シンプルかつエッジーなサウンドで受け止める、羊文学の目線──大きな一歩となる「砂漠のきみへ/Girls」

左から塩塚モエカ(Gt&Vo)、河西ゆりか(Ba)、フクダヒロア(Dr)
新たなフィールドへの一歩を切り開くような躍動感のあるスネアで幕を開ける、羊文学のメジャー・ファースト・シングル「砂漠のきみへ/Girls」。ふくよかな表現力と美しいコーラス・ワークが印象的な“砂漠のきみへ”と、ソリッドで生々しい“Girls”。これらは羊文学がこれまで鳴らしてきた音楽への絶対の自信と、それを貫く強さを感じる2曲となっている。今回は、羊文学が主題歌を、塩塚モエカが音楽を担当したドラマ『放課後ソーダ日和』の第1話の舞台となる西荻窪の喫茶店、物豆奇にて、「砂漠のきみへ/Girls」の話はもちろん、現在制作中のアルバムの展望まで、メンバー3人に話を聞いた。
記念すべきメジャー・デビュー作。羊文学として初のハイレゾ配信
INTERVIEW : 羊文学

「砂漠のきみへ / Girls」という配信シングルのリリースとともに、メジャー・デビューを発表した、羊文学。彼女たちが、大きなステップを踏み出すにあたって送り出されたこの2曲は、まさにこのバンドが存在する意義、そして世に投げかける目線そのものだ。自分には救いきれないことを知りながら、相手を救いたいと願う“砂漠のきみへ”、そして、すれ違いを繰り返し「自分だって救われたいんだ」と感情を爆発させる“Girls”という、一対の曲たち。ここには、「救いたい」、「救えない」、「救われたい」の狭間の、いずれにも割り切れない想いがそのまま投影されている。そして、彼女たちはそれらをあえて割り切らないままに、ごくシンプルなサウンドを通じて骨太に受け止めるのだ。しかし、それはなかなかにハードである。奇しくも、生命を優先すれば、経済的な困窮が立ちはだかるこのコロナ禍にあって、私たちはつい、大きな声に思考を委ね、複雑な問題も簡単に割り切ってしまいたくなる。だが羊文学は、なにかひとつの価値観を絶対視して寄りかかろうとはしない。この割り切れなさをそのまま抱きこんだような「砂漠のきみへ / Girls」という2曲を通じて、彼女たちはより一層、強靭さを手に入れたと言えるだろう。
その強靭さは、彼女たちがメジャーというフィールドへ向かうにあたっての姿勢にも言えることかもしれない。音楽家として生きていく困難さをこのコロナ禍において目の当たりにしながらも、ステップアップを選んだ彼女たち。ただ自分たちの音楽を続けていきたいという、純粋だがブレることのない軸が、彼女たちをまっすぐ貫いているのだ。これから本格的に、広大なフィールドへ打って出ようとする、いまの彼女たちのそんな“強さ”に、インタヴューを通じて触れてみてほしい。
インタヴュー&文 : 井草七海
写真 : 鳥居洋介
取材協力 : 物豆奇、TUPPENCE HOUSE I'S STUDIO
もうちょっと大きなフィールドに行ってみたい

──今作をもってメジャー・デビューをすることが発表されているわけですが、そのメジャー・デビューを決めた経緯はどういったものだったのでしょうか?
塩塚モエカ(Gt&Vo / 以下、塩塚) : これまで私たちは事務所に所属してなくて、私たち3人とマネージャー1人でやっていたのですが、バンドが少しずつ大きくなるにつれて、そのメンバーでは回しきれなくなってきていて。そこで、新しく所属する事務所を探そうということになったのですが、「せっかくだから、そのタイミングでステップアップしたいね」と、みんなで話していたんです。もちろん、必ずしもメジャーに行くからステップアップ、というわけではないとは思うのですが、もうちょっと大きなフィールドに行ってみたいという想いはずっとあって。
──とはいえ、前作を出してからのこの半年間というと、コロナの影響でなかなか具体的な活動がしづらく、バンドとして動きづらい環境にはありましたよね。そんな中でも次なる一歩を模索していたのかなと思うのですが、そうした活動のひとつとして、8月の初旬に行われていた、オンライン・ツアー“優しさについて”が印象に残っています。バンドとしても新しい取り組みでしたが、これはどうやって実現したのでしょうか?
塩塚 : コロナの状況が一番厳しかった頃は、活動はもちろん、練習もまったくできない状況だったんですけど、なんとなく週に1回くらいメンバーみんなでオンラインで会議をして、どうやってバンドで演奏できるのかを考えたりして……。どういう形で活動できるか、いろいろと試行錯誤していたんですけど、その中で出てきたアイデアが、オンライン・ツアーで。合計3日間ライヴをやったんですけど、他にもたくさんあるオンライン・ライヴの中でも埋もれずに、ちゃんと多くの人に見ていただけた実感はあったので、うれしかったですね。
──実際やってみて、普段のライヴとの違いは感じましたか?
河西ゆりか(Ba / 以下、ゆりか) : やっぱりぜんぜん違いました。どちらかというと、レコーディングに近い感覚でしたね。アドレナリンが出ない感じで。
フクダヒロア(Dr / 以下、フクダ) : お客さんからのレスもないですしね。アーカイブも残るので、むしろ普通のライヴより緊張しました(笑)。

