Tristan Perich & Ensemble『Open Symmetry』
LABEL : Erased Tapes
〈イレーズド・テープス〉というレーベルの重要さはこの連載でも何度も強調しているが、本作のようなエクスペリメンタルな作品をリリースすることからも、単なる「ポストクラシカルのレーベル」というラベリングが間違っていることがわかる。ニューヨークを拠点に活動を展開する作曲家トリスタン・ペリッヒはストリングスや鍵盤をはじめとしたアコースティック楽器を用いた作曲も行うが、彼の持ち味といえばやはり、1ビットサウンドのエレクトロニクスを大胆に活用してみせる点だろう。池田亮司を思わせるミニマリズムを宿しつつ、シンフォニックなニュアンスも滲ませる彼のサウンドは、本作では3つのヴィブラフォンとともに鳴り響く。金属的な音色でありつつも、どこかアンビエント的で柔らかな広がりを見せるヴィブラフォンの音色は、1ビットサウンドと実に相性良く溶け合っている。池田亮司~カールステン・ニコライ的な電子音響~エレクトロニカの可能性が本作のような形で華ひらくのはなんとも美しい。
Wild Up 『Julius Eastman Vol. 4: The Holy Presence』
LABEL : New Amsterdam
ワイルド・アップがジュリアス・イーストマンの楽曲を録音するプロジェクトも、もう4作目となった。当連載でもこのプロジェクトを紹介し続けてきたが、本作のサウンドを聴くと、ジュリアス・イーストマンという作曲家のチャレンジ精神や作曲のアイディアの豊富さには舌を巻くばかりだ。不穏な響きを持つ、グレゴリオ聖歌の亜種のような「Our Father」、縦横無尽に弾いたかと思えば、静寂と溶け合う様に鍵盤に手を置いてみせるピアノが面白い「Piano 2」、新進気鋭のヴォーカリストであるダヴォン・タインズのアカペラが聴き手を圧倒する「Prelude to the Holy Presence of Joan d'Arc」、そしてワイルド・アップのキレ味抜群のアンサンブルが変幻自在に蠢きながら、ジャンヌ・ダルクという存在を音楽化してみせるスリリングな「The Holy Presence of Joan d'Arc」など、息つく暇もない、濃密な情報量を備えた4曲が本作を構成する。このプロジェクトがどこまで続くのかわからないが、毎度のことながら、その高いクオリティには驚かされるばかりだ。
Jerskin Fendrix『Kinds of Kindness』
LABEL : TRESOR
前回の連載で、ヨルゴス・ランティモス監督『哀れなるものたち』のサウンドトラックについて書いたが、作曲者であるジャースキン・フェンドリックスは早くも、ヨルゴス・ランティモス監督の次作『憐れみの3章』のサウンドトラックをリリースした。劇伴作家としての彼のサウンドは、ミニマルな構成でありつつ、奇妙な音色やアレンジで、聴き手を魅了するという特徴を持っているが、本作でもその手法を採用している。『哀れなるものたち』ではホーンやストリングス、エレクトロニクスなど様々な楽器が使用されていたが、本作ではピアノと合唱がメインとなっている。この楽器編成はヨルゴス・ランティモスが指示したらしく、それだけミニマルな構成でも、ジャースキン・フェンドリックスが映画の核を掴み、それを表現できると信じていることがわかる。実際、このサウンドトラックに収録されている楽曲は、いかにもヨルゴス・ランティモス作品に相応しいと心から思える、捻くれていて、ダークで、不条理で、そしてポップなサウンドばかりだ。優秀な監督が優秀な劇伴作家をと出会うことがいかに美しく、映画を素晴らしいものにするか、このふたりを見ればよくわかる。
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