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次は俺達の番だぜ
嬉しい誤算とはまさにこの事。恐らく肩の力を抜いた企画モノ的なノリだろうという筆者の予想は見事に大はずれ。まさかこれほどに濃密で、明確な言葉を持った作品になるとは。ライヴ会場限定でリリースされるの新作『そんな印象ガール』は、現在の彼女をはっきりとリプリゼントした、紛う事なき力作だ。
まず驚かされるのが1曲1曲の振り幅の広さ。緻密なエレクトロニカから、ちょっとパロディ風のロックンロールまで、似通ったトラックはひとつもない。プログラミングを主体としながらも全体の印象としては有機的でかなりグルーヴィだ。そして何より歌詞がいい。遊び心を交えたストーリーの中には、先達がこれまで担ってきたものを自ら引き受けていこうという強い意志が確かに宿っている。詳しくは以下のインタビューを読んで頂きたいのだが、松崎の作品を聴いて、ここまで彼女を頼もしく感じたのはもしかすると初めてかもしれない。
前途したように、この作品はライヴ会場でしか手に入らないのだが、今回は会場に足を運べない人の為に、本サイトで2曲提供させてもらえることになった(どの曲になるのかはこの原稿を書いている現時点で不明)。でもね、これは親切なようでちょっと意地悪かもしれないなー。だってどの曲も出色の出来なだけに、結局は全曲通して聴きたくなって地団駄踏む事になっちゃうよ。なのでもしお近くの会場に彼女がやってきたら、迷いなく駆け付けてこの『そんな印象ガール』を手に入れてください。待ってても向こうからはやってこないよ。あぁ、もうここにはいたくない!
インタビュー & 文 : 渡辺裕也
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INTERVIEW
—なんでまたこういう変則的なリリースになったんですか?
松崎 : 久々にワンマン・ライヴがあるから、その日に何か用意出来たら嬉しいかなーと思って。あと、ずっと宅録で何か作りたいと思っていたから、今回のワンマンがいいきっかけになったというか。でもね、スケジュールに合わせて音楽を作るのが久しぶりだったから、本当に大変だった(笑)。
—ブログに「今回は超個人的趣味趣向で作る」と書いてたから、ためていたアイデアを割とラフな感じで出すのかなーと、何となく予想していたんですけど。
松崎 : そのつもりだったんですけどね。最初は『ジャンル』っていうタイトルにして、曲名もロックとかジャズとかファンクみたいな感じでいこうと思ってたの(笑)。でもやってるうちに「今普通にライヴでやっている曲をちゃんと録った方がいいかな」と思い直し始めて。私、曲を作るペースがけっこう早いから、常にストックが50曲位あるんです。その中からちゃんと出そうと思って計画を変更しました(笑)。
—聴いてまずすぐに“風の便り”の歌詞が引っ掛かりました。「エンガチョ」って言葉、久々に聞きましたよ。
松崎 : でしょ(笑)。でも確かに最近「エンガチョ」って言わないね。言葉遊びがしたいなっていうのはありました。だからこの曲は歌詞から作った。「ガガンボ」は気になった?
—気になった(笑)。「ガガンボ」ってなに?
松崎 : え、知らないの!? 小学校のトイレとかによくいた、足が長くてでっかい蚊みたいなやつだよ。
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—カマドウマの事かな。
松崎 : え、カマドウマ(笑)!?
—俺はそう呼んでましたけど(後で調べてみたらまったく違う生き物でした)。壁一面にくっ付いてたりする気持ち悪いやつでしょ?
