HQD(24bit 44.1kHz以上のWAV音源)がネイティブ再生出来るUSB DACやネットワックオーディオは、もはやあたり前。さらには、HQDに対応したワイヤレス・スピーカーやDSDネイティブ再生に対応したUSB DACの販売がスタート。そして昨年末に行われた『OTOTOY DSD SHOP』の開催、e-onkyoでのメジャー配給音源のHQD配信スタート等、音響好き、エンジニア、ミュージシャン等を中心に日増しに盛り上がる『高音質で音楽を聴くこと』。そして、24bit 192kHzのハイレゾリューション・サウンドのネイティブ再生に対応したポータブル・オーディオ・プレーヤー「Astell&Kern AK100」が、今度は、ヘッドフォン好きの若者を中心に巷を賑わせている。「安い、速い」が主流だった音楽配信は、CDよりも良い音でリスナーに届けることを望んだミュージシャンやネット環境の整備等の後押しもあり、よりレコーディング・スタジオで鳴っているものに近い音、つまり高音質のHQDをリスナーに届けることが出来るようになり、スタジオそのままの音を聴きたいリスナーが、こぞって「AK100」を購入しているという流れが起こっている。
今回は、2012年にリリースしたオリジナル・フル・アルバム『アデュー世界戦争』をHQD(24bit 44.1kHzのWAV音源)で発売し、そのオリジナリティ溢れる曲群で大きな話題を呼んだ、ピアニストでもあり、シンガーでもある世武裕子に、この「AK100」でHQDの曲を聴きながら、音源の聴こえ方、そしてミュージシャンの高音質に対する考え(生の声)を聞いてみた。世武裕子は、新しい音源もHQDで作っているそうだ。一足先にこのレポートを読みながら、新しいアルバムを楽しみに待ちたいと思う。
インタビュー & 文 : 飯田仁一郎(OTOTOY編集長)
原稿補助 : 中沢明里
Astell & Kern AK100
あるがままを、そのままに。
■Wolfson製ハイエンドDAC WM8740を搭載
■最大192kHz/24bitのハイレゾリューション・サウンドのネイティブ再生に対応
■デュアルmicroSDHCカード・スロットを搭載
■多彩な周辺機器との連携が可能
■152ステップのダイヤル・ボリューム・コントロール搭載
■2000mAhのリチウム・ポリマー・バッテリーを内蔵
■美しい画面と操作を楽しめるユニークなUI
■高剛性アルミニウム素材採用のコンパクト・ボディ
ハイクオリティがもっと広まったら、ライヴの楽しみ方が変わりそう
――今、この最大24bit 192kHzのハイレゾ音源に対応したポータブル・オーディオ・プレーヤー「Astell&Kern AK100」が、非常に話題になっています。今回、世武(裕子)さんにも、DE DE MOUSEのsky was dark(sky was dark session wav 24bit/96kHz ver.)とsky was dark(sky was dark session mp3 320kbps ver.)を聴いてもらったわけですけど、ぶっちゃけの感想を聴いてもいいですか?
世武 裕子(以下、世武) : 映画館とDVDみたいな違いがします。wav 24bit/96kHz ver.は、すごく立体的なんですよね。mp3の方は、曲自体は好きなんですけど、一つ一つの音の粒が、全部大きい刷毛でべたって塗りたくった感じ。でもハイクオリティの方は、ふわふわっと色んな所から音の粒が飛んでくる。だから、ハイクオリティの方は、ミックスは誰がしたのかな? って思いました。レコーディングの作業って大変じゃないですか? 作ってる方の意図をミックス・エンジニアの方がどう考えて、どう表現して作っていくか。その過程がちゃんとハイクオリティの方には表れているから、音楽が譜面じゃなくて、表現なんだって思えるんですよ。mp3の方は、全部の音符が鳴ったらこういう感じですっていう楽譜っぽい感じです。もしハイクオリティの方がもっと広まったら、ライヴの楽しみ方が変わりそうですね。
――ライヴの楽しみ方?
