乳化して辿り着いた、流動的で肉体的なDUBサウンド
午後から降り出した雨が、いっこうに止む気配のない日曜日。渋谷のライヴ・ハウスLUSHでは、音楽イベント<○音〜yu-inn〜vol.9>が開催され、溢れるばかりの人で溢れていた。17時半頃登場した、(以下、あら恋)は、一瞬で客席の雰囲気を変え、客の興奮と熱気を上昇させた。フロアは波打つように揺れ、30分弱のステージは嵐のように終了。隣にいたカップルが放心状態になっている姿を見て、このバンドのライヴがただ事でないことを確信した。あら恋のフロントマンである池永正二は、ピアニカ奏者でありトラックメイカーでもある。実質的なバンドの総指揮者であり、音楽だけでなく映画にも造詣が深い。叙情派エレクトロ・ダブ・ユニットと形容されるあら恋は、これまでに3枚のオリジナル・アルバムを発表している。池永が作ったトラックを不特定メンバーがサポートするスタイルから、去年以降は現在のメンバーに固定。それ以降ライヴを重ね、グルーヴ感は一層強固なものになった。そして完成したのが、今回のライヴ・アルバム『ラッシュ』である。
「アルバム・タイトルに『ラッシュ』ってつけたのは、ライヴをした場所がLUSHっていう理由もあるんですけど、混むとか集合するとかを示す「RUSH」の意味もあるんです。あと「LUSH」は豊かなとかお酒を飲むとか、そういう沢山の意味がある。その他に「RASH」「LASH」という単語もあって、4つのラッシュがあるんです。だからアルバム・タイトルは、カタカナで『ラッシュ』にしました」
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『ラッシュ』に収録されたライヴ音源は、2月13日に渋谷LUSHで公開録音されたものだ。当日、筆者は観客の一人として現場にいたが、客席は緊張感に包まれ、どこか落ち着かない雰囲気だった。対照的にバンドはいつも通りのライヴをやり切り、普段通りのあら恋のライヴが演出されていたと思っていた。だが、池永のコンディションもいつもと少し違っていたようだ。
「めちゃめちゃ緊張してましたよ。緊張しすぎて、リハ終わってバタンと倒れてたんですよ。急な悪寒と発熱に襲われて、腸炎になっちゃって。終わってから吐いて、速攻救急病院に担ぎ込まれたんです(笑) だから、DVD観てもらったらわかると思うんですけど、マスクしてるんですよね。あれ、ほんまもんなんですよ。寒い〜寒い〜って(笑) リハまでは元気だったんですけどね。リハ終わって、いけるわと思った瞬間、悪寒がしてきて。丁寧にやるより、いつも通りやったほうがうちららしいやろうって臨んだんですけど、録音して盤にするという責任感から、やっぱり緊張していたんでしょうね」
元々、アルバムとライヴのギャップを見せていきたいという考えを持つ池永。聴く時の音響や音像を考えて作成しているCDに対し、ライヴにはその場でしか感じ取ることの出来ないスペシャル感があるという。メンバーは、その2つの違いを、小説とそれを原作にした映画を例に説明してくれた。小説を読んで映画を観ると、同じ内容でも伝わり方は全然違う。音楽にしても同様で、CDで聴くのとライヴを観るのでは、楽しみ方のベクトルが異なる。そうしたギャップはバンド名にも現れている。<>というバンド名と、オーガスタ・パブロを想起するDUBサウンド。そうしたギャップは、池永の生き方や考えを象徴している。
「好きや! って言ってても嫌いな部分はある。嫌いや! って言ってても、イヤよイヤよも好きのうちみたいな部分がある。そういう真ん中の灰色の部分は大切だと思うんです。言い切ったほうが伝わりやすいし良いとは思うんですけど、なかなか言い切れないんですよ。メンバーに関しても、キム(drum)は言い切る。剣君(bass)は全然言い切れない(笑) クリテツさん(テルミン、パーカッション)は言い切るほうかな。論理って、確かに1つの答えを導くかもしんないけど、並べ順を変えたらそうではない答えに辿り着くこともある。バンドも全員が同じ考えで、同じ方向を向いているわけじゃない。かといって、バラバラにやっているわけじゃなくって、一人ひとりやっていることがアンサンブルになった時、リズムにのって、和音になって、和声になったときに出てくる音ってあるわけじゃないですか。つまり、バンドって乳化だと思うんです。一人ひとりが向かう感情が集まってドカンとなる。それって乳化するってことじゃないですか」
