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クラムボン、5年ぶりの新作『triology』ハイレゾ音源をOTOTOY限定配信 - OTOTOY

『triology』をめぐる”話題”の発言も総括、クラムボン・ミトが語る新たな地平

photo by harumichi saito

結成20周年アニバーサリー・イヤーを締めくくる5年ぶりのオリジナル・アルバム『triology』のハイレゾ音源(24bit/96kHz)がついに解禁された。本作は、作品の密度だけでなく、小野島大のインタヴュー(Real Sound 『クラムボン・ミトが語る、バンド活動への危機意識「楽曲の強度を上げないと戦えない」』)でのミトの発言が大きな反響をよんでいる。本特集は、ハイレゾの解禁が2週間遅れだったこともあり、その反響後にミトへインタヴューをする機会を得た。そこで、Real Soundの記事を読んでもっと訊きたくなった歌詞のこと、アニソンのこと、クラムボンの強度の話、そして新しいトピックとして、ブルーレイ・オーディオでのリリース、よりCDとハイレゾによる明らかな差をまじまじと感じることになった音作りについても訊いた。それは、結果としてこの『triology』の総括的な内容になったと思う。ぜひReal Soundの記事を読んでから、本原稿を読んで欲しい。そしてもっとクラムボンやミトのことを知って、『triology』の音世界を旅して欲しい。本作には、クラムボンの軌跡がしっかりと詰まっている。

インタヴュー&文 : 飯田仁一郎
写真 : 外林健太

『triology』ハイレゾ音源、OTOTOY限定リリース!

クラムボン / triology
【配信形態】
WAV / ALAC / FLAC(24bit/96kHz)

【配信価格】(各税込)
単曲 432円 / アルバム 3500円

【Track List】
01. Lightly! / 02. アジテーター / 03. the 大丈夫 / 04. Rough & Laugh / 05. agua / 06 noir / 07. Scene 3 / 08. はなさくいろは —bon bori ver.— / 09. バタフライ / 10. yet —triology ver.— / 11. Re-ある鼓動 / 12. Lightly…

INTERVIEW : ミト

あれが過激だと言われてしまうと、これまで私が普通に話してきたことも全部過激になってしまう

――小野島大さんのインタヴューを拝見しました。これまでのクラムボンを覆すような内容で驚きましたし、世の中の人も随分びっくりしたと思うんです。

世の中でどんな反応があったのかはよく知らないんですけど、道ゆく人にあの記事のことをすごく言われました。でもあれが過激だと言われてしまうと、これまで私が普通に話してきたことも全部過激になってしまう。相対的なことを話しているんですけど、クラムボンと照らし合わせる部分と、そうでなくていい部分が混ざって受け止められているのかなと思いますね。

――原田郁子さんや伊藤大助さんのインタヴュー(CINRA 『クラムボン・原田郁子&伊藤大助、歌詞に迷った20年目を語る』)を読むと、今作はミトさんが熱量も含めて引っ張っていたように感じました。

私の役割はいつもと変わらないくらいだと思っていますけど、リリックの部分に関して郁子さんが大変そうなのはリアルタイムで感じていました。

ミト

――シングル「Rough & Laugh」のときは、まだそのモードではなかった?

そうですね。むしろ「Rough & Laugh」の制作時点では、うちらにはアニソンとしての機能がないんだなって気付いたんです。印象が漠然としてしまうんですよね。こと郁子さんの歌詞って雰囲気で流れてしまうところがあるので、雰囲気ではなくて「しろくまカフェ」(※1)ならその世界観をしっかり出さないと、耳に残らずに流れてしまう。それをちゃんと残すために、演奏やスキルを上げる必要が出てきたんです。実際、シングルのときは郁子さんが弾けなかったので、私が弾いてるんですよ。そういう意味でも、そのころから課題が見えていたというか。

※1 : 2012年4月から2013年3月まで放送された、ヒガアロハのコミックを原作としたアニメーション作品。オープニング・テーマ第2弾にクラムボン「Rough & Laugh」を起用。

――そこまで差が開いたのは何故なのでしょう? 郁子さんも大助さんもそれぞれ活動は活発で、バンドにフィードバックされることも多いと思いますが。

ふたりも色々やってますけど、四六時中スタジオにいたり、作業場でのべつまくなし楽器を触っていたり録音したりしているわけではない。僕は、その場で楽譜を渡されて1時間で弾ききるとか、そんな現場が度々あるわけです。それはずっと個人で営業してきた結果として今の仕事の流れがあって。だから、そもそも制作のスピードから演奏のスキルや数から、楽器を触っている時間から、確実に違うなって。ただ、ふたりをそっちに引き寄せようとは思ってなかったんです。ふたりの出来る範囲で今回のアルバムの方向に耐え得るくらいのものをってことで寸止めしたと思ってるんですけど。

――それはミトさんにとってストレスではなかったんですか?

