音楽、建築、映像が横断して湧き上がる"鳥肌"の立つ美──中島さち子の2ndハイレゾ配信

作曲家、ピアニストとして活動する中島さち子が新プロジェクト、”Space”の名義にて自身2枚目のアルバム『Time, Space, Existence』をリリースした。今作には建築家、岡田哲史の建築作品にインスパイアされて制作した楽曲を収録。ピアノを基調に、ビブラフォン、バリトンサックス、フルート、ドラムが折々に融合し 「和」のイメージを喚起させる音色から、日本の原風景や人々の何気ない日常の暮らしが見えてくる。
今作は岡田哲史がヴェネツィアにて建築作品の展示を行うことになったことから始まった。展示方法として選ばれた"映像上映"、その映像に必要とされた"音楽"、かくして映像作家の坪井昭久と共に中島は岡田の建築作品に触れることになったのである。特集ではこの3人を招待して鼎談を実施。今作についてはもちろん、異なるジャンルに身を置く3人が共有する"美の本質"について話を訊いた。
Space -Sachiko Nakajima's Project - / Time, Space, Existence
【Track List】
01. 光
02. 希望の花
03. 透明な空間
04. 時間の庭
05. 羊の夢に棲む
06. Average
07. 一摘みの祈り
08. Aqua Rainbow
09. Bloom
10. 裏山の。
11. 赤とんぼ
12. Bonus Track : 透明な空間
【配信形態 / 価格】
24bit/96kHz(WAV / ALAC / FLAC) / AAC
単曲 216円(税込) / アルバム 2,160円(税込)
INTERVIEW : 中島さち子(ピアニスト)×岡田哲史(建築家)×坪井昭久(映像作家)

インタヴュー : 飯田仁一郎
構成 : 中村勝哉
写真 : 大橋祐希
すべてはヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展に招待されたことに始まります(岡田)
──今回『Time, Space, Existence』というアルバムを中島さち子さんはリリースしましたが、この作品を作ることになった経緯をお話しください。
中島さち子(以下、中島) : 『Time, Space, Existence』というテーマは、建築家の岡田(哲史)さんからいただきました。まずは、きっかけをいただいた岡田さんからお話しをしていただいた方がいいですね。
岡田哲史(以下、岡田) : すべてはヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展に招待されたことに始まります。今年の5月末から半年間、イタリアのヴェネツィアで展示する機会をいただくことになり、小さな部屋をひとつ使ってよいという話になった。建築関係の展覧会といえば模型や図面が飾ってあるだけのものがほとんどですが、同じことをやっていてもつまらないと思ったものですから映像を作ってそれを展示しようと思った。そこで映像作家の坪井(昭久)さんに声をかけました。
──なるほど。
岡田 : それで話をしているうちに映像には音楽が欲しいということになって、音を作れる人を探そうということになった。その頃ちょうど『クリエイティビィティについて』というタイトルの対談で中島さんとご一緒する機会があって、討論会のあと中島さんが1曲披露してくださった。
中島 : せっかくですからとピアノを用意していただいて。今作にも参加している、ドラマーの外山(明)さんにお声がけして一緒に演奏させていただきました。
岡田 : で、その演奏を聴いた坪井さんが、「岡田さん、中島さんでいきましょう!」ということになり、この企画がスタートした。
坪井昭久(以下、坪井) : 岡田さんからお話しをいただいた段階で、僕の頭の中で絵が完全に出来ていました。中島さんはその絵に確実に合うと感覚で分かったのですぐにお願いしたんです。
岡田 : お二人には、「僕はプラットフォームに徹するから、自分のやりたい事をフルにやってください」と伝えました。音楽を作るうえで何かモティーフが欲しいということになり、中島さんにはその建築展のテーマである"Time, Space, Existence"の話をしました。それが今度のアルバムのタイトルにもなっているわけですね。
映像に中島さんの音楽を加えて、岡田さんの建築の意図を引き出そうと思いました(坪井)

──映像作品を作るにあたってお二人は、岡田さんの建築を見られたのですか。
岡田 : はい。中島さんにとっては、音を作るためにはイメージが必要でしょうし、坪井さんはその場所で映像を撮ることになっていましたからね。そこで、お二人には見ていただきました。
──坪井さんは、撮影をするにあたって、どんなところを意識されましたか?
