元BEAT CRUSADERSのクボタマサヒコがオーナーを務めるレーベル、CAPTAIN HAUS RECORDINGS。toeの美濃隆章とクボタが組んでいたバンド、popcatcherの作品をリリースするために1996年に立ち上げられた同レーベルは、BEAT CRUSADERSを始めとした作品をリリースしており、現在は、√thumm、YeYe、trademark、kuhといった個性的かつ良質なアーティストの楽曲をリリースしています。3ヶ月連続でCAPTAIN HAUS RECORDINGSを大特集してきた本企画。第3回目となる今回は、クボタ率いる4人組バンド、kuhにインタビュー。6月から4ヶ月連続で新曲を発表してきた彼らの魅力に迫ります。CAPTAIN HAUS RECORDINGS特集、いよいよ最終回です!!
2012年6月から4ヶ月連続で発表されてきた配信限定シングルの第4弾!!
Spinoza(9/26発売)
4ヶ月連続でリリースされるkuhの新曲の第四弾。エレクトロでミドル・テンポなダンス・チューンで、ジワジワと身体の中から熱くするような、4ヶ月連続作品の最終曲にふさわしい1曲です。左) 愛と喧噪のファンファーレ(8/29発売)
中) the Daily Star (7/25発売)
右) ツキサガシ (6/27発売)
2007年リリースの1stアルバムも配信スタート
kuh / KY!
1. よだか / 2. time has come -paricco mix- / 3. 夏去 / 4. J.U.N.O. / 5. half past 5 a.m. / 6. ウタカタ / 7. ショート・ショート '04 / 8. 誰も望んでない付け合わせのサラダ / 9. 夜光衛星 / 10. yorumi / 11. Cheesecake / 12. 水在月
CAPTAIN HAUS RECORDINGS所属のオリエンタル・テクノ・バンド、√thummの新作がリリース
√thumm / mimoro
音楽の都・京都と隣り合わせながらも、独特の奥ゆかしさを持つ奈良で独自の進化を遂げたオリエンタル・テクノ・バンド、 √thumm(ルートサム)。 どこか初期YMO、はたまた大正九年をも彷彿とさせるノスタルジックな「和製」感は、毎年フランスで行われるヨーロッパ最大規模の日本フェス『JAPAN EXPO 2010』に出演した際にもゆらぐことなく欧米人のハートをトリコにさせた。 2012年、彼らのルーツである奈良の神山「ミモロ山」の名を掲げ、いにしえの都より見参 。
1. Time Trip / 2. Prophet / 3. may / 4. Simple life / 5. K / 6. こよなし / 7. cutesy / 8. 浮雲 / 9. BLUE MARBLE / 10. WHITE
√thummとクボタマサヒコの対談はこちら
ソーシャル・ネットワーク世代の非クラスタ型うたうたいYeYeのデビュー・アルバム
YeYe / 朝を開けだして、夜をとじるまで
アナログ世代とソーシャル・ネットワーク世代の時空の隔たりを、自由自在にバック・トゥ・ザ・フューチャーするひとりユニット「YeYe」待望のデビュー・アルバム。「もし、楳図かずおや伊藤潤二作品の主人公が歌をうたいはじめたら」という異感覚を素でいく、22 歳の女子学生がささやかな日常をほんの少しのストレインジさで多次元に綴った音世界。どこか荒井由美を彷彿とさせる凛と透き通った歌声と、年齢・国籍不明な独特のセレクト感で作詞・作曲からすべての楽器の演奏までをセルフ・プロデュースで行う、ソーシャル・ネットワーク世代の非クラスタ型うたうたいです。
1. morning / 2. you are singing always / 3. であう、わかれる / 4. uminami / 5. Buddy Holly / 6. なみだ / 7. woo lino sunte on lino / 8. 「言う」
YeYeとクボタマサヒコの対談はこちら
INTERVIEW : kuh
kuh(クー)の4ヶ月連続リリースに並走する形で行われてきたCAPTAIN HAUS RECORDINGS特集も、いよいよこれで最終回。ということで、今回登場してもらうのはもちろんこの4人だ。2002年にクボタマサヒコとQ;indiviの田中ユウスケの二人による極私的な音楽制作ユニットとしてスタートさせたというkuh。その後の活動ペースも至ってのんびりとしたもので、ようやく2007年にアルバム『KY!』をリリースした後も長い沈黙が続いていた。『KY!』で聴けるエレクトロニクスとアコースティックを配した繊細な音像は、それまでクボタが関わってきた作品とはまた異なる毛色を打ち出していて耳をひきつけられたものだが、この度連続でリリースされた一連の新曲を聴くと、現在のkuhは一枚岩のバンドとして、よりフィジカルで清々しいサウンドを鳴らすようになった印象がある。そこで今回はいまのkuhが置かれている状況と、きたるべきセカンド・アルバムに向けて彼らが今後どう動いていくのかを中心に話を訊いてみた。
インタビュー&文 : 渡辺裕也
この4人になってバンド編成が安定した
——そもそもkuhはバンドというフォーマットで始まったわけではないんですよね?
