毒のない麻薬や、アルコールのない酒。害だけを排除した商品が、冗談でなく受け入れられる昨今、自己責任や成果主義といった白黒をつけたがる傾向は強い。しかし世の中の現象は、はっきり二分出来るのものばかりではない。人間の数だけ主張は異なるし、世界は数多くの人間で構成されている。
工藤冬里率いるの新作『セ・ラ・デルニエール・シャンソン』には、177曲の楽曲(bonus discを合わせると237曲)が収められている。最短11秒、最長3分の各曲から感じることができるのは、二分できない部分であり、人間が楽器を奏でることで生じる微妙なズレである。70年代より活動し、陶芸家としての顔も持つ彼の言葉は深淵で難解であるが、「言葉は楽曲よりも遥かに重要」という発言の通り、行間に漂う重みは我々を思慮の海へと導く。敢えてミステイクを間違えとして排除しない理由は、以下のインタビューを読んで欲しいが、<正しい間違い>というのはひとつのキーワードとして、あなたの日常生活にも当てはめられる概念である。
1970年代から活動し続ける工藤冬里。彼の作品が普遍性を内包しつつ、どこかコンテンポラリーであるのは、様々な人種の<正しい間違い>が作品に収められているからなのかもしれない。音楽を聴く瞬間、文章を読む瞬間、大切な人と過ごす瞬間。人生は一度しかない。
インタビュー & 文 : 西澤裕郎
Interview
ー今作は、シェルブールで「初見プロジェクト」スタイルによって録音されたそうですが、初見プロジェクトとは具体的にどのようなものなのでしょう?
理論なんて皆後付けですよ。やっているときは何も考えていません。参加したのは日本から数名、デンマーク在住中国系カナダ人が1人、、地元ノルマンデイー人が3人、イングランドから来たidolyな(何もしない)女の子、ホームレスのアメリカ人というかマクラウドが1人、あとは覚えてないです。
ーCD2枚組177曲収録(bonus discを合わせると237曲収録)と、膨大な曲数が収められています。意図的にこれほど多くの曲を収めたのでしょうか? コンセプトがあれば教えて下さい。
177 songs of maher shalal hash baz というタイトルを思いついたのでそれに合わせて録音しました。
ー工藤さんは陶芸家としての顔もお持ちです。音楽と陶芸で、それぞれ表現方法をどのように使い分けているのでしょう?
演奏もロクロもリアルタイムで手間をかけないという点では一緒です。音は加工しないし、ロクロ上の成形も後で削ったりしません。曲はひとつのインスピレーションだけで作られており、粘土もひとつの地層から取ったものをブレンドしないで使います。
ー<ザ・マスター・オブ・ミステイク>とも言われる工藤さんですが、不協和音や演奏ミスに関しては、どのようにお考えになっていらっしゃるのでしょう?
なるべく間違えたくないですが、間違った間違いと正しい間違いがあると思うんです。間違えて間違う人は人生が何度でもあるかのようにして間違えます。人生が一度しかないのに間違う人はそれなりの覚悟があって間違うのですから、正しい誤り方というのがあるのではないかと思います。
ー社会の流れとして、間違いと思われるものやノイズとなるものは排除される傾向にある気がします。例えば、モスキート音を使い若者を一掃したり、アートと称した起伏のある器具を公園に設置してホームレスを排除したり。しかし、そうした方法で少数派を排除することは、根本的な解決でも何でもないと思います。だからこそ、工藤さんは音楽でそうした部分を表現しているのではないかと僕は思いました。こうした解釈をどう思いますか?
コーネリアス・カーデユーは、誰かが間違ってもその人だけやり直すことで曲が複雑で豊かなものになっていくというミニマルの曲を書きました。音楽家の使命(?)を自覚している作曲態度だと思いますが、自分はそこまで社会主義者ではない。やりたい曲を自分のエゴで実現しようとしているだけです。ドロップ・アウトしたある少数派を代弁しているという意識はありますが、それはアラン・ヴェガが「スマートな聴衆」と呼んだ層と重なる面とそれにすら重ならない面とがあります。
ー楽曲に対して言葉はどのくらい重要だとお考えでしょう?
言葉は楽曲よりも遥かに重要です。歌詞がなくても楽曲は無意識に言語化されていると考えれば、さらに重要です。双方共音速に支配されています。どちらが先に音速を超えるかで勝負が決まります。聴く前に泣いているようでは初めから負けています。言葉は音のフレームです。
ー工藤さんは70年代より活動されていますが、この期間で大きく変わった考え方や表現方法はありますか?もし、ご自身で変わったと思うことがあれば教えて下さい。
ずっとパンクだと思っています。
ーパステルズや、テニスコーツなど数多くのアーティストがマヘルを信奉していますが、逆に工藤さんがシンパシーを感じたり、目標としたりするアーティストはいらっしゃいますか? 差し支えなければ、教えて頂けませんか?
mary halvorson、captain beefheartです。
ー今後のマヘルの展望があれば教えて下さい。
次はまたドミノから出す予定です。スタジオのある松山在住か松山まで来てくれる演奏者(特にストリングス)を探しています。
Profile
ロック、現代音楽、ジャズ、フォークを飲み込んだ唯一無二の工藤/マヘル・ワールドは、自らのレーベル、ジオグラフィックの1stリリースにマヘルを選んだパステルズをはじめ、『他の岬』ライヴ盤に参加したジム・オルーク、ビル・ウェルズ(共演作あり)、テニスコーツ、ティーンエイジ・ファンクラブ、マウント・イアリ、ディアフーフら多くのミュージシャンをも魅了し、UK、アメリカやオーストラリアなど何度となく海外ツアーを行っている。
- website : http://www.geocities.com/tori_kudo/mahershalalhashbazrealtruenojokingofficialhp.html
- blog : http://elogedelamour.blogspot.com/
LIVE SCHEDULE
Maher Shalal Hash Baz“C’est La Derniere Chanson Release Tour”
- 8月20日(木) @渋谷 O-nest
- 8月25日(火) @名古屋KDハポン
- 8月26日(水) @京都 UrBANGUILD
Discography
『他の岬』
これまでパステルズのジオグラフィック、テニスコーツのmajikick、渚にてのOrgから作品を発表してきたマヘルのKからの第一弾。ダブ・ナルコティックにて、日米混合19名のプレイヤーにより録音された。
『L'Autre Cap Live Recorded At Shinjuku JAM 7-4-2006』
アルバム録音から1週間後に東京で行われたアルバムと同曲順のライヴ(ジム・オルーク、植野隆司他参加)盤。
maher shalal hash bazの信奉者たち