坪井 : 建築の撮影は現場を見ないと何も始まりません。実際の建築を見ることで、岡田さんの意図や狙いに気がつくんですよ。それを追随して撮ろうと。つまり建築家の発想を追っかけて撮っただけなんです。しかし映像だけでは面白味に欠ける、そこに中島さんの音楽を加えて、岡田さんの建築の意図を引き出そうと思いました。
──なるほど。中島さんは岡田さんの建築作品を見た時に、どんな音楽を創ろうと思いましたか?
中島 : 岡田さんの建築を実際に拝見し、透徹した美しさにまず圧倒されました。その空間から、光の揺らめきや水のきらめきが見えたり、例えば石で作られた空間も冷たさだけでなく、ヒューマニックで温かい感じであったり、そういった建築全体の空間を体験して、そのイメージを持って音楽を作ろうと思いました。メンバー(※1)にもその点を伝えて。
※1 『Time, Space, Existence』演奏メンバー
中島さち子(Sachiko Nakajima) : Piano, Compose
外山明(Akira Sotoyama) : Drums
吉田隆一(Ryuichi Yoshida) : Baritone Sax, Flute, Compose
山田あずさ(Azusa Yamada) : Vibraphone
──メンバーにはどのように伝えたんですか?
中島 : 言葉ではなく、映像や写真をいっぱい見ていただきました。岡田さんから、たくさんいただいて。
岡田 : 500枚くらいありましたっけ。
中島 : レコーディングの時は、大きいモニターに写真を写してもらって、それを観ながら録音したものを聴いてインスピレーションに繋げたんです。
──凄い数! 今回のバンド・メンバーはどのように集めていきましたか?
中島 : 今回は、まずこのテーマならばぜひ外山さんと演奏したいと思い、当初デュオを考えていました。が、テーマを深く考える内に、吉田隆一さん、(山田)あずさちゃんとも一緒に創ってみたいと感じ、曲提供も含めてお願いしました。外山さんも隆一さんもあずさちゃんも、空間の中での響きを大切に、アドリブや技術などを超えて、歌を生み出していく。まるで画家のような音楽家。4人の顔合わせは実は録音時が初めてだったのですが、皆、今回のテーマから自然に想起された素敵なメンバーなので、きっと岡田さん坪井さんの世界観と絡み合って、独創的な音楽を生み出すだろうと。実際に、とてもスムーズに録音が進みました。
美しいものには余計なものがない(岡田)
──『Time, Space, Existence』は、中島さんが先に作ったアルバムに、坪井さんの映像を当てはめていったということでしょうか?
中島 : そうですね。初めは映像に合わせてBGMを作るということかと思ったんですけど「全然そうではない、そのままがいいんだ」と坪井さんに言っていただいて。またゾクゾクする感じや鳥肌が立つ感覚、そういったものを岡田さん・坪井さんから強く求められました。だから建築の後ろで流れているというわけではなく、自分の音楽として独立するもの、そして建築と対峙する形で曲があるということを意識しましたね。
──なるほど。鳥肌が立つ感覚というのは?