──なるほど(笑)。とはいえ、羊文学のオンライン・ツアーは、映像としての演出も工夫されていて、さっき「他のオンライン・ライヴに埋もれないような」とおっしゃってくれたようなライヴになっていたなと思いますね。
塩塚 : そうですね。でも、私たちがこういう立ち位置で、こういう照明で…… とプロデュースしたというよりは、いつもお世話になっている人たちにお任せしたという感じで。いつもサポートしてくれる人たちが、愛を持っておもしろいものを作ってくれたのが、ありがたかったです。
──そうやってサポートしてくれるスタッフさんも含めて、みんなで一斉にその場に集まらないといけないことを考えると、人が集まることを制限されているご時世にバンドをやるって本当に大変なことですよね。だから改めて、バンドって、音楽を生み出す形態として実はすごく難しいかたちだなと思って。そうした状況の中でも羊文学は、バンドとしてステップアップをしようとしているわけですが、だからこそ改めて、みなさん自身が“バンド”という形態を特別に感じた瞬間ってありますか?
塩塚 : そうですね……。もちろん、曲を作るにしても、パソコンでひとりで作ったり、録音をオンラインで送りあったりして作ることはできるんですけど、私はやっぱりみんなで会って曲が完成していく感じが好きですね。
ゆりか : たしかに、最近は新しい曲もいっぱい作っているんですけど、やっぱりみんなで集まって、曲ができたときに気持ちが通じあう瞬間は、ひとりでは味わえないものだなと改めて思いました。
1人でもいなくなったら成立しない
──そうした直近の活動を経て、2020年8月19日に、新曲“砂漠のきみへ”と“Girls”をリリースされました。まず、“砂漠のきみへ”については、「頑張っている人を遠くから見守るような手紙」といった内容の楽曲ですが、この、相手から一歩引いたところにいるような距離感が、とても羊文学らしいなと感じました。前回のインタヴューで挙がっていたような、相手の居場所を尊重して守ろうとする意識が、よくにじみ出ているなと。一方で、歌詞には「自分は相手のことを救い切れない」というような感情も込められているのが印象的で。歌詞を書かれている塩塚さんの中で、こうした感覚は、普段どういうシーンで生まれてくるものなのでしょうか?
塩塚 : この曲は実際にあったことが元になっているんです。悩みを抱えていた知人を見て、私自身「なんとかしなくちゃ」と感じて、相手に対して「こうしたほうがいい」とか「それはしないほうがいい」とかいろいろと言っていたんですけど、それが相手にぜんぜん届かなくて。むしろ、私が言ったことが、相手の重みになってしまっていた気もして。そのときに、自分の価値観が絶対ではないことに気がついたんです。相手のためには遠くから見守ってあげたり、ちょっとだけ助けてあげたりするくらいが、本当は一番よかったんじゃないかって思わされたのがきっかけだったんです。
──そういう目線って、実は羊文学の音楽そのものとも通じてますよね。自分たちの音楽が誰かを助けてやれるんだという奢りからではなく、「私たちはただここにいるし、あなたもそのままでいい」という想いに端を発している音楽、というか。サウンドも、そんな歌詞と呼応するように、いままで以上に包容力のあるものになっています。歌に対してドラムやベースががっちりと、でも優しく寄り添っていて、前半でポツポツと聴こえていたギターがラストには全体を包み込んでいく…… といった、暖かさと懐の深さを感じるものに仕上がっているのですが、そうしたアプローチも意識的に取り組んだものだったのでしょうか?
塩塚 : そうですね。これまでギターは、コードを主に弾いていることが多かったんですけど、今回は「いかに弾かないか」を意識してました。あまりギターの音を詰め込まないように、アレンジしたのは新しかったと思います。
