
キャリアを重ねたバンドであっても、感情の波は作品に現れる。1996年、シカゴで結成されたの前作『BOO HUMAN』は、ティム・キンセラが離婚という失意のうちに作ったアルバムだった。歌詞は叙情的で、パーソナルな面が反映されていた。ライナーノートでは、「他人に聴かせるものとして考えていなかった」と心中を告白している。それから約1年、の10枚目のオリジナル・アルバム『Flowers』が届いた。
「いくつかの曲は『BOO HUMAN』のセッション中にレコーディングしたんだけど、アルバム全体の流れにそぐわない曲がいくつかあって、『BOO HUMAN』とはまったく違うレコードを作りたいと考えていたんだ。数ヶ月は注意深くプランを練ったし、ときには新たな視点を得るためにまったく曲を聞かずに忘れて過ごしたりしたよ。結局、完成まで1年くらいかかってしまったけどね」
89年、ティム・キンセラは弟のマイクらとキャップン・ジャズを結成。現在に繋がるシカゴのエモ/ポスト・ロックシーンの草分け的な伝説のバンドとして活動する。95年の解散とともに2つの大きな流れに枝分かれし、一方はエモを牽引するプロミス・リング、もう一方はティムが率いるとなった。そこから10余年。父親の死、愛する女性との別離を経験しながらも作品を重ねた。
最初に述べたように、今作は『BOO HUMAN』と同時期に作られた曲が多く、ある意味で双子のアルバムといってもおかしくはない。英語の歌詞を理解できなくとも悲哀や哀愁の残り香が伝わってくる。しかし、1年という熟成期間を経て完成した『Flowers』は、10枚目という節目の作品であり、新たな一歩を踏み出す萌芽的作品でもある。彼自身の変化と共に、アメリカでは初の黒人大統領が誕生した。世界は変わりつつある。ティムの作品は、彼の内面だけでなく時代背景も照らし出している。大切な人たちの喪失という暗闇を経た目には何が映っているのだろう。忙しい合間を縫って、ティム・キンセラに話を聴いた。
インタビュー&文 : 西澤裕郎
翻訳 : 齋藤美枝子

INTERVIEW
—今作はどのようにして作られたのですか?
ティム・キンセラ(以下 ティム) : "ブー・ヒューマン" バンドで数曲、去年の夏のライブ・バンドで数曲(メンバーは、僕、トッド・マッテイ、ボビー・バーグ、ポール・クーブ、テオ・カティオニス)、僕、弟のマイク、リロイ・バックだけでつくったものが数曲ある。
いくつかの曲を宅録で始め、スタジオで、イーノの「オブリーク・ストラテジーズ」を使いながら、レイヤーを重ねていき完成させたんだ。「オブリーク・ストラテジーズ」というのは、帽子の中にある指示が書かれたカードをひくもので、カードには『演奏を一切せずに、その曲を連続4回聴きなさい。そして、その曲の途中から弾き始めて、最後まで到達したら、そのまま曲の最初に戻るという順で録音しなさい。』とか『バックグランドをフォアグラウンドにしなさい』なんてことが書いてあるんだよ。
—としては、10枚目のオリジナル・アルバムです。毎回、違ったコンセプトやテーマを持っているのですか?
ティム : もちろん毎回違うよ。だけど、最終的に異なるよう仕向けるためには、とてもシンプルな決定によることが多いんだ。たとえば、今回の 『Flowers』では、コラージュのような印象を与えるものをつくりたいと思っていたから、レコーディングの間中、そのアイディアが常に僕らの念頭にあった。今の世の中の人たちが、どのようにアルバムを聞くのか? 人々はアルバムを聞くのか? もしくは、好きな曲だけ数曲、シングルMP3で聞くのか? そういうことを考えた末、他のパートとのからみの中で、聞き手をより惹きつけることができるような方法で、アルバムに収める曲を1つに紡いでいきたかったんだ。
あと、レコーディングの最中に、このアルバムのためのアートが完成するようタイミングを図った。そうすることで、アートがこれまで僕たちが使ったことのない意思決定ツールみたいな感じになったんだ。迷ったときは、自分たちにこう尋ねることができた。『さて、こういう見た目の作品は何をするんだろうか? 』ってね。
『BOO HUMAN』のときは、僕がすべての曲のギターとボーカルのパートを完成させ、次に複数のグループが参加して、最後に皆でアレンジしたんだ。それに対して、今回は少なくない人数が常に現場にいた。何も曲を書かずに、または録音したものに違ったやり方で音を重ねていったりしながらね。同じ場所で作業するためには、今までと違ったアプローチを取ることが利点となった。その親密性が、僕たち皆にある種のディテールを当然のように理解させた。それは独創性を発揮する余地をさらに広げるんだ。
—の他にも、など複数のバンドやプロジェクトをお持ちです。その中でも、はどのようなバンドなのでしょう?
ティム : では、僕はボスみたいなもんだね。僕のほかに15〜20人の友達がいて、彼らはそのときの気分や責任によって参加したりしなかったりする。
なぜ僕がボスみたいなものかっていうと、それは常に現場に居合わせているからだ。物事をきちんと進行させていくことを僕は期待されているわけだ。でも、レコーディングやライヴのために友達が現れた時、彼らの役割は完全に彼ら自身で決めていいようにしている。
あるときは、以前レコーディングした時他の誰かがやったことを真似してみたり、またあるときは、自分が担当する部分をまったく新しく書き換えてみたりするんだ。そうすることで、他の人間が再度自分のパートを熟考することになる。結果、絶えず練り直しが行われ、新しいものへとなっていく。
は、僕たち4人の役割分担が明確に分かれている。まず、サムがギター・リフをつくり、そのあと全員で曲を完成させる。だけど、誰がに参加するのか、どんな風に機能していくのかについては考えたこともないんだ。

