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「Knockin' on your door」を聞いてL⇔Rを知った。いや、「REMEMBER」や「HELLO, IT'S ME」だったかな... とにかく、なんてクールなバンド何だろうって。今でもメロディは口ずさめるし、学生時代の風景は甦ってくる。改めて聞きなおすと、ヴォーカルの黒沢健一が如何にメロディ・メイカーとしてすぐれているかが分かる。昨年ソロとしては7年ぶりのオリジナル・フル・アルバム『Focus』をリリースし、その実力が健在であることを伝えてくれた彼から、間髪入れずに最新作『V.S.G.P』が届いた。なんとライブ音源にダビングし、新しい音源として生まれ変わらせた。そんな挑戦的な作品の真意を探ろうと、インタビューを試みた。学生時代にはまったアーティストにインタビューをする機会が来るなんて、編集部も悪くないな...
インタビュー&文 : 飯田仁一郎
黒沢健一『V.S.G.P』
ライブ? それともスタジオ・レコーディング? 電子楽器を一切使わずに構築された黒沢健一の新しい音の世界。2009年行われたシアター・ライブ音源をベーシックにスタジオでダビング録音。実験的な音づくりに挑む全く新しい音源が出来上がりました!
L⇔Rの音源も一挙販売開始!
人間のやることって意外なことが多すぎる
——今作『V.S.G.P』は、最新作として捉えて良いですか?
そうですね。説明が難しいアルバムなんですよね。最初は弦カルテットとのライヴ版として出す予定だったんですけど、選曲作業をしているうちに「違ったサウンドにしたら面白いんじゃないかな」って思い始めたんですよね。そこで、実際に頭の中で鳴っている音を現実の世界に落とし込まなければならなくて、アイデアを伝える為に具体的に動き出しました。まだ形になっていなくても「なんか面白そう」と言ってくれたんですね。結果、最初はライヴ版を出す予定でしたけど、ちょっと変わった形態にして2枚組で出そうということになったんです。なんなら、新曲もいれてしまえってね(笑)。
——ライヴ版をだそうと思ったのはなぜですか?
単純にライヴがよかったんですよね。後はただのライヴ版ではなくて、ストリングス・アレンジをしているんです。だからアレンジ前のCDを聞いている人が、違った音源に感じるなって確信を持てたんです。
——ストリングス・アレンジはいつ頃から?
最初に舞台監督の江口ジョージさんが、「弦カルテットとピアノと歌でやったら面白いんじゃないの」って言ってくれたんですよ。それが最初のきっかけで、そこからアレンジをしていこうってなって昔の曲を引っ張り出して来たんです。弦とピアノと歌って、バラードのイメージがあるじゃないですか? でももっとマッドなものを弦カルテットでアレンジしてみたら面白いんじゃないの? って思ったんですよ。弦カルテットの人達もこういうのをやったことがないと思うし、実験的なだけでなくポップにやりたかったんです。
——でも黒沢さんの昔の楽曲って、弦が入っていたりしますよね?
レコーディングでピアノと弦と歌っていうのはありましたけど、装飾的な感覚でしかなかったんだよね。今回のようにアレンジの主軸として考えたことはなかったですね。
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——録音はどのように?
クラシック・コンサートと同じようにマイク1発録りですね。マイクは30本以上使ったんじゃないかな?
——では、ライヴ録音をダビングした面白さとはなんでしょうか?
ヒップ・ホップみたいにある素材をサンプリングしたりとかが、ハード・ディスク・レコーディングが始まってから主流になっているじゃないですか? じゃぁライヴ録音したものを何か面白く出来ないかなって思いついたんですよね。ロックでいったら60年代ぐらいのサイケデリックの頃とか、まだロックの概念が新しくて、何やっても良いって時は結構それってあったんですよ。ダビングでライヴ音源を違うように作っちゃうとかね。
——でもグルーヴを出すのは難しいんじゃないですか?
それが面白いもので、サンプリング的なダビングをするとなると、クリックをきちんと合わせないといけないんですよ。エンジニアの方と話した時に「ダビングしやすいように仮にクリックいれようか」となったんです。でも、それで入れたらつまらなかった。生ライヴでやったほうが面白いんですよね。僕はアコースティックとか生が特別大事だって意識しているわけではないですけど、デビュー・アルバムをロンドンでレコーディングした時はデジタルのクリックを使っていて、その頃から考えると、デジタル・レコーディングからどんどん離れていっている気がするんですよね(笑)。今作は全員が生楽器を即興でダビングしていて、人間のパワーで乗り切っている(笑)。難しいことを乗り切っていこうというより、音楽に呼ばれていったらこうなったという感じですね。
——クリック無しだと、パーカッションの方とか難しいでしょう?
難しかったと思いますよ(笑)。普通のパーカッションの人だったらクリック無いし、怒ると思ったんですよ。こういう時に怒らない人誰だろう? って考えたら堀(宣良)君しかいなかったんです(笑)。ただベテランの彼でも手こずってましたね。
——何度も聞いて繰り返した感じですか?
