はじめに書いておく。
今回のメール・インタビューはとても長いが、あえてほぼ全文を掲載したいと思う。
recommuniからたとえ怒られようと、読者のみなさんの目が痛くなっても、だ。
僕が、に話してくれとせがんだのだし、なによりも彼女のことばは、ひと綴りのビーズのように連なっていて、ひとつでも外そうとすればすぐにばらばらになってしまいそうだ。

だから、お願いがある。もしこの記事を読むのに疲れたら、途中で放りだしても構わない。でも、そのあいだを聴いてほしい。がいったことばを時折思い出しながら...

聴き終わった後に、まだ続きが気になるようだったら、さっきのところから読み進めればいい。手紙なんて、そういうものだ。

質問&文 : ゆーきゃん

LETTER


ちひろさん

こんにちは。アルバム発売おめでとうございます。

、いつも聴かせていただいています。のうたが流れると、ほんとうに時間が透き通っていく気がします。さて今日は、いくつかちひろさんにお話して欲しいことがあってメールしました。

つね日頃「うた」それ自身には「呼吸」があると思っているのですが、アルバムの中でそれはゆっくりと、豊かに、自信を持って繰り返されていて、ふと気付くと、その呼吸のなかに引き込まれてしまっています。自我の強いうた、僕らをはっとさせたり、抱きすくめようとしたりするうたはたくさんあるけれど、ちひろさんのうたは、それらとは少し違うようです。違いを考えたのですが、そのひとつには、「ことば」が歌い出すままに任せているように思えます。声は、ことばがよぶメロディを空に放つだけで、けっして声高に自分を主張しません。そのかわり、いったんことばが導き出したメロディの上では、黒猫の真似さえも軽々としてみせます。

インタビューという建前ではありますが、ひとりのファンとして、また同じようにうたをうたう人間として質問したいと思います。どうぞよろしくおねがいします。

ゆーきゃんさん
こんにちは、お手紙ありがとうございます。
そしてを聴いて下さって、ありがとうございます。

初めてゆーきゃんさんの歌を聴いたのは、CD『ひかり』で、場所は京都のNANOというライブ・ハウスでした。ライブ・ハウスの店主土龍さんがそれをかけて下さったのです。そのとき、私は救われた気がしたのでした。自分がうたうときの呼吸の感覚に極めて近い感じの(と、不躾にも勝手に感じたのです)うたをうたう人を、初めて見つけたと思ったのです。今回、ゆーきゃんさんとうたのことについてお手紙を交換できることがとても嬉しいです。

頂いたお手紙は私のうたの、そして私という存在の核を衝く内容でした。いつも大切にしていること、しかし普段なかなか話す機会のないことを引き出してくださる質問ばかりです。とても驚きました。すてきなお手紙をありがとうございます。

それでは、ひとつひとつじゅんばんにお返事させていただきます。

なぜ「ことば」が「うた」に変わらなくてはいけないのか? そこには一つの魔法があるように思います。ちひろさんは、「ことば」が「うた」に変わる瞬間のことを覚えていますか? 最初にこころに浮かんだ「ことば」がひとつの曲になるまで、どういう道筋たどりますか?

「ことば」が私のところにやってくる前に、まず「景色」のようなものがやってきます。それは風景だけの時もあれば、物語が垣間見えたりもします。それを身体のなかに吸い込んで、口からポロリと出してみます。できるだけ壊さないように。すると自然に言葉は抑揚を持ちます。声が伸びたり跳ねたりします。それを「うた」と名付けている、とでも言ったらぴったりくるのでしょうか。

詩をメモしたり、うたを作るために考えるという作業はほとんどしません。1つの曲に1つの景色があって、その景色をなぞりながら何度も口からポロリとうたを出してみて、それを繰り返しているうちに定着した或る言葉が、たまたまいま残っているという感じです。なので、レコーディングの時点でも歌詞は決まっていなくて、歌うたびに少しずつ歌詞が変わってしまいます。そのため、歌詞カードは出来上がったCDを聴きながら、歌詞を聞き取ってメモして出来上がりました。

