1枚目のラスト・アルバム
福島出身のソロ・アーティストの意外な一面
からりと晴れて少し蒸し暑いくらいの新宿駅東南口のビル前では、忌野清志郎の復活ライヴの映像が流れていた。画面の中で元気そうに歌う清志郎は、もうこの世にはいない。頭でわかっていても、映像の中の彼は気持ちよさそうに歌い、ライヴの空気感が行き交う群衆を包んでいた。
待ち合わせの時間ぴったりに、はやってきた。写真で見る通り、繊細で穏やかそうな印象を受ける。挨拶もそこそこに新宿の喧噪を抜け、黄色い看板が印象的な喫茶店に入ると、彼は少し遠慮がちに瓶ビールを注文した。14時の喫茶店。CDや写真のイメージとは違う行動に少し驚いたが、僕も付き合うことにした。
「hideちゃんのギター持って歌う姿に憧れて、中学1年の時にバンドを組んだんです。中学の頃はコピーばっかりで、高校に入ってオリジナルをやり出すようになりました。最初はギターだけ弾いていたのですが、ヴォーカルがいなくなって歌う人がいなくなってしまったので、じゃあ私が歌うかって。進学を兼ねて東京に来たけど2年目までバンドを組めなくて。それでも、高校の時に知り合ったmonokuroの紹介でライヴに出させてもらうようになりました」
東京で活動を始めるも21歳の頃に、バンドは解散してしまう。ギターのきっかけはhideだったが、バンドを組もうと思ったのはビートルズの影響が大きいという。橋本は、バンドで演奏することの楽しさや重要さを折に触れ口にした。ソロ・アーティストとしての自覚が強いものとばかり想像していた筆者は戸惑うばかりだが、少年のように屈折のない笑顔で語る彼を見ていたら、本当にバンドが好きなんだなと思わざるをえなくなった。実は、はインタビューの数日前にバンドを結成していた。
「ソロっていうのは制約が多くて。例えば弾き語りが出来なきゃいけないとか。でも、せっかくソロでやる機会なんだから、色々やってみようと思って。そうは言っても憧れるのはやっぱりバンド。曲を作っていても、アンサンブルを考えて作ってしまう。『』は、これまでのソロ活動を総括するアルバムにはなったかな。これからは、作り続けた曲を食いつぶす作業に入ろうと思って。日の目に出なかった曲とかをバンドでやりたい。バンドになったら、ソロとは違うとこが大事になるから。アンサンブルとかバンドの気持ちの持ってき方だとかを意識したい。もちろん、一人でやることで勉強になることは多くって。私はどっちかというと引きこもっちゃうタイプだから、作り出したら外でなくなっちゃう。ライヴもやらないときはやらなくなっちゃったりしたし。それでも、色んなミュージシャンと競演させてもらう機会が多くて、バンドで活動していたら味わえないことも沢山経験させてもらいました。」
名義の『』には、バンド・サウンドはもちろん、シンセサイザーや打ち込みなども使われている。1曲目の「アルシテン」は、トム・ヨークのソロ作品を想起させるし、他の曲からは山崎まさよしや斉藤和義など日本のシンガー・ソングライターの姿も浮かんでくる。その中でも、一番類似するアーティストは中村一義だろう。音を聴いて、メロディは頭に残るけれど歌詞が頭に入ってこない。それは、言葉の区切る場所が句読点の位置になかったり、キャッチーなメロディに対して抽象的な歌詞で歌われていることが大きく影響している。歌詞への思い入れを聞くと、意外な答えが返ってきた。会う前に思い浮かべていた像は、瓶ビールの中身とともになくなっていた。
「曲に関して、歌詞の重要性はすごく低いと思うんです。リズムがあってメロディ、そして最後に歌詞が乗る。洋楽を聴く機会が多いので、歌詞だけで聴かそうとはまったく思ってないです。歌詞は聴き手を揺さぶることのできる道具だと思っています。そもそも、私が歌詞に選ぶ単語のハードルはすごく低いと思うんです。例えば、この言葉はロックだろうっていう言葉は使ってなくて。相当好きなミュージシャンじゃないと、最初から歌詞カードを読みながら聴くってあまりないじゃないですか。だから、何より響きを大事にしたい。」
じっくり言葉を選んでいる隙を伺って、瓶ビールを追加で注文した。橋本のグラスにつぐと、あっという間に飲み干してしまった。顔色は全然変わらない。かといって饒舌になるわけでもない。終始自分のペースは崩さない。
『』は、すでにCDとしてパッケージされ、自身のHPで通販発送がされている。橋本がひとつひとつ梱包をして全国のファンに作品を送り出しているのだ。
「2年前の3月くらいに、『DiGGiN' UP BLUE』っていう全国流通のコンピレーション・アルバムに参加したんです。それで聴いて私のことを知ってくれた人が多くて。実は、それがソロを続けようと思った大きな理由でもあるんです。そのアルバムを通じて、全国の人からメッセージもらったりして、助けられた部分が大きい。だから、ライヴで全国回れないのも申し訳なくって、CDは感謝も込めて自分で送っています」
ビールを水のように呑む姿は意外であったけれど、聴き手に対する感謝や丁寧な受け答えは彼の真摯さを示している。新宿駅前で流れていた清志郎のDVDは、まるで橋本のインタビューとシンクロしているような気さえしてきた。映像の中の清志郎は、バンドで歌えることの嬉しさを噛みしめるように歌っていた。橋本も、新しいバンドできっと楽しそうに歌うのだろう。ちなみに新しいバンドの名前は「sominica」という。筆者にだけ名前の由来を、こっそり教えてくれた。橋本と僕は、ビールの酔いとともに笑った。最後の最後まで、意外性に富んだ人だ。そして、バンドのことを嬉しそうに話して、晴天の雑踏に消えていった。
「バンドって楽しいものなんですよ。『』は、1stアルバムにしてラスト・アルバムになってしまうわけですけど、今までの活動を総括したいいアルバムになったかなと思っています。これからバンド形式で活動をスタートしますが、曲のコアの部分は変わらないので、楽しんでもらえたらと思います。いいメンバーも集まったし、ヴォーカルだけじゃなくメンバーの色が楽器に反映されるので、是非楽しんで欲しいですね」
(text by 西澤裕郎)
プロフィール
2006年 前身バンド解散後個人名義での活動をスタート。
2007年 コンピレーション・アルバム「DiGGiN' UP BLUE」参加。
2009年 初夏より新バンド体制での活動に移行。
LIVE SCHEDULE
- 6/13 (土) sominica presents @Zher the zoo代々木
open/start 18:00/18:30
w/ 吾妻仁美 / ブルウフロッグ / 有明 / sominica(g/vo 橋本裕弥, g 永井善敬, b 坪光成樹, dr 松本和馬)
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