あら恋にとっての乳化が一番反映されるのは、やはりライヴであろう。それゆえ、今回のライヴ・アルバムは、あら恋を理解するためにはもっとも重要な作品である。もともと宅録で音楽を作っていた池永が、肉体性を持ったバンドへと乳化した状態が収められている。言い換えれば、彼等の第一次集大成とも呼べるのかもしれない。
「今回、ライヴ・アルバムを作ろうと思って、色々なライヴ・アルバムを聴いたんです。BOOWYの『Last gigs』や、じゃがたらの『君と踊りあかそう日の出を見るまで』とか。それらは、全部ドキュメンタリーの方向で制作されていたんです。その場の空気感を事実として盤に残すっていう。でも、うちらが別に今、盤に起こす必要はないんですよ。『Last gigs』がなんで今でも残っているかというと、バンドが解散しちゃったからライヴ感は味わえないわけじゃないですか。だからせめて盤で聴きたいっていう。うちらの場合、まだまだライヴをやっていきますからね。だから、僕らが今ドキュメンタリーを録る必要はない。ドキュメンタリー感っていうのは、現場でお客さんに見てもらったほうが、空気感や演奏者の熱力などが伝わるんですよ。それやったら、ライヴに来て聴いてもらったほうがええやんって話なんです。」
「それを踏まえて考えたとき、『ラッシュ』は、手法としてフェイクで作ったらどうかなって思って、フェイク・ドキュメンタリーっていう手法は有効だと考えたんです。フェイクメンタリーっていってるんですけどね。どういうことかっていうと、ライヴでやりたかったものを、もう一回再構築しようじゃないかと。虚構で現実を作るっていうことなんです。ドキュメンタリーって、プロットはありますけどシナリオはないわけじゃないですか。こうやってインタビューしてても、シナリオはない。つまりドキュメンタリーなわけです。そうじゃなくて、事実を見せる手法として、シナリオで作りこむんです。ドキュメンタリーっぽい見せ方をフェイクで作る。虚構で事実を作り上げていくんです。そもそもライヴ自体虚構なんですよ。シナリオがあるわけじゃないですか。曲構成とか曲順てのは、全部あらかじめ決められているわけじゃないですか。そこにプラスされるお客さんの反応っていうのは、もちろんドキュメンタリーではあるんですけど、ドキュメンタリーの部分っていうのは、ライヴに来て感じてもらった方がよりリアルに伝わると思うんです。だったらそのライヴ感を伝えるために、ライヴ録音した音以外の音を、つまり虚構を入れていこうじゃないかと。それで、日常生活の音を入れています。」
「うちらがライヴをどうしてやっているかっていうと、生活感ですよね。ライヴ=生活じゃないですか。LIVEすなわち、住居、住むとかってそういったもの。だからライヴで力が出るところって、生活感の部分だと思う。それを盤に落とすってなった時に、だったら生活音を入れたらどうだろうって思ったんですよ。で、SEとか子どもの声とか、うちらの周りの生活の音が入っている。イントロが終わって、ピアニカのバックに学校のキンコンカンコン・メロディが入ってるんですけど、それもメンバー的に入れちゃう。チャイムの音が、メンバーなんです。ピアニカの音とハーモニーになってるんですよ。そうした音が入ることで、ライヴ=生活っていうのをイメージとして染み込ますことができたのかなって思ってます」
繰り返し述べるが、『ラッシュ』はデビューから現在までの、あら恋の集大成的な作品である。ライヴ・バンドとして血肉化された楽曲たちは瑞々しい生命力を放っている。がなぜここまでスペシャルなバンドとして成立しているか? それは、各メンバーがプレイヤーとして確かな腕の持ち主だからだ。いくらメロディや楽曲がよかろうが、それを表現しきるスキルが無ければ台無しになってしまう。しかし、あら恋の場合DUBという手法ももちろんのこと、各楽器の作る音が素晴らしい。だからこそ、以下の発言で、この先に大胆な変化があるかもしれないと自信を持って答えることが出来るのだろう。
ここまで完成度の高い作品を作ってしまい、逆にこの先バンドはどんな音楽を作っていくのですか? というおせっかいな質問に、池永は以下のように答えてくれた。この先のあら恋の展開がより一層楽しみだ。もっともっと乳化したあら恋を期待している。