世武 : ライヴのやり方って勿論アーティストによっても違うけれど、CDみたいのが好きなリスナーも多いと聞きます。最近対バンとかしていても、ライヴで同期してるミュージシャンも多い。少ないメンバーでは弾けないCDで流れていた音を、同期で流しちゃうみたいな。だから音圧はすごいんですけど、全員ホームラン! みたいな。私としては、ちょっと残念に感じる事も多い。私のライヴは、2人でやるか、マックスでも3人なので、音数がCD等に比べて足りないことをすごく何回も悩むんですよ。「同期したら、ここの鳴らしたい音がもっと鳴る!」。だけどそれをしない理由っていうのが、生々しさとかダイナミックスの部分なんです。だから、ハイクオリティで音を聴くと、「CDでこれが鳴ってたから」じゃないライヴの在り方に気づいてもらえるのかなって。みんなそういう事にセンシティブになるような気がして、もっと流行ったらいいのになって思いますね。
――そうなんですよ。だから高音質の分野には可能性が溢れていると思うんです。「ウォークマン」でCDって一気に普及したじゃないですか。それと同じように、iPod等のポータブル・オーディオ・プレーヤーで配信が普及したので、今度はそのポータブル・オーディオ・プレーヤーで高音質が聴けるようになれば良いと思うのは、とても自然な流れだと思うのです。OTOTOYが多くのアルバムを高音質で配信したって、ミュージシャンが多くのアルバムを高音質で作ったって、実はメイカー側にも頑張っていただかないと、相乗的に発展はしないから。AK100を世武さんが購入したら、頻繁に使いたいと思いますか?
世武 : それは使います(笑)っていうか、多分ミュージシャンは全然こっちの方が良いって言うと思いますよ。だって私、今i Phoneで音楽を聴いてますけど、メモリ食ってでも、せめてwavで聴きたいと思いますもん。やっぱりmp3ではちょっとって思うから。というのも、mp3でずっと聴いてると疲れてしまうんです。今や、打ち込みで誰でも作れるじゃないですか? ピアノの音も鳴らせるし。でも、自分でMIDIで打ち込んでるとすごく思うんですけど、指先の微妙なタッチって全然出ないですよ。もちろんめちゃくちゃお金があって、すごいソフトを持っていて、使いこなせる人はいいのかもしれないですけど、何で音楽は今までずっと残ってきたのかと言うと、それは表現だからじゃないですか? だから、mp3まで落としてべたべたしちゃうと長時間聴けないみたいな状態になるのは、喜ばしいことじゃないんです。それは、打ち込みだけで作った音楽にも同じ事が言えると思いますけど。
――そうですよね。このAK100って、実は高音質で聴けるから、ミックスした録音データをそのまま入れて帰りの電車で聴けるんですよね。なんかそれって凄い時代になったなって思う。
世武 : 確かに。それはまさに一週間前にあったらめっちゃ良かったなあって思いますね(笑)。
何やこれみたいな。止めました(笑)。
世武裕子の「アデュー世界戦争」を高音質の「WAV 24bit/48kHz ver.」と「mp3 320kbps ver.」で聴く
――じゃあ今度は、世武さんの曲「アデュー世界戦争」を入れてきたので、一度聴いてみてください。
(「mp3 320kbps ver.」すぐに音を止める)
世武 : もうねぇ、既に超残念なんですよね。何やこれ、みたいな。止めました(笑)。
(「WAV 24bit/48kHz ver.」を聴く)
世武 : なるほど。さすがに自分のやつだといろいろわかりますね(笑)。これホールで録ってるんですよ。やっぱりピアノって一番、「ちゃうやん」ってなるんです。例えばリハでホールで演奏してるじゃないですか? その時って完全に生の状態で演奏してて、音楽が空気の中でうねる。でも録ってみてヘッドホンをつけた瞬間に「え?、何で?」ってなるんです。「全然聴こえているのとちゃうやん」って。自分のピアノ演奏は、強弱の幅があるから。で、ホールのピアノってやっぱりクラシックな曲がすごい弾かれているので、やっぱりクラシックの響きがするんですよね。でも後ろで聴くといつも、ああ、別の生き物になってしまったなぁって悲しくなる。「どうしたらCDで自分の表現の部分を聴いてもらえるの?」って思っています。
