INTERVIEW : 南波一海へ2016年のアイドル・シーンを訊いてみた

南波一海
音楽ライター。78年生まれ。近年はアイドルをはじめとするアーティストインタビューを多く行い、その数は年間100本を超える。タワーレコードの「南波一海のアイドル三十六房」、CX系ネット放送「真夜中のニャーゴ」などに出演。著書では、2016年「ヒロインたちのうた~アイドル・ソング作家23組のインタビュー集」を音楽出版社より発行。
■なぜ南波一海は、2016年のいまレーベルをはじめたのか?
ーー9月1日から1ヶ月間「OTOTOYアイドル・キャンペーン」を行うタイミングで、2016年のアイドル・シーンを広く振り返りたいと思い、南波さんにお越しいただきました。気になっていることから伺うと、南波さんは7月にご自身のレーベル「PENGUIN DISC」を立ち上げられましたよね。CDが売れないと言われている現状において、レーベルに可能性を感じたということなんでしょうか?
南波一海(以下、南波) : 可能性を感じるというより、2015年末に〈アイドル三十六房〉を新潟でやったとき、嶺脇(育夫 / タワーレコード社長、T-Palette Records主宰)さんやロゴを作った漫画家のナカGさん、RYUTistのスタッフと話している中でアイディアが生まれたんです。例えば、ライターの仕事としてインタヴューをするのと、ラジオで音源をかけるのでも、伝わる範囲が違ったりするじゃないですか? 自分の仕事だったりやってきたことって「人に何かを伝えること」なので、その延長でレーベルを始めようと思いました。

ーーアイドル・シーンではないですけど、音楽評論家の岡村詩野さんも「Helga Press」という新しい発信方法を発表しましたよね。
南波 : プライベートな場所って言ってましたよね。
ーーコンピレーション・アルバムを出したり文章を書いたり、発信方法にとらわれない場所って重要ですよね。南波さんも、新しい発信の場所が増えるということで、レーベル設営は大きな意味がありますよね。
南波 : こうして興味を持ってインタヴューをしてくれるかたもいるわけで、アクションを起こすことで何かが絶対ありますからね。
ーー所属アーティストとして、ハコイリ♡ムスメ、Peach sugar snow、RYUTistの3組が発表されました。なかでもRYUTisitのことはかなり前から押していますよね。
南波 : 曲もパフォーマンスもキャラも超いいグループですから。真摯に音楽でおもしろいものを作りたいっていうところでやっているし、セカンドアルバムも素晴らしかった。RYUTistは、もう活動が5年になるわけですよ。今までのスピード感でいったら、5年やっていればすごく大きくなったり解散しちゃったり、いろいろあると思うんですけど、彼女たちは、じわーっと右肩上がりというか、遠くから見たらずっと現状維持しているような感じで。
ーー外部からちょっとした刺激を与えるというか、彼女たちのモチベーション喚起って役割もあるわけですね。
南波 : どこまでそれができるのかはわからないですけど、タワーレコードがやる、東京のレーベルと組みますということで、地元の新潟のメディアから取材が来たりしていて。始まったばかりですけど、現時点でもそういう効果もあるのかなと感じています。
ーーそもそも、第三者的な立場でアイドル・グループと組んで大きくする人たちの存在は大切ですよね。ただ、アイドルの数に対して、そういう人たちが追いついてないということも感じていて。
南波 : メジャー・レコード会社でもアイドル部門は撤退しているところも少なくないですからね。ビジネス的には前ほど活況を呈していない印象はあります。
■「アイドル戦国時代」から「アイドル成熟時代」へ?
ーーもはや懐かしいですけど、少し前までアイドル戦国時代とか言われていたじゃないですか。いまアイドルは下り坂だっていう人もいますけど、どっちかっていうと僕はアイドル成熟時代なんじゃないかと思っていて。南波さんはどう思われます?
南波 : どうだろうなあ…。 飽きた人たちは、わざわざ飽きたって言わないじゃないですか。何も言わずに離れていくから。数年前より落ち着いて見える気もするけど、それが成熟してると言えるのかはわからない。
ーー今年の〈TIF〉が3日間になって、動員が約7万5千人って言われていて。そういう意味でマーケットはまだまだ大きくなっているのかなと思って。一方で、2000年代半ば以降のインディー・シーンを見ているような感じもするんですよ。大きなイベントにお客さんは入るけど、平日のライヴハウスはガラガラというか。そういう流れを見ているような気持ちにもなってしまって。
南波 : じゃあ成熟じゃないじゃん(笑)。
ーーたしかに(笑)。成熟を通り越して衰退期だったらイヤだな(苦笑)。話を戻すと、今年の〈TIF〉3日間を体験されてどうでした? 僕は自分の知らなかったグループがめちゃめちゃ多かった印象でした。
南波 : それはそうしたかったんだと思いますよ。一昨年あたりで、そういう要素がちょっと減っちゃったから。できるだけ出演者を増やそうとしていたんじゃないかな。
ーー南波さんは地方含め様々な現場に足を運んでいますけど、〈TIF〉に出ているグループは一度は観たことあるくらい網羅していたんですか?