松崎 : そうそう、不快だよねー。そんな感じで、子供の時によく言ってた言葉を使いたくなったんだよね。「2塁打」もそう。
—2塁打を打つ時って大体かっこいいですよね。
松崎 : そう! 「スコーン! 」っていくじゃん。打球もライナーで早いじゃん。
—しかも基本的に全力疾走でしょ。
松崎 : わかってるなー(笑)。意外とホームランよりかっこよかったりするんだよ。じゃあ「エンガチョ」は使ってた? こういうのって地域によって全然違ったりするから面白いよね。そういう辞典あったらいいのに。あ、じゃあライヴの時は、その地域に合わせて「エンガチョ」と「ガガンボ」のところだけ変えていこうかな(笑)。でも、実際はそんな遊んだ感じばかりではなくて、まともに作ったんですよ。まともっていうのもおかしいけど(笑)。元々は湯浅篤君と二人で作ってみたいと思って始めた作品で。彼の家でひたすら宅録していこうと思ってたんです。でもやってるうちに「あーここはこの人に弾いてほしいねー」みたいな話が出てきて。そんな事をやってるうちに結局いつもと録音方法が変わらなくなってきちゃった(笑)。だから結果的には今までとそんなに変わらないんです。
—変わらないどころか、もしかするといつも以上に切迫感がある作品にも聴こえたんですけど。
松崎 : 確かに焦って作ってたからね(笑)。元々はほとんど打ち込みでやろうと思ってたの。でもだんだん作ってるうちに「ライヴの感じもうまく出したい」とか、結局は曲によってそれぞれ追求し始めちゃって。
—どれ位の期間で録ったんですか?
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松崎 : のべ10日くらいですね。ワンマンが決まってからすぐ「作るぞ」ってなったんだけど、そのプログラマーの湯浅君に7月末までは一段落出来ないと言われて、これはやばいと(笑)。最初は海外でプレスをお願いするつもりだったんだけど、それだと遅くても1か月前に録り終わってないと間に合わなくて、結局は国内でお願いする事になったんです。ジャケットはキン・シオタニさんという絵描きさんにお願いしました。まだ出来てなかったので、前のCDを聴いて頂いて、『そんな印象ガール』というタイトルになるとだけお伝えして描いてもらったんです。そしたら「サーカスを目指している印象ガール」をイメージして描いてくれたみたいで(笑)
—『そんな印象ガール』というタイトルがまた気になるんですけど、これ、どういうことですか?
松崎 : いやー、意味っていう意味はないんですけどね。指摘されて知ったんですけど、どうやら私は「そんな印象があるんだよね」というのが口癖らしくて。で、これに決めた(笑)。
—繰り返し聴きながら、何となく思ったのが、どの曲にも「今いる場所とは違うところに行きたい」みたいな言葉が出てくるなぁと。
松崎 : 確かにそうかも。出来上がって曲順に聴いてみたら「今回は戦争から帰ってこれなかった人の話だな」と思って。完全に後付けなんですけど(笑)。最初の曲で戦争から帰ってこれなかった人の事を女の子が話してて、その後は死に向かっていくようなイメージがあって。いや、死というよりは生なのかな。死から生なのか、生から死なのかはちょっとわからないけど、とにかく客観的に聴いてみた時にそんな印象が出てきたんですよ。別に作っている時に戦争の事を考えていた訳ではないんですけど、最初の曲に「ドーン、ドーン」っていう音を入れた時に「なんか兵隊さんみたいだなー」とは思って、そんな流れで聴いてみたら「これ戦争っぽいな」と思ったっていう、ただそれだけなんだけど(笑)。
—でも確かに、曲中の主人公が駆け回ってるイメージはありました。
松崎 : うん。でも曲順もそんなに考え込んで決めた訳ではないんです。でも最後が“きよし、この夜”っていうのだけは決めてた。
—“風の便り”で始まって“きよし、この夜”で終わるところにとてもストーリーを感じました。最後に救われる感じがありましたね。
松崎 : よかった(笑)。“きよし、この夜”は亡くなった私の恩師のために作ったんです。誰かわかるかもしんないけど。
—あ!