最初のうちはそんなに思わなかったですね。僕はプリプロに入って弾いて、皆の演奏のここが気になるので修正してくださいねって言って次の現場へ行っちゃうんですけど、ふたりはそれから何時間もみっちり個別にセッションや練習をしたりする。僕としては、今作のデモはこれまでと変わらないくらいの難度で、あのふたりがそこまで練習する位だったのかなっていう気持ちはあります。

方々には絶望論みたいに見られたようだけど(笑)、全然希望のない話をしたわけじゃなくて、そういう状態だからどうしようかって話をしている

――その意識の違いが生まれたのは、ミトさんがクラムボン以外の仕事で、そのレベルでやっている人に出会ったことが大きいのでしょうか。

多分そうですね。アニソン周りだったり、声優さんやアーティストなどの現場のドラムの人で若い人たち、例えば、髭白(健)くんやブルーマングループにいた山本(淳也)くん、あと黒夢のドラムを叩いていたりするかどしゅんたろうくんとかはレスポンスもすごく早いし、アドリブもきく。そういうこともあって、ああこれくらいは普通なんだなって。その人たちが何をしているかといったら、単純に練習しているんですよ。鍛錬的なもの、基礎体力が根本的に違うんだなって。あとは都内のスタジオでやっているので時間の猶予もない。小淵沢のスタジオみたいにドラムを録るのに1日かけたりしていられない。実際、今の若いバンドの子たちの演奏のレベルがあがっていたりするのは、そこなんじゃないかなと思ってて。2000年代後半にジャム・バンドやインスト・バンドが増えたときの、サウンドはポスト・ロック的なんだけど、やってることはメタルと変わらない感じというか。それこそ、僕とか飯田君の世代がやってた、90年代のオルタナ的なところは…。

――もはやローファイと言いきってますからね。鍛錬とは真逆の。

そうそう(笑)。その感じとは話が違うんですよ。ちょうど今オルタナは時代的にもスポットが当たってない。そういう流れのものって訴求力というか、ニーズがほとんどないんです。

――90年代からゼロ年代のシーンの隆盛を考えたら今はそうですね。

創作としてもビジネスとしても非常に余裕があった。でもメジャー・レーベルの縮小、スタジオが少なくなっていることや実際にCDの売上が少なくなっていることがあって、自然と向き合い方を変えざるを得なくなった。その向き合い方を自分の中で咀嚼して、なるべくわかりやすく説明しようとしたのがこの前のインタヴューなんです。それが方々には絶望論みたいに見られたようだけど(笑)、全然希望のない話をしたわけじゃなくて、そういう状態だからどうしようかって話をしているだけだったんですよね。

――小淵沢のスタジオで作っていた時のクラムボンって、ミュージシャンズミュージシャンでマイペースにやってる印象があったんですよね。その緩やかさはクラムボンの象徴でもあったし、ずっとその流れの中で制作されているのかと思ったら、ミトさんはもっと現実的なところにいる。

色々やってきていて、『id』のときもすごい勢いで叩かれたんですよ。郁子さんがピアノを弾いてるのに、ミトはベースを弾いてない。こんなのクラムボンでやらなくていいって。その辺りから、何をやってもうまくいくと「原田さんすごい」、何か音楽的に齟齬が起こると「ミトが悪い」ってことになるわけで。

――(笑)。

私はずっと変わらずヒール役でいるわけですよ。それを15年くらいやってると、ある程度は慣れてくるというか。今回もインタヴュー記事があった上での揺り戻しもあったと思いますけど、まあいつもの通りだなって。大体アルバムを出すたびに「ミトが悪い」って話になるから、今までと変わらないかなと(笑)。

――同世代のミュージシャンに思うことはありますか?

わかる範囲のことは発信していくべきだとは思いますね。震災以降、後で誰かがやってくれるみたいなことが皆無だと感じるようになった。それこそBRAHMANのTOSHI-LOW君やTHA BLUE HARBのBOSS君がそうですけど、ストイックに演出という形で沈黙を守り続けていたけど、気付けば今はMCでしっかり喋ってる。楽曲以外でも伝えたいことをはっきり言わないとって思いはじめたんだと思うんですよね。そういった意味では、僕のこういう発言もいろんなきっかけがあった結果。どこかの雑誌で「震災以降の音楽」って言ってもらってて、それはそうかもなと思いました。すべて震災がきっかけというわけじゃないけど、制作に対する向き合い方の意識改革的な部分、文化だったり自身と政治の在り方の再確認に端を発しているところはあると思います。

郁子さんになんで自由に書かせないんだっていうのは、書かせないんじゃなくて、書いてこない

――その意識の変革的な部分は、ミトさんやクラムボンの在り方としてのものだと思うんですが、それは今作の歌詞を明確にしたかったという点にも直結していますか? それとも歌詞に関しては別の理由があったのでしょうか。

