ムーンライダーズ オリジナル・アルバム 全レビュー
1975年の結成以降、常に時代を切り取り、新しいサウンドとテクノロジーを導入して、先鋭的な作品を発表し続けてきたムーンライダーズ。メンバー全員がソングライターであり、プロデュースやスタジオ・ミュージシャン業をもこなすという稀有なバンドである彼らの35年の歩みを追うべく、1976年のデビュー作『火の玉ボーイ』から2009年リリースの前作『Tokyo7』まで、オリジナル・フル・アルバム全21作品をご紹介! これを読めば、この35年間の時代の背景や音楽の歴史、そしてムーンライダーズがいかに前衛的な音楽を奏で続けてきたのか、何故それらが普遍的なポップ・ミュージックとして受け入れられてきたのか、その理由がみえてくるはず。
1970年~
火の玉ボーイ(1976年1月25日) ※鈴木慶一とムーンライダース名義
はっぴいえんどの『風街ろまん』、はちみつぱいの 『センチメンタル通り』と並んで日本ロック史(70年代)において外してはならない最重要アルバムのひとつ。リアル・タイムで出会えなかった世代としては、曽我部恵一氏がライヴで度々「スカンピン」を演奏したり、「当時の自分の気分にあったアルバム」として『センチメンタル通り』を挙げていたことに感謝! おかげで早く出会えました。アーティスト名義が発売時に本人意図とは異なる表記となったことで有名なアルバムだが、はちみつぱいでもティン・パン・アレーでもYMOでもオリジナル・ムーンライダースでも成し得なかった輝きが、唯一の名義であるこのアルバムにある。欧米文化への憧憬と日本の粋が等間隔で生きてしまった類い稀な名盤。その世界は発売から35年経った今でも無国籍なまま、粋な男たちの拠り所となっている。(text by 南日久志)
MOON RIDERS / ムーンライダーズ(1977年2月25日)
鈴木慶一のソロ作としての色合いが強かった前作から6人組のバンドとなった実質的なファースト・アルバム。白井良明は未加入でギターは後にRCサクセションなどの編曲で活躍する椎名和夫だが、すでにバンドの本質が現れている。サウンドは『火の玉ボーイ』のアメリカン・ロックを根底ににおわせつつ、10ccやSparksなどのブリティッシュ・ロックをベースに持ってきている。かと思えば、朝鮮民謡のアリランを思わせる「紡ぎ歌」、ラテン歌謡の「マスカットココナッツバナナメロン」があったりと全体として見れば無国籍で、映画のサウンドトラックのような自在さに満ちている。そして、様々な国を舞台に歌われるのは、様々な形での愛や夢の喪失であり、それにまつわる笑いや涙だ。特にアルバムの最後を飾る「砂丘」の<僕はいつも夢を胸に抱いて疲れている>という一節は、ムーンライダーズの持つロマンチックさと冷徹さを鮮やかに示している。(text by 滝沢時朗)
Istanbul mambo / イスタンブール・マンボ(1977年10月25日)
タイトルは、57年に江利チエミが発表した曲の名前から。このアルバムのそもそもの発端は、彼女の作品をリメイクしようとのこと。共作アルバムの予定が取りやめになってしまい、そのアイデアの幾つかを取り込んで完成したもの。77年発表のセカンド・アルバムにして、早速そんな挿話が出来上がってしまっているのがなんともムーンライダーズ的だなあと思うのですが、肝心の出来上がりと言いますと、やはりレコードとしての奇妙な「ねじれ」が大きな特徴。ストリングスを多用した英国的・箱庭ポップスのA面から、"異国情緒"を独自に解釈/再構築したB面への飛躍は、その後バンドのお家芸となる無国籍サウンドへの過渡期の一症状としてとらえるにはあまりにも面白く、豊穣すぎます。江利チエミのカヴァー「イスタンブール」「ウスクダラ(トルコの地名)」といった曲から、語感とイメージの連想によって「ハバロフスク」という曲名へ飛んだりするユーモアが何ともニクい。ロマンチックとも空虚な老成感ともとれる歌詞の不思議な味わいとも相まって、音楽の中だけに存在する世界の地図をほのめかすような、魅力にあふれた一枚です。(text by ゆーきゃん)
NOUVELLES VAGUES / ヌーベル・バーグ(1978年12月25日)
