落とし込むUSのトレンド、提示する新しい色──the chef cooks meによる最先端ポップ・ミュージック
ASIAN KUNG-FU GENERATIONのサポート・メンバーとしても名を馳せる下村亮介によるバンド、the chef cooks me。前作のリリースからメンバー離脱などを経て実質彼のソロ・プロジェクトとなったバンドがリリースした最新作『Feeling』は編成だけでなくサウンド的にも新しい様相を呈している。そんな彼が今作をリリースするにあたり受けた影響、こだわり抜いた今作のサウンドなどについての話を聞いた。すると彼のマインドと活動、そしてトレンドに対する彼の向き合い方といったいくつもの点が線として繋がった。前作から6年の時を経て彼が世に放つ力作をこのインタヴューと共に楽しんでほしい。
6年ぶりのオリジナル・アルバム!
INTERVIEW : the chef cooks me
〈88rising〉やチャンス・ザ・ラッパー、もちろんケンドリック・ラマーなどに影響を受けつつ、これからどんな音楽スタイルでやっていくか!? それは、ある志向をもつアーティストにとってはとても大きなテーマとなっている。そしてその答えを見事に出し切ったのが、the chef cooks meのニュー・アルバム『Feeling』だ。海外のいまのサウンドに関する知見、日本のバンド・シーンにおける自身の活動で築いたスタイルや人脈、これらを絶妙なバランス感覚で融合させた。日本のポップ・ミュージックの最先端はこのアルバム!
インタヴュー&文 : 飯田仁一郎
写真 : 鳥居洋介
チャンス・ザ・ラッパーの発想に影響を受けた
──the chef cooks me(以下、シェフ)としてはメンバーの離脱などもありましたが、このアルバムはソロ・プロジェクトとして作ったという認識で良いのでしょうか?
そうですね。バンドというものに憧れてこのバンドを作ったんですけど、そうでなくなった寂しさばかりを追求しても仕方ないかなと思って。
──ソロの大変さはどういう時に感じましたか?
ミュージシャンのディレクションやプロデュースをすることはめちゃくちゃ楽しかったんです。ただ、いままではバンド・メンバーが「これで良い」って言うなら自分は妥協するというか。楽をしてしまっている部分があったんです。あと歌に関しても自分が書いた歌詞を自分で歌って自分でディレクションするっていうのがすごい苦手だった。でも今回は自分と向き合うことがしっかりできたので、いい機会だったと思います。
──なるほど。セルフ・プロデュースをした今作に至るまでにいろいろな人から影響を受けていると思うんですけど、キーワードをあげるとしたらどんなものがありますか?
国内だとimai(group_inou)くんやKONCOSなど同世代の人たち。彼らの若返ったかのようなバイタリティには影響を受けています。あとはtofubeatsさんとかGEZANみたいに、音楽との向き合い方が更新されている人たちの存在が、自分にとっては新鮮な空気を送り込んでくれますね。サウンド面では海外からの影響が大きいです。
──たとえば?
チャンス・ザ・ラッパー(以下、チャンス)がシカゴの仲間と作ったドニー・トランペット&ザ・ソーシャル・エクスペリメントのアルバム(『Surf』)はめちゃくちゃかっこいいなと思いました。特に生音と打ち込みの両方を使うという発想の自由さに影響と勇気をもらいました。僕らの周りは日本のポップ・ミュージックと付き合いながら自分の培ってきたものをどう混ぜ合わせるかっていうことを考えているんです。だけど、彼らの作品は打ち込みはありつつも、しっかり生楽器がなっている。ラッパーもいて、しかも仲間内でこれをやっているということが、バンドをやってきた身としてはグッときちゃうんですよね。それで彼について調べたんですけど、シカゴのためにいろいろ支援したり、彼がカニエ・ウェストにしてもらったように地元のミュージシャンをフックアップしたりしていて。そういう面もかっこいいなと思いました。
──なるほど。ではその上でシェフとして今作ではどのような方向性のサウンドを目指したんですか?