うたを歌うとき、こころに見る景色は、人によって違うと思っています。ちひろさんの場合は、ギターを抱えて、ことばにメロディを乗せて体の外に放り出すとき、あなたは何を見ているのでしょうか。覚えていたら(というのは、僕はよく忘れるので)、すこし話して欲しいです。

私にとっての「うたうこと」はスケッチのようなものなのかもしれません。声という筆で「景色」を、世界をなぞるのです。もちろん「詩」や「曲」は大切な骨組みですが、「声」という筆も私にとっては掛け替えのないものです。CDには録音した日のスケッチが残っています。一度定着した曲や詩は、その後大きくは変化しません。しかし歌うたび、声の出し方は変わります。歌うときには、その瞬間の陰影を描き留めたいと思うのです。同じ歌でも、毎回少しずつ「景色」が変わります。1つの湖が朝と夜では全く違った表情を見せるように、私が生きて変化し続ける限り、同じうたは2度と歌えません。歌うたび、「景色」に触れたくて手を伸ばすように、焦がれるように声を出します。

『otete』は冬の寒さのような、痛みと細い希望で綴られたアルバムでした。はうって変わって、春の予感にも似た淡い喜びが全編で流れているように思います。その変化はちひろさん自身にもよるでしょうが、それとおなじくらい、ゲスト参加しているミュージシャンたちが深い共感と理解をもって奏でている音が大きいと感じました。これらの出会いは、どんなふうにしてなされたのでしょう? また、曲ごとにいろいろなゲストを迎えて行ったレコーディングは、いかがでしたか?

は、JOJO広重さんの「CDを作りませんか? 」というお誘いがあって、制作を開始しました。以前から、2ndアルバムを大好きなミュージシャンと一緒に作りたいと思ってはいたのですが、このお誘いで突然その想いが現実味を帯びてきたのです。

広重さんとは岡山のPEPPER LANDというライブ・ハウスで出会いました。対バンだったのです。その時に初めてお会いして、その後また一度PEPPER LANDでライブを見て下さいました。後日、広重さんからAlchemy RecordsからCDを出しませんか、というメールを頂きました。でも前作『otete』をちょうど録り終わった頃で、GYUUNE CASSETTEからリリースすることが決まっていました。その1年後にも、CDを出しませんかとお話を頂いたのですが、私ののんびりし過ぎな性格などが影響し、なかなか実現しなかったのです。

或る時、広重さんの経営されているアルケミー・ミュージック・ストアの実店舗が閉店することになりました。(ウェブ・ショップは現在も営業中です。)その店舗営業最後の日に、広重さんと須原敬三さん(GYUUNE CASSETTE)と私の3人でライブをしました(とうめい階段という名前でやりました)。その日のライブはとにかく凄いライブで、気持ちや意識が大きく変化しました。そのあとの広重さんとのメールのやり取りがきっかけで、今回の制作は始まったのです。

広重さんはとうめい階段でも一緒に演奏した「雪」でギターを弾いてくださっています。そのギターを聴いていると、冷たくて白い、残酷で優しい雪が頭の中に積もって行くような気分になります。当初は予定になかった「馬車」にも後からノイズを被せてくださいました。

さて、CD制作が決まって、まず真っ先に電話をしたのは、以前から一緒に曲を作ったりライブをしていた枡本航太くん。アルバムのハイライトである「雪」「羊」は、一緒に作った曲です。2004年に笠岡の萌というライブ喫茶の飛び入りライブで出会いました。彼のうたを聴いて打ちのめされて、私のうたも聴いて欲しくてある日家に押しかけました。そして聴いてもらったのがCDにも入っている「soda ball」です。それを聴いて「バンドやろうよ!」と言ってくれて、それから一緒に曲を作り始めました。彼とはお互いが持っている景色が重なるのです。そして私たちにしか作れない響きが生まれます。稀有な旅仲間です。今回のCDは「雪(kota Masumoto version)」「羊」のアレンジ、そしてギター、その他しっぽののこりのコーラスなどで活躍してくれています。繊細なギターはもちろん、アレンジの素晴らしさといったらないです。