ジョン・サイモンのカヴァー曲(マンフレッド・マンの演奏も有名)「マイ・ネーム・イズ・ジャック」や「ドッグ・ソング」などの軽快でキュートな楽曲や今でもライブのハイライトに演奏される「ジャブ・アップ・ファミリー」など、難解なイメージのあるライダーズの中でも彼らのセンスやユーモアを素直に楽しめる1枚で個人的には代表作だと思っている。ジョン・サイモンの原曲を収録したオリジナル・サウンドトラック 『YOU ARE WHAT YOU EAT』に感じる異物感も、バンドの特異な立ち位置と共鳴しているかのようで、軽快さの中にも触れてはいけない危うさを感じることができる。彼らの場合、それを2011年の今も維持していることが奇跡的なことだともっと騒がれてもいいと思うが。(text by 南日久志)
MODERN MUSIC / モダーン・ミュージック(1979年10月25日)
XTCにのめり込むようになってから、自分にとっては初めて買ったムーンライダーズのアルバム。彼らの中でもニュー・ウェイヴの匂いが最も漂う作品。1曲目のテーマになっている「ビデオ」が一般家庭に普及する前の作品ということを意識せずに聴いていたが、それを思うと時代を感じる。ビデオデッキが一台数十万円という値段がついていた時代なんて今考えると嘘みたいに思えるが、そのメディア自体に近未来を感じていたであろう時代から30年以上経った今、この音を聴いて感じるのは古臭さばかりではない。曲のそこかしこに今なお近未来を感じられるのは、彼らがニュー・ウェイヴを選んだと同時に時代に絡めとられない強固さを堅持しアナーキーであり続けたから。(text by 南日久志)
1980年~
CAMERA EGAL STYLO / カメラ=万年筆(1980年8月25日)
1980年にリリースされた5作目。「架空のサウンドトラック」というコンセプトの元で作られたため、映画にちなんだタイトルがつけられている。『カメラ=万年筆』というのは、映画監督アレクサンドル・アストリュックの映像理論からの引用で、曲名はヌーヴェル・ヴァーグ映画のタイトルが下敷きになっている。タイトルを思い浮かべて曲を聴いてみると全く別ものになっていたり、カヴァー曲が入っていたりと、ライダーズなりに映画を解体/再構築したアルバムになっている。この時期はパンク/ニュー・ウェイヴ・ムーブメントの最中。彼らはいち早くその波に乗ってみせた。特にこのアルバムには様々なところに暗号が埋め込まれている。例えば「ロリータ・ヤ・ヤ」では「週末の恋人」のストリングスが回転数を変えて使われている。そのため、リスナーがその解読表を持っているかによって、より味わいが深くなる挑戦的な作品となっている。(text by 西澤裕郎)
青空百景(1982年9月25日)
爽やかなタイトルを銘打っておきながら、病的なまでのパラノイア溢れだす作品。数々のCM楽曲を手掛ける彼らならではのポップな楽曲揃いにみえるが、歌詞をみると全然「青空」していない、ライダーズ流のブラック・ジョークを感じる作品。妄想と自己否定の一方で底抜けの明るさが合計時間37分というアルバムに同居している様には、一貫した「わかってたまるか」という精神性を感じる。火の玉ボーイから6年経ち、月光下騎士団が自己否定と妄想の末に行きついた景色は悲しげではあるが、人工物の青空は今でも十二分に美しく映えている。(text by 南日久志)
MANIA MANIERA / マニア・マニエラ(1982年12月15日)
クラウンからジャパン・レコードへ移籍して発表された82年作。「先へ行きすぎている」という理由で発売が見送られ、結局はまだ誕生したて(=全然普及していない)のCDというフォーマットで発売されることになった(のちにカセットブックとLPでもリリース)というこのアルバムは、反復するビートの上にイミュレーターを多用した音をちりばめた、ムーンライダーズ流ニュー・ウェイヴの頂点とも言えるべきサウンドで構築されています。とくに特筆すべきは「うた」の扱い方。氾濫する音の洪水のなかに埋め込まれたボーカルは多重録音、加工処理を繰り返されていて、まるで「要素」の一つに過ぎないかのようです。糸井重里、サエキけんぞう、佐藤奈々子、太田螢一などをライター陣に迎えた歌詞は、狂騒の80年代への皮肉や違和感の表明といったニュアンスもはらみつつ、近未来的かつ多幸感あふれる音世界は徹底してファンタジック。こんな作品、今も昔もムーンライダーズにしかできない!! (text by ゆーきゃん)
AMATEUR ACADEMY / アマチュア・アカデミー(1984年8月21日)
