鳥の鳴き声、風の音とともにピアノとチェロが紡いだ極上の音――Throwing a Spoon、1stアルバムをハイレゾで
トウヤマタケオと徳澤青弦。それぞれに作家としてはもちろん、サポート・ミュージシャンとしてもさまざまな場面で活躍するこのふたりの共演が、ついに音源化された。山梨県の山中で録音されたというこの『Awakening』という名の作品は、トウヤマのピアノと徳澤によるチェロだけの非常に音数の少ない構成ながら、そこからかすかに聴こえてくる環境音がとても深く印象を残していく。どことなく不穏なようでいて、同時に安堵感も煽られるような、なんとも不思議な気分が楽しめる作品だ。そこで今回はこのThrowing a Spoonというデュオが組まれた変遷についてはもちろん、『Awakening』が生まれた背景についても探るべく、東京の求道会館で公演を終えた直後のふたりに話を訊いてきた。
インタヴュー&文 : 渡辺裕也
写真 : 三田村亮
ピアノとチェロ、その繊細な音表現をハイレゾで
Throwing a Spoon / awakening
【配信価格】
wav(24bit/48kHz) 単曲 250円 / まとめ購入 2,000円
【Track List】
01. Clouds / 02. クェイシーの水泳 / 03. Sofia / 04. Hello Bricks / 05. 名もつかぬ銅像 / 06. Hectopascal / 07. Ranchiu / 08. E.V.A / 09. Dancer's Awakening
ふたりともギャヴィン・ブライアーズの音楽がものすごく好きだったんですよね
――そもそもおふたりはいつごろからお付き合いがあったんですか。
トウヤマタケオ(以下、トウヤマ) : 僕らはふたりとも人のサポートをやることが多いので、いろんなところで顔を合わせる機会はよくあったんです。それでお互いにけっこう前から知ってたんだよね?
トウヤマ : そのときは知り合いから青弦くんを紹介してもらったんです。でも、その前から青弦くんの名前はよく聞いてて。
徳澤 : それがもう10年くらい前のことですから、ホントあっという間ですね(笑)。
――今日のライヴでおふたりが言葉を交わしている様子を見ていると、なんかコミュニケーションの間がおもしろいなと思って。
徳澤 : ちょっとしたエクスキューズを感じると(笑)。まず、僕がトウヤマさんをものすごく尊敬していますからね。というか、こうして会って、知れば知るほど尊敬できるところがでてくるから、それでどうしても持ち上げたくなるときがあるのかもしれない(笑)。
トウヤマ : (笑)。
徳澤 : でも、僕はそういうエクスキューズもけっこう貴重なものだなと思っていて。つまり、すべてを取り払ってフランクに言い合うんじゃなくて、一歩ひいて、敬語を使いながら話す場面があったっていいと思うんですよね。
――と、徳澤さんはおっしゃってますが、一方のトウヤマさんは?
トウヤマ : まず、単純に彼はものすごく巧い人ですから。名前だってすごいし(笑)。それに、僕は音楽的な教育を受けてこなかった人間だから、やっぱり芸大とかに行かれていたような人たちにはけっこう憧れもあるんですよね。
――その羨ましいというのは、教養とかそういうこと?