もう人間的な感覚でしょうね。一緒にステージで演奏している気持ちで、誰かを主軸にしながらやる。今回はピアノの遠山さん。彼の演奏に合わせていくっていう、つまりヴァーチャル・ライヴ・テイクですよね。
——テイク数はどのくらいだったんですか?
結構多いですよ。ベーシックなテイクに関してはピアノと弦が変わらないんですけど、それ意外の我々の被せるところは「はぁ〜 また失敗した」って何回もありましたね(笑)。
——後からリズムをのせるって1番難しいですよね。
そうじゃないと、面白い音楽じゃなかったんですよね。人間のやることって意外なことが多すぎるってこと!
——結果、本作は、イメージ通り自分好みに出来たんですかね?
ライヴはライヴの良さが出て、もう一方は全く違うものになりましたね。最近は、このCDはこうだとか、分かり易さを枠に当てはめていくプロモーションが必要とされてて、そこをはみ出してしまったものって排他的な扱いをうけたりするじゃないですか? でもそこが音楽的な面白さだと思うんですよね。今作だってライヴとダビングと両方あって凄い良いから2枚だそうよっていうイノセントなものがあってもいいじゃんって思ったんですよね(笑)。そうでないと、若いミュージシャン達がどう伝えていいか分からなくなって、固まっちゃう気がするんですよね。「よくわからないけどいい! とか、これ面白いじゃん!」っていうことが、言えなくなってますよね。今回みたいに普通じゃないやり方でも音楽は出来るし、面白いことは出来るよっていうのが、テーマでもありますね。誰もやってないことをやるとかがテーマである必要はないんですよね。ロックなんて誰かが過去に絶対やっているんだから。
——今の若い子達は真面目ですか?
真面目だと思います。時間もなくなって来ているし、短い時間で答えを出さなければいけないですしね。僕はのんびりした時代にデビューさせてもらったんで(笑)。作り手が固くなったりすると、聞いている方もリラックスして聞けないですよね。ダビングでこんなことしてるなら、俺らもやろうぜ位でいいと思いますよ。「ダビングっていけないこと」とかじゃなくてね。
「プロデューサー」って胡散臭く聞こえる
——多くの人にこの作品が届くと思うんですが、どのように聞いてもらいたいですか?
ディスク1は、ライヴ・レコーディングをしたっていうことを除いても楽しめると思うんですよ。後でそのことを知る位でいいです。ストリングスと一緒のライヴ版の方は、今まで自分が書いてきた過去の楽曲を聴いてもらえるチャンスかなって思います。全体的にレコーディングの手法というよりも、ソングライターとしての僕のアルバムかなと思いますね。ソングライターでもあって、音楽制作者でもある自分の側面をライヴ版とスタジオ版で味わってもらえたらなと思います。
——この後は何か用意されてたりするんですか?
全然ないです(笑)。ライヴ版だったところを社長にお願いして、こういう形で出させてもらったのでね(笑)。ソロの時からずっと急な思いつきでやっているんで、また何か閃いたらやるかもしれないですね。本当にスタッフの方には感謝なんですよ。「これ面白いくない?」っていうと、一丸となって制作に向かってくれるんですよ。
——一時期4バンド位やっていたじゃないですか?
思いつきでやっていたんですけどね(笑)。curve509では、ギター・ケースを持っていってロックン・ロールをやるっていうのがやりたかったんですね。L⇔Rにしても最初からライヴ・ハウスに出てたバンドじゃなかったから。ライヴ・ハウスに出てお客さんを増やしていくっていうより、スタジオに入ってレコーディングするっていう方向に最初から行っちゃったんで、バンドに対する憧れもあるんですよね。それでバンドを作って夢が実現したなぁって思ってたら、「ヴォーカルやらない?」 っていう話が来て、全部楽しそうって言ってたらあんな形になっちゃった(笑)。面白そうだったら、なんでもやっちゃうんですよね。
——どんな経緯でソロに向かっていったんですか?
MOTORWORKSとか色々なバンドをやっていたら、ファンの人達が「ソロはどうなの?」っていう話になってきちゃって(笑)。忙しかったということより、頭からすっかり飛んでいたんですよね。そういえば僕はソロ・シンガーだったんだみたいな(笑)。で、どんなきっかけでソロ・アルバムを出そうかなと思ったら、ちゃんと地に足が着いた状態でやりたいなって。アコギ1本と遠山さんのピアノと2人だけで、自分が昔書いてきたものをただ歌うっていうのが、まずやることなんだと思いましたね。ただそれだけで、ステージに立ってみようと思ったんです。そしたらお客さんにも来て頂いて、音源を残すことも出来た。自分の手だけでソロ活動を出来るってことが自信になりました。
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——今作にも収録された昔の曲達には、どういった思いがありますか?
