに色濃いものがあったわけではありません。ブレスって呼吸や生命力だったりするので、ポジティヴな雰囲気でできたらいいなとは思っていました。「うたうは喜び」という曲もかなり前に作ったものですが、雰囲気でいうとこんな感じです。若い時はひねくれてるけど、1周回ってピュアになったような(笑)。
それはすごく感じます。1周回ったとおっしゃいましたが、単純に「君のお父さん」もご自身のことを歌っていると思っていいのかなと。
余白を残した状態で投げかけているので、当てはめ方はいろいろあると思っています。「春夏秋冬」という曲だけが15、6年前の、かなり古いものなんですよね。ずいぶん前にDICEというライヴ・ハウスが出したコンピレーションの中にも入っています。それは宅録の音源で、作った当初はできた! と自信を持っていましたが、あまりに昔すぎて人前で発表する機会がなかったのでどうしても今回のアルバムに入れたかったんです。考えてみれば、『423』よりも昔の曲ですね。
——この大人びた歌詞はそんなに若い時に書いたものなんですね。「久方ぶりのあなたは随分、きれいな年をとられてた」っていう歌詞は、3周くらい回らないと言えないんじゃないかと思いますよ。
そうですね、3周くらい回ってやっと作品にできました(笑)。これをいつかバンドで録るのが夢だったんです。
——ハセケンさんはそういう風に自分の夢があって、それをひとつずつ実現していくんですか?
着実に1歩1歩というよりも、振り返ってみたときに叶ったことに気づいたりするので、そんなに建設的ではありませんね。
民謡や演歌など、スタイルは違うけど自分としての筋が一本通っているような、そういう曲を作ってみたいです
——子育てもされていますが、その影響で歌詞が変わってきたというような変化はありますか?
歌詞で言えば、曖昧なものは減りました。今まで何を言っているかわからないくらい抽象的なものが多かったんですが、今回だと曲名を見るだけでどういう歌かわかるものが多くなっていると自分でも思います。心がけてそうなったのではなく、みんなにわかってもらいたいという気持ちから自然とそうなりました。
——抽象的な歌詞には京都の土地柄を感じるんですよね。京都特有なのではないかと思うのですが、どうでしょう?
逆に東京ははっきりしていますか?
——おそらく東京がどうということではないんですが、このどことなく漂う京都っぽさの根源はなんだろうとずっと考えてるんですよ。くるり、ゆーきゃん、キセル、長谷川健一、ふちがみとふなと等、京都の歌うたいに共通する確かななにかに惹かれています。
パッと見ただけではわからない世界で、一見さんが泊まれない旅館のような雰囲気なんでしょうか。わかった気になっていても、全然わからないところがあるんだろうなという含みを持つ曖昧さ。言い切らない美学とも言えますが、僕個人は最近かなり言い切るようになってきたので、そう言われるのは意外です(笑)。
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——(笑)。でも、そういう方の歌で言い切られると逆にどきっとしますよね。京都という場所にこだわってる部分ってありますか?
ずっといる分、あまり執着はないです。
——京都は音楽家の出入りも多いですが、そんな中でハセケンさんにとって、京都だからこそできることはあると考えていますか?
自分のペースで作品を出していけることでしょうか。密度やスピードが自分にとって程よいと思っています。
——それでは、歌詞はその京都での日常を落とし込んでいくように書くんでしょうか?
意識的にではないのですが、歌詞ができたあとに見ていくと、その時になんとなく思っていたことがテーマになっていると気づきます。でも今回のアルバムの最後の曲は宮沢賢治の雨ニモマケズをモチーフにして書きました。そういう風に歌詞を書いてみても面白いかなと思ったんです。今回この曲でPVを撮りました。僕は京都の右京区に対して執着があるのでそこで撮影をしようと思いました。
——京都の地理や雰囲気がわかる僕から見ると、ハセケンさんはどことなく左京区っぽいと思うのですが、どうして右京区なんでしょう?
実家が右京区にあって、今でも歩いていると面白いなあと思うんですよね。右京区には文化的には何もなく、少し入ったところも寂しくて殺伐としています。でも、そういう風景はルーツとして僕の中にずっとあるんです。対して、今住んでいる左京区には文化を発信している人が集っているような空気があって賑やかで、やはり右京区とははっきり違いますよね。時にそこから抜け出したいと思うこともあります。
——ご自身のペースで作品を出されてきた中で、歌うことはどう変わってきましたか? ミュージシャンとしてたどり着く先はどこだと思いますか?