クボタマサヒコ(以下、クボタ) : その前に僕が popcatcherというバンドを横浜でやっていて。系譜でいうとメロディック・パンクの流れにあたるようなバンドを、現toeの美濃隆章とASPARAGUSの一瀬正和とかと一緒にやっていたんです。それこそツアーもたくさん組んで、いわゆるバンド・マンらしい活動をしていたんですね。で、そのバンドを解散したときに、バンド的なものはそこまでで散々やったし、もともとシンセ・ポップとかが好きだったから、そういうあまりギター・サウンドで押す感じじゃないものをやりたいと思って。僕、PET SHOP BOYSが最初に買ったレコードなんで(笑)。で、その頃に出会ったQ;indiviの田中ユウスケと一緒にユニットみたいな形で宅録を始めて。それがkuhの始まりでした。
——クボタさんの個人的な趣向性をpopcatcherよりも強く打ち出したのがkuhということ?
クボタ : でも、最近になってまた一周して戻ってきたような感じはあって。だから単純に打ち込みかバンドかの違いくらいだと思ってます。ちょっとフォーマットを変えてみたかったというか。WindowsからMacに変えてみたような、そんなイメージですね。
——そうしてプロジェクトはスタートしたものの、リリースまでにはしばらく時間がかかっていますね。
クボタ : 先立った予定もなにも決めないままに始まったので(笑)。まず、続けていくうちにやっぱりドラムが必要になってきたんです。で、僕が当時働いていた本屋にヒロくんがお客さんとしてよく来ていて。
ヤマモトヒロ(以下、ヤマモト) : 当時の僕は池波正太郎にドハマりしていまして、それでよく彼の店に通ってたんです(笑)。だから、最初は音楽という接点はまったくなくて。で、あるときにお店に行ったら、クボタさんが不在のときにpopcatcherの音源がかかってたんです。その曲が気になって店員さんに訊ねたら、あのメガネをかけた人が少し前までやってたバンドだと言われて。そこからだよね?
クボタ : そうそう。それで僕が店でPolarisかなんかをかけてるときに、ヒロくんがエアー・ドラムをやっている姿を見て(笑)。
ヤマモト : ドラマーだから、音を聴くとつい手が動いちゃうんですよね(笑)。
クボタ : それで声をかけて。そこからどんどん仲良くなって引きこんでいったんです。そこからはドラクエのパーティーみたいにどんどんと仲間が増えていって。
——最初は不定形のユニットとして始まったけど、必要なパートを足していくうちに、結果的にバンド形態になっていったということですね。なにか音楽性の指針としていたものはあったんでしょうか。
クボタ : まず“POP”というのが僕の大前提であって。というのも、popcatcherの後期でかなり実験的なことをやってきたから、そういうものはひとまず置いて、単純にいい曲をつくりたくなったんです。あと、当時はLittle Creaturesをよく聴いていたんですけど、たとえばそれとミスチルが合体したらどうなるんだろうっていう試みが、田中ユウスケとの曲づくりの指針だったりして。オルタナティヴなものでありつつ、王道に引っかかるような曲をつくりたかった。当時考えてたのはそんなことだったと思います。
——そこですぐに現在の布陣は固まっていったんですか。
クボタ : キクソン(キクチ)が入るまでは何人かベースが代わっていて。
ヤマモト : キクソンのひとつ前は村田シゲ(元NATSUMEN、現口ロロ)だね。
クボタ : あと、元Catch-upのギターで、いまはminakumariをやっているミナちゃんがギターを弾いてた時期もあったり、みんなが自由に出入りしてた感じでした。
キクチタカユキ(以下、キクチ) : 僕はちょうどバンドを抜けて、新しいバンドを探していた時期に、trademarkというバンドの大知里荘介さんから、ちょうどベースを探しているバンドがいるから紹介するよと言ってくれて。それで行ったライヴがBEAT CRUSADERSの渋谷クアトロでのワンマンだったんです。当時の僕はビークルも知らなかったんですが、そこでクボタさんを紹介してもらったのがきっかけで、一緒にスタジオに入ることになって。kuhに入った頃は、SPORTSというバンドのサポートベースもやってました。
