“渚で会いましょう | on the beach”は、アルバムを集約するエンドロールのような曲

──曲ごとにお訊きします。まず1曲目の“5-10-15 I swallowed | 夢みる手前“はどういった曲でしょうか?
鈴木:「I swallowed」は飲み込むという意味なんですけど、次の“Sleeping | pills 眠り薬“にそのままかかっているんですよね。睡眠薬をバーッと口に入れるようなネガティヴなオープニングなんです。
──1、2曲目がオープニングなんですね。「5-10-15」というのは?
鈴木:冒頭の部分で口ずさんでいるのが、The Presidentsの「5-10-15-20 (25-30 Years of Love)」という曲で。それは5年、10年、15年、仲よく永遠の愛をっていう曲なんですけど、この曲ではそうはいかなくて、「5-10-15」は睡眠薬の量を表しているんです。
──この曲の登場人物はどういった心境なんでしょうか。
鈴木:“5-10-15 I swallowed | 夢みる手前“の「君の話 節々に 恋人の香り / 分かるようで分からないそんなストーリー」という歌詞で、ふたりは強烈なすれ違いをして、片方が眠り薬を飲んでしまうというストーリーなんです。薬を飲む側はどこか後ろめたさはあるけど、独りよがりでいられる気持ちよさも感じていて。その快楽と、やっぱり君のことを意識しているという、アンビバレントな感情を描いています。
──続く“Amber blue | アンバーブルー“では場面が変わっていますか?
鈴木:そうですね。ひとりでインナーの世界に閉じこもるという、寂しいけれどワクワクするような感じをポップな曲調に乗せて書きたくて。アンバーブルーというのは、琥珀に閉じ込められて触ることのできない悲しみのようなイメージです。色というよりかは、そういう悲しみの概念ですね。
──MVは不気味な雰囲気で印象的でした。
井上:映像作家の吉岡美樹さんにお願いしました。女の子の家のなかから始まって、ぐるっと外の世界を回って最後にまた家のなかに戻ってくるという構成ですね。イメージとストーリーは渡してあって、あとはすごく不気味にして欲しいと伝えていたんです。明るいのに変な暗さがある曲だから、可愛いくてポップなMVにはしたくなかったんですよ。
──4曲目の“深呼吸=time machine”はどういった曲でしょうか。
鈴木:“Amber blue | アンバーブルー“までの流れをグッと落ち着かせたかったのと、次の“転校生 | a new life!“では、ふたりが初めて出会うところまで時間軸を遡るので、この曲では時間がねじ曲がっていく感じを表しています。歌詞の「イットリアリークッドハップン」は、Blurの“The Universal”の歌詞を引用して、「信じればそう起こるよ」、「信じれば深呼吸もタイムマシンだよ」ということですかね。
──タイトルでは「深呼吸」と「time machine」がイコールで繋がれていますが。
鈴木:こういう物語の曲のタイトルをつけるときは、小説の章の題名をつけるように英題と邦題で書くことが多いんです。でもこの曲はインタールード的な役割なのでほかの曲と比べて軽くて、曲名をつけなくてもいいなとすら思っていて。タイトルの形式が違う理由としてはそんな感じですね。
──“転校生 | a new life!“はシチュエーションがわかりやすい曲だと思いますが、いかがでしょう。
鈴木:タイムマシーンを経て、ふたりの出会いまで戻るようなイメージの曲です。僕は、大きくない出来事をドラマチックに書くのがすごく好きで。転校生ってただ新しい人がひとり来るだけで些細なことだけど、当時の自分からしたら革命的な出来事で、急に現れた人間によって自分の人生が変えられてしまうことってあると思うんです。この曲ではそういう情景を描いてます。
──次の“mr.ambulance driver | ミスターアンビュランスドライバー“では、情景がまた変わりますね。
鈴木:これは睡眠薬を飲んでない側の登場人物が、救急車を呼んで病院に連れていくまでの過程を描いています。それを第三者である「アンビュランスドライバー」に話すという場面です。
──“転校生 | a new life!“までは、睡眠薬を飲んだ人のドープな世界を描いているんですね。
鈴木:そうですね、昏睡の中みたいな……。
──次の“subtle scent | 微香性“は、病院に運ばれていったあとの描写なんでしょうか。
鈴木:まさしくその感じです。相反する感情というか……、ある視点では好きだけど、違う視点では好きじゃないみたいな、人間ってそういう複雑な感情を持ってるじゃないですか。その感じです。

──次の“プラットフォーム | platform”はいかがでしょう。
鈴木:これは、ふたりが分かち合っていたころを象徴するものとしての“転校生 | a new life!“の続きの情景なんです。変わらないものと変わっていくもの、自分のなかでなくなっていくものと大きくなっていくもの、その感じを淡々と流れていくプラットフォームの景色に重ねて描きました。
──“転校生 | a new life!“と”プラットフォーム | platform”は想像がしやすくて、そういった曲の濃淡がスケールの広がりにつながっていますよね。
鈴木:独創的になりすぎないように、手掛かりになるような余白をアルバムのなかに持たせておきたいというのは思っていて、たしかにこの2曲はその要素がありますね。
──続く“smoking room | 喫煙室“はどちらの視点でしょうか?
鈴木:これも薬を飲んでいないもうひとりのほうですね。病室で眠っている相手の横で口ずさんでいるイメージです。“プラットフォーム | platform”でふたりの関係をすごく運命的に描いた反面、結局ふたりはふたりでしかないという、冷酷な感じを表したかった。奇跡みたいなものを重んじるか重んじないかという葛藤というか。
──最後の“渚で会いましょう | on the beach”では、アルバムをどう締めくくっているのでしょうか。
鈴木:それまでの曲はそれぞれ当事者の歌なんですけど、渚(“渚で会いましょう | on the beach”)では自分たちを客観的に見ている感じなんですよね。エンドロール的な要素が強いと思います。
──この曲におけるドラムのポイントを教えてください。
礒本:渚にはアルバム全体のイメージが散りばめられていて、集約している側面もあると思います。最初のセクションには同じフレーズは入っていなくて、名前がつけられないくらいのさまざまな感情が反映されています。とあるインタヴューで、「波が寄せて返していく」という表現をしてもらったんですけど、それがすごくいいなと思って。そういうビートの変化が、にじんでぼやけていく感情の動きとリンクして表現できたと思いますね。
──この曲のMVも井上さんがディレクションされたんでしょうか?
井上:“Sad number”(2019年)のMVを当時友達と一緒に作ったんですけど、それをヴァージョン・アップさせたMVを作りたくて。かなりインディペンデントなやり方で作って、すごく楽しかったです。ふたりの登場人物のうちのどちらかがそこにはいなくて、でも相手がまるでそこにいるかのように生活をしているという物語ですね。不在がテーマになっています。