うーん、どうかなあ… 郁子さんがそう書きたかったっていう部分もあると思うんです。まず、全部僕がテーマを彼女に伝えているわけじゃなくて、彼女から出てきた歌詞に対して「こういうことが言いたいなら、こうしたほうがいいんじゃないですか?」って提案するのが今回のやり方。でも、多分書きやすいからだと思うんですけど、途中でいきなりテーマが変わるんです。突然Bメロで全然違う世界になったり、辻褄が合わなかったり、登場人物がふたりになったり、主観だったものが俯瞰になったり。昔はそのひっくり返った感じもおもしろいかなって思っていたけど、やっぱり出てきたテーマから逃げないで書き続けることで、よりストレートに響きやすくなるし、奥行きが出てくるんですよ。だから僕は、超現実でもいいんだけど、意味がわからなくならないようにはしたほうがいいって軌道修正をしたんです。もし僕が徹底的にテーマから何から変えさせてたら、「the 大丈夫」みたいな曲は書かせませんよ。基本的にテーマは全部彼女が持ってきてるから。

――そうなんですね。

そこからテーマを蒸留し、厳選するために、断片でも殴り書きでもいいから持ってきてって話をしても、彼女は混乱しちゃうからって持ってこないんです。怖いんでしょうね、何か言われるのが。でも、もはや何か言われなきゃ駄目なんだと。そうやってディスカッションしていって歌詞をすりあわせないと。

――何か言われなきゃいけないっていうのは、リスナーからの反応が欲しいってことですか。

それも無いわけではありませんが… 自分が考えていることだけで書いていたこともいっぱいあったと思うんですけど、その曖昧な部分から何か想起できたかっていうと、混乱するだけで終わっていたんですね。混乱しないようにしたほうがいいんじゃないのかっていうプロデューサーとしての気持ちと、混乱したくないっていうプレイヤー、バンド・メンバーとしての気持ちがあったんです。

――クラムボンは、これまでの歌詞のスタイルで成立してたし、時代の流れにも合っていた。それが今は通用しなくなったと思ったのはどんな理由が?

あれはあれですごくよかったんですけど、通用しなくなったというより、それをずっと続けていたことによって、本当にわけのわからない歌詞になってきちゃった。

――時代や強度の話以前に、クラムボン側の問題だと。

そう。わからないことをわからないままにしておくのは僕らの特徴だったんですけど、やっぱり続けている以上、そこにも精度が欲しいわけです。郁子さんが他でやってることはいいんですよ。大宮エリーちゃんとやっている「変わる」って曲はすごくいいと思うし、あれは彼女が持っているものでやってて、彼女の中で完結できることだからいいんです。でもクラムボンは僕も大助も絡むことになるので、ないがしろにされちゃうと困るんです。

――以前より歌詞を明確に理解することによって、曲の作り方も変わりました?

アレンジは全く変わります。ただ、ある程度アレンジを決めてから歌詞を進めていくので、そこは曲に沿わせなきゃならなくて。郁子さんになんで自由に書かせないんだっていうのは、書かせないんじゃなくて、書いてこないんです。時間がほしいって言われたので、僕らは半年待ったんですよ。でも半年渡しても一言も出てこなかった。で、それが仮にスランプであろうと待っていたことは事実で、残念ながら時間とお金は比例しているので、うちの事務所の半年分のお金をどうにか他のところでまかなっていかなければならないわけです。制作の費用も含めて。だから時間の猶予、制作期間の長さは、彼女のほうが全然多いんです。ギリギリの範囲で、でも自由に書いてほしいから、私たちはそのために時間をあげたけど、それでも追いつめてしまったのは彼女自身としか言いようがない。

――書けなかったのは、何かあったのでしょうか?

震災後に言いたいことが書けなくなった等の理由はあったみたいですけど、僕は敢えて聞かないことにしてました。

――プロデューサーとしては一線を引いたほうがいいと。

終わらないですからね。同情して歌詞ができるのかっていったら出来ないですから。リリックも鍛錬だったりするところもあると思うんです。書けないときに鍛錬に頼るってことだって重要。BOSS君なんかは毎日書いてるわけですよ。だからブログとかも整然としているし、書いてなかったらこういうことはできない。全員がそうじゃないし、フリースタイルの人もいるわけだけど、言葉を紡ぐ人たちは日々喋り、語り、読み、書いていますよ。それも膨大な数を。それを郁子さんにやってほしいわけではないけど、でも鍛錬をすると、いざ書けなくなったときに、鍛錬側でものを書くこともできるんだよとは思います。

――今作の歌詞はミトさん的に合格点を超えたものですか?

ギリギリわかりやすくできたと思います。わかりやすくっていうと誤解があるかな、テーマに沿った歌詞が書けた。

次項
なぜミトはバンドに、クラムボンにこだわるのか? / 科学の力で切り開いた更なるハイレゾの音

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