タダヨシフミ(以下、タダ) : 僕はそのtrademarkと、当時やっていたバンドで一緒にライヴをやったことがあって。そのときにクボタさんが観に来ていて、それが初対面だったかな。ちょうどその頃クボタさんがビークルでメジャーの1stを出したときくらいで、僕のバンドをツアーに誘ってくれたりして。そのバンドが解散してからしばらくバンドをやっていない期間があったですけど、kuhのライヴを観に行ったときに、メンバーが抜けると聞いて。それで久々にバンドがやりたいなと思って。
——いろんなバンド名が一気に出てきましたけど、とにかくそうした様々な交流の中でこの4人が結びついたんですね。
クボタ : この4人になって少しバンド編成が安定した感じですね。とはいえ、リリースもなにもなかったんですが(笑)。
タダ : このメンバーになったからといって、このバンドのなにかが劇的に変わったというわけでもないと思ってて。
キクチ : ある程度完成されたものは既にあったよね。
——『KY!』のリリースが2007年ということですが、この5年間はkuhにとってはどのような時期だったんでしょう。
クボタ : まず、僕がまだビークルをやっていたのが大きいですね。それこそkuhの1stは、同じスタジオの部屋をふたつ予約して、片方でビークルの2nd、もう片方でkuhのレコーディングをやって。その2部屋を行ったり来たりして、同時に作業をしていたんです。
——わ、それは大変そうですね。演奏パートも楽曲のタイプもまったく違うから、同時進行でやったらちょっと混乱しそう。
クボタ : (笑)。だから、僕的にはなかなか切り替えが難しい時期ではあったんです。それで結果的にkuhの活動がのんびりした感じになってしまって。ビークルが解散してからも相変わらずのままだったんだけど、一番年下のタダくんから「そろそろちゃんとやりませんか?」とはっぱをかけられて(笑)。それで今回のリリースに至る感じなんです。
タダ : 今回の4ヶ月連続配信も、前々から練ってきたものではなくて。それこそちょっと前にスタジオ近くのファミレスで話し合って決まったことなんです(笑)。これ以上動きがないのはバンドとしてよくないから、どんな形でもいいから曲を出したいと僕から言って。だからといってシングル一枚出したくらいではなにも動かないから、配信で立て続けに出して、その間にアルバムに向けて動いていきたいと。とにかく、バンドが動いているところを見せたかったんです。僕らの音楽を待ってくれている人がいるんだから、そこはちゃんと責任もってやりましょうと。
時代や環境とバランスよく出していける状況になってきた
——なるほど。とはいえ、前作からこれだけ時間が経つと、音楽シーンの動きも変われば、みなさんのやりたいことに多少なりとも変化は出たんじゃないかと思うんですが。
ヤマモト : 僕とクボタは歳がひとつ差で、あとの二人とは10歳くらいの差があるんです。だからまわりにはよくカミセンとトニセンって言われるんですけど(笑)。意外と音楽的な趣味のジェネレーション・ギャップを感じたことはこれまでなくて。むしろ最年少のタダくんが一番80年代の音楽に精通しているくらいで(笑)。
クボタ : 僕のイメージで言うと、カミセンのふたりが5歳分老けていて、トニセンが5歳分若いんですよ(笑)。それで釣り合ってる感じはある。たぶんこのバンドで誰よりも新しいのを聴いているのは僕だと思うし。
——じゃあ、なにかしらの共通項もみなさんにはあるんですね。
キクチ : もちろんそれぞれのルーツは違うんだけど、それを共有し合えている感じはあります。
ヤマモト : 好きなバンドは結構かぶってると思う。近年でみんなが共通して好きなバンドだと、たとえばDEATH CAB FOR CUTIE、PHOENIX、THE WHITEST BOY ALIVE、THE FLAMING LIPSとか、そんな感じで。あとはRADIOHEADとか。
クボタ : フジよりはサマソニに出てそうな人達だな(笑)。
——なるほど(笑)。今回リリースされた一連の新曲を聴いていると、5年前の『KY!』よりもはるかにフィジカルな面が強く出ている感じがあります。ここにはなにか意図したものがあったのでしょうか。
