瑞々しくも愛おしい記録
さかなを初めて聴いた時の事はよく覚えている。当時ルーム・シェアをしていた友人が部屋でかけたそれは、一瞬にして僕の耳を奪った。
「ねえ、今聴いてるのって何?」
「これ? さかなっていうんだよ。これは『リトルスワロウ』っていうアルバム。いいでしょ。気に入った?」
なんて大きな歌なんだろう。身も心もとろけるような音楽とはまさにこれだと思った。それ以来僕は彼らの音楽の虜になったままだ。何とも抽象的な言い回しになって申し訳ないのだが、どうしても彼らの音楽を他のポップスと同じような語り口で表現する事が出来ない。それを聴くと、一瞬だけれど他が色褪せて見えてしまうような音楽が、片手で数えられる程だが僕にはある。さかなの音楽はそのうちのひとつなのだ。
そんなさかなの活動初期の作品4枚がひとつのパッケージとしてまとめられ、再リリースされる事になった。今改めて聴くと、彼らが当時どれだけ音楽的な発想に溢れ、それを具現化するために格闘していたかを感じる。そして、彼らが「さかな」という唯一無二の音楽を確立し、この後『My Dear』『Blind Moon』といった名立たる名作を生み出すまでのドキュメンタリーとしても楽しむ事が出来る。どれもかけがえのない、美しい記録だ。
インタビュー&文 : 渡辺裕也
INTERVIEW
—今回、活動初期の作品をまとめて再び発表する事になった経緯を教えてください。
西脇一弘(以下n) : 約二年ほど前に今回の四枚のアルバムは再発売されているのですが、その時のレーベルから、今年再び再発したいのですがどうでしょうか?と連絡を頂きました。ならば音源のリマスターとジャケットを新たにしたいことを希望したら、では四枚組で安く出しましょうか、と云う話になりました。
—この4作品を聴いてみて、何か新しい発見、あるいは改めて気付かされた事はありましたか?
ポコペン(以下p) : 経験の無さはこんなにも若者を大胆にさせるのだなぁと思いました。荒削りではありますが、あの頃にしかできない発想によるもので、今はどんなに望んでも手に入らないパワーがありましたね。
n : 新しい発見と云うのは特にないですけれど、改めて気付いた事は、この時期の、林山人と三人でやっていた「さかな」はつくづくシンプルなバンドだったのだなと思いました。三人が集まって、「何か音楽作ってみようよ」と云うただそれだけだったなと。あと僕にとってはこの二人と出会って音楽を一緒にやりたいなと思ったことが大きな出来事だったなと思いましたね。現在の二人でも基本的にそのことは変わっていないのですが、今回の初期音源からは、そうやって始まって、試行錯誤をしている様が分かりやすく感じられるんじゃないかなと思います。
—それぞれの作品についてお話を聞かせてください。まずは『マッチを擦る』。この作品はひとつひとつの奏でる音がとてもパーカッシブで、ポコペンさんの歌が非常に控え目な事もあってか、さかなのディスコグラフィの中でも異色の作品に聴こえます。その一方で本作の主体となっている1フレーズをループさせながら展開するソング・ライティング方法は近作でも引き継がれています。この作品から現在に至るまで変わったと思えるもの、逆に変わっていないと思えるものはなんですか?
n : このアルバムではまだ何がしたいのか探っている状態ですね。歌をメインに据えて曲作りをしようと思い始めるのは次作の『水』からです。曲を作る上での考えはその時作ってみたい曲を作っているに過ぎないので、あまり変わっていません。ただ、作ってみたものの中から「歌が気持ち良く歌えるもの=気持ち良く一緒に演奏出来るもの」を選択するようになって、それを自分たちになりに進めてきたつもりです。
p : 私が西脇君と知り合ったころ、西脇君が私がそのころやっていたバンドのライヴを観に来てくれたんですけど、そのバンドで私はギタリストだったんです。で、その後、一緒にバンドやろうよって誘ってもらったんですけど、ギタリストとしてだったんですよね。歌も「よかったら歌ってみれば」みたいな感じで。だから最初期のさかなは別に歌ものとして始まったわけではなかったと思います。当時は歌で主張するような感じではなかったですね。
—続く『水』は、前編で鳴っている残響音と深いリヴァーヴが、タイトル通り「水」をイメージさせます。このイメージは『ワールド・ランゲージ』でも感じられます。当時、この「水」というコンセプトのどういうところに惹かれていたのですか?