トウヤマ : というより、素養というのかな。
徳澤 : でも、それって絵でいうと、スケッチが出来るか出来ないかってことですよね。つまり、バスキアとかがまさにそうだけど、スケッチができなくても良い絵を描く人はたくさんいるわけですよ。大学でそこを勉強すると、そこをちゃんとできないといけなくなるところはありますから。
トウヤマ : でも、こちらから青弦くんになにか注文を出すと、必ずなにかしらの応えがちゃんと返ってきますから。そこは本当にすごくて。僕の場合は、最終的に「俺はこれしかできないから」って言っちゃうところがあって(笑)。
徳澤 : でも、そのトウヤマさんの応えにはすごく説得力がありますからね。
――お互いにものすごく敬意を抱いているのをライヴを観ていても感じました。ちなみにこのデュオは最初から作品をつくることを意識して始まったものなんですか。
徳澤 : たぶんそうでしたね。作品をつくろうっていう考えは最初からあったと思う。で、そういうアルバムにしようかと悩みつつ、一緒にライヴを始めて。
――制作することを意識しながら一緒にライヴをはじめたんですね。
徳澤 : そうなんです。で、ライヴをやっていくうちにだんだんと見えてきたものがあって。簡単にいうと、ギャヴィン・ブライアーズっていうイギリスの現代作曲家がいるんですけど、ちょうどそのころはふたりともギャヴィンの音楽がものすごく好きだったんですよね。彼はミニマル・ミュージックのスティーヴ・ライヒあたりと同世代で、ちょっとジャズ寄りの人なんですけど、その人のファースト・アルバムが、ものすごくいろんな音が入っていて、それがすごく良い雰囲気なんですよ。部屋で録っているんだけど、その窓から漏れ入ってくる音の感じがものすごくよくて。
トウヤマ : そうそう。最初にリハーサルをしたとき、僕が青弦くんに「ギャヴィン・ブライアーズって知ってる?」と訊いたら、即答で「ぜんぶ聴いてます」と返ってきて(笑)。これは話が早いなと。
――ミニマルで、尚且つ環境を活かした録音か。それってまさにおふたりがつくった作品をそのまま表している感じもしたんですが。
徳澤 : でも、僕らはあそこまでストイックにはなれなかった(笑)。ギャヴィンはもっと禁欲的というか。
――なるほど。たしかに『Awakening』は禁欲的というよりは開放感のあるサウンドですよね。それに「clouds」のミュージック・ビデオを観ていても、どちらかというとふたりともラフなスタンスでやっているように感じたので。
徳澤 : 少なくとも無理はしていないかな(笑)。で、そのギャヴィン・ブライアーズみたいなアルバムをつくるためにはどうしたらいいかと。そこで録音場所の候補がいろいろと挙がったんですけど、そのなかで環境的にも条件的にもよかったのが、小淵沢だったんです(山梨県小淵沢にあるNone to Cat Studioのこと)。
――冒頭から聴こえてくる鳥の鳴き声などは、小淵沢で拾ったものなんですね。あと、この作品ではtoeの美濃隆章さんがエンジニアを担当されていますが、彼を起用することになったのは?
徳澤 : 彼はまずミュージシャンとして素敵だし、お互いにミュージシャンだからこそ話しやすいことはあって。というのも、今回はそこまでカチッと録音したかったわけではなくて、とにかくその場の雰囲気が録りたかったんです。それこそ、最初は宅録でもいいかなと思ってたくらいで。でも、そこをある程度客観的に見てくれるもうひとつのアイデンティティがあった方がいいなと思って、それなら美濃くんがいいなと。
トウヤマ : 恥ずかしい話、僕はそれまでtoeを知らなかったんですよ。でも、これが最初に会った瞬間からすぐに馴染むことができて。こんなことを言ったらアレだけど、もうこれでレコーディングは大丈夫だなと思いました(笑)。
音階というものをひとつの王国みたいな感じで見ていて
――なるほど。そういえば今日のライヴで、おふたりは曲づくりの背景についてもいくつかMCで触れていましたよね。なかでも「Sofia」の音階についての話は非常に興味深くて、ぜひもう少し詳しく訊いてみたいと思ったんですが。
トウヤマ : あれは、たぶん音楽を作る人であればそこに思いを向けるときが必ずくるんじゃないかと思うんですけど、僕らが小学校とかで習う「ドレミファソラシド」ってあるじゃないですか。いわゆる長調ですね。それをラから始めて、「ラシドレミファソラ」にすると、ちょっと暗く聴こえる。それが短調。で、今つくられている音楽って、そのふたつの調からできたものがほとんどを占めている。特に現在の日本の音楽の場合はそれがすごく多いと思うんですけど、曲づくりにはもっと違う音階があってもいいんじゃないかと僕は思ってて。たとえば「ドレミ ファ# ソラ シ♭」でもいいし、別にそれが7音だけじゃなくてもいい。で、「Sofia」ではそうやって自分が使う音をあらかじめチョイスして、それ以外は使ってないんです。ちょっと説明が難しいんですけど。