タダ : なにか特別な意識はなかったんですけど、ある程度の年数が経って、多少聴くものも変わるし、いい意味でよくなってる部分がなければ、自分達のここ数年ってなんだったんだろうと思っちゃうし(笑)。
——たとえば『KY!』ではエレクトロニクスとアコースティックの抜き差しが目立ちましたが、新曲はロック・バンド然とした音づくりが際立ってますよね。
クボタ : たとえば「the Daily Star」みたいにド直球な曲は、前だったらナシだったんですよね。それは自分達の趣味趣向を追求したというより、より開かれたスタンスで出せたようになったことが大きいと思います。もしかすると前はちょっと偏った美学があったのかもしれない。
タダ : やっぱり当時はクボタさんがビークルをやってた影響もあったと思います。そこと線を引こうという意識があったんじゃないかな。
クボタ : そうかもね。歌詞もわかりやすく、出来る限り写実的にしたいと思って。それとくらべると前はいくぶん抽象的だったところもあったかと。
キクチ : たしかにクボタさんは、いまが一番自然な形でやれているように見えます。さっきの一周回ったという感覚は、僕もわかる気がする。
ヤマモト : 僕はビークルに入る前からクボタくんとは付き合いがあるからか、そこまで彼に変化は感じていなくて。ビークルの場合はバンドとして向かう先があって、そこに自分を投影していたんだろうけど、kuhでは彼がメインとなってその方向性を担っている。当時といまの彼の違いはそれくらいだと僕は思ってて。こういうことをやりたいという理想は昔から彼の頭の中では見えていて、それがちょうど時代や環境とバランスよく出していける状況になってきたのかなって。
クボタ : でも、曲づくりで僕が用意するのは骨子のようなもので。スタジオで練り上げていくものもあれば、逆に一度もスタジオに入らず、ネット上でLogicを介してやってみたり。9月に出す「Spinoza」がまさにそれで、まだミックスも終わってないからなにも見えてないんですけど(笑)、そこが配信の面白さですよね。
——配信でのリリースが可能になると、そういうミュージシャンのスケジュール感覚が変わりますよね。
クボタ : 曲に対する温度感がリスナーとずれないから、そこはすごく大きいです。だから、今回の連続配信も、当初はバンドの士気を上げることが狙いだったけど、結果的にはいまの時代に合った活動スタイルが見えてきて、それがすごくよかった。あと、これまで制作期間中はライヴをいれないスタンスだったんだけど、いまは1ヶ月のリリース毎に友達のスタジオで軽いライヴをやって、それをユーストリームで中継しているんです。出来たてのものを即座に披露するのも緊張感があって面白いんですよね。
——では、この4ヶ月連続リリースを終えて、これからkuhにはどんな展開が待っているんでしょう。
クボタ : 僕としては、まだこのバンドはほとんど無名の状態だと思っているから、それこそ新人バンドみたいにやっていきたい。いまの時代に合ったやり方で、僕らの音楽を聴いてくれる人が少しずつ増えていく努力を重ねていきたいですね。プレッシャーもいまは感じていないので。アルバムもテンションの高いものになると思う。あくまでも僕らにしては、ですけど(笑)。
タダ : うん。まず年内にはアルバムを出したいと思ってるし、そのあとのツアーまで僕は見えていて。それまではもう止まりません。絶対にやりますよ(笑)。
PROFILE
kuh
2002年、クボタマサヒコ(ex. BEAT CRUSADERS)、田中ユウスケ(Q;indivi)とゆるやかに発足。 当初、自由参加のユニット的なプロジェクトとしてスタートし、ささやかに活動し続けながら現在のメンバーに。エレクトロニクスとアコースティックがゆるやかに融け合うPOPミュージックを奏でる4人組。 2012年6月から4ヶ月連続で新曲を発表。6/27 第一弾シングル「ツキサガシ」リリース。
CAPTAIN HAUS RECORDINGS official HP
LIVE SCHEDULE
『kuh presents USTREAM LIVE』
2012年10月20日 (土) @studio olive