中島 : 岡田さんのテーマなんです。
岡田 : そうなんです。20年ほど前、美しい建築を拝見したさい鳥肌が立ったんですね。それがきっかけでした。音楽でも料理でもなんでもそうですが、人って何かに感動した瞬間、鳥肌を立てますよね。ところがその瞬間に「なぜ鳥肌が立ったのか?」考えることはできないでしょ。瞬きをする間に消えてしまうものなのです。
──なるほど。
岡田 : 海外でもしばしば講演をする機会があって、自分の建築思想みたいなものをお話するのですが、もう20年近く、懲りもしないで「鳥肌」の話をしてきました(笑)。鳥肌は論理的思考を超越して生まれては消えていくものです。人種や宗教や言語、さらには政治や経済や国家とは無関係な人体の身体反応と言えますね。それは凄いことだと思うのです。言葉で紡がれる論理や概念を超えて人々が繋がることができる、その地平はとても興味深い。
中島 : 音楽や数学にもこの鳥肌はまさに存在しますよね。人それぞれ感じ方は違うと思いますが、本質的な何かが突然見えてきた瞬間など、ゾクゾクとする感覚が訪れます。ちなみに、岡田さんと初めてお会いしたときに、こういうお話をして、お酒を飲みながら盛り上がりました(笑)。
岡田 : その時には、美しいものはシンプルだ、対称性があるということを話しました。美しいものには余計なものがない。多分、それがストレートに魂を響かせると思うんです。建築もそうだし音楽も。
中島 : そうですね。本質をたどると凄くシンプルなところに行きつくと思います。
岡田 : 本質って見失いがちですからね、僕も分かったつもりでいるだけなんでしょうが。だからいつまでも追い求める対象なんだと。でも、なんか、それが楽しいんですよね。


坪井 : 僕もそう思います。その話は実は以前から伺っていまして、僕の中では完全にかみ砕かれているんです。
岡田 : そう言えば、以前、番組を作ってくださったときにお話をしましたね。
坪井 : 要はその感じを狙ってできるかどうかが大事だと思うんです。そのためには変化をつけることが重要で、映像も全く何もない所から一気に展開させたり、広げたり。そういったゾクゾクとくる演出を、手法やテクニックで狙っていけば岡田さんの作品は表現出来るなと。そしてさらに、中島さんの音楽で引っ張りだせればいい。だからこの映像は、僕が岡田さんの作品を連ねた所に合う音楽を僕なりに繋げただけ。つまり中島さんの作ったアルバムを違う感覚で僕が岡田さんの作品に重ねたものになっていると言えます。
──それは中島さんとしてはハッピーなことだったんですね?
中島 : そうですね。やっぱり自分の中で音楽はストーリーであったり風景のようなものがあって作っているんですけど、それが映像と一緒になることで、また別の角度から音楽が見えてくるのが面白かったです。個人的にやってみて面白かったし、岡田さんの素晴らしい建築をどういう風に自分の中で消化させるか、凄い考えさせられましたね。大きな挑戦になりました。
──『Time, Space, Existence』は、岡田さんの建築作品を音楽にしたと言ってしまっても問題ない?
中島 : そうですね。今回は空間を作り上げるイメージでメンバーと作りました。空間すべてを使って、空間を感じながら音を置いていく感じ。あと、もうひとつ岡田さんとのお話で「間」の重要性という話があるんです。
岡田 : はい。「間」がないと音は響かないと思うんです。音は「音のない間」があって初めて引き立てられるものではないのでしょうか。建築も同じで、空間もいろんなものを詰め込んでしまうと窒息してしまうんです。それにしても、「間」つまり空白をつくることは、それなりに勇気が要ることなのですが。
中島 : 私は武満徹さんの文章を読んだり音楽を聴くのが大好きで、彼は「間」という事を考えた人で、「間」も音として捉えているというか。若い時は「間」が怖くて色々と...
岡田 : 入れちゃうんだよね(笑)
中島 : はい。だから勇気をだして、切り取るということを考えながら作りました。
音楽は人生の出会いの集大成ですから(中島)
──なるほど。今後は、またなにかをこのメンバーでやる生み出す予定ですか?
岡田 : もっといろいろやってみたいですね。
中島 : 武満徹さんもそういうことを真剣に考えていらした人で、音に込められた歴史や文化などを深く理解した上でどう異なる領域の世界観と組み合わせるか。そういったことに可能性を感じます。最近は前衛書道の方々とも懇意にさせていただいており、なにかコラボをしてみようという話もあります。こういった領域横断の試みには私も非常に興味があります。
──領域横断の活動に意欲的になっている理由として、どういったことに面白みを感じているんでしょうか? またその活動で見えてきたものは?