――すごくおもしろいアプローチですね。
トウヤマ : でも、たとえば、沖縄風とかってよく言うじゃないですか。つまりはあれですよ。あれをもっといろんなかたちでやれるんじゃないかっていう。そういうことで遊ぶのが僕は好きで。僕、音階というものをひとつの王国みたいな感じで見ていて。つまり、ひとつひとつはその国を構成している人で、その人たちが変われば違う雰囲気の国が出来上がる。要はそんなイメージなんです。
――なるほど。そうした曲ごとの試みもひとつひとつ訊いていきたいところなんですが、今回のアルバムはトータルとしても、「朝」というキーワードが与えられていたそうですね。
徳澤 : それはまさに先ほどもおっしゃっていたように、あの鳥のさえずりが入ってるじゃないですか。あれを録ろうとなったとき、これは早朝いちばんの空気がいいんじゃないかということになって。短絡的に言ってしまうと、実はそれだけなんですよね。
トウヤマ : 朝がいちばん鳴いてるからね。明るくなると、あんまりね。
徳澤 : それに、朝って刻一刻と表情が変わっていきますから。太陽もそうじゃないですか。日の出から空の色がばっと変わったり。そういう変化が聴こえてくる音にもあるんです。あと、今回は3日間レコーディングに入っていたんですけど、それがその日で天候とか人の動きなんかによっても、やっぱりちょっとずつ表情が違うんですよ。そういうのがおもしろくて。
――そういう環境や空気の変化を感じながらの作業だったんですね。
徳澤 : そうそう。しかも、人間って意外とそれを感じて生きているものなんですよね。それを改めて見直す感覚でもありました。「今日は身体が重いなぁ」と感じるときは、だいたい曇っていたりするから。
――『Awakening』の録音はなによりもロケーションが重要だったんですね。では、おふたりはその朝の時間帯に演奏してみて、自分が鳴らす音にどんな変化を感じていたんでしょうか。
徳澤 : 思っていたより大変でした。要するに、朝起きてすぐには頭が回らないんですよ(笑)。だから急いで頭を起こすのに必死で。(トウヤマに向かって)でも、けっこうギリギリまで寝てましたよね?
トウヤマ : (笑)。俺はけっこうボーっとしていた方がいいのかなと思いました。まあ、これは人によるんでしょうね。
――つまりそれって、テイクによっては頭が冴えない状態のままで演奏することになるわけですよね?
徳澤 : だって、普段はまずやらない時間ですからね。ライヴはだいたい夜だし、レコーディングにしたって早くてもスタートはだいたいお昼とかですから。
トウヤマ : でも、たとえば字を書いているときに、ときどき「この字ってこんなにへんな造形だったっけ?」とか思うことってありません? 僕は今回、そういう感覚を楽しんでいたようなところがあって。自分で弾いているんだけど、なんか自分の意思じゃないところで弾いている感じもするというか。もちろんすべてがそうだったわけじゃないですけど、そこがおもしろかったんですね。
――なるほど。でも、そうした意識のうすい状態で演奏すると、あとから自分で録音を確認するときにちょっと気恥ずかしくなりそうな気もしたんですが、いかがでしたか。
トウヤマ : 僕の場合はその逆でした(笑)。むしろ、すごく思いを込めて弾いたときは、それこそ恥ずかしいですから。だって、そのときの心の動きなんかが自分にはぜんぶわかるわけじゃないですか。僕はそうじゃない方が恥ずかしさはないかな。
このふたりで語るべきものがたくさんありすぎた
――サポートの活動も含めて、おふたりはさまざまな録音作品を残していますよね。そのなかでも今回はかなり特殊なアプローチだったと思うんですけど、そもそも「録音」という行為について、おふたりはどんな考えをお持ちなんでしょうか。
徳澤 : そこで思うことはひとつあって。人間って、記録があるからこそ進化してきたんですよね。つくったものを記録して、それをあらためて聴く。そこから新たに次の考えが浮かぶ。それって人間としての大事な過程だと思うんですよ。曲をつくることもそう。記録しておかないと忘れちゃいますから。もちろん、忘れることが大事なときもあるんですけどね。うん、これはけっこういい答えができたんじゃないかな(笑)。
――(笑)。ものすごく素晴らしい答えでした。
トウヤマ : なるほど。ただ、そこだけじゃないとも僕は思っちゃうんですけどね。
――お。というのは?