—アルバム全体を象徴するテーマやメッセージなどはありますか?
ティム : 自然に関するテーマがたくさんあるね。歌詞としてはとても抽象的だ。物事の関係は抽象的だからね。植物、花、自然の移ろい、再生、腐敗のようなことに関する特定の言及が多々あるよ。
—今作には“Explain Youreselves #2”と“Explain Youreselves #1”という曲が収録されています。面白いタイトルで一番好きな曲なのですが、どんなことを歌った曲なのですか?
ティム : そもそも、このアルバムには9曲が収められていて、すべてのタイトルが "Explain Yourselves" に 1〜9 の数字を加えたものだったんだ。僕は二人称で曲を書くことが好きで、歌い手である僕自身、そこにいる彼/彼女のことについてではなく、これを聞く受け手の君について書くんだ。命令的で高圧的なトーン(僕は好きじゃないんだ)を使わずにそれを実現するのは、とても難しいことがわかったよ。
"Explain Yourselves #2"は、少しセクシーだね。少なくとも、の他の曲と比べると。虚しさと脆弱性、そして他の誰かを愛することが真の意味でできるようになるには、自分自身に打ち勝つだけだということを歌った曲なんだ。
—アメリカでは、黒人初の大統領が誕生しました。当事国に暮らすあなたはどのようなことを感じましたか?
ティム : 僕はオバマの就任演説の場にいた。素晴らしかったよ。何十万人ものシカゴ市民、その中の数え切れない黒人の人たちの前で行われた黒人大統領のスピーチは、ただただ圧倒的で信じられないくらい素晴らしかった。
集まった人々の間にある喜びと深いつながり、アメリカの歴史全体がつくりあげてきた抑圧のシステムがついに打開されたという感覚。誰が自分の生きている間にこんな日が来るなんて予想できた? オバマ大統領の就任式をテレビで見ながら、僕は泣いたんだ。それは象徴的な意思表示として、本当にヘビーでパワフルで感情を掻き立てられるものだった。
でも結局のところ、彼も同じ権力者たちの操り人形でしかないことを、自分で証明してしまった。まず、大衆を大感激させた数々の公約を破ってしまった。そして、あろうことか不明瞭な予防拘禁を提示している。政府が嫌疑をかけたら、罪を犯す「前」に無期限に人を拘束できることを! 何をおいても、この国の経済の悪夢は続いている。

—大学で文学の勉強をされているとお聴きしました。どのようなことを学んでいるのですか?
ティム : 僕が勉強しているのは書くことのほうだよ。何かについて正式な方法で書くことを学ぶことと同様、僕たちが勉強しない何かが意味を持つということをどう伝えるかにとても特化した勉強だ。
来秋、大学1年生に教えるために僕が考案した授業を開始するんだ。その講義の名前は、エクスタティック・ステイツ・オブ・アメリカ。アメリカのユートピアに関する考えの歴史についての授業だ。
(訳者注 : エクスタティックは熱狂的な、恍惚状態のという意味で、ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカにかけている)
だから、この講義に関する文献を読むことに、今はいっぱいいっぱいなんだよ、どう政治と神秘思想が重なり合うかってこと関してね。
—「アメリカ人の日常」を感じられるような本があれば紹介してほしいのですが。
ティム : エルドリッジ・クリーバー、ジョージ・ジャクソン、ハキーム・ベイ、デイビッド・フォスター・ウォリス、ケニス・パッチェンの「アメリカ人の日常」は、それぞれがまったく違うし、彼ら全員、僕が教える同じくらい特殊な講義の一要素でもあるんだ。もしかしすると、通販のカタログと聖書を推薦した方がいいのかもね(笑)
—日本でライヴをする予定はありますか?
ティム : 残念ながらないんだ。今はちょっと厳しいね。僕たちがやっているような類のバンドで、十分な生活費を稼ぐことはできないから、皆違う仕事を持っているんだ。最近は金銭的な理由で、僕たちがしたいだけツアーをすることが難しいんだよ。
Profile
シカゴのポスト・ロック〜EMOシーンにおける先駆的な存在としていまや伝説の域にあるキャップン・ジャズ。そこから果てしない数の素晴らしいバンドが産み落とされた。プロミス・リング、アメリカン・フットボール、、、マリタイム、アウルズ、フレンド/エネミー、エヴリワンド、ヴァーモント…まだまだある。そんな広大なファミリー・トゥリーの、限りなく中心に近い場所に君臨するバンド、それがティム・キンセラ率いるだ。オリジナル・アルバムとしては8枚、他にもEPや、企画盤、ライヴ盤などをリリースしている。さらに、別ユニットやソロ・アルバムなども含めると、優に50枚以上のアルバムを生み出し続けている。2003年には、の常連メンバーである4人で、を結成。あえてメンバーと楽器を固定したロック・バンドとしての可能性を追求。2度の来日公演を成功させている。
- website : http://www.joanfrc.com/
- & record catalogue page : https://ototoy.jp/them/index.php/LABEL/6248

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