”らしさ”にいちばん囚われているのは自分たちかも
──では1曲ずつ教えてください。まず1曲目“Dignity”はどういった曲になりました?
猪狩:アルバムの1曲目は、自分を戒める意味をこめて、毎回遺書を書くつもりで作っているので、幕開けとして相応しいかなと。男だ、女だなんだっていう、LGBTQの問題とかあるじゃないですか。その問題に対して、偏見なんて持っていないと思っていたけど、小さい頃から培われてきた感覚に近い考え方が無意識のうちに出ている瞬間があったんです。それが固定概念に縛られている気がしてすごく嫌で。そういったモヤモヤを抱えながら作っていた気がします。
──2曲目“冒険衝動”は、いかがでしょう。猪狩さんのなかに、冒険衝動があったんですか?
猪狩:衝動で動けるなにかってすごく必要だけど、年齢とともになくなっていくものじゃないですか? 「冒険衝動に肖りたい事ばかりだよ」という歌詞から、自信のなさを感じますよね。小西はまだいっぱいあるよね。
小西:うん(笑)。冒険衝動=小西悠太かも。
猪狩:だからこれは「小西悠太にあやかりたい」ってことかな。
──(笑)。では、次の“BROWN”は? ものすごく情緒的な曲でした。
小西:猪狩の弾き語りライヴで聴いた時とは、アレンジでかなりイメージが変わりました。ベースのアプローチは弾き語りのギター1本の感じに寄せつつも、リズム隊で遊びながら弾き語り音源には寄せすぎないようにしようと、色々試行錯誤して完成しました。
中畑:...あのさ、BROWNのドラム、なんで最後まで残したの? ミックス後に聴いて、びっくりしたよ。これいるかな(笑)。
──あれ僕もびっくりしました!
野村:ドラムスティックをおいた音まで入ってます。叩きおわった後、ブースから中畑くんが出てきた時に、僕と猪狩くんで「かっこいい、絶対最後まで残そう」って。
猪狩:こういうかっこいいノリは、中畑さんがよくやってくれるんですよね。後まで色々やってくれるから、意識的にレコーディングを止めないことにしています。
──次は“stars”ですが、 2020年にシングルとしてリリースされていますね。
小西:すごく前に作った曲で、弦楽器ではない音をはじめてメインに持ってくるというチャレンジをしました。野村さんがピアノを弾いてくれたんですけど、ピアノを大体的に使ったのは、この曲がはじめてかな。
猪狩:tacicaらしさみたいなものに縛られているかもねってたまに話すんですよ。“らしさ”がプラスに働いているうちはいいけど、「こうじゃないといけない」はよくないよねって。その”らしさ”にいちばん囚われているのは自分たちかもね、とか。だから一度大きな枠から出てみようと思って作りました。
──なるほど。5曲目“space folk”はどんな心境で歌詞を書きました?
猪狩:珍しく怒っていた気がします。これもステイホームの時期に作ったので。愚かな人間よって感じですね。
──小西さんのベースはいかがですか?
小西:“space folk”というタイトルにも入っているように、アレンジはフォークソングに寄せていきたいと猪狩からきいていたので、そのイメージに寄せつつ。ただシンプルにはならないようにというところで。フォークはベースラインがシンプルなものが多いけど、既存のイメージとはあえて逆の方向にベースは向かっていきながら、フォークっぽさが出せたかなと。
──次のとても短い“Rooftop Hymn”は?
猪狩:このあとに収録されている曲の一部分を歌っているんです。これは、野村さん家の屋上で録ったので、タイトルが“Rooftop”だし、近くの子供たちの声とか、パトカーとかカラスの鳴き声とか、自然音が入っているんです。
──どの曲なんだろう? 次は、“デットエンド”。MVも公開されていますね。
猪狩:タイトルの日本語訳は“行き止まり”だけど、曲に対してネガティヴなワードはあまり出てこなかったので、MVも明け方の暗がりから朝になっていく感じにしたいよねとなって。だから僕らのなかでは、ポジティヴな曲ですね。
──次の “アロン”ですが、これは“Alone”(アローン)?
猪狩:最初は英語のアローンでした。でも歌詞にAloneと入れても、アロンと聞こえてしまって。だったらアロンという人物が存在している体で作ったらおもしろいんじゃないかと思ってアロンになりました。孤独な部分を、アロンと擬人化して、そのアロンが諭してくるイメージです。
──この曲のベース、特に最高じゃないですか!?
小西:自分はサビくらいで、ほぼ猪狩が考えてくれたんですよ。デモの段階からベースが入っていたんですけど、それがパンチがあってすごくかっこよかったので。
──アレンジは?
猪狩:アレンジが煮詰まってしまったので、とりあえずステムデータを中畑さんに全部渡したんです。そうしたら、中畑さんがパズルみたいに組み立ててくれて。この曲はアルバムで初出しですけど、僕らからしたらDaiki Nakahata Remix版みたいな(笑)。
──中畑さんと野村さんなしでは、tacicaは成立しないんじゃない?
猪狩:もう一緒にバンドをやっていると思っています。
──9曲目“GLOW”は、どんなイメージで制作しました?
猪狩:今作のなかでは、自分の感情に近い曲ですね。この曲は明るくないけど、ただすごく落ち着きますね。アルバムのなかで唯一、ネガティヴな感情をまとっているかも。サウンドもデモ用に録った音をほぼ使っています。デモの音っていい音よりも、その時々の気持ちが素直に入っているんですよね。だから音像も含めて、当時のステイホームのふつふつとした感情がすごく出ているかなと。
──中畑さんはどのようにアプローチしていきましたか?
中畑:いままでは、猪狩くんと陽ちゃん(野村) が考えてくれたアレンジに対してドラムを考えていたんですけど、この“GLOW”は、はじめて猪狩くんから直接ドラムをつけてくださいとデータをもらったんです。そのデータには、すでにドラムがもう入っていたので、それを元に自分なりに解釈をしながら完成まで持っていきました。
──野村さんにも色々お伺いしたいです。野村さんはレコーディング、エンジニア、プロデューサー。で、ピアノとかギターも演奏していると。
野村:そうですね。コロナ禍で行動が制限されて、そんな時って誰も経験がないじゃないですか。そういうタイミングで猪狩くんから生まれてくる作品を形にしたいという強い熱意がまずありました。それでミックスなどの相談を受けた時に、僕がプライベートのスタジオを作ったこともあったので、「そこでよければ、僕でよければ力になるよ」というところから今作の制作がはじまりました。
──野村さんがスタジオを立ち上げたタイミングと制作時期がちょうど被ったんですね。スタジオの名前はなんていうんですか?
野村:サニーサイドスタジオです。
猪狩:名付けた人がすごい人なんですよ。
野村:作詞家のいしわたり淳治さんがつけてくれたんです。(僕の下の名前が) 陽一郎だから、サニーサイドでしょって。いしわたりさんがつけてくれたならそれでいいだろうっていう(笑)。
──野村さんのスタジオで録音したのは、今作が初?
猪狩:そうなんですよ。「冒険衝動」から録りはじめました。録った場所や条件に関係なくここまでのクオリティを作れるんだとか、音作りも含めて聴いてもらえるとおもしろいかなと。