それからチェロで参加して下さっている黒田誠二郎さん。彼は、京都で細胞文学というチェロとギターとうたのバンドをされています(現在は休止中)。私は細胞文学の大ファンでした。そんなわけで、思い切って共演をお願いしてみました。電話するまでに、携帯を持ってから発信するまでに1時間近くかかりました。しかしながら緊張をよそに、黒田さんは、ほわっと「ええで」と言ってくださったのです。音を合わせてみると、黒田さんのチェロが私の声を引き出してくれて、世界がぐんぐん広がり、本当に素晴らしい感じでした。そして当初の予定を遥かに超えるかたちで、全面的にアルバムに参加して頂くこととなりました。(なんと曲順まで決めてもらいました。)「馬車」は黒田さんと2人で録音ブースに入ってほとんど練習も打ち合わせもなく録り上げました。あれを聴けば、全てわかっていただけるのではないかと思います。

「ポケット」という曲は添田雄介さんがアレンジから全パート(ギター、ベース、ドラム)の演奏まで担当して下さいました。大好きなMUDDY WORLDというバンドのギタリストで、一緒にライブ・ツアーをしたこともあります。インスト・バンドなのですが、それにも関わらず、このバンドの曲に「ものがたり」を感じます。その、ものがたるギターと一緒に歌ってみたくて、参加をお願いしました。「ポケット」の内側へ向かうグルーヴとでもいうあの感じは、添田さんのアレンジとギターがなくては生まれなかったと思います。今回の録音は大阪で行い、参加してくださった方々はほとんど関西〜中国地方在住なのですが、添田さんだけは東京からベースとエレキとアコギという大量の荷物を担いで来てくれました。「しっぽののこり」のコーラス録音時は添田さんだけ東京にいたので、後日ひとりで録ったものを送って頂き、それを上から被せて収録しました。

ベースを弾いてくださっているGYUUNE CASSETTEの須原敬三さんは、1stアルバム『otete』を録音してから、それを持ったままうろうろしていた私を拾い上げて大切にリリースしてくださった恩人のような方です。姫路のEASEというカフェで出会いました。須原さんには本当に御世話になっているのですが・・・あり過ぎてここには書ききれません。私のうたの、そして私の最大の理解者です。須原さんのベースはうたをすくい上げるように、包み込むように、相槌をうつように、とても優しくしなやかに響きます。人が、そのまま音になっています。黒猫音頭は須原さんと1発録音しました。とても楽しかったので、それがきちんと出ているといいなあと思います。「soda ball」は、なんと私がめちゃくちゃに弾き語りをした後から、丁寧に音を重ねてくださいました。

エレクトリック・ピアノで参加して下さっている金子尚代さんを初めて見たのは・・・実は、ゆーきゃんさんのライブでした。ゆーきゃんさんのうたを初めてライブで聴いた日、その横で鍵盤を弾いてらっしゃったのです。そのとき、「なんてきれいな人だろう」と見とれていました。まるで優しいたましいそのものが鍵盤をはじいているかのようでした。その後キツネの嫁入りというバンドを始められて、なんと前作『otete』のレコ発京都編を彼らが企画してくださった関係で、お友達になることができたのです。「しっぽののこり」という曲で、楽しくて温かい音を紡いで下さっています。

