2023/04/27 18:00

音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2023年3月)──SADFRANK『gel』

WEBメディア『Spincoaster』の編集をしながら、『DIGLE MAGAZINE』や『Mikiki』、『Real Sound』などの音楽メディアでも執筆をするライター、保坂隆純。彼が選んだ作品は、SADFRANK『gel』。バンド、NOT WONKの加藤修平（Gt / Vo)が2020年に始動させたソロ・プロジェクトによる待望のファースト・アルバムである。リリース（2023年3月1日）から少し時間が経ったいま、改めて初作の魅力に迫る。

音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2023年3月)──SADFRANK『gel』

文：保坂隆純

「（この作品は）音楽を語ったりする人に対してはあまり親切じゃないのかもしれない」──これはASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文がホストを務めるポッドキャスト番組『APPLE VINEGAR -Music+TALK-』に加藤修平がゲスト出演した際の発言だ。ピアノの弾き語りからはじまり、現在進行系のジャズやポストクラシカル、アンビエントとも共振する音楽性を展開しながらも、一本筋が通った不思議なポップネスを湛えた本作を前に、思わず言葉を詰まらせてしまった人も多いのではないだろうか。実際にこの心地よさと、得体のしれない魅力に強く惹かれつつ、本稿を書き上げるのにもだいぶ時間が掛かってしまった。

APPLE VINEGAR -Music+TALK-

SADFRANKは以前からソロでライヴなどをする際の名義として存在していたものの、本格始動は2022年。本作の制作におけるきっかけは「日本語で歌ってみる」というものだったらしい。制作におけるコア・メンバーは最早説明不要の横断的な活躍をみせるドラマー・石若駿、ゆうらん船のベーシスト・本村拓磨、そして映画音楽やファッションショーの音楽監督、舞台芸術やインスタレーションへの楽曲提供など多角的な活動を行う音楽家・香田悠真の3人。鮮やかなオーケストレーションが印象的な“Quai”、スリリングなインスト・ジャズ“offshore”、ノイズや環境音なども散りばめつつも、感傷的な歌心に溢れる“最後”といったように、先行シングルの段階でもその振り幅に驚かされたが、アルバムではさらに多様な側面をみせる。

SADFRANK - offshore 【Live at Glass Pyramid】

先述したコア・メンバー以外にも、本作にはくるりの岸田繁をはじめ、NABOWAの山本啓、松丸契、徳澤青弦、the hatchの宮崎良研など、多彩な面々が参加。その助力もあってか、ギターとストリングスが優雅な旋律を奏でながら、終盤に大胆な展開をみせる“I Warned You”、ボサノバのようなリズム、音使いが印象的な“per se”、石若駿のドラムをエディットした“瓊 (nice things floating)”など、加藤修平の好奇心や遊び心と、敏腕プレイヤーたちによる有機的なコラボレーションが展開されている。

自由な作風でありながらも、しかし決して散漫な印象は受けない。それは加藤修平本人による編集感覚と、その記名性の高い歌唱によるところが大きいのだろう。特にビブラートの効いた独特のボーカルで届けられる日本語詞は、ときにハッとさせられるような言葉も飛び出すような生々しさが感じられるし、メロディだけを取ってみれば、そのサウンドとは裏腹に、これまで以上に親しみやすくキャッチーな印象も受ける。このバランス感覚も、今作を傑作たらしめる要素のひとつなのではないだろうか。

SADFRANK - 肌色【Official Music Video】

パンク・バンドとしての矜持を持ちながらも、音楽的な挑戦／試行錯誤を繰り返してきたNOT WONKとの接点も見出すことができる本作。ここにはバンドのフロントマンによる単なる息抜きとは大きく距離を置いた、豊かな音楽体験が詰まっている。

SADFRANKと一緒に聴きたいアーティスト10組

・石若駿「You feat. 角銅真実、西田修大、Marty Holoubek、松丸契、市川航平」
・SMTK 「Headhunters (feat. Dos Monos)」
・ゆうらん船「Flag」
・カネコアヤノ「わたしたちへ」
・岡田拓郎, 葛西敏彦, 香田悠真, Miyu Hosoi「To Waters of Lethe」
・安部勇磨「ファンタジア」
・Homecomings 「光の庭と魚の夢」
・RADWIMPS 「犬じゃらし」
・Kei Matsumaru,石井彰, 金澤英明, 石若駿「And we'll keep on going」
・the hatch 「shape of raw to come」

『gel』に参加したミュージシャン関連楽曲を選曲してみました。1〜6曲目までは石若駿、本村拓磨、香田悠真のコア・メンバー3人。Homecomingsはくるしの岸田繁がピアノとストリングスのアレンジを手がけた曲を、RADWIMPSは徳澤青弦がオーケストラ・アレンジを担当した曲をそれぞれピック。わかりやすく並べたため、プレイリストとしてはとっ散らかっていますが、それは『gel』に参加したミュージシャンの幅広さゆえなのかなと。