2年振りとなる新作アルバム「アデュー世界戦争」が遂にリリース!
前作「リリー」以来、約2年3カ月ぶりとなる世武裕子のオリジナル・フル・アルバムが完成!! エンジニアにMr.Children、m-flo、TERIYAKI BOYZ、坂本真綾、カニエ・ウエストらを手がける関根青磁を迎え、フランスの弦楽団「アルタセルセ」のメンバーであるPetr Ruzka(violin)、Marco Massera(viola)が弦楽器メンバーとして参加するなど、世界を視野に入れた意欲作です!! 世武裕子の世界をHQD(24bit/48kHzのWAV)で、じっくりご堪能ください。
世武裕子 / アデュー世界戦争
【収録曲】
1. ウィンブルドン世界選手権 / 2. ニューヨークと呼ばれた場所 / 3. 台湾人と一杯のお茶 / 4. 故郷 / 5. 君に / 6. サッドナイト・ダンス / 7. アデュー世界戦争 / 8. 伝説のトリプルプレイ / 9. 75002
【販売形式】
HQD(24bit/48kHzのWAV) / mp3
世武裕子 INTERVIEW
これはびっくり。というか、もしかすると肩透かしを喰らう人も少なからずいるんじゃないだろうか。前作『リリー』までの変遷を踏まえて、世武裕子に対して、現代音楽における若き才能、あるいはそうした素養をポップスのフィールドにも広げる旗手という印象を抱いていた人にとって、『アデュー 世界戦争』は、まさに予期せぬ展開を告げる作品となった。同時に、本作はこれまでになく彼女の作家性が端的に表れた作品でもあって、その発想とスキルは過去作以上の豊かさをもって全編に収められている。その展開の早さには息を呑むばかりだ。前作でフィーチャーされたヴォーカル・トラックが今回は1曲のみとなったのも、彼女の音楽的な指向性がこれまでになく開陳された結果と捉えてよさそうだ。それにしても、どういう経緯で彼女は前作『リリー』から今回の作風に至ったのだろう。ということで、本人に話を伺ってきた。
インタビュー&文 : 渡辺裕也
私の中で今回のアルバムはギャグ満載だと思っているんです
――新しいアーティスト写真を見ました。かなりイメージが変わりましたね。
(笑)。まあ、これはメイクさんの力もあるし、なによりも喋ってないっていうのが大きいですね(笑)。私、しゃべると素を見せすぎるタイプで。しかも、自分でそういう部分を見せておいてなんなんですけど、写真とかでそこはあまり見せたくないんですよ(笑)。
――今回の作品と照らし合わせても、なんとなく世武さんがこれまでのアーティスト・イメージを意識的に作り変えようとしてるんじゃないかと思いました。少なくとも前作の延長線上にある作品ではないような気がして。
確かにそれはそうで。『リリー』はちょっとみんなに共感してもらいやすそうな雰囲気を研究していたところがあったんです。でも、それだとやっぱり少し窮屈に感じる部分があって、好きなようにやりたいなと思って。とはいえ、ここまでド直球で好きなことばかりをやってきたわけでもなかったので、ちょっとした軌道修正をしたかったんですよね。でも、アーティストとしてのイメージって一度ついてしまうと、なかなかそこから離れられなくなってしまうんですよね。たとえば、シンガー・ソング・ライターと言われてしまったら、周囲からはそういう認識になってしまうみたいに。そういうところを変えるのはなかなか大変で。
――その世武さんにとってのド直球とは、本来どういうものだったのでしょう。
たとえば1作目(『おうちはどこ?』)の時は、自分がやりたい音楽をやりつつも「人が聴きやすい音楽ってこんな感じかな?」と考えながら作っていたところがあって。結果的には自分のド直球とはちょっと違う、柔らかい形になったんです。2枚目に関してもそれはそうで。で、自分のド直球っていうのは、もっと土的というか。ヒールを履いて可愛く着飾ったシティ風ではなく、もっと山を駆け抜けている感じなんですよね(笑)。そこをもっと音で出していきたいと思うようになって。その割に私はこういうフォーマットでやっているので、雰囲気はアカデミックな感じに聴こえるのかもしれないですけど、私の中で今回のアルバムはギャグ満載だと思っているんです。