そうですね。2019年のムーヴメントを無視せずに、バンドが作る音源として、それらをうまく同居させる方法があるのか、ということを考えました。ギター・ロックのような音源を自分が作るべきではないし、いましかできない配合率…… つまりDTMと生のドラムの肉感的なリズムワークがうまく交わったような音楽であれば、もしかしたら自分ならできるかもしれないなと。いまだったらどっちかに振り切るものが多いイメージもあるし、それもかっこいいんですけど、どっちつかずなのも自分らしいなって。アンダーソン・パークのように、生音でありながらキックやベースの音がすごい曲もあるので、エンジニアさんには「J-Rockのセオリーとかは無視して、はじめてやるようなミックスをやってください」と話して、一緒に模索しました。
──レコーディングは星野(誠)さんが全部担当していたんですか?
レコーディング・エンジニアは星野さんですが、ミックスには西川さん(Jun”C.J.P.S”Nishikawa)や小森(雅仁)さんが入っている曲もあります。西川さんは福岡ベースで活動されているエンジニアです。他の人だったら降りるって言われてもおかしくないような無茶を聞いてもらいました。小森さんは世武(裕子)さんの紹介で知り合ったんですけど、宇多田ヒカルさんの歌を録っていたり、小袋成彬さんのアルバムにエンジニアとして参加していたりする方で。いまの音楽にすごく意識的な方なので、録音した情報よりもドラスティックにミックスしてくださいました。
サポート・メンバーは前々からコネクトしていたメンツで
──今回のアルバム自体はどういった流れで作っていったんですか?
2016年に3曲目の「最新世界心心相印」の最初のヴァージョンを配信限定でリリースしたのがスタートですね。その前に出した『回転体』はバンド・サウンド+コーラスの多重感やブラスセクションなどもフィーチャーしているアルバムで。ツアーも3人のメンバーに対して、サポート・メンバー7人の編成でやってみたら、自分たちの規模では続けていくのが難しい感じがしたんです。なんとなく自分たちの規模と自分のやりたいことのバランスが合わないような気がして。そこでこの曲では、自分が好きなシンセともう一度向き合うっていうのを出発点にしようとなりました。
──シンセでやれることの幅広さに気づいたんですね。
ドラマーがいなくなって自分でやらなければいけないことが増えて。それでシンセサイザーを積極的に使って曲作りをしてみたら、いままで以上におもしろかったんです。今作ではドラムは伊吹(文裕)くんが叩いてくれているんですけど、彼にデモのドラムをぶっ壊してもらうというやり方でした。彼がいないとできなかったというアルバムになっています。リズム面は彼に任せています。
──じゃあリズム面のニュアンスは伊吹さん独自で、という感じですか?
そうですね。アルバムを作る前からサポートしてもらっていたし、彼に頼めばこういう風に壊してくれる、というのがわかってきているので、信頼感しかなかったです。
──サポート・メンバーは個性的な人が多いですが、そこは下村さんがプロデューサー的にディレクションした感じなんですか?
あまりガチガチにディレクションしている感じではないです。みんなとは前々から違う音楽でコネクトしていたので。
──なるほど。「Now's the time」は今作の中でどのように位置付けられていますか?
この曲はやはり今作を製作する上で1番真ん中にあった曲だと思います。楽曲の持つビート感はチャンスの姿勢に影響を受けています。あと、以前のライヴでハイライトになっていたのは昔の曲だったんですけど、最近はこの曲がハイライトになることが多くなりました。
──「dip out (feat.imai)」はどのように制作していったんですか?