松崎 : わかった(笑)? その人のおかげで私はギターを始めたの。その人からギターを貸してもらったり、教えてもらったりしたから。いい音を知るのが大事なんだって事を教えてくれた。あの人は音楽を一生懸命やってる人みんなに優しいから、何かを与えてもらった人はたくさんいるんだけど、私もその一人なんだ。本当にすごいんだよ。適当なのか一生懸命なのかもわからないというか。とにかく面白い事が好きな人で、いつも「クククク」って腹を抱えて笑ってる感じなの。だからねぇ……。「人って死んじゃうんだなぁ」って思っちゃったよ。亡くなるっていうのがイメージ出来ない人だったから。だから、なんか世代交代を感じたの。ヒーローが死んだわけでしょ? 次は自分の番だってみんな自覚しないといけないなって。だからそういうお話を作ろうと思ったの。
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—素晴らしい。
松崎 : 音楽だけじゃなくて、どんな職業でも20代、30代はもっと頑張らなきゃいけない気はしますね。私はライヴをやったりCDを出したりしか出来ないけど、何が言いたくて何がしたいのかっていうのをもっと明確にして形あるものにしていきたいんですよね。そういうのを意識したから、今回も軽い感じの作品にならなかったのかもしれない(笑)。
—最高じゃないですか。松崎さんは引き受けようと思っちゃったんだから。それはやらないと!
松崎 : (笑)うん。一人の力じゃどうしようもないけど、みんながそういう気持ちになっていけばいろいろ変わってくると思うんだ。私やっぱり日本が好きなんだよね。
—その“きよし、この夜”で「ロックンロール・スター」と歌ってますよね。松崎さんはロックンロールっていう音楽をどういう風に捉えていらっしゃるんですか?
松崎 : 未知ですね。音楽っていろんな歴史の流れがあって、その中でいろんなジャンルが出てきた訳でしょ。でもその違いって実は大したものではなくて。だから「ロックやってるならブルースも知らないと」って言う人もいるし、いろんな見方もあるんだと思うんだけど、私は特に何も思っていないというのが正直なところですね。例えば、ジャズにはテーマがあってソロ回しがあって、またテーマに戻るっていう決まりみたいなものがある。でもそういう決まりがないジャズもきっとあるはずだと思ってね。それをなんて呼ぶのかはわからないんだけど。じゃあロックは、ブルースはって考え出すと、難しくてわからなくなる。
—何でそんな事を聞いたかっていうと、さっき話した「ここじゃないどこかに行きたい」っていう感じって、それこそロックンロールのフィーリングだと思ったからなんです。
松崎 : おー(笑)。なるほど、面白いねぇ。でも“きよし、この夜”に関してはね、別に「ロックンロール・スター」って言葉じゃなくてもよかったんだ。「みんなスターになれるぜ」って言いたかっただけだから。出てきたのがロックンロールっていう言葉だったから、曲調もあんな感じになったの。
—じゃあ、今作の楽曲のカラフルさっていうのは、松崎さんの関心事とかも反映されているんですか? 音楽的な事でもそれ以外でもいいんですけど。
松崎 : それはすごくあるよ。どの曲も作った時期はバラバラなんだけど、例えば“あけびの空”は、最近の若いバンドを観ているとよく耳にするコード進行があって、「こういうのが流行ってるのかなー」と思って。で、「私もやろう! 」と(笑)。結果的にはまったく違うコード進行になったんだけど、その印象だけが残ってて、雰囲気だけ真似してみたらこうなったの。私けっこう人から影響を受けて作った曲が多いんだ。“ただ残るイメージ”もそう。<ゴーバル>っていうハム屋さんで歌った事があるんだけど、そこの中学生くらいの息子さんが弾き語りで“さよならCOLOR”(SUPER BUTTER DOGの曲)を歌ってくれて、これがびっくりするくらい上手くてさ! 当時その原曲を知らなかったものだから「この子は天才だ」と思って、それに感化されて作った(笑)。
—“こう思う”は?
松崎 : 私の曲も含めてだけど、最近の曲は展開が劇的なものが多いなと思って。そうじゃなくてAメロからBメロ、サビに移る時のコード進行をもっとなだらかにできないかなーと思って作ったのがこの曲。今気づいたんだけど、今回ってギターで作った曲しか入ってないや。うわー、画期的(笑)。いつもはピアノで作ったものの方が多いんですよ。ギターが面白くなってきてからは、そっちの方が気楽になったんですよね。
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—じゃあ“流星に眠る子供”は?
