世に発信しようとするエネルギーこそが新譜になる
──10曲目の“ダンス”ですが、コーラスは誰が担当されているんですか?
猪狩:橋本絵莉子です。家で曲を作っているときに、ちょっと歌ってもらったらすごくいいなって。ちょっとパーソナルなものになりすぎた気もしたけど、結果的にそういう作品があってもいいんじゃないかという答えにバンド全体でなったんです。まさにsingularityですね。
野村:コロナ禍って、自分を見つめ直したり、家族とのコミュニケーションが今まで以上に深くなるじゃないですか。外よりも内を向いた時期に制作した曲に、猪狩さんの家族である橋本さんの声が入っているということは、猪狩家のあるべき自然な姿だし、すごく意味のあるものだと思ったんです。ひとりのシンガーではなく、ひとりの人間の日常を切り取った曲だから、このままでと伝えました。
──“ねじろ”もいい曲。ミックスする時に意識されたことはありますか?
野村:冒頭の「どうやら息するにも金がいるみたい」という歌詞に震えましたし、こんな曲をかける人は、絶対に猪狩くんしかいないと思ったので、歌以外の色々なものを削ぎ落としたシンプルなアレンジにしました。いちばん最後の「どうやら何は無くとも息はするみたい」という一節は楽器すらいらないなと思って、アカペラにしたりとか。このアルバムの曲に限らず、全曲に対して、とにかく一語一句、歌詞カードをみなくても言葉が聞き取れるようにミックスしています。
──“ねじろ”の歌詞について、猪狩さん教えてください。
猪狩:冒頭から歌詞に「金」が入っているんですけど、金という生々しいワードって、急に現実に引き戻される言葉第1位な気がするんです。ファンタジーもクソもないけど、「金」の代わりになる言葉がなかったんですよね。でも結局、金がなくてもどうにかなると僕は思っていて。それと同等か、それ以上に大変な思いをしないといけないという、生きにくさみたいなものはついてくるんですけどね。僕は曲を作るとき、メッセージ性は特に考えていなくて、あるとしたら共感なんですけど、“ねじろ”はその最たる曲かなと。
──なるほど。そして、最後の曲“人間賛歌”について教えてください。
猪狩:立ち止まらず、とにかく讃えようっていう曲だと個人的には思ってます。冒頭の「あなたは今日の事を話すだろうか 数年先の未来で」という歌詞が最初にできたんですけど、後々になって話す内容って意外と大したことないものが多いと思うんです。「すごい経験をしたな。これは後々話すだろうな」って思うことよりも、何気ない1日の方が先の未来で話していたりする。そういう会話がここ数年、特別なものになっていたのでそこから作っていきました。
中畑:この曲がアルバムを締めるものになると全員が感じていたと思います。最初はシンプルなバラード曲だと個人的に思っていたんですけど、最後アカペラ部分含め、壮大な曲になりましたね。
小西:この曲の制作時は緊急事態宣言も落ち着いていたこともあって、みんなで集まって取り組む時間がいちばん長かった気がします。リズム録りの前日くらいにイメージ共有があって、翌日リズムを録りながら、その場で色々試したりしてました。
野村:tacicaがtacicaである部分が今作で最も出ている曲だと思います。「枯れた花の名を思い出すだろうか 消毒液の匂いで」という歌詞があるんですけど、消毒液という言葉をこれほど強烈に印象に残る出来事として書いていることがすごいし、まさに現代を切り取っている曲だなと。そのあとに「なんでもない空の下 空の色 手付かずの庭」という歌詞が続くんですけど、この部分をフィールドレコーディングして、“Rooftop Hymn”という1曲にしました。
──さっきの話にでてきましたけど、“Rooftop Hymn”は“人間賛歌”から生まれたんですね。“人間賛歌”の落ちサビ部分「嘗て裸足で在って 離れ離れにも慣れて 繰り返していくもの それが人間だって」のところも、フィールドレコーディングっぽいですけど。
猪狩:そうなんです。同じ日に録りました。
野村:歌詞の通り、「なんでもない空の下でこの歌を歌ってほしい」というただのファン目線からお願いしました。
──では、改めてこのアルバムはどういった作品になりました?
猪狩:普遍的なバンドだとよく言われるバンドが特異点という意思を持った『singularity』というアルバムを出しました。これが普遍的かどうかは、いま確認できることじゃないと思うんですよ。この先どういう世の中になっていくのか、僕らはどういうバンドになっていくのかによって、普遍的なものなのか、もしくは『singurarity』(特異点) という作品になりえるかがわかると思います。
小西:16年やってきたなかで、レコーディング期間が最も長かったアルバムなんですよね。いままでやってこなかったことをやりつつ、いいことも悪いこともやってみて気付いたことが色々ありました。このコロナ禍と制作期間が合わさって、うまいこと一歩先に進める作品を作れたと思います。
中畑:制作しながらtacicaのふたりは楽をしないんだということを、一緒に制作をしながら改めて感じた作品です。
野村:素晴らしい作品になったと改めて思いますね。先日、ビリーアイリッシュが自宅でお兄さんとベット・ルームで作ったアルバムで、グラミー賞5冠をとっているというニュースをみたときに、音楽を作る場所がどうとか関係ないんだなって思ったんです。バンドって良くも悪くも不器用で不自由がたくさんあると思う。でも、猪狩くんの歌と小西くんのベースがあれば、どこで録音しようと、どんなアレンジをしようと、それはもうtacicaなんだと、今作を通して強く思いました。今作は僕のスタジオで録ったということにフォーカスしてほしくなくて。仮に今作が宅録であろうと、どこで作ったものであろうと、彼らが世に発信しようとするエネルギーこそが新譜になるんです。コロナ禍を通して、変化していく猪狩くんの心情が常にリアルタイムで形になっていくという、感慨深い作品になりました。