バンドを始めとして、いろんなことをやりたいという方向にいくのかなと思っています。あとは、音楽を介して人とつながったり、地域と関わったりすることも最近は増えてきて、国籍や障害の有無は関係なく、歌うことは非常に自由でフラットだなと思うようになりました。スタイルとしてはっきり出てこなかったとしても、いろいろやってみたことが弾き語りにフィードバックされることもあると考えています。あと、今後はもうちょっと積極的に人に曲を書きたいです。自分が歌うことを想定すると、なかなかそこから離れた自由な曲を書けないので、もっと違う世界を描きたいという気持ちからです。民謡や演歌など、スタイルは違うけど自分としての筋が一本通っているような、そういう曲を作ってみたいです。
——アルバムを出してからの構想は何かありますか?
曲は少しずつまた書いていますが、しばらくはアルバムの世界を広げることに意識を使いたいなと思っています。ライヴはバンドよりもソロが多くなると思います。
——これからも世界観が広がっていくとのこと、楽しみです。インタヴューありがとうございました。
過去作はこちらから
ハセケンの歌声に惚れ込んだ後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)のディレクションの下、製作されたカバー・アルバム。カバー曲は岡村靖幸の「友人のふり」やNUMBER GIRLの「透明少女」などJ-ロック・シーンの名曲が揃う。「あの曲をハセケンが歌ったら..?」というリスナーの想像力をを掻き立て、その想像を超えた”新しい歌”を爽やかな感動とともに聴かせてくれる1枚。
ジム・オルークのプロデュースによる長谷川健一の2ndアルバム。前作に引き続きゲスト・ミュージシャンに石橋英子・山本達久を迎える。アコースティク・ギターとストリングスが織りなす極小の音数による表現は冴え渡り、程よい即興性によってもたらされる緊張感とそこにのせられる長谷川健一の歌声が生み出す珠玉の世界観。そのテクスチャーはこぼれ落ちる水のよう。
長谷川健一 / 震える牙、震える水
長谷川健一のデビュー・アルバム。レコーディングには山本達久、石橋英子、船戸博史が参加。抱えきれないほどの感情を内包した歌と、それを聴く者の胸に直接届ける血が通った歌声。”天性の歌うたい”の存在を世に知らせた、褪せることのない1作。
LIVE INFORMATION
Kenichi Hasegawa New Album『Breath』Relsease Tour
2015年12月19日(土)@京都JEUGIA Basic(インストア・ライヴ)
2015年12月27日(日)@京都恵文社コテージ
2016年1月21日(木)@京都磔磔
2016年1月29日(金)@愛知リテイル(尾西繊維協会ビル)
2016年1月30日(土)@浜松浜松市中区元目町の家
2016年2月2日(火)@埼玉モルタルレコード
2016年2月3日(水)@東京WWW
2016年2月6日(土)@岡山城下公会堂
2016年3月5日(土)@鎌倉Cafe Goatee
2016年3月13日(日)@福井gecko café
2016年4月2日(土)@金沢メロメロポッチ
2016年4月3日(日)@富山nowhere
PROFILE
長谷川健一
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2007年ミニ・アルバム『凍る炎』、『星霜』をmap / comparenotesより二枚同時リリース。2010年ファースト・フルアルバム『震える牙、震える水』をP-VINE RECORDSよりリリース。2011年「FUJI ROCK FESTIVAL 」、「SWEET LOVE SHOWER 」に出演。歌が純粋に歌として響くことの力強さを湛える優しくも切ないその声は、聴くものを深遠な世界へといざなう。京都が産んだ天才シンガー・ソングライターとして、多くのファンやアーティストから高い評価を得ている。2013年Jim O'Rourke(ジム・オルーク)プロデュースによるセカンド・フルアルバム『423』をリリース。同年12月、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文によるレコーディング・ディレクションとコーラス参加のもと、珠玉のカバー集『my favorite things』をリリース。2015年には、奈良を拠点に全国で活躍する3ピース・ロック・バンドLOSTAGEとともにスプリット7インチ『僕は今ここにいる / 遠くへ / 砂の街』を4月18日のRECORD STORE DAYにあわせリリース。「PARASOPHIA・京都国際現代芸術祭2015」にて、やなぎみわSTP「舞台車上・中上健次ナイト2015」のコーディネート・ライヴ演奏を務める。
>>長谷川健一 Official HP
>>長谷川健一 Official Twitter