大貫妙子との仕事で知られる宮田茂樹のプロデュースによる8枚目。冷たい音色のシンセと機械的なビートのニュー・ウェイヴ路線だが、『マニア・マニエラ』までの音楽を解体するような方向ではない。そこには宮田によるボサノヴァの要素があり、コーラスにはブルー・アイド・ソウルの影響があり、描かれているのは都市生活者の内面、特に男性のセクシュアリティだ。1曲目「Y.B.J (YOUNG BLOOD JACK)」では<自分のからだが邪魔になりだした>として放火に走るジャック(=男性性の隠喩)なる人物が描かれ、9曲目「BLDG (ジャックはビルを見つめて)」で彼はビルから飛び降りて死ぬ。そして、最後の「B.B.L.B. (ベイビー・ボーイ,レディ・ボーイ)」では<声を変えていつまでも女でいたい><しあわせなんて人それぞれ>と言い放たれる。ここには現在と地続きの消費社会における性の変化と混乱が見事に表されている。(text by 滝沢時朗)
ANIMAL INDEX / アニマル・インデックス(1985年10月21日)
「夢が見れる機械が欲しい」の中で、鈴木慶一は<21世紀の事わからない>と歌っている。しかし、その21世紀も10年が過ぎ、時代が一回りした今、80年代ニューウェイヴ期のムーンライダーズは以前にもまして新鮮に聴こえる。外部プロデューサーを起用した前作から一転、個人がベーシック・トラックを持ち寄った上で、慶一がメイン・プロデュースを手掛けたという本作。アルバム・タイトル通り“動物”をコンセプトに据え、歌詞の中にも犬や羊など様々な動物が現れているが、中でも“原始人が進化していく曲”、つまりは人間という動物を題材とし、サウンド・コラージュ的な要素が織り込まれた「歩いて、車で、スプートニクで」が実に印象的だ。また、「悲しいしらせ」と「HEAVY FLIGHT」の2曲は、それぞれ同年に亡くなったたこ八郎と坂本九のことを歌った曲だそうで、そのどこか内省的なムードが、結果的に本作の魅力になっているようにも思う。(text by 金子厚武)
DON'T TRUST OVER THIRTY(1986年11月21日)
デビュー10周年を迎えた6人。過酷なツアーを行い、それを収録した2枚組『THE WORST OF MOONRIDERS』を発表し、過去を精算した上でリリースしたのが今作である。メンバー全員が30歳を越えたと年に「30歳以上を信じるな」というタイトルをつけるあたりが、ムーンライダーズらしくていい。しかも、各メンバーの得意技を封じる「禁止令」を出し、各自が1曲ずつプロデュースする完全分担制で制作されている。バンド全員で作曲した曲に関しては“E.D.MORRISON”というアナグラムの変名が使われている。中でも、サエキけんぞう作詞の「9月の海はクラゲの海」は、ムーンライダーズ史上でも最高級の名曲。それに対して、蛭子能収が作詞を担当した「だるい人」という曲を入れてくるバランス感覚にも、にんまりとせずにはいられない。このアルバムの後、『最後の晩餐』まで4年間の休止状態に入ることになる。(text by 西澤裕郎)
1990年~
最後の晩餐(1991年4月26日)
5年間に渡る活動停止期間を経て発表された復活作にして傑作。盟友であるXTCのアンディ・パートリッジによるメンバー紹介で華々しく幕を開け、ダンス・ビートに乗せて、白井良明のギターが炸裂する「Who’s gonna die first?」へと続くオープニングのテンションの高さには、否が応にも興奮させられる。同年に発表されているフリッパーズ・ギターの金字塔『ヘッド博士の世界塔』にも一切引けを取らない、海外との同時代性と、巧みな編集感覚を併せ持った本作からは、彼らの先進性がはっきりと伝わってくる。一方で歌詞の内容は家庭崩壊などのヘヴィな社会問題を扱ったものが多く、そこには40代を迎えて再びバンドを起動させる覚悟のようなものも感じられる。<放射能浴びて 血を取り換えて 政府が決めて テレビが伝える Rock’n Roll 死んだ日>と歌う「10時間」のリアリティは、震災と原発事故を経験した2011年の今になって、ますます増すばかりだ。(text by 金子厚武)
A.O.R(1992年9月30日)
淡い色彩のジャケットが指し示すとおり、ムーンライダーズのディープ・サイドが味わえる92年リリースのアルバム。ひとたび再生ボタンを押せば、瞬く間にそのコンセプチュアルな世界観へと引き込まれることだろう。5年の活動停止明けに発表された『最後の晩餐』に比べるとさほど脚光を浴びなかったものの、バンドは結成15年を超えて復活を遂げたばかりで、紛れもなくコクとキレが満点の円熟期と言える。本作は岡田徹と白井良明がプロデュースを担当。ライダーズの中でも特にアクの強い2人だが、“アダルト・オンリー・ロックンロール”というテーマのもと、ここではめいいっぱいカラフルでポップなサウンドを捻り出してみせた。軽妙洒脱な鈴木慶一のヴォーカルも手伝って、ユーモアとロマンは倍増。無国籍感を活かしたフリーキーでエネルギッシュなサウンドの中、大人の狂った遊び心と妖艶な佇まいがきわどいバランスで成立した奇跡のような一枚だ。(text by 田山雄士)