ソプラノ・サックスで参加してくださっているみやけをしんいちさんは、バンジョーの方と2人でmelagukan(ムラグカン)というデュオ・バンドをされています。大阪にあったBRIDGEというライブ・スペースで出会いました。そこは、実験的な音楽、そして音楽だけに限らずさまざまな芸術や人が集まる素晴らしい場所でした。ほんの10回ほどしか行ったことがないにもかかわらず、私が最も深い影響を受けた場所(社会とも呼びたい)です。残念ながら今はもうありませんが、とても素敵なライブが繰り広げられていて、それらを観るために岡山からバスで遊びに行っていました。出演したことは3度しかないのですが、そのうちの1つのライブを企画してくださったのがみやけさんです。そのライブのとき聴いたみやけさんの演奏が本当に素晴らしくて、いつか共演してもらえたら! と思っていました。そして「あさひ」という曲のことを考えていたとき、みやけさんのサックスが浮かんだのです。まさしく朝の光のような、素晴らしい音を演奏してくださっています。

そしておもちゃのラッパを驚異的なほど上手に手懐けて吹き荒らしているのは、貝つぶさん。香川県直島にある「まるや」というカフェでのライブの出演者を探していらして、私を見つけてくださいました。それ以来たくさん一緒におもしろいことをさせて頂いてます。ライブもたくさん一緒にしてくださいました。貝つぶさんの手にかかると、おもちゃでも楽器でも、まるで生き物みたいにユニークな音を出すんです。

「しっぽののこり」で「さんはい!」と元気な掛け声を掛けてくださっている高野陽子さんはアルケミーのスタッフの方で、アルバム制作に当たってたくさん御世話になりました。普段は中山双葉ちゃんの隣でベースを弾いたりもされています。張り詰めがちなレコーディング現場が、高野さんの笑顔でとてもなごんでいました。「しっぽののこり」を録るときもスタジオに居てくださったので、突然お願いしてコーラスと掛け声で参加していただきました。

今まではひとりで、1対1のコミュニケーション手段としてのうたを歌ってきました。でももっと自由に、うたという鳥を遠くまで飛ばせてあげたいと思ったのです。参加してくださったみなさんの、歌に対する直感的かつ深い解釈が、羽根を強くしたり、休む森を作ってくれたり、空を無限に広げてくれたり・・・たくさん力を与えてくれました。

同じ曲を歌い続けるうちに、それが自分を越えた場所に行ってしまうという感覚にときどき襲われます。に収録されている「雪」という曲は、ずっと昔からのレパートリーですよね。

<もし僕が銃ならきっと空を撃つだろう>

というフレーズをはじめて耳にしたときの感動は、いまでも覚えています。あの曲が前作『otete』に収録されなかった理由を(もし差し支えなければ)教えてください。そして、長い間温めるあいだに、あの曲がもつ色合いや意味がどんなふうに変わっていったのか、もしくは変わらずに残り続ける力があるとするならそれは何なのか、教えてください。

前作『otete』をつくったのは、親友が亡くなったことと、大切な人がそばにいなくなったことがきっかけでした。「もう決して誰も失いたくない、いま私の側に居る大切な人たちにどうしても今すぐ言わなくちゃならないことがある」という強い思いで、千切れそうな自分を束ねて必死でうたを歌いました。だから、抱きしめるためのうたしか、『otete』には入っていません。そのころ「雪」は存在していましたが、ライブでも決して歌おうとはしませんでしたし、CDに入れようとも思いませんでした。あの曲がCDとして存在して、しかもひとりぼっちの誰かの部屋で流れてもいい歌だとはとても思えなかったのです。「雪」には特別な思いがあります。あのうたを誰かに手渡す事は、とても怖いことでした。
今回のアルバムにその雪を入れた理由は・・・もしかしたらゆーきゃんさんのおっしゃる「それが自分を越えた場所に行って」しまったからかもしれません。色々あるのですが・・・今はまだヒミツにさせてください。

最後にちひろさんは、「糸電話に話しかけるようにして、うたをうたう」とおっしゃっていましたね。糸電話の先には、誰かがいるのでしょうか。その誰かについて想像したことや、実感したことはありますか。「うた」は歌われたあと、どこへ行くのでしょう?