――この『アデュー世界戦争』というタイトルにも、そういうギャグ的な含みがあるのでしょうか。たしか「アデュー」って、フランス語で「さらば」みたいなことですよね。
そうですね。私はフランスで卒業してきて今に至る、みたいな経歴で見られてきて、実際にその通りなんですけど、日本で一般的に考えられているフランスやパリのお洒落なイメージが自分について回ると、ちょっと微妙な気持ちになるところもあって。だから、私はそこをギャグにしたかったんです。ちなみにこの「アデュー」っていう言葉は、「さよなら」だけでなく、もっと深い意味もあって。
――ちょっとだけ調べてきたんですけど、直訳すると「神(dieu)の御許で(a)」となるそうですね。
そうそう。だから「永遠にあなたとはおさらばよ」みたいな、ちょっと「ファックユー」に近い使われ方をする場合もあって。基本的には、よほど仲違いしている相手くらいにしかこの言葉は使わないんです。で、この世界戦争というのは、それこそ隣町との争いや1対1の喧嘩から、まさに世界規模の戦争までのすべてを指していて。つまり、自分が社会に対しておかしいと思っていることに向けて「そういうの、もうええやん」みたいな感じをアイロニカルに表したんです。今も昔も日本の傾向として、出る杭は打たれるみたいなところがあるじゃないですか。自分が理解できないことに対する拒否感がものすごく強いというか。私はそれにすごく憤っていて。そういう、どうでもいい争いからさっさと脱出したかったんです。
――今回はそれをアルバム単位で表現したかったということ?
作品のコンセプトみたいなものは特にないですよ。私は、もともとひとつの要素を熟考して曲にしていくタイプじゃなくて、曲が1度でてきたら、その何時間かのうちにすべて書き上げないとダメなんです。たとえば、ピアノのリフひとつを基に時間をかけて曲を書くようなことはしない。つまり、どの曲もぱっとでてきたものをそのまま形にしているので、ひとつひとつには何もつながりがないんですけど、どの曲にも自分なりのギャグを入れようという決まりだけはあって。それは今回のアルバムですごく意識していたし、これから作る音楽もずっとそうしていきたいと思っています。そういう音楽を人に提供し続けるアーティストになろうということは、自分でもようやく最近になって見えてきたもので。
――世武さんから見てそれを実践しているアーティストは他に誰がいますか。
The Bad Plusかな。あの人たちの音楽は、もうすべてがギャグというか(笑)。聴いてる間の私はもうずっと大爆笑ですよ。実は私、『リリー』の時もそういうギャグがやりたいという気持ちがすごくあったんですけど、あの時は歌詞も書くことになったから、そこに自分なりのギャグを入れてみたんです。でも、言葉でわかりやすくギャグるって、それほど高度なことじゃないというか、単純にあんまり面白くないなと思っちゃって(笑)。もっとわかりにくい形でやりたくなったんですよね。そう考えるとThe Bad Plusは最高のギャグをかますアーティストですね。
最後の最後で「別にそんな深いものはありません」って(笑)
――世武さんはストラヴィンスキーが好きだと公言されていますよね。もしかするとそれも今の話と通じるものがあるんでしょうか。
ストラヴィンスキーと自分を比べるなんて恐れ多いけど、あの人の音楽にも蠢く土の感じがするし、確かにギャグもあると思う。あんなにすごい曲を書いてるのに、どこかで「プーッ!」となるというか(笑)。それでいて、野球観戦している時みたいな単純なワクワク感もあるし。そことテクニカルな部分とのバランス感覚もすごくエキサイティングで。そういう意味でプーランクも好きですね。いわゆる明るくて楽しい曲とは違うんですけど。そういう音楽って必要だと思うから、私はそういうものがやりたい。
――たとえば悲しみとかのウェットな感情を音楽で表現される方もいますけど、世武さんの場合はどうですか。
曲を作っている時って、めちゃくちゃ真面目に神経をすり減らしている主観的な自分と、それをちょっと邪魔するというか、いたずらをしかけようとする自分がぱっきりと分かれているんですよ。エモーショナルで客観性ゼロの自分と、逆に客観性だけの自分。曲を作っているときは、そのふたりが脳内を覗くと見えるくらいにやり合ってて、それが面白いんです。
――そのふたつは共存できるものなんですか。交互に現れるわけではない?