ムーンライダーズの夜(1995年12月1日)
赤と黒で描かれたアルバム・ジャケットが示すように、1995年という不穏な時代を反映したアルバムである。この年は阪神大震災や地下鉄サリン事件など、それまでの社会基盤を揺るがすような事件が多発した。<ガラガラな電車に乗って/コナゴナの街を走る>や、<明るいはずの未来は今/唾棄すべき泥の雲の彼方>という歌詞を聴くと、当時の感覚がありありとよみがえってくる。さらに、この年には、ムーンライダーズのメンバーである武川雅寛が、621全日空ハイジャック事件に巻き込まれる事件も発生。アルバム冒頭の「PRELUDE TO HIJACKER」、「帰還~ただいま~」はその際の生還がテーマになっている。東日本大震災が起こった今年、どれだけのバンドが時代を捉えた作品を残しているか。今作を聴くと、彼らが時代と供に活動してきたバンドということが、実によくわかる。(text by 西澤裕郎)
Bizarre Music For You(1996年12月4日)
デビュー20周年の記念盤。矢野顕子、直枝政太郎、高橋幸宏、松尾清憲、細野晴臣、野宮真貴、菊地成孔など、親交の深い豪華メンバーが曲ごとに参加している。さらに、バック・ヴォーカルをナーヴ・カッツェやコルネッツが務めたり、サエキけんぞうや滋田美佳子が作詞を担当している曲もある。最終曲「みんなはライヴァル」では、インターネットで募集したファンからの20周年を祝うヴォイス・メッセージが収録されている。糸井重里が歌詞を提供した「ニットキャップマン」のような哀愁漂うルンペン・ソングもあれば、「BEATITUDE」のようなストレートなムーンライズ讃歌といえるナンバーもあり、20周年の記念盤にふさわしい、バラエティに富んだお祭り感たっぷりのアルバムとなっている。(text by 西澤裕郎)
月面讃歌(1998年7月18日)
前作で20周年の節目を迎えたライダーズが、次の一歩として自身の音楽の解体と再構築を行った16枚目のアルバム。その方法はバンドのセッションで一度録音した曲を、歌詞以外は変えないというルールで曲ごとに異なるアーティストに編曲しなおさせるというもの。Coccoのプロデュースで有名な根岸孝旨、ASA-CHANG、テイ・トウワ、斉藤和義などが参加し、作詞では原田知世や曽我部恵一らを起用している。というように書くと、難しい印象を与えるかもしれないが、むしろ、どの曲もメロディがいつもよりストレートに感情を伝えるようなものばかり。編曲もそうしたソング・ライティングを多く引き出し、特にざっくりしたバンド・サウンドの1曲目「Sweet Bitter Candy」と「月曜の朝には終わるとるに足らない夢」では泣きの歌声と合わせてNeil Youngを彷彿とさせる。逆説的に地力を示したなんとも面白いアルバムだ。(text by 滝沢時朗)
dis-covered(1999年11月25日)
前作『月面賛歌』の特異なコンセプトを、もういちどひっくり返したのが、この『dis-covered』。様々なアーティストに編曲を依頼したのが『月面讃歌』でしたが、その元素材を、森達彦氏がデモテープ風にMixしたアルバムです。自由で多様な解釈を他人に任せたバラエティ豊かな前作を、もういちどナチュラルでラフな姿に組み立て直す――それによって再発見されたヴァージョン達は、シンプルで美しく、それぞれの楽曲の滋味を心ゆくまで味わうことができます。こんな音楽の遊び方を、かくもハイ・クオリティな姿で見せてくれるなんて、なんて粋なのでしょう。むろん『月面賛歌』との優劣はつけがたく、気分に合わて再生ボタンを押し分ける、という楽しみ方で。(text by ゆーきゃん)
2000年~
Dire Moron TRIBUNE(2001年12月12日)
