不純物混じりの金が錆びていくイメージ

──『AFTER GOLD』の初めの構想はどういったものでしたか?
猪狩:今回は「錆」がテーマなんですよ。僕らは来年結成20周年で、バンドの経年変化による今しかできない音作りや表現ができたらいいなと思っていました。
──具体的にはどういう表現ですか?
猪狩:生々しさですかね。僕は今回のアルバムの中で“SOUP”って曲がいちばん好きなんですけど、いましかできないという点で象徴的な曲です。すごく気に入っていますね。あと、今回のレコーディングでは野村さんがマイクを少し離れたところに置いて、近い音ではなく空気感を録るようしてくれたんです。それが音像の接着剤みたいになっていて、3人で演奏している生々しさを表現していますね。
──11月9日からのツアー、tacica 20th anniversary tour〈AFTER GOLD〉のライヴ会場ではCDも販売されますね。
猪狩:こだわって作る以外にCDを作る意味はないのかもしれないと思っているので、今回もこだわりました。ジャケット・デザインも打ち合わせを念入りにして、この錆びているデザインも数パターンから選んで決めました。「錆」というものに対する思い入れが強くなっていくと愛着が湧いてきて、道を歩いていても錆が目につくようになりましたね。
前作はゴールドをイメージした作品だったので、次は金色に錆がついていくイメージにしたいと思っていたんです。でも、そもそも純金って錆びなくて、錆びるということは不純物が混ざってるんですよね。僕はその不純物が混ざってる金がいいなと思って、今回のテーマになりました。生きてると不純物だらけじゃないですか。
──錆に興味を持ったのはどんな理由ですか?
猪狩:錆っていっぱい種類があるんですよ。よく行く楽器工房があるんですけど、僕が使っているギターが錆びてしまってその話をしたんです。そしたら、赤錆や茶錆は朽ちていくだけだから黒錆にしようと言われて。黒錆ってそれ以上錆びないから丈夫なんですよ。だから工具とか武器はわざと黒錆を纏うらしくて。錆びないための錆なんです。そういう錆にロマンを感じたんですよね。ボロボロの服とか、シワとかシミとか白髪とか傷とか、僕はすごく好きなんです。
──今回は古いアンプも使っていますよね。
猪狩:僕は今回“物云わぬ物怪”のあのギターの音が録りたくて、古いアンプを使ったんです。あの音が今回の自分のいちばん録りたかった理想の音で、あのアンプじゃないと録れないんですよ。こんなにデジタルが進化しているのに、あのボロボロのアンプじゃないと出せない音があるというのはすごいことだと改めて思いました。
──“物云わぬ物怪”の歌詞ではどういったことを歌っていますか?
猪狩:この曲を作った時のことをあんまり覚えてないんですよね。ある日この曲のデータを開いたら、歌詞もアレンジもできていたんです。僕の技術でできる仕上がりじゃなくて、小西と中畑さんに聞いてみたんですけど、「やってない」と。
野村:物怪のしわざ……? (笑)
猪狩:もしかしたらそうかもしれない(笑)。おそらく何らかの形で誰かが作業して、みんな忘れちゃってるだけなんだと思います。20年もやると、こういうこともあるんですね。
──野村さんが今回のアルバムの中でいちばんtacicaらしさを表現できたと思うのはどの曲ですか?
野村:“物云わぬ物怪”はひとつの到達点だと思いますね。僕は、tacicaは舞台役者みたいだと思ってるんですよ。音楽を奏でることを演じることに例えるならば、グリーンバックを使った特撮もあれば、その日の自分たちの表現を生々しくみせる舞台もあって、日々作ったものを連続で繋ぐドラマもある。どれも演じるということに違いはないですよね。今回楽器を少なくしたのは役者でいうと裸に近い状態で、その分自分の表現に正直でいないといけないんですよ。今回tacicaのふたりから、その日の瞬間的なエモーションを真空パックしたいという強い要望があったんです。この作品はスタジオの中で起きたマジックをライヴでも再現されるように意識して作ったので、ライヴでやってもまったく差異がないと思いますね。
──今回はアルバムの中で「大人」というワードが多く出てきたように感じました。猪狩さんにとって大人とはどういうものでしょうか。
猪狩:「長く生きてるくらいじゃ大人にはなれないですよ」というのをどこかで見たんです。おじさんが落ち着いてるのって疲れてるだけだということなんですけど、確かになと思って。大人や子供の定義や死生観は今作に限らず歌っているし、常日頃考えていることですね。