同時ですね。しかも、物理的にちょっと違うところにいる。私自身はどちらかというと主観側にいるんだけど、客観側の人がいろいろとケチをつけてくるんですよ。「楽しいなぁ」ってなってる時に、「そんな真面目なことばっかりやってないで、もっと面白いことやれよ」と言われて「じゃあやらな」みたいな感じで、どんどん相手にインスピレーションを与えていくみたいなやりとりですね。
――では、作品と関わる外部の方についてはどうでしょう。たとえばエンジニアの関根青磁さんは、ヒップ・ホップの作品なども多く手がけている方ですよね。もしかすると世武さん自身のアングルからは出てこない客観性を作品に取り入れようという意識もあったのかなと思ったんですが。
それは特に考えてなかったですね(笑)。実は私、音がどうとかはあんまりわかっていなくて、どちらかというと人として好きだからやってもらいたいとかの方が大きいんです。それに私は基本的になんでも自分でやりたがるので、そこに3人目はあまりいらないんです。バランスが崩れてきちゃうし、私自身に音の好き嫌いがはっきりとあるから、そこで3つ目の意見がでてくると、けっこう大変になるというか。ただ、自分で作ったものを一緒に演奏することに関しては、もうウェルカムですね(笑)。
――最近はCM音楽を手がけたり、職業作曲家としても活動されていますよね。その時はその主観と客観の比率もまた変わってくるんじゃないですか。
その時は両方とも登場しないです(笑)。CM音楽を作っているときは、そのCMのためだけに作ってるから自分の意見なんて関係なくて。その画面が何を欲しているのかを知ることが大事で、それを音にすることしか考えてない。よっぽどめちゃくちゃな映像でもない限り、求められるものは必ず何かあるんですよ。むしろまったく何も呼び起こさない映像の方が珍しいと思います。あと、私は映画音楽がやりたいと思っているんです。だから、そういう仕事はすべて勉強になるし、将来の糧になるはずだから。それに、自分の音楽と映像音楽はそもそもまったく別モノで。自分の曲も、歌があるものとそうじゃないものでは全然作り方が違います。歌モノに関しては、やっぱり自分の技術がないから、すごく勉強してる感じはあります。たとえば歌詞を書くことに関して言えば、私は自信もそんなにないし、それに関する自分の能力がどの程度かっていうのもなんとなくわかるんです。そうなってくると、すごい勉強感が出てくる。
――では、今回のアルバムにひとつだけ歌のある曲を入れることにしたのはなぜだったのでしょう。
なんの情報もないまま、最後に突然歌モノが入ってきたら「え、今までの流れはなんやったん?」ってなるじゃないですか。そのためだけに入れたというか(笑)。「世界戦争」という言葉の引っかかりから、みんないろいろと想像してくれると思うんですけど、最後の最後で「別にそんな深いものはありません」って(笑)。今まで私の音楽はアカデミックと言われてきたし、どっちかというと心より頭で作ってるように思われがちなんですけど、実際は逆でまったく理論派じゃないし、そういうところをみんなに知ってほしかった。勘違いを解きたいという気持ちもちょっとあったんです。
絶対間違えたらいけないようなシチュエーションで演奏する緊張感も好きなんです
――歌詞はフランス語と英語が混ざっていますね。
それも思いついたからやっただけで。英語もめちゃくちゃフランス語訛りなんですけど、それも自分がしゃべれるかどうかとか、発音がいいとか悪いとかはどうでもよくて。深い意味もまったくないんです。
――では、ステージ上でパフォーマンスする時はどういう意識で臨んでいるのでしょうか。
ライヴは好きです。でも私、小さい頃からコンクールばっかり出てたんですよ。で、コンクールはジャッジされるために人前で弾くじゃないですか。私はそれがすごく好きで。人にジャッジされるのも好きだし、絶対間違えたらいけないようなシチュエーションで演奏する緊張感も好きなんですよね。だから「ライヴもそういう緊張感があればもっと面白いのに」とはたまに思います(笑)。
――それはつまり、自分の楽曲や演奏を人から批評されたいという願望があるということ?