6人6様の宅録ミニ・アルバム『Six musicians on their way to the last exit』を経て届けられた、結成25年目のオリジナル・アルバム。16曲68分の中にメンバーの個性がひしめき合った、カテゴライズ不可能の大作であると同時に、生のバンド・サウンドをベースにすることで、この6人だからこそ鳴らせるサウンドであるということも改めて提示している。タイトルの“Dire Morons”とは“Moonriders”のアナグラムであり、21世紀版のセルフ・タイトル作と言わんばかりの渾身の作品だと言えよう。また、この年に起こった同時多発テロの後に発表されたこともあり、ある種の終末観が感じられると評されることも多い作品だが、シビアな現状認識を踏まえた上で、それでも先へと進む意志の感じられる作品でもあると思う。オマージュの捧げられたイエローサブマリンはノアの方舟だったかもしれないが、未来を象徴するタイムマシンでもあったはずだ。(text by 金子厚武)
P.W Babies Paperback(2005年5月11日)
自主レーベルMoonriders Recordsを立ち上げての19枚目。P.Wはポスト・ウォーの略でアルバムでは戦後のことが中心に歌われている。オープニングにワルツが流れ、ビートルズとの出会い、小遣い稼ぎの銅線拾い、空き地に来るサーカス団、戦争への思いなどなどが親しみやすいメロディと鈴木慶一の豊かな倍音の歌に乗って展開されていく。編曲も今まで培ってきた多彩さがバンドから当然のようにでてくるような風情で聞いていて楽しい。しかし、そのサウンドは、様々に飛び交う音を音響的に整理することでポップにしていて、彼らが現代的なレコーディング技術をものにしていることがわかる。また、アルバム全体を夢見るようなトーンが覆っているが、それは戦後をファンタジーとして描くことで彼らなりに清算する行為で、懐古趣味とは程遠いものだろう。長い間活動し、しかも、意思を持って錆びなかったバンドだけができることだ。(text by 滝沢時朗)
MOON OVER the ROSEBUD(2006年10月25日)
往年のファンも納得。この10年のムーンライダーズの作品で最も高い評価を得たと言える、2006年発表の通算19作目となるオリジナル・アルバムだ。「ダイナマイトとクールガイ」の続編として書かれた冒頭の「Cool Dynamo, Right on」からして素晴らしく、その甘味なリリック(「僕らには虹が見えた」だなんて!)とメロディにいきなり涙腺が緩む。そんな手法でバンドの歩んできた険しい道のりをふんわりと香らせるのもニクい演出。サウンド的にはモダンでエレクトリックなニューウェイヴ・アプローチも散見されるのだけれど、サンプリングを排し、生音の豊かさが十分に活かされている。特にアコースティックの旨みをやわらかく混成させるあたりはさすがで、聴き進めるうちにどうにもこうにもいい気分にさせられてしまう。これが30年選手のなせる業か。今までの集大成でありながら、バンドの軽快なフットワークは健在なのが粋。(text by 田山雄士)
Here we go'round HQD(2009年9月1日、配信限定シングルコレクション)
2008年12年から毎月、配信限定でリリースされたシングルをコンパイルしたOTOTOY限定作品。6人分で6曲、6ヶ月連続のリリース、すべて2?3分台のシングル・サイズ。まろやかさ、苦みばしった味わい、茶目っ気と実験精神、円熟を見せながらも「完成したくない」というストイックなワガママっぷりで突っ走るバンドの姿をありありと見ることができます。 余談ですが、市場に出回り出したばかりのCDというフォーマットをいち早く採用して『マニア・マニエラ』をリリースしたムーンライダーズが、24bit/48KHzの高音質配信を、他のアーティストに先駆けて選択したという事実は、彼らのスタンスの一貫性を物語っているのではないでしょうか。(text by ゆーきゃん)
Tokyo7(2009年9月16日)
ユニコーンはオッサンであることを立派な持ち味にしているが、彼らの一世代前のムーンライダーズはこのアルバムでその先の境地に達し、すこぶる痛快な突き抜けっぷりを見せてくれた。ほとんどの楽曲がスッキリと削ぎ落とされたアレンジでまとめられており、重層的なサウンドを得意とするライダーズにしては稀に見るネイキッドな一枚となった。とりわけ明快かつ軽やかなメロディで駆け抜ける前半は圧巻で、年輪を重ねたバンドならではのポジティヴさにワクワクが止まらない。中盤では渋みと抑揚の効いた芳醇なアンサンブルで魅了し、後半には終末観や諦念すら漂わせるもかろうじて自虐性を回避する妙味。メンバー6人がヴォーカルをバトンタッチしていくという一見何の変哲もない「6つの来し方行く末」も、彼らがやるとそこはかとない深みがある。聴き終えたときには胸がすく気分をもらえるアルバムだ。若いリスナーにも入りやすいはず。(text by 田山雄士)