p : 自分には考えも及ばない風変わりな世界でした。でもこのスカスカでフワフワした感触は優しく穏やかで気に入りました。西脇君と山人君は音楽を作ると云うより、なにか実験をしているような様子で私は目を見張るばかりでしたね。
n : たいした意味はありませんでした。水から連想する浮遊感、柔軟性などに惹かれていたのだと思います。
—『夏』は前の2作を踏襲したようなバランスの取れた、今回の4作品の中で最もポップな作品に仕上がっています。その一方で同時に録音、リリースされた『ワールド・ランゲージ』は30分近い1曲のみが収録された実験的な作品となっています。さかなのお二人が当時持っていた音楽的な興味はどのようなものだったのですか?そしてそれが特に強く反映されているのはどちらの作品ですか?
p : 当時、西脇君からブライアン・イーノやジョン・ルーリーを教えてもらいました。山人君にはブルガリアン・ボイスやメシアンを教えてもらいました。三度の飯よりクイーンとT・レックスが好きだった私に彼らは新たな刺激を与えてくれたんです。
n : 『夏』がポップに聴こえるとすれば、それは歌をメインに置こうとしていることと、それまでより明快な音作りをしようとしたからかもしれません。『ワールド・ランゲージ』は、曲としての主張を持たないものをやってみたかったのだと思います。さかなは当時も現在も、歌の入った数分の曲が基本です。『ワールド・ランゲージ』はちょっとした寄り道に過ぎません。
—今回の4作とそれ以降の作品を聴き比べてみると、ポコペンさんの歌い方が大きく変化しているように感じます。西脇さんから見て、ポコペンさんが歌い手として最も大きく変わったと感じるのはどのようなところですか?あるいはもし分岐点になった曲等があれば教えてください。
n : 〈93年にリリースされたポコペンさんのソロ・アルバムや同年にリリースのカメラと云うバンド名義でのアルバム辺りが、ポコペンさんの歌が現在に至るようなのびのびと歌う力強い表現を持ち始めた時期かなと思います。分岐点となった曲を挙げるとすれば、94年リリースの『ポートレート』に収録した「FAN」はそれまでのさかなにはなかった親しみ易い歌詞とメロディを持った明快な曲だと思います〉という感じがたぶん初期のさかなから聴いてくださっている方には分かり易い説明なんじゃないかな。これも確かにそうなのですけれど。その原因は林山人が脱退して、これから二人でどうやっていこうか?みたいな時期と重なるし、歌を中心にして曲作りをしようと、それまで以上に意識した時期でしたから。でも僕にとっては分岐点みたいなものは特にないです。「もうちょっといい曲ってできないかな〜」ということをずっと続けて来た過程の中でポコペンさんは少しずつ確かな表現力を身につけて来たんじゃないかなと思ってます。そして歌の表現力をいかせるように、と考えて曲作りも変わっていく。ただ、最近のライヴでは、歌をしっかり届けたいと云う気持ちを強く感じますね。それが一番大きな変化と云えるかもしれません。
—我々ファンは『Sunday Clothes』以来となる新作はいつ頃聴くことが出来そうですか?
p,n : 現在鋭意制作中ですが、選曲からアレンジまで見直してばかりで、作業は遅々として進んでいません。でもなるべく早く完成出来るようにがんばります。よい作品にしたいと思っています。
DISCOGRAPHY
LIVE SCHEDULE
sakana live
- 4月20日(月) @下北沢Basement Bar
- 4月25日(土) @京都shin-bi
- 4月26日(日) @敦賀pinon-pinon
- 5月9日(土) @黄金町 試聴室その2
- 5月25日(月) @下北沢440
- 6月20日(土) @吉祥寺Mandala-2
- 7月5日(日) @Zher the ZOO YOYOGI
- 8月22日(土) @吉祥寺Mandala-2
kazuhiro nishiwaki drawing exhibition @yugue 2009
- 6月15日(月)〜28日(日) @京都yugue
LINK
sakana website http://www.h6.dion.ne.jp/~sacana/index.html
pocopen DIARY http://www.h6.dion.ne.jp/~sacana/message.html
西脇一弘 DIARY http://www.h6.dion.ne.jp/~sacana/diary-a.html
西脇一弘 絵のサイト http://www.ab.auone-net.ne.jp/~nishi-7
sakana
1983年より活動を開始。何度かのメンバー・チェンジの末、2004年以降はポコペン(ボーカル、ギター)西脇一弘(ギター)の2人組として活動中。今までに14枚のアルバムと2枚のシングルを発表。現在は2人で演奏したり、時々セッションメンバーを迎えて3〜4人で演奏する事もあります。
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