「ポッと思ったのがね、2枚組を作りたいなと(笑) 多分、アイデアは広がると思うんですよ。実際作り出したら焦点が合わなくなる可能性はありますが、イメージは広げた方が絶対おもしろいものが出来ると思うんです。このアルバムで、バンドっていうベクトルがプラスされたわけなんで、まだまだ面白そうな可能性があら恋にはいっぱいあると思う。こだわっている部分は角度的に広がってるんで、ピアニカにこだわる必要もないんかなーって思って。歌もありですし、ピアニカでメロディを奏でなくても、他のものでやってもいいし。極端な話、メロディがなしの曲もありなのかなって。今までの曲は、メロディとかサビにこだわってたんですよ。メロディを見せようって。ダブやレゲエ、テクノの打ち込みとかって、メロディがメインにこない曲が多いわけじゃないですか。だったら、そういう音楽にメロディをのせたら面白いんじゃないかなっていうのがまずあったんですよ。そのこだわりが、ライヴをバンドでやりだしてからなくなってきました。こだわり自体がだんだん緩くはなってきたのかなと思うんです。だからこのライヴ・アルバムは僕の中では転機になるのかなって。転機かどうかは10年後になってみないと分からないですけど。感覚的には常に面白そうなものが出来そうって期待はあります。だから、色々とやってみたいことだらけですね」
(text by 西澤裕郎)
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Profile
ピアニカ奏者/トラックメイカーの池永正二を中心とした、叙情派エレクトロ・ダブ・ユニット。これまでに3枚のフル・アルバム『釘』(03年)、『ブレ』(05年)、『カラ』(08年)を発表している。そのほか、あがた森魚、はっぴぃえんど、赤犬、等のトリビュート/リミックス・ワークに参加する一方で、映像的なセンスを持った音楽性が高く評価され、映画音楽、演劇音楽の製作も手掛けている。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2008出品作品、映画「青空ポンチ」(柴田剛監督)/音楽担当は08年公開。演劇「パンク侍、斬られて候」(山内圭哉主演・脚本/町田康原作)/音楽担当は09年初頭に全国規模で再演。
2009年初夏、フェイクメンタリー・ライヴ・アルバム「ラッシュ」発売予定。
シンガー・ソング・ライター「ゆーきゃん」とのコラボレート・ユニットでも活動中。
- website : http://www.arakajime.com/
- blog : http://arakajimediary.seesaa.net/
- 対談「poodles×あらかじめ決められた恋人たちへ」 : https://ototoy.jp/feature/20080924
- 対談「あらかじめ決められた恋人たちへ×はせはじむ」: https://ototoy.jp/feature/20081015
LIVE SCHEDULE
- 7月11日(土) eetee @下北沢BASEMENT BAR + WEDGE
- 7月14日(火) ビイドロ「冗談の王様」発売記念 「クローズアップ 世界 第2回」 @下北沢シェルター
- 7月18日(土) 「ヒカリノミナモト vol.13 〜VARIT. 5th Anniversary〜」 @神戸VARIT
- 7月19日(日) CINRA presents 「exPoP!!!!! 2009 夏休みスペシャル!!!!!」 @O-EAST
- 7月20日(月) UWAN×僕の京都を壊して-day2 @京都METRO
- 8月1日(土) oak×LUSH presents[MUSHROOM] @shibuya LUSH
Discography
『ブレ』
あらかじめ決められた恋人たちへ、が奏でるメロディの奔流は、心にたまった澱みを洗い流し、過ぎ去った日々を思い出させてくれる。メランコリックな打ち込みサウンドをバックに、一音一音丁寧に吹き鳴らされるチャイルディッシュなピアニカの息遣いが、雨の匂いに嗅いだ時のように、忘れていた記憶を鮮やかに呼び覚ますのだ。リリシズムに満ちた傑作のセカンド・アルバム。
『カラ』
カラッぽ、カラカラに乾いた、空、空虚、空色、色を塗る(カラー、color、色彩)、cara(スペイン語で表情≒色彩)、カラっぽでカラカラになったものに色を塗る、カラっぽでカラカラになったところから色をつける≒DUB(元音を分断して色付けしていく作業がDUB、元音=音楽に向かう衝動=空っぽでカラカラ、そこから響かす、ディレイする)。から(fromの意味)、つまりルーツ。大阪から、東京から、日本から、地球から、あれから、それから、これから、殻、kara(エスペラント語で大切なものの意味)