――さらにmp3で伝わってしまっているのは辛いですよね。
世武 : mp3でなんか伝わってないと思ってるから、せめてwavで聴いてほしい、と願っています。mp3で「世武さんのピアノ奥深いです」なんて言われても、嬉しいけれども、いや、違うんです... って(笑)。だから逆に言うとすごい気になってるのが、『アデュー世界戦争』って結構抑制してる部分が多いんですよ。それはあえてやってるんです。いつも1分くらいで盛り上がる所までいって、みたいなのに皆慣れてるから、そういうのじゃない音楽もあるっていうのを言いたくてやってたんですけど、mp3でべたーってしてるのばかり聴いてると、早くして! って思われてるんじゃないかって。
――なるほど。
世武 : 強弱の弱い所って、それは緊張感と集中力なんですよね。でも、mp3だとそんなに静かじゃないわけです。だから、いざライヴをすると、みんな静かな所に慣れていなくて、静かな部分が長いみたいになってしまう。弾く自分も葛藤する。ずっとホールで演奏してきたから、そうじゃない世界に困惑するというか。だから自然と連打したりだとか指の速い曲をライヴのセットリストに選んでしまって、そういう静かな所を根詰めて聴いてもらおうみたいなのが、自分でもやりにくくなってしまうスパイラルにはまってしまっていた時期もありました。
多様性の受け入れが全てやと思います
――そうなんですね。いつか世武さんのピアノが表現仕切れる音質で聴かれるようになって欲しいですね。次の作品はどんな感じになりそうですか?
世武 : 5曲とも歌もののEPをリリースします。しかもそのうち1曲は、ものすごく「ザ・シンガー・ソング・ライティングやってる女の子」みたいな曲もあるんです(笑)。自分なりに、ね。
――自分の中で満足いくものが創れましたか?
世武 : 毎日毎日、曲を書いては駄目って言われる日々でしたね。何度もトライして、それで12月31日にも曲を書いていました。でもギリギリで作った曲がずっと駄目って言われたのに「なんかこれいいんじゃない?」って返ってきたときは感動しちゃいました。意外と数分で作った曲とかの方が良かったりとか…。そんなことしてたら2013年になってた。
――超期待ですね。昨日ずっと『アデュー世界戦争』を聴いてて、素晴らしい作品だと改めて思いました。何でこんな展開を考えるのかな、この人は(笑)って。だからこそ、歌もの作品もすごい聴いてみたいですね。
世武 : 低予算ながらにかなり良い出来だと思います。はじめはレコーディングが大変だったんですけど、途中からスタッフが増えて、スケジュールは地獄ですけど、結構楽しかった事しか分からへんって感じ。
――新しい5曲にコンセプトはある? 歌ものである以外に。
世武 : 今の自分をパッケージしてるみたいな作品です。『アデュー世界戦争』は、難しい作品なので、やっぱり時間をかけて少しずつ聴いてもらえたらなって考えてるんです。アーティストの世武裕子として100%さらけ出して作らないと、と思って作ったんですよ。その後考えたら、アーティストじゃなく人として素の自分がどうかって言われると、皆が『アデュー世界戦争』を聴いて感じる所とは、表面的には全然違うと思うんです。それは多分ライヴでMCしたら「こんな人やったんか」って言われるのと一緒。今回は、そこをパッケージにしてみたいって思ったんですよね。歌はアーティストの世武裕子じゃなくて、自分の素のさらけ出しみたいなことの挑戦の第一歩というか。それが今までのファンの方にとって聴きたいものじゃないのかもしれんけど、やってみたいと思ったんです。
――じゃあ、今回の5曲を作って世武さん自身も考え方が変わったんですね?
世武 : 結構、楽になりました。まだスタート・ラインなのでもっといい曲を書きたいとは思いますけれど。
――最後に、音楽がすごい時代に突入してるじゃないですか。CDが売れないって言われているのに、アイドルの握手券でCDの売り上げが上がったり。大変な事になりつつありますが、世武さんは音楽産業がどんな風になってほしいと思いますか?
世武 : うーん。音楽だけじゃないと思うけど、多様性の受け入れが全てやと思います。それだけで政治も変わるし、世の中も変わるし、音楽も変わって、全部変わると思いますね。
――多様性の受け入れですか?