松崎 : 流れ星を違う場所で3回程立て続けに見た時期があったんですよ。しかもどでかいやつ。あの大きさはすごかったよ。
—いつも上見て歩いてるんですか?
松崎 : そう。だからいつもつまずくんだけど、こけても上見上げたまんまだったりするからね(笑)。しかも、その流れ星が現れる時が、いつも同じ気持ちの時だったのね。家族の事を考えてる時。まあ偶然なんだけど、それが3回も重なると衝撃になるからね。これは何か作らなきゃいかんなと。
—なるほど。1曲毎にちゃんと背景があるんですねー。いいなぁ。今回のアルバム、僕は前作よりも好きなんです。だけどそれあんまり言っちゃいけないかなと思ってた。
松崎 : え、なんでなんで?
—だって「これは気楽に作ったやつだから、他の作品とは別物」って言われるのかと思ってたから。
松崎 : そうだよねぇ。いやー、思ってたよりがんばっちゃったよ(笑)
PROFILE
東京生まれ。'98年エピック・レコードよりデビュー。アルバム3枚、シングル9枚をリリース。
'03年タワーレコード限定 アルバム「FLOR TREM」をリリース。
'06年 M&Iカンパニーよりアルバム「Flower Source」リリース。
そのアルバムから、「川べりの家」がNHK総合 ドキュメント72hoursに、「hello,goodbye」が重松清原作の映画 ”きみの友だち”のテーマ・ソングになる。
'08年 M&Iカンパニーよりアルバム「気持ちバタフライ」リリース。
'08年、'09年 ARABAKI ROCK FESに出演。
椎名林檎、三宅伸治等、多数アーティストのアルバムに参加。
興味が湧いたらすぐ行動をモットーに、愛のある音楽をテーマに、全国で勢力的に活動中!
- 松崎ナオ website: http://www.matsuzakinao.com/
LIVE SHCEDULE
- 8/26(水)@高円寺 KOENJI HIGH
- 9/5(土)松崎ナオ ワンマン・ライブ「縁側スイミング」100名様限定ライブ @渋谷 7th FLOOR
※ 予定枚数に達しましたので、ご予約受付を終了とさせていただきます。ご予約ありがとうございました。
※ キャンセルをお待ちの方は、渋谷7th FLOOR (電話)03-3462-4466(15:00〜20:00)までお問い合わせください。
- 9/6(日)@新潟県田上町 YOU遊ランド 芝の広場
- 9/17(木)@大阪・南堀江 knave
- 10/4(日)@京都・長岡天満宮内 野外特設会場
- 10/10(土)「nano BOROFESTA」@京都 livehouse nano
心に響く女性歌うたいをご紹介
西の空、コキエ星降る / 「ricca」
ユーミン、などのポップ・ソング職人に影響を受けた優しいメロディと、ポップ・バンドとは思えない展開を見せるアレンジ。どの曲も遊び心が満載で、それでいてポップ・ミュージックとして成立する表現力豊かな“歌の力”がある。5曲目の「」の歌詞は情感に溢れていて、ありきたりな電車の中の風景が、物語みたいにすごく綺麗に見える程。
とうめいなじかん / とうめいロボ
『生と死、こちら側とあちら側など、あらゆる“境目”を歌にした』という、ポップでありながらも、ギリギリにセンシティブな歌の傑作群! 女性シンガー・ファンなら必聴の名盤登場!
パンパラハラッパ / 松倉如子
元はちみつぱい/アーリータイムス・ストリングス・バンドの渡辺勝、の才能に狂喜した渋谷毅氏がもっぱら惚れ込んでいる天性爛漫治外法権な狂喜のシンガーの登場! 矢野顕子や大貫妙子も髣髴とさせるがその中にも少女性と幼女性が見え隠れして魔性の臭いを漂わせる。曲ごとに変化する雰囲気/演技力は鬼気迫るものが。スウィング、ムード歌謡、フォーク等の要素を完全に松倉ワールドに染め上げてるところは エゴラッピン〜小島真由美好きにもたまらないはず。