中島 : 世界が広がるんです。素晴らしい岡田さんの作品や坪井さんの映像に触れること、良い出会いをすることで、自分の音楽に変化を与えてくれていると思います。音楽は人生の出会いの集大成ですから。また、やはり、全く違う世界から音楽を眺めることで、普段使っていない心の眼や耳が開くように感じました。自分の中でイノベーションが起きた、という感じでしょうか。坪井さんの映像を見た時もゾクゾクして、とても刺激になったし、それと同時に気づかされることも多くて、もっとやってみたいという気持ちが強くあります。
──自分の音楽に強く影響するということですね。
中島 : はい、様々な分野に面白い人達がいるので、そういった領域を超えてやっていく、新しいルネサンスみたいなことができないかなと思っています。
──中島さんの音楽は、具体的には岡田さんの建築からどう影響されたのでしょうか?
中島 : 美に対する感じでしょうか。ミュージシャンは共演する人によって音楽が変わるのですが、岡田さんの要素を取り入れて、共演するような気持で作ったので、岡田さんの美しい世界が自分の音楽感に影響を与えたように思いますね。
──今回のコラボを振り返ってみていかがでしたでしょうか?
中島 : 自分とお二人の作品を組み合わせることで見えてくる世界が楽しかったですね。これは病み付きになりそうです(笑)。
坪井 : 中島さんの楽曲を僕の感覚で選んで映像にしたんですが、その映像はどうでしたか?
中島 : 正直、送っていただいてウワっと思いました(笑)。自画自賛で恐縮ですが自分の音楽がこんなに映像に合うんだと。坪井さんの映像の中で自分の音楽が生まれ変わるように感じたんです。
岡田 : これまでも垣根を超えて様々な人々との出会いや経験がありますから、お二人からは共通するものを感じていたし、同じ方向へ向かって進めるだろうという直観がありましたね、そこに根拠なんかなくていいのです(笑)。
中島 : 確かにそれぞれの分野、ジャンルや領域は違えど、共通するものがあったと思います。岡田さんや坪井さんと出会って、そのことを強く感じることができました。今回の作品をきっかけに、岡田さん坪井さんのような大先輩の芸術家の方々と、領域横断の試みをさらに深堀りしていきたいと思っています。
PROFILE
中島さち子
ピアニスト / 作曲家 / 数学者
1979年生まれ。幼少からピアノ、作曲に親しむ。中高時代は数学に没頭し1996年国際数学オリンピックで金メダル獲得(日本人女性初)。大学でジャズに出会い、卒業後、音楽活動を本格始動。故本田竹広氏に師事。2005年「渋さ知らズオーケストラ」でロシア・ヨーロッパツアー敢行。2010年初リーダーアルバム『Rejoice』 リリース。2012年『人生を変える「数学」そして「音楽」』(講談社)出版。現在は、自己のバンド演奏・作曲やミュージカル俳優とのコラボの他、音楽・数学の講演・WS、執筆、メディア出演、人材育成(Phoenix Consulting, Inc. CEO Office)など幅広く活動。
岡田哲史
建築家 / 工学博士
コロンビア大学大学院修了後、早稲田大学大学院博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、文化庁芸術家在外研修員、コロンビア大学客員研究員等を経て、岡田哲史建築設計事務所を設立。これまで設計に携わった建築作品は、イタリア建築家協会が主催するデダロ・ミノッセ国際建築賞でグランプリを受賞するなど、国内外で高く評価されている。
坪井昭久
映像作家
ドキュメンタリーから映画、ドラマまで幅広く手掛ける。代表作はDNP(大日本印刷)コンセプト映像、エステティックTBC(クルム伊達公子出演)CMなど。