それはあります。私にはそういう思考回路がまったくないから、興味があるんです。私自身は好きな曲だったらただ聴くだけで、そこにどんな背景があろうと、聴いてワクワクすればそれだけでいいっていうタイプだから。音楽雑誌なんかに目を通すと、そういう作品の流れなんかが詳しく書いてあったりするじゃないですか。私にはそれがチンプンカンプンすぎて。
――それは世武さんからするとピントがずれているということ?
あ、まったくそうではなくて、むしろすごいなと思ってて。そういういろんなことを学術的にやっていくってすごいことだと思う。だって、それだけ広い興味がないとできないことじゃないですか。私は音大にも入れないし、楽理も何もわからなかったから。だからパリのエコールノルマル音楽院に行ったんです(笑)。
――たとえば学術的な部分で自分の音楽に不足しているものを強化しようと考えたことはないんでしょうか。
むしろなるべくそれはやりたくなくて。もちろんゼロの状態から自分にオリジナリティがあるなんて思ってないですよ。でも、たとえば私はストラヴィンスキーが大好きですけど、憧れてもそれにはなりたいとは思わないし、むしろ違うことがやりたい。そういう意味で音楽を学ぶことに自分はあまり向いてなくて。やっぱり音大を受けようとなって、緑本やら赤本やらを一通りやらされることになった時も、私にはもう1ページ目から意味不明で(笑)。設問の意味すらわからないんです。譜面に和声をつけなさいっていう問題を見ても、「そんなの、何千通りもあるのにどうすれば答えが出せるの?」って。そのはじめの段階で1年くらいかかってしまって、最終的には先生から次の問題に進んでもたぶん同じだと思うと言われて。私も「もうええわ」って(笑)。
「これ以上わかりやすくするにはどうすればいいの?」って感じだった
――話が戻っちゃいますけど、世武さんが音楽をつくるにあたって、見本となる存在は特になかったということ?
ないですね。曲を書いたり演奏するのって、いわば架空の街で行われているようなことだから、現実の世界で起こっている様々なことは関係ないんです。で、その架空のなかで突き詰める作業っていうのが私にとっての勉強なんです。曲の様々な側面やカラーをもっと研ぎ澄ましたいっていう欲求はすごくあるんだけど、それが現実世界で言われている勉強なのかと言われると、それはまったく関係なくなるというか。ただ、最近になってオーケストレーションの勉強は学術的にしたいと思うようになって。なんのタイミングでそうなったのかは忘れたけど、ちょっと興味が湧いたんですよね。
――それって世武さんにとってすごく大きな変化なんじゃないですか。
そうですよね(笑)。
――それは今回のアルバムを作ったことも影響してるんでしょうか。
それはちょっとあるのかもしれない。私、どんな職業でも裏付けされた技術って大切だと思うんですよ。よく「ヘタクソだけど胸を打つ演奏」みたいな言われ方をする音楽がありますよね? 私はそういうものには限界があると思っていて。少なくとも私はそうなりたくないし、もっと技術を高めることによって、さらにいい作品がつくれるんじゃないかと思っていて。つまりそこもギャグですね。そういう音楽の面白さって、やっぱり確信犯で狙うからこそのものだと思うんです。しかもそれって才能の問題じゃない。技術が足りなかったら練習すればいいだけのことだから。
――確かに、いわゆるポップスにはそういう技術面の稚拙さを許容しすぎてる部分があるかもしれませんね。でも、そういう意識を高くもって音楽に臨んでいると、ちょっと疎外感や孤独感を感じる時もあるんじゃないでしょうか。
ちょっとどころじゃないですよ(笑)。1枚目のアルバムであれだけわかりやすく作ったつもりなのに、それもすごく高尚だとか言われて。「これ以上わかりやすくするにはどうすればいいの?」って感じだった。
――となると、やっぱり今回のギャグもちゃんと伝わるか不安ではある?