大事な曲なんですけど、他の方々が言うようなウェットな曲ではないですね。L⇔R以降はいつも次のことしか考えてなくて、新しい曲を生み出すことに向かってばかりで、昔を振り返ることはなかったんです。愛着のある曲だったんだけど、その曲は作り終えたものということで、完結してたんです。で、ある時に昔の曲を配信しますということになり確認したら、すごいあったんですよ(笑)。結構曲書いてたんだなぁって(笑)。その中だったらどれを使ってもいいんだっていうことを、今回のアレンジ制作をするうちに気づいたんですよね。当時のCDを買ってくれた方は思い入れがあるかもしれないですけど、今作は、作品を1つ完結させるために、プロデューサーとして過去に書いた曲を選ぶ感覚でしたね。
——今はソロがメインと考えて良いのでしょうか?
バンドをやって、ソロもやって、尚かつプロデュースなんですけど... 自分の中で、訳分からなくなっているんですよね。色々なことをやってきましたけど、モードはどれも同じなんです。音楽を作ってそれをスピーカーで流して「カッコいい」って言ってますしね(笑)。曲出来ないなぁって悩んだりとか、良いところも悪いところも全部一緒なんですよね。基本は変わらないで、まだ閃きで音楽を作ろうとしていますよ。
——若い子達も気になると思うんですけど、今の黒沢健一とはどんな人物でしょうか?
色々な音楽をやっている人かなぁ。ミュージシャンって、日本だと変わった職業に思われるているのが不思議なんですよね。海外だと平等に扱われたりするんですけど。プロデューサーとか、バンドとか区別する必要もないですよ。前回制作に参加してくれたプロデューサーのシライシ君と「プロデューサーって胡散臭く聞こえるよね?」って話してたんですけど、本当にそうだと思いましたね(笑)。
——2010年の音楽業界は激変の年でしたが、何か思うことはありますか?
僕はヘビー・リスナーなので、凄い得な時代だなぁと思いますね。レコードの輸入盤も茨城に居た頃なんて、わざわざ東京に買いに行ってたけどその必要がないですし、映像にしてもYouTubeで見れるじゃないですか? たまに考えると、「本当に凄いな!」って思いますね。高音質配信も始まっているし、自分に合った音源を選べる時代だと思いますね。
——ミュージシャンとしてはどうですか?
沢山のジャンルがあるし、お金を払わなくても自由に聞ける環境の中で、心に響くものをどう作っていくかですよね? そこが課題ですよね。ミュージシャンとしてのハードルは凄いあがっていると思います。そこでも自分はこういうことやってますっていう自信がないと厳しいですね。昔から比べてどう変わったかっていうと、お客さんが主導ですよ。どうやって伝えるのかとかは自分もまだ分からないんです。ただ僕の思っている情報よりも、世の中は変わっているんだって思いますね。知ったかぶりでは言えないし、言うつもりもあまりないです。ただ... やっぱり幸せなことですよね。アルバム買えなくても全曲試聴出来るんですもん。エルビス・プレスリーがハワイで生中継した時なんか子供でしたけど、TVの前で正座して見入ってましたもん(笑)。今じゃ普通にUstreamで中継されてますもんね。それを見ながら「この曲いまいち」だと思ったら消しちゃったりしてますもんね(笑)。贅沢なことしてますよ。
——これから挑戦したいことは?
前作の『Focus』も全力で作って、次閃くまで時間かかるんだろうなって思ってたら出て来たんでね。次は... まずは、このアルバム『V.S.G.P』を楽しんで聞いてほしいなってことですかね。
PROFILE
19歳で南野陽子、島田奈美などへ楽曲提供やCM曲提供など、作家としてデビュー。1991年、弟の秀樹、木下裕晴と共にL⇔Rを結成。1995年オリコンNO.1シングル「Knockin' on your door」を初めとした純度の高いポップスを送り続ける。1997年活動休止までレギュラー・ラジオ番組、全国ツアーなど精力的に音楽活動を行う。L⇔R活動休止以降、ソロ活動開始。シングル、アルバムのリリースやツアーを行い、3枚目のアルバム・リリースとツアー終了後に、制作意欲が爆発。2003年〜2005年にかけて curve509、健'z、Science Ministry、MOTORWORKSと4つのバンド、ユニットで活動の幅を広げる。また、森高千里・湯川潮音などへの楽曲提供、徳山秀典・hi*limitsなどのプロデュースなど活動は多岐にわたる。
黒沢健一 LIVE V.S.G.P 2010
東京グローブ座での2DAYS公演が決定!
2010年12月18日(土) 〜V.S.G.P編 ストリングスとピアノと歌の夕べ〜
open 17:00 / start 17:30
ピアニスト遠山裕&LALALAストリングスとのセッション。
2010年12月19日(日) 〜V.G編 ギターと歌の夕べ〜
open 16:00 / start 16:30
ギタリスト菊池真義とのセッション、黒沢健一独り弾き語り。