南波 : そんなこともないですよ。全然知らないグループもいっぱいいたし。
ーーそうなんですか!? 2,3年前だったら、このグループを見ればなんとなくアイドル全体のシーンを掴めるような感じがあったと思うんですよ。でも今年は自分の好きなグループだけ観ればいいやって気持ちになって、いつもよりライヴを見なかったんですよね。そういう意味でトライブ化しているんじゃないかって気もしていて。
南波 : その気持はめちゃめちゃわかりますよ。例えばですけど、ハコイリ♡ムスメがいいなと思ったら、それだけ観てればいいじゃんって気持ちはあるというか。だって自分の限られた時間の中ですべての曲を聴くのは不可能じゃないですか。それでも自分は可能な限り聴いて、おもしろいと思うものを紹介したいと思ってますけど、もう無理ですよね。過剰供給がずっと続いてる状況だから。レーベルをやるべきなんじゃないかと思ったのはそれもちょっとあるかな。これだけアイドルがいる中で、よいと思える人たちをちゃんと紹介できる場を作りたいというか。
■アイドルにとって一番大切なものとはなにか?
ーーハコイリ♡ムスメと、Peach sugar snowはどういうふうに選抜されたんですか?
南波 : ハコイリ♡ムスメは、80年代とか90年代のアイドルの曲をカヴァーしたり、オリジナルもそのテイストのある曲を歌っているんですけど、心に刺さるのは何かっていうところを音楽でやっていると思うんですよ。アイドルはどんな音楽でも飲み込むことができるから、ディスコでもテクノでも、ポスト・ロックでもなんでもできる。でも、それってガワ(枠組み)の話でしかなくて、アレンジを聴いて、自分の聴いてきた音楽と結び付けていいなと思うわけじゃないですか。そのよさももちろんわかるんですけど、そこよりも、メロディや歌を聴いた時に心が動く曲を歌っているというか。ハコイリ♡ムスメのその部分の魅力はもっと広く伝わってほしいと常々思っていました。
ーーわかりやすいフックを作るわけでなく、愚直にやってきたアイドルだと。
南波 : それに、華が大事だと思うんです。パっと見た時に「あ、かわいい」って思えるくらいの人が本来の意味でのアイドルじゃないですか。ハコイリ♡ムスメに関しては女優を目指してるグループなので、そこも大きな魅力ですよね。歌とかダンスはまだまだこれからな部分もありますけど、華みたいなものはある程度は最初から備わってないといけないもので。ステージを見ていると、あらためてこれがアイドルだなって思い起こさせてくれるグループですよね。
ーー評価したり応援する側もアイドルとしての要素を見失っている部分もあるのかもしれないですね。
南波 : 本当にアイドルらしいことをやってる人たちなので、届いてないところにも届けたいんですよ。そこですよね、レーベルの役割っていうのは。
ーーちなみに、欅坂46のことはどう感じていますか。
南波 : そういうことじゃないですか。結局、楽曲が面白いってアイドルに興味を持った人が、欅坂46とか乃木坂46とかに傾いてるのって曲だけじゃないですよね。
ーーそれは華というか。
南波 : もう、かわいいってことですよね。
ーー僕も欅坂46のCD買いました。
南波 : かわいいなと思って?
ーーかわいいなと思って(笑)。
南波 : でしょ? 「なんだよ、やっぱ顔じゃん」って思う人もいると思うんですけど、そこはそもそも超大事じゃんって話で。
ーー今年の〈TIF〉、欅坂だけは観ようと思って。これは見逃せないグループだっていう雰囲気がありましたよね。
南波 : 素朴かつプリミティヴな感動がやっぱりありますよね。
ーーメンバーが歩いているの見たら感動しちゃいましたもん。本物がいる!! って。
南波 : ね。僕らとか音楽畑の人は音楽から入っていきますけど、アイドルに限ってはそこがメインじゃないから。あくまで1つの要素じゃないですか。ファンだったり、女の子だったり、いろんな要素があって成り立ってるのがアイドルだとは思います。と言いつつも、やっぱり僕は音楽の良さを知ってもらいたいんですよ。Peach sugar snowは最初のCDRからあちこちで紹介してきたので、自分のレーベルでリリースさせてもらうというのも自然な流れで。ウィスパー・ボイスを武器に、本当に特別な音楽をやっているから、超独自のものでしょうっていうのをあらためて伝えていきたいと思っています。
ーープロデューサーさんが音楽畑の人なんですよね。
南波 : そう。小林清美さんという、元々はプロのソングライターとして活躍していたかたで。今も全然現役で歌っているんですよ。かなりぶっとんた人なので、それが音楽にも反映されている。3組とも、これだけいっぱいアイドルがいる中でも個性的だし魅力的なので、もっと広がってほしいという気持ちがすごく強いです。