フクダ : ドラムに関しても、手数を減らしてますね。タムはほとんど使ってなくて、ハイハット、スネア、キックのドラム3点と、ライドだけを押さえるっていうシンプルな形で。個人的にもそれがいま一番かっこいいと思うし、好きな叩き方ですね。
ゆりか : 本当に、3人が全部違う役割をしている曲なんですよね。だから1人でもいなくなったら曲として成立しないというか。そこが新しいなと感じてます。
──たしかに。シンプルだけど、3人のアンサンブルのトライアングルが噛み合っているからこその、力強さがありますよね。そして、もう1曲の新曲“Girls”のほうは、YouTubeドラマ『DISTORTION GIRL』の主題歌に起用されているんですよね。
塩塚 : 『DISTORTION GIRL』は、女の子たちがバンドをはじめるドラマなのですが、この曲は、実はもともと恋について書いたものなんです。“砂漠のきみへ”は、大切な人を遠くから見守る曲ですが、“Girls”は逆に、相手に「もっと大切にしてほしい」って怒っている曲で(笑)。結果的に、女子高生が主人公のドラマの主題歌にはなったんですけど、女性の意外なパワーについて歌っているっていう点ではつながっているのかもしれないです。
──すれ違いや矛盾と相対して感情が爆発してしまう感じは、10代の感情とも重なる部分もありそうですよね。こちらは、“砂漠のきみへ”とはうって変わって、各パートがぶつかり合うエッジーさと、転がっていくような疾走感がある曲に仕上がっています。
塩塚 : “Girls”は、“砂漠のきみへ”と同じ時期にレコーディングをしたのですが、“砂漠のきみへ”は空間が広がっていくような音作りになっているのに対して、“Girls”は勢いのある音作りを大事にして録りました。
フクダ : そうですね。ドラムも、“オルタナで、爆音”っていうイメージで、勢いよく演奏してますし。
──歌詞の内容にしても、サウンドやアレンジのアプローチにしても、この2曲はちょうど対になっていますし、その2曲が一緒に世に出ていくというのは、とても意味があることだなと感じます。「相手を救ってあげたいけど、救い切れないかもしれない」という気持ちが込められている“砂漠のきみへ”と、「本当は自分が救われたいんだ」という想いが見え隠れする“Girls”という2曲には、羊文学の音楽の中の、自分と相手に対して、割り切れない想いや、あえて一方的に割り切らない視線が象徴されているというか。しかもそれは、コロナ禍において、いち生活者として、いちアーティスト自身として救われたいと思いつつも、音楽に携わる他の人たちのことも助けないといけない、でもひとりの力では救い切れないかもしれない…… という、音楽を愛する人たちのいま現在の想いにも通じるようにも思えて。
塩塚 : それは、たしかに少しあるかもしれないですね。この数ヶ月間で、選挙だったり、Black Lives Matterだったり、声を上げることの重要さを実感した出来事がたくさんありましたけど、それらにしてもやっぱりひとりだけの声では難しくて。そういう出来事に対して「社会の問題をなんとかしなくちゃ」って気持ちはあるのに、一方で自分自身の生活にもいろいろな問題は山積みだし。いまはあまり外に出て行けないから、家にこもってずっとスマホを見てたりすると、そういうジレンマでいっぱいいっぱいになっちゃう場面も多かったですね。でも、結局自分にできるのは、自分が自分をハッピーにして、目の届く範囲の人たちのことをハッピーにして、小さな声の積み上げを大事にしてって、いうことだけで……。そんな風に、とにかく目の前にあることをやってくしかないかなとはいつも思っています。
──“砂漠のきみへ”の歌詞の最後からも感じますが、羊文学は、そうやって小さな声で戦う人たちの、帰る場所になろうとしている。だから、安心感に包まれるような、優しさが詰まっている曲なんだなと思いますね。
塩塚 : そうですね。自分たちがその受け皿になれるかはわからないけど、音楽がそうであったらいいなと思っているのかもしれないですね。