トウヤマ : たぶんこれってビートルズくらいから始まったことだと思うんですけど、ビートルズが好きな人って、他の人がどんなにうまくその曲をカヴァーしたって、まず間違いなくいちゃもんをつけるじゃないですか(笑)。それって、ビートルズの曲が素晴らしいのはもちろんだけど、それと同時にあのビートルズの録音そのものが奇跡みたいな感じだからで。だから、それ以外のものは認められないっていう気持ちは、僕にもなんとなくわかるんです。でも、その前には楽譜文化の時代もあったわけですよね。つまり、作曲家がいて、作詞家がいて、プロデューサーがいる。で、そこで歌い手や演奏家が変わったら、同じ曲がまた別のテイクになる。僕はそれも好きなんですよ。曲なんてみんなが歌えばいいし、それを否定してしまうとおもしろくない。もっといろんなものが認められるといいなって。録音至上主義的な考え方はちょっと危険かなと思うところも僕にはあって。
――それこそビートルズもカヴァーから始まっているわけですからね。それがいつのまにかオリジナルに重きがおかれる時代になって。
徳澤 : うん。セルフポートレイトみたいなものはたしかにどんどん増えていきましたよね。
――なんだか話は尽きないんですけど、もう時間があまりなくなってきたようなので。こうして活動を続けていくなかで、またThrowing a Spoonとして次の展開が見えてきたりもしているんじゃないかと思ったんですが、現時点ではいかがですか。
徳澤 : 今はまだ漠然としすぎていてなんとも言えない状況なんですけど、考えればいくらでもやれることが出てきますね(笑)。なにより、今回は思っていたよりずっと良いものが出来ちゃったから、次はまったく違うコンセンサスを持ってきてものかなとは思ってて。たとえば、編成を思いっきり変えちゃったりとか。
トウヤマ : たしかにそれはありだね。
――つまり、ピアノとチェロのデュオでつくることが、Throwing a Spoonのアイデンティティというわけではないということ?
トウヤマ : うん、そうではないと思います。
徳澤 : そもそも、当初は誰かゲストを呼ぶことも考えてたんですよ。でも、やりはじめたらこのふたりでアルバム1枚、十分につくれるじゃないかと。というか、このふたりで語るべきものがたくさんありすぎたんですよね。
――じゃあ、これが次のヒントになるかどうかは別として、現在のおふたりがどんなことに興味を向けているのかを最後に教えてください。
トウヤマ : 僕は… スケボーですね。今はスケボーのことしか考えてない(笑)。
――それはまた意外な回答が(笑)。
トウヤマ : まだ始めて半年くらいなんですけど、なんか新しい世界が開けたんですよね。それこそ、西海岸のスケーター文化ってあるじゃないですか。ああいうのって、以前はまったく興味がなかったんですけど、それが今になって聴くと「おー!」みたいに思えることがけっこうあって。まあ、それを自分でやるかどうかは別だけど(笑)。
徳澤 : 僕は、そうだなぁ。ダブステップのダンスかな。簡単にいうとロボット・ダンスなんですけど、あれもまた、静と動があるじゃないですか。それがおもしろくてずっと動画を観ていますね。まあ、これは今のスケボーの話に触発されて思い出しちゃったから、つい話しちゃっただけなんですけどね(笑)。
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まさにDSDの真価を発揮する、そんな音源に仕上がりました。最新アルバム『濡れない音符』から「にじみ」、2010年の3rdアルバム『クレッシェンド』から「ロンリー」、この2曲に加えて、なんと、ライヴ以外ではいまはここでしか聴けない、チャーミングな新曲「お客様故障サポートセンター」を演奏しています。この音源は、できればDSDで、そしてハイレゾ音源(24bit/48kHzのWAV)で、音と音の間、その余韻も含めてじっくりと楽しんで欲しい。
本作はアルゼンチン南部リオネグロ州のアンデス地帯にある「ザ・ボルソン」と呼ばれる地域にある、友人であるAlejandro Arandaのホームスタジオでスタインウェイのピアノで録音された作品。まるでフラノフに神が乗り移り、無意識の内に手がつらつらと動いて描かれたかのような超自然的な佇まい。そして、その旋律はため息が出る程の美しさである。表紙の風景写真は、フラノフの家の近くにあるオタメンディ自然保護区のもので、本アルバムの3曲目のモチーフにもなっている。
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LIVE INFO
Throwing a Spoon "awakening" release tour
2014年 3月14日(金)@名古屋 JAZZ茶房 青猫
OPEN 19:30 START 20:00
料金: 前売り3,000
詳細、ご予約はこちら
2014年4月13日(日)@金沢shirasagi/白鷺美術
OPEN 19:00 START 20:00
料金 : 前売り ¥3,000
詳細、ご予約はこちら
PROFILE
Throwing a Spoon
トウヤマタケオと徳澤青弦で結成されたピアノとチェロのデュオ。隙のある曲作りと節度ある即興によって極上の楽曲を構築する。
>>Throwing a Spoon Official HP