そうですね(笑)。だから、せめてジャケットはパロディ感を出そうと思って。この絵は、音楽の父であるバッハが先頭を歩くはずなんだけど、あとの人たちがだれも彼のことを見てないっていう(笑)。「こっち行こう」と言ってるのに誰も話を聞いてないし、しかもバッハの連れている犬がすごく見窄らしくて。バッハも含めて、ここに書いてあるアーティストはみんな私が大尊敬している人たちなんです。でも、こういうしょうもない感じがいいなと思って。ちなみにこれがベートーヴェンで、これがストラヴィンスキー。これがプーランク。で、私です(笑)。
――あ、一番うしろは世武さんだったのか!
(笑)。ジャケットの他のページにはこれ以外にもしょうもないギャグがたくさんあるんですよ。
――でも、これまでのイメージを払拭しようとなると、世武さんにとってフランスとのつながりは必ずしもプラスに働くわけではないんですね。同時に、フランスやパリは世武さんのバックグラウンドとして欠かせないものでもあるし。
自分の音楽の性質を考えると、実は私ってあまりパリに向いてないんじゃないかと思ってて。というのも、たとえばパリってすごく伝統を重んじる上に、技術よりもその人の持っている味をよしとするところがあって。フランス人のそういう価値観を考えると、自分が音楽をやる上では、実はベルリンとかニューヨークとかの方が合うのかなと思う時もあるんです。それでもフランスにこだわっているひとつの理由は、フランス映画なんですよね。映画文化としてのフランスはすごく大きいし、そこを考えると、やっぱりパリは常に気になるんです。
――理想の映画音楽をつくることに向けて世武さんは邁進しているわけですよね。その目標に向けて、今の世武さんは何合目辺りにいるんでしょう。
めっちゃ駆け足だけど、まだ1合目にもたどり着いてないんじゃないかな。登ってはちょっと落ちての繰り返しというか。わたしは(ミヒャエル・)ハネケとか、(フランソワ・)トリュフォーみたいな、映画史に残るべき監督たちの作品に匹敵するレベルの音楽をやりたいんです。いい作品を撮った監督は山ほどいるけど、映画史に残る人ってやっぱりちょっと違うんですよね。気を衒ったものじゃなく、もっと根付いた衝撃を与えられる人。そういう才能がある人と私は一緒に仕事がしたい。そう考えると自分はまだ1合どころじゃないなって。実はちょうど今、廣木隆一監督の映画音楽をやらせてもらってるんです。
――すごい! それでも1合目なんですか。
でもこれはとても大きな1合で。この生きているうちにたどり着けるかわからない山の頂に向かって、ここまで登らせてもらえたのはホントにすごいことで。まだ録音も終わってないですけど(笑)。あと、音楽プロデューサーの北原京子さんという方がいるんですけど、彼女はわたしのなかでは矢野顕子さんに並ぶ大尊敬する方なんです。そういう人たちとの出会いも自分をもっと高めていきたいと思うきっかけになりました。尊敬できる同性の存在は心強いですね。
LIVE SCHEDULE
世武裕子「アデュー世界戦争」9回裏、ノーアウト満塁からの伝説のトリプルプレイ・ツアー
2012年7月7日(土) @広島 音楽喫茶ヲルガン座
2012年7月8日(日) @岡山 城下公会堂
2012年7月19日(木) @神奈川 THUMBS UP
2012年8月18日(土) @東京 JZ Brat
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PROFILE
今村昌平の『楢山節考』、ブレッソンの『スリ』がカンヌを賑わせ、みんながフラッシュダンスの振り付けに切磋琢磨した年、滋賀県に生まれる。あだ名、せぶまる。幼少の頃より、プーランク、ストラヴィンスキー、民俗音楽などを好んで聴く。小学生の時に観た『ジュラシック・パーク』のジョン・ウィリアムズに感銘を受け、映画音楽作曲家を目指すようになる。高校生の時に観た『ベティ・ブルー』のガブリエル・ヤレドに衝撃を受け、フランスへ留学する。パリでは映画音楽の作曲に加え、映画・演劇のアトリエにも通う。現在、東京在住。
最も好きな映画人 : ミヒャエル・ハネケ 他
好きなチーム : 広島カープ
好きな色 : みどり!