これからもただ、「音楽をやるしかない」っていう気持ちがすべて
──現在は新アルバムのレコーディングの真っ最中だそうですね。この“砂漠のきみへ”と“Girls”の2曲も収録されるそうですが、それも含めてどんな想いを込めた作品になりそうですか?
塩塚 : まだレコーディングの最中なので、あまり固まってはいないんですが……。いまの段階では「フィクション」をテーマにしようかなと思っていて。アルバムに収録される曲は、コロナの前に書いたものが多いんですけど、コロナの前の世界って、いまから見れば、なかなか完全には戻ってこない世界なんだなと思っていて。だから、そんな現実の脆さのようなものをテーマにしたいと、個人的には心に描いています。と言いつつ、アルバムの出るタイミングではぜんぜん違うテーマになってるかもしれないですけど(笑)。

──なるほど。もしも、アルバムの完成の段階でテーマ自体が変わったとしても、コロナを挟んで作られたという点でそうした時代感が色濃く出るアルバムになりそうですね。ちなみに、今回からメジャーでのアルバム制作となりましたが、制作の環境には何か変化はありましたか?
塩塚 : レコーディングの布陣は変わっていないですね。
ゆりか : PAさんとかヘアメイクさんもこれまでと同じ方がついてくださっていますし。
──では、必要以上に気負うことなく、いままでと同じ空気感の中でやれているんですね。ただ、メジャーの看板を背負うとなると、様々なチャンスも増えますし、より広い層に音楽を聴いてもらえる可能性も高まるという一方で、自分たちだけでやっていたとき以上に、結果がついてこない場合のシビアさというのもあるとも思います。それでもあえてメジャーを選んだということは、チャンスの方に賭けて、より大きなフィールドに出て行きたいという気持ちの方が強かったということですか?
塩塚 : そうですね。音楽を作るだけなら自分の家でもできちゃいますけど、せっかく作るなら、いろんな人に聴いてもらった方がうれしいっていう、単純な気持ちからでもあります。

──音楽をリリースするっていう点では、そもそも、いまの時代は、制作からリリースまで自分で完結できてしまう環境も整っていて、必ずしもメジャーがゴールではなくなっていますよね。作品を発表するにしてもいろんな選択肢がありますが、それでも、羊文学にとっては大きなレーベルに所属する意味があると。
塩塚 : 羊文学の音楽って、正直、いまの日本のメインストリームの音楽ではないと思うんですよ。だからこそ、誰かの手を借りないと多くの人に届けるのは難しいと思うんです。もちろん、大きくなるためだけに音楽をやっているわけではないんです。ただ、もしかすると自分たちのやっている音楽と時代が合っている部分があるのかもしれないから、だとしたら、いまなら不自然な形ではなく、バンドが大きくなって行けるのかなと思って。
──なるほど。羊文学は、いまメンバーがちょうど学生を卒業したり、もうすぐ卒業する、というタイミングにあって、同時にバンドとしてもステップアップしていくということで、これからますます3人にとって音楽が仕事そのものとなっていくのだろうと思うのですが、一方で、コロナ禍で、音楽家という仕事の難しさも目の当たりにしているかと思います。非常時にはエンターテイメントが不要不急だと言われたり、そういう状況におかれて、生活自体がおぼつかなくなったり。音楽家のそんな側面も目にした上で、みなさんは、これからの世界で音楽を続けていくことへ、どんな想いを抱いていますか?
フクダ : そうですね……。自分はこれまでも好きなことをずっとやってきたし、やっぱりバンドが好きなんです。だから、そういう状況だとしても、これからもバンドをやり続けたいって気持ちは揺るがなかったです。
ゆりか : うん。バンドをやってて、毎日なにが起こるかわからない感じは、自分にとってはおもしろいなと思える部分でもあるんですよね。
塩塚 : 私にとっては、音楽をやって有名になったりお金持ちになったりすることよりも、音楽を作って、それを人に聴いてもらう機会があるっていうのが、人生で一番ハッピーなことだなと感じていて。それ以上でも以下でもないんです。音楽をやめれば、もっと安定した平和な暮らしができるのかもしれないと思うのに(笑)。でも、音楽を辞めても、結局じっとしていられずに、音楽をやってしまうと思うんです。だから、これまでもそうでしたけど、これからもただ、「音楽をやるしかない」っていう気持ちがすべてなんだと思います。

取材協力
物豆奇
住所 : 167-0042 東京都杉並区西荻北3-12-10
TEL : 03-3395-9569
営業時間 : 11:30~21:00(不定休)
https://tabelog.com/tokyo/A1319/A131907/13012925/
TUPPENCE HOUSE I'S STUDIO
住所 : 〒167-0042 東京都杉並区西荻北5-19-20
TEL : 03-5930-8761
http://www.tuppence.jp/
編集 : 鈴木雄希
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PROFILE
羊文学

塩塚モエカ(Vo / Gt)、河西ゆりか(Ba)、フクダヒロア(Dr)からなる、繊細ながらも力強いサウンドが特徴のオルナティヴ・ロック・バンド。
2017年に現在の編成となり、これまでEP4枚、フル・アルバム1枚、そして全国的ヒットを記録した限定生産シングル「1999 / 人間だった」をリリース。
今春行われたEP『ざわめき』のリリース・ワンマン・ツアーは全公演SOLD OUTに。東京公演は恵比寿リキッドルームで行われた。
2020年8月19日に〈F.C.L.S.〉(ソニー・ミュージックレーベルズ)より「砂漠のきみへ / Girls」を配信リリースし、メジャー・デビュー。
しなやかに旋風を巻き起こし躍進中。
【公式HP】
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【公式ツイッター】
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