世武 : そう。と言っても自分も出来てない事はいっぱいあるけれど、違うことを良しとするというか。誰々が言ったからこう、とかちょっと不安だからこう、じゃなくて自分がいいと思えばそれでいいし、そのいいと思う為の判断を自分がする。もっと好き嫌いを言っていいというか。今とかってグローバルって言ってる割にはどんどん集団行動になって、ぶっちゃけが良しとされたら、今度は逆に何でもありという名の結局同じ集団意識、みたいなのに落とし込まれて。すごい気持ち悪いと思ってる。それが私は多分アイドルに反映されてると思うんですよね。ただ、皆がすごい良いっていうと、理解しようと思って聴いてはみるんですよ。そういうミーハーな物が嫌いかといえば、面白ければ好き。でも、そこにはユーモアがないと、個人的には惹かれないですね。やっぱり人種が少ないじゃないですか、日本って島国やし。そこが一番気になってます。つまり音楽も政治も一緒だねって事です。
――海外に行ってましたもんね? もうちょっと個人主義ですもんね?
世武 : フランスなんてとっくにCDなんか売れてないんですよ。だけど知り合いで、すごい平たい言い方すると、別にそんなにすごくないミュージシャンとかでも全然食べてる。バイトなんてほとんどしてる人みない。けど日本のミュージシャンて「ミュージシャンていっても、ほとんどの時間はバイトしてるやん!」みたいな。私もだからと言って同じような感じですけれど(笑)、「何で食べてけるの?」ってきいたら、向こうは「逆に、どういう構造でCDだけ売って食べていけるの? 」みたいに返ってくる。だから、本来ライヴという表現の時代が日本にもようやく来るだろうと思うし、そういう時代が来たらいいなと思いますね。自分自身も、やっぱりライヴだと思っているから。
→ハイレゾ音源集
世武裕子 配信音源
世武裕子 / アデュー世界戦争(HQD Ver.)
2012年にリリースされた、世武裕子のオリジナル・フル・アルバム。エンジニアにMr.Children、m-flo、TERIYAKI BOYZ、坂本真綾、カニエ・ウエストらを手がける関根青磁を迎え、フランスの弦楽団「アルタセルセ」のメンバーであるPetr Ruzka(violin)、Marco Massera(viola)が弦楽器メンバーとして参加するなど、世界を視野に入れた意欲作!!
世武裕子 / リリー
2010年にリリースされた2ndアルバム。本作は、全曲の作詞/作曲を自身で担当したセルフ・プロデュース作品で、ヴォーカル曲を中心に収録。レコーディングは、ロック・バンドCHAINSのラリー藤本(Ba)、伊藤拓史(Dr)のリズム隊を迎えた、初のバンド形態で敢行。ロック~民族音楽~クラシックなど幅広い音楽趣向を見事に昇華した、ポップ・アルバムです。
世武裕子 / おうちはどこ?
2008年にリリースされた1stアルバム。アカデミー賞作品も手掛ける作曲家ガブリエル・ヤレドが賞賛し、くるりの二人がその類まれなる才能に惚れ込み、即刻自身のレーベルからのリリースを決めたという世武裕子のデビュー作。作り込まれた楽曲は繊細で瑞々しく、彼女の感性が、強く、鮮やかに表現されている。
世武裕子 LIVE SCHEDULE
フリージアとショコラ
2013年2月8日(金)@渋谷7th Floor
w/蜜、チーナ
PROFILE
世武裕子
今村昌平の『楢山節考』、ブレッソンの『スリ』がカンヌを賑わせ、みんながフラッシュダンスの振り付けに切磋琢磨した年、滋賀県に生まれる。あだ名、せぶまる。幼少の頃より、プーランク、ストラヴィンスキー、民俗音楽などを好んで聴く。小学生の時に観た『ジュラシック・パーク』のジョン・ウィリアムズに感銘を受け、映画音楽作曲家を目指すようになる。高校生の時に観た『ベティ・ブルー』のガブリエル・ヤレドに衝撃を受け、フランスへ留学する。パリでは映画音楽の作曲に加え、映画・演劇のアトリエにも通う。現在、東京在住。