僕がデモを作って仮歌を乗せて、「あとは好きなようにしてください」ってimaiさんに託しました。そしたら全然変わって返ってきたんです。そこから僕がまた歌を変えたりしてできた曲です。トラックに関してはimaiさんの音しか使ってないんです。彼の作り出す音の感じが好きなんです。
──9曲目「Feeling (feat. Hiroko Sebu)」でいきなりインスト曲がきますね。
もともと世武さんには結構な曲数のピアノを弾いてもらっていて、10曲目の「踵で愛を打ち鳴らせ (feat. Gotch, YeYe, Hiroko Sebu&TEN)」のピアノも頼んでいたんです。それでレコーディングが終わった流れで「これの前にトラックを分けてインタールードを入れたいんだけど4、5曲雰囲気で弾いてくれない?」ってお願いしたら快諾してくれて。その場で5テイク残してくれたんです。それをサンプリングしてラッパーの方にお願いして1曲にしちゃってもいいかなって思ったんですけど、1テイク目から鳥肌モノの良さだったんです。なのであまりいじらずに、これを基調に他でもらったテイクをスケッチしていって作りました。
──で、次が「踵で愛を打ち鳴らせ (feat. Gotch, YeYe, Hiroko Sebu&TEN)」ですね。これはもともとアジカンの曲ですけれどだいぶアレンジも加わっていますね。どういった流れで入れたのでしょうか?
2017年にアジカンさんのトリビュートが出てて、そのときにこの曲をカヴァーしたんです。この曲は、自分のやりたいことが伝えやすいので、ライヴでも「Now’s the time」とこの曲を絶対に外さないでやっていたんです。結局僕がバンド続けられなくなったりしてくじけそうになったときに、アジカンが引っ張り出してくれなかったらやめていたと思いますし、はじめて出会ったときにアジカンが「新曲です」って演っていたのがこの曲だったので、もう一度清書してアルバムに入れる運びになりました。そしてそのまま最初のヴァージョンを収録するのも違うと思ったので、一緒にやりたいと思える人たちとやって。Gotchさんに1番大事なところを歌ってもらってこのアルバムが完結すればいいなって思いました。
バンドとは違う道を選べるならそっちに
──今作のCDはブックレットがないデザインなんですね。
はい。デジタル・ブックレットになっていて帯裏のQRコードを読み込むことでサイトが見られるようになっています。すごくたくさんのサポート・ミュージシャンが参加してくれているので、それぞれSNSやHP等に飛べるようになっているんです。僕自身がサポート・ミュージシャンとしても活動しているので、聴いてくれる人がいろんな音楽にたどり着けたらいいなと思って。
──すごいですね。下村さんの発言や客演のラインナップを照らし合わせると、さっき話してくれたチャンスの話だったりがパチっとハマってくる気がして。選んだメンツなどについて、そういうことも意識されていたんですか?
正直そこは狙っていなくて。最終的に蓋を開いてみたらこうなった、という感じです。やっぱり信頼できるミュージシャンや好きなミュージシャンをたどっていったら意外としっかり身の周りにいてくれてるんだなって。
──これからワンマン・ライヴなどもあると思うんですけど、ライヴではどういった表現をしていくんですか?
新しい編成で4、5回ライヴをやっているんですけど、ライヴと音源はそれぞれ別の表現だと考えていて。シンセや打ち込みで作った部分はマニピュレーターを呼んで、しっかり鳴らしながら生演奏というアプローチです。そもそもギターが入っていない曲にギターを入れたりしているので。そこは結構チャンスやケンドリック・ラマーのように、同期を使いつつ横にミュージシャンがいるアーティストの自由さというか。バンドにはずっと同じメンバーでやっているからこそ生まれるグルーヴ感みたいな良さがあるんですけど、それをいまの形態で出すのは難しい。だからこそ毎回違う、自由で感覚的良な演奏をいい意味で適当にやりたいなっていう感じです。なので7人編成ではあるんですけどベースがいないのであればベースは同期で出しちゃうとかやっています。
──シェフは今後どうなっていくんですか?
