音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2021年10月)──今井智子
カルチャーの前線で活躍するキュレーター達が厳選した音楽をデジタル配信し、アーティストの音楽活動をサポートするサービス〈FRIENDSHIP.〉の新譜から、ライターがおすすめ作品を毎月セレクトし、レヴューする新企画がスタート。今回の音楽ライターは、邦楽ロックについて、音楽雑誌、新聞などに執筆する今井智子が担当します。彼女が選んだ10月の注目作は、大阪を拠点に活動する3ピースバンド、BROTHER SUN SISTER MOONのファースト・フル・アルバム『Holden』。またレヴューアーティストと合わせて聴きたい10曲もライターの今井智子が自ら選曲しました。あわせてお楽しみください。
REVIEW : BROTHER SUN SISTER MOON 『Holden』
文:今井智子
恩田陸の小説のタイトルをバンド名にしたのは、その小説が男子2女子1の仲良し3人組の物語だからだろう。その小説で3人をつなぐモチーフになっている同題の映画のことも、意識しているのかもしれない。小説と映画は時代も状況も違う作品だけれど、どちらも大人や社会への不信感を抱きながら未来に向かう若者の葛藤が見え隠れする。このバンドにも少なからずそうしたところがありそうだ。ありのままではいたくない、というように歪んだ音を散りばめていても大きく逸脱することはなく、悠然とポップ・ソングのメイン・ストリームに挑んでいく。そんな若々しいパッションがこのバンドにはある。
はじめてのフル・アルバムの産声めいた子供の声がかすかに聴こえるオープニングは、本作への彼らの未来に向けた思いを感じさせる。聴き進むほどにキラキラと輝きを乱反射するガラスのような断片が広がり、思いがけないところに連れて行ってくれる。フランス語で「逃避」や「脱線」といった意味の“Escapade”をタイトルにした2曲目は、まさにこの名を選んだバンドの門出にふさわしい。鐘の音に祝福されながら彼らは新しい道を歩み出す。
惠翔兵(Gt&Vo)が音楽体験の起点と言うビートルズの華やかさと、ビートルズが現役時代に持っていたチャレンジ精神を、うまく吸収している作風は昨今のバンドには珍しくもある。もちろんこのバンドも、例えばテーム・インパラなど同時代のサウンドを存分に浴びているはずだが、そうした同時代性とオーセンティックなポップ・ソングのスタイルが小気味好く同居しているところは、初期の荒々しいロックンロール時代よりも中期~後期のスタジオ・ワークで新たな試みを次々にやっていたビートルズに通じる。ポール・マッカートニー風のポップ・チューン“Heartbreak”、ジョン・レノンめいた内省感が漂う“I Said”あたりが象徴的だ。
一方、岡田優佑(Dr)のビートに乗って惠愛由(Ba&Vo) が歌う“A Whale Song”は60’sポップスに通じるキュートさがあるし、簡潔なフレーズをピアノで繰り返す“Last Moment”はエリック・サティへの21世紀からの返答のようでもある。ビートルスにはなかった女性ヴォーカルというパーツが、このバンドの大きな強みだ。“Cactus”ので聴かせる愛由の伸びやかな歌声は他の曲とは違った強さも感じさせ、本作を完成させたことで成長した3人を象徴しているように思える。
本作の最後を飾る“Painted Memories”は、さらに先へを進もうとする宣言だろうか。必ずしも輝かしい未来ではないかもしれないが留まるより進むことを選んだと言うように、翔兵は大らかに歌っている。全曲が英語詞で柔らかに歌うのは、歌詞に重い意味を含ませたくないからだろうが、そのあたりの匙加減も本作ではちょうどいい。尖った意識を含ませながらも、まろやかな作品に仕上がった。でも、日本語で歌ったらどうなるのかも興味が湧く。
折しも長引くコロナ禍で心が疲れている人が増えている。ここいちばんと頑張らなければならないときにはパワフルでラウドなロックや言葉で鼓舞するヒップホップも必要だが、ときにはこうした作品を聴いて癒されたいと思う。
BROTHER SUN SISTER MOONと一緒に聴きたいアーティスト10組
・中納良恵 “待ち空feat.折坂悠太"
・Buffalo Daughter “TImes”
・ROTH BART BARON “極彩
・銀杏BOYZ “恋は永遠featYUKI”
・コシミハル “秘密の旅ーVoyage Secretー”
・YAYYAY “I’m Here”
・Fairground Attraction “Do you want to know a secret?”
・クラムボン “Re-サラウンド”
・蓮沼執太 「CHANCE feat. 中村佳穂 Reprise」
・GRAPEVINE “豚の皿”
WRITER PROFILE:今井智子
雑誌編集者を経て70年代末からフリーの音楽ライターに。主に邦楽ロックについて、音楽雑誌、新聞などに執筆。著書『Dreams to Remember 清志郎が教えてくれたこと』(飛鳥新社)。
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