糸電話に話しかけるようにうたう、というのは上に書いた前作『otete』の頃に、特に言えるものなのかもしれません。『otete』は手紙としての歌・・・1対1で聴いてくれる人に向き合って「生きていてください」というつもりで歌っていました。今でもそれは変わりませんが、ずっと限定的なメッセージがありました。では、みんなが持っている糸電話の糸を借りてきて、束ねて、ハンモックを作った感じです。聴いてくださる方がそのハンモックに乗っかって、自由にうたを紡ぎ直してくれるといいなあと思います。では、とうめいな時間の中で揺れる私たちという光を歌ったつもりなので、聴いて下さったかたが、その方のまぶたに、その方の光で物語を投影してくれると嬉しいです。

歌は歌われたあと、「世界に還るんじゃないかな」と思います。還ると言うのは「循環する」という意味です。
水が蒸発して、雨となって地上に戻って来るように、命が土に還り、新しい何かが生まれるように、地球の上で全てのものは姿を変えつつ存在し続けているから、うたという一種のエネルギーも、その循環する輪のなかに還って、別のエネルギーになっているのではないかと思います。

最近はいつも、道のようでありたいと思ってうたをうたっています。どこかからやって来る、うたのもとである何かが私の中心を通って外へ出るとき、出来るだけ身体の中にある抵抗を少なくして、「それがやってきた姿のまま、壊さないよう空に放つ」ことができたらと思っています。とはその澄んだ道のようなシステムのことです。

ありがとうございました。もし答えにくいことや、気に障ることがあれば、無視していただいて構いません。また、一個一個の質問に答えるのが面倒なら、全部通して(メールへの返事という形で)書いていただいても結構です。

本当は、ちゃんと向き合ってお話したかったのですが...でも、きっと差し向かいでこんな話題を振るわけにもいかないだろうなとも思います。

またライブ行きますね。あ、4月の山形はとても楽しみにしています。どうぞよろしくおねがいします。

ゆーきゃん


LIVE SCHEDULE

  • 3月15日(日)@東京 LOOPLINE
w / popo
  • 3月25日(水)@東京 円盤(とうめいロボwithスッパバンド)
w / スッパバンド / 華村灰太郎withスッパバンド
  • 3月29日(日)@東京 guruguru
w / いいくぼさおり / ナキミソ / 穂高亜希子 / 他1組(後日発表!)
  • 4月4日(土)@京都 ooh-la-la (ワンマン)
ゲスト・ミュージシャン / JOJO広重 / 須原敬三 / 枡本航太 / 添田雄介 / みやけをしんいち 他
  • 4月18日(土)@山形 FRANK LLOYD WRIGHT
w / Qurage / 麓健一 / ゆーきゃん
  • 4月25日(土)@名古屋 KD JAPON
w / ギギ / jugz / Vag(東京)

LINK

とうめいロボ website http://toumeiroll.googlepages.com/

とうめいロボ MySpace http://www.myspace.com/toumeirovo

とうめいロボ blog http://otetebook.exblog.jp/

レーベル P-VINE RECORDS website http://www.p-vine.com/

Alchemy Records website http://www.kt.rim.or.jp/~jojo_h/ar/p_top/index.html

とうめいロボ

本名・近藤千尋。「ギターを弾きながら、糸電話に話しかけるようにうたを歌う」スタイルで2004年頃から岡山で活動開始。2006年にソロ・ユニットを「とうめいロボ」と命名し、全国のライブ・ハウスで活動中。その繊細で透き通るようなボーカル、リスナーの心の奥に突き刺さる歌詞、センチメンタルなアコースティック・サウンドは当初からJOJO広重、山本精一、須原敬三などから高い支持を受けた。現在は東京を中心に全国のライブ・ハウスで活動を行っている注目の女性シンガー。2007年にギューンからインディーズ・デビュー、発表されたアルバム『otete』はJOJO広重をして「彼女は21世紀の森田童子だ」と最高級の評価を受けている。

この記事の筆者
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