ようやくアルバムをリリースして、ライヴの編成も少しずつ見えてきたんです。だからもっと今作を名刺代わりにして、自分のことを全く知らない人や自分が一方的に好きな人にコラボをお願いして、次のアルバムを作れたらいいなと思っています。このアルバムができたということは、バンドっぽいスタイルじゃなくてもいいということなので、より自由な編成でやっていこうと思っています。
──imaiさんが参加するとしても、何年か前までだったら全然違う意味合いを持つはずなんですよね。でもそれがアルバムに余裕で収まるっていうのはいまの流れですよね。今作も昔だったらコラボ・アルバムって言われるかもしれないけど、そんなことはどこにも書いていませんし。
海外ベースで言えば当たり前になっていますよね。何人編曲者やエンジニアがいようが、みんなが得意なことだけを持ち寄って最高のものを作ろうぜ、と。もちろん限られたメンバーでバンドをやる美しさもわかっているんですけど、そうではない道を自分が選べるのであれば、そっちに行こうかなという気もしてます。
──これを作ったことでバンドの呪縛からだいぶ解き放たれたんですね。
できないからっていうのもあるんですけど、残された選択肢でベストを尽くすって、そういうことなのかなって思います。
──このアルバムによって次作も期待してしまいますね。止まらずにどんどんリリースをしてほしいです。
そうですね、なるべく今のタイム感みたいなのは意識した方がいいと自分でも思います。
編集 : 鈴木雄希、鎮目悠太
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LIVE SCHEDULE
〈「Feeling」Release Show 〉
2019年11月9日(土)@名古屋Live & Lounge Vio
時間 : Open 17:30 / Start 18:00
チケット : 前売り ¥3,500 / 当日 ¥4,000 (+1D)
2020年1月13日(月・祝)@梅田Shangri-La
時間 : Open 17:30 / Start 18:00
チケット : 前売り ¥3,500 / 当日 ¥4,000 (+1D)
2020年1月17日(金)@渋谷WWW
時間 : Open 19:00/ Start 19:30
チケット : 前売り ¥3,500 / 当日 ¥4,000 (+1D)
【詳しいライヴ情報はこちら】
http://thechefcooksme.com/live.html
PROFILE
the chef cooks me
下村亮介(Vocal, Keyboards, Programming, Songwriting, etc...)
2003年結成。 ASIAN KUNG-FU GENERATION、Gotch (後藤正文)、チャットモンチーなど のサポートメンバーとしても活躍するシモリョーこと下村亮介によるバンド。
幾度かのメンバーチェンジを経て、管楽器/コーラス/鍵盤などサポートメンバーを迎えた10人編成のポ リフォニックなバンド·サウンドとなり2013年9月、後藤正文プロデュースのもとonly in dreamsより 3rdアルバム『回転体』をリリース。各方面から大きな反響を得、金字塔を打ち立てたと絶賛された 『回転体』はロングセラーを記録。アルバムをひっさげて約5年ぶりの全国ツアー『回転体展開 tour2014』を実施し、ファイナルは東京キネマ倶楽部公演でファンの大歓声の中、幕を下ろした。
その後もRECORD STORE DAY2014での7inchEPΓハローアンセム』のリリースや、各地の夏フェス にも出演、更なる編成変更をしながら常に前に進み続ける。 2016年4月には待望の『回転体』をアナログレコードでリリースし、「Return to the Focus Tour 2016」を東名阪で開催。東京は初のホールIMT.RAINIER HALL」での1日2公演を実施。 同年10月には“間違いなく自分の中で新しい扉が開いた”(シモリョー)という新曲「最新世界心心 相印」を含むTurntable Filmsとのスプリットシングル『Tidings One』をリリース。
2018年2月には新曲「NOW's the time」 を配信限定でリリース。クールなサウンドに心を打つメッ セージがのせられたシェフのニューアンセムは、来るべきアルバムへの期待感を感じさせる作品となった。 2019年、夏には東阪でのワンマンライブを控え、10月2日に前作『回転体』から約6年振りとなる待 望のオリジナルアルバム『Feeling』をKioon Musicよりリリース
【公式HP】
http://thechefcooksme.com/
【公式ツイッター】